HATRAが提案する、デジタルとフィジカルを融合した新しいファッションブランドのあり方

アパレル向け3DCADツールの活用や、その普及支援で注目を集めるファッションブランド、HATRA。奇しくも展示会開催の最中コロナ禍に突入し、最も集客できる週末は会場を閉じざるをえなかったといいます。そこで実施したのがARでの展示会。これまで取り組んできたプロジェクトや、変わりゆく状況の中スピーディに対応したAR展示会について、HATRAデザイナーの長見佳祐さんに伺いました。

アルゴリズムと共同するあたらしいパターンとは

HATRA
デザイナー長見佳祐により2010年に立ち上げられた、ユニセックスウェアレーベル。フードウェアを中心に「部屋」を主題に居心地のよい服を追求・提案している。

——HATRAでは以前からAIやデジタルデータを取り入れたものづくりを行っていらっしゃいますが、代表的なプロジェクトはどのようなものがありますか?

長見佳祐さん(以下、長見。敬称略):今年1月にスイス・バーゼルでおこなわれた「Making FASHION Sense」という展覧会で、 “AUBIK” という作品を発表しました。スペキュラティブ・ファッションラボ Synfluxとともに制作したスウェットパーカです。従来の型紙で避けられない布地廃棄の最小化を目指すSynfluxのAlgorithmicCouture(※)。AUBIKはそのアルゴリズムによって再構成されたパーカの1stプロトタイプです。
※…3Dスキャンによって、人の身体形状にフィットするパターンを作成し、アルゴリズム技術で生地の残布ゼロのパターンメイキングを行うことができる。

AUBIK

長見:本作ではSynfluxチームとの対話と制作を通してシステムそのものを更新してもらいながら、一方でベータ版であるがゆえの不完全さ、過剰さを引き受け、HATRAなりの解釈を通して服に仕立てました。左半分は既存のHATRAのパターンによるもの。右側はそれをアルゴリズムが再解釈した、あたらしいパターンによるもので、最後に中心を手刺繍でつなぎとめています。

長見:左右の非対称性も相まって異様な出で立ちをしていますが(笑)、多くの方が試着してみたいと言ってくださったのが印象的でした。実際に羽織ってみたところの感想はさまざまですが、未知の解釈(=アルゴリズムが再設計する造形)に袖を通してみたいという声そのものが私たちにとって嬉しい発見でした。

また、「これ、逆に人の手間は増えるのでは?」「縫い糸の使用量は?」といった質問も多くいただきました。普段触れることがない、服の製造過程に対する多様な想像力がこの1着を通して集まることに意味があると思います。

コロナ禍で作り上げたAR展示会

——新型コロナウイルスの影響でできなくなったことはありますか?

長見:先行きが今より不透明だった3月下旬に都内で展示会を行っていました。都の自粛要請により週末はクローズせざるを得ない状況で、その後予定していた関連イベントもキャンセルとなりました。年2回の展示は私たちにとってプロモーションの手段であると同時に、顧客や友人と集まることのできる数少ない機会です。気に入った1着を身につけて来てくださる方も多く、そうした場を失ってしまうのはやはり辛かったですね。

展示会場。

今回展示された2020AWコレクションより。

長見:そこで、実際に会場に来られなかった方のために、初めての試みとして従来運営していたオンラインストアに特設ページを用意し、オンライン受注会を開催しました。かねてよりデザインに活用していた3Dクロスシミュレーションを応用して、この空白に新しい流れをつくれたらと思い、新作のARビューをオンライン受注会に組み込みました。AR/VRプラットフォームのSTYLYを活用し、ストアのリンクから専用アプリが立ち上がる仕組みです。

ARビューの様子。自身の部屋に表示できるのは、「部屋」を主題にしたHATRAのプロダクトとも合致。

——週末の開催ができなくなってからの対応のスピードが速いですね。

長見:多くの顧客、友人がやむなく恵比寿の展示会場へ足を運ぶことができなかった、というのが半分と、制作のための用意が偶然整っていたことも、すぐに実現にいたった理由です。当時、日に日に行動が制限されていく中で、たとえ未完成なものでも、可能性を感じられるような提案ができれば、という思いもありました当時毎日のように状況が変わるなかで、リアルな展示会と並行して突貫で準備していたことを覚えています。

“AUBIK”の続編としてSynfluxと制作した、「架空の鳥」柄の多色ジャカードセーター*をスマートフォン等の画面越しに現実空間へ描画し、実際のサイズ感やテクスチャーを立体的に閲覧できます。その編み柄もまた、セーターの制作過程でシミュレートされた図案を立体に適用したため、実在感のある表現になりました。
*Synthetic Feather シリーズ

Synthetic Featherシリーズより。

——ARビューへの反応はいかがだったでしょうか。リアルとは違った発見はありましたか?

