会員数7千万人を突破し、日本人の約2人に1人が持っているというTカード。その運営元であるTポイント・ジャパンは、「Tカードみんなのソーシャルプロジェクト」として社会の課題に取り組んでいます。その中のSDGsに関する「五島の魚プロジェクト」について、同社でブランド戦略を担当する瀧田希さんに取り組み方や成果を伺いました。
——貴社の中で「Tカードみんなのソーシャルプロジェクト」はどのような位置付けの取り組みなのでしょうか。
瀧田希さん(以下、瀧田。敬称略):一番の目的はブランディングです。ブランド戦略の観点で、Tポイント・Tカードのブランディングにどれだけ寄与しているか、各ステークホルダーへのメリットをきちんと創出できているかを見ています。また副次的な目的として、我々の持っているデータベースのイノベーティブな活用方法にチャレンジするプロジェクトでもあります。
——その中で行っている「五島の魚プロジェクト」の概要と、取り組みが始まった経緯を教えてください。
瀧田:このプロジェクトの全体像は、五島で捕れる未利用魚から商品を開発し、流通・販売するというものです。つまり、第一次産業(※1)の6次産業(※2)化なのですが、これは日本のさまざまな地域で見られる課題です。第一次産業である漁業は、不安定な収獲量や長期間に及ぶ生育、従事者不足などさまざまな問題があるのですが、その中でも「離島の漁業」が大きな課題の1つとなっていることがわかりました。
※1…自然界の資源を直接採取する産業。農業、林業、水産業など。
※2…第一次産業の資源を加工・流通販売する産業のこと。
2018年5月に最初に五島に入ったとき、漁師さんや漁協、仲卸さん、水産加工会社、自治体など、あらゆる漁業関係者にヒアリングをし、捕れても流通させられない魚が存在し、漁業に関わる様々な立場から課題だと思われていることを知ったんです。
離島にとって、魚の流通は鮮度保持やコストを含めた輸送面においてとても大きなハードルです。高級魚やニーズが高い魚種はそのまま鮮魚として輸送できますが、サイズが不揃いだったり、魚種がマイナーで一定のロットに満たない魚はそうはいきません。ですが、捕れるのにニーズが低く捨てられている未利用魚も、工夫をすれば美味しく食べられますし、加工すれば鮮魚ではないので鮮度保持が必要なくなります。
さらに、五島で課題とされている代表的な未利用魚は海藻を食べ生きているアイゴ、ニザダイ、イスズミ、ブダイなどですが、量が増えすぎると、同じく海藻を食べて育つウニなどが生息できなくなったり、魚類の産卵場所が確保できなくなる、といった問題が出てきます。また、食害によって海藻類が著しく減少することで「磯焼け」と呼ばれる状態に陥り、一気に水質が悪化する恐れもあるのです。
このように一度捕った魚を不要だからと海に戻すことは生態系にも悪影響を与えてしまうので、未利用魚に付加価値がついて価格にも反映できれば、五島に限らず同じ課題を抱えている他の離島にも貢献できるのではないかと考えました。多くの方が知っている五島で離島の課題を解決することで、他の離島の課題を解決できる糸口が見つかり、横展開をしていくこともできるのではないか。五島はモデルケースとしてもふさわしいと思い、「五島の魚プロジェクト」をスタートしています。
最初からサステナブルを念頭に置いていたというよりは、現地のニーズから辿り着いたものです。結果的にSDGsに繋がっていたという感じですね。
——未利用魚の問題が出てきてから、プロジェクトはどのように進められたのでしょうか。
瀧田:このプロジェクトにはたくさんのステークホルダーが関わっているのですが、核となるのが「消費者(T会員)」、地域の「生産者」、そして「流通」です。この3者のニーズが重なり合う部分の中で商品を開発していかなければ、三方良しの構図ができあがりませんし、持続可能なプロジェクトにならないので、彼らとセッションを重ねて商品開発を進めました。
——「消費者」のメンバーはT会員から選ばれたそうですが、どのように選定が行われたのでしょうか。
瀧田:まず、我々がTポイントで得たビッグデータを多角的に分析し、食と魚介にとびきりこだわりのある方々を候補として導き出しました。応募してくださった方たちがベースとなり、自分と同じように食や魚介に対する関心や指向性が高い方たちを連れてきてくださって、最終的な12名のメンバーが決定。職業も年齢もバラバラで、下は20代から上は70代までいらっしゃいます。
——選定後はどんなプロセスを経ていったのでしょうか。
瀧田:商品は五島の魅力をアピールする役割もあるので、漁業に関わらず五島の全体的な魅力を知り、かつ五島の漁業が抱える課題に向き合うために、まずは選ばれた消費者の方たちと五島に行き、2泊3日でフィールドワークと商品のコアアイデアのセッションを行いました。
瀧田:市場のニーズからスタートすると商品の幅が限られてしまうので、まずは地域の方々と消費者の方々でコアアイデアを創出。東京に戻ってきてから流通の方や食のプロであるシェフに入っていただき、プロタイプを作りました。ソーセージのようなもの、すり身を揚げたもの、スープやソースのようなもの、の3つです。
今度はそのプロトタイプを五島に持っていき、現地の工場の技術や設備で作れるのか、現地の皆さんが作りたいのかという話し合いを重ねながら、プロトタイプを6つに広げていきました。
——商品化に至るまでは、どんなディスカッションを重ねたのでしょうか。
瀧田:消費者、生産者、流通などすべてのステークホルダーが一堂に会したセッションで、味や商品のストーリーなどいろんな角度から意見を出し合い、三者のニーズが合致したのが魚のサルシッチャの方向性(後にフィッシュハムとして商品化)でした。
ポイントとして、やはり味は大きかったです。どんなに社会的に良いことをしても、おいしくなければ買ってもらえませんから。添加物の入った肉の加工品を遠慮する意識の高い消費者が増えているなかで、魚の持つ栄養バランスを生かし「肉の加工品の代わりになるもの」を作るとよいのでは、という意見もありました。
——商品化にあたり、コンセプトやターゲットはどのように決まっていったのでしょうか。
瀧田:アルコールを好む大人をターゲットに、「プレミアムビールに合うおつまみ」をコンセプトにしました。コンセプトやターゲット策定の過程でもビッグデータを活用して、アルコールクラスタの方たちの購買行動を分析しながら、商品との親和性を考慮してプレミアムビールユーザーにターゲットに絞っていきました。
ペルソナを一言で言えば、「常に自分のこだわり軸でお買い物する日常こだわり派」。素材感が生かされたものや、国産や生産地域の情報が訴求