長見:気づきという意味では、制作の過程にたくさんの発見がありました。3Dモデルを仕上げるにあたり、単にフォトリアルに近づけても画面上の解像度のズレやライティングの違和感は拭いきれないわずかに不透明度を下げたり、バーチャルオブジェクトをあえて偽物らしく見せることで立ち上がるリアリティがあるのだなと。この点については幅広く掘り下げていく予定です。

——今後、HATRAではどのような発表の形をとっていくのでしょうか。

今後の発表形式についてお答えするにはもう少し時間がかかりそうです。ただ人の装いを原点におく以上、デジタルコンテンツがすべてを代替するような形は、現時点で考えていません。

テストを重ねる中での実感としては、こうした新たな表現手段は、なにかの代替としてではなく、従来のフィジカルなマテリアル、詩的なイメージ操作と支え合うようにして立体的な像を結ぶことではじめて意味を持つように思います。

変わりゆく価値体系の中でできること

——今後、ファッション業界でも制作や発表などあらゆるフェーズでデジタルシフトが加速していくと思います。これまでデジタル化を進めてきたHATRAとしては、どのような取り組みを行っていきますか?

長見:昨年からファッションスクール「ここのがっこう」で、不定期で3Dモデリングの短期講座を開いています。アパレル向けの3Dソフトは通常、企業の業務最適化、サンプルコストの削減などを目的に導入されます。そうした活用は今以上に拡がってほしいと思う一方で、それと並行して、デザイナーが物理的制約に絡めとられていた想像力を開放するために手にとられるべきで、講座はそれをコンセプトに掲げています。

実際に布を使って試すにはあまりにバカバカしいアイデアだったり、経験則で無意識に避けていたバランス、そうした要素を少しずつ解きほぐして、遊ぶように3Dソフトを扱える人が増えるといいなと思っています。この転換期を単なる効率化の波として済ませたくないんです。

——講義の中で出てきた突拍子もないアイデアはありましたか?

長見:多様な出自の方々に集まっていただいたこともあり、成果発表は驚きの連続です。ドール作家でファッションクリエイターのmillnaさんの作品は、痣(あざ)のある自身の肌をプリントした生地で特大のテディベアを作成、さらにそれを立体スキャンした本人のアバターが纏うといった形で、多層的な皮膚の解釈を3Dならではのスケールで表現していました。

millnaさんの作品。

——プロダクトだけでなく、そうした活動を通してさまざまな業界で効率化に留まらないデジタルやテクノロジーの活用が広がっていくといいですよね。コロナ禍を機に人々の価値観の転換が加速していくと思いますが、HATRAとして今後どのような姿を目指しますか?

長見:いままで普通にできていたことが日々難しくなっていく渦中にあって、それでも「こういう未来なら嫌じゃないかも」と思ってもらいたいですよね。“AUBIK”がそうであったように、最適化を導き出す過程で生まれる違和感、あるいは過剰さに新しい意味をあたえること。来る変化を、なにかを我慢することで迎えないための心身の準備運動として、次元を問わずあたらしい人の在りようを提案していきたいです。

クリエイティブな未来に向けたテクノロジーの使い方

アルゴリズムによる再解釈とブランドオリジナルのパターンを融合させたり、顧客とのコミュニケーションではデジタルでの新しい表現を模索しつつもフィジカルとのバランスをとっていくことなど、さまざまな方法を活用しながらこれからのブランドのあり方や顧客への届け方を模索するHATRA。よりクリエイティブでポジティブな未来に向けてテクノロジーの力を使いながらもブランドの姿勢について考え、実行し続けるその姿勢は、あらゆる分野で必要とされていることでもあるのではないでしょうか。

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撮影[top]:秦 和真(amana)
AD[top]:片柳 満(amana DESIGN)
編集:徳山 夏生(amana)

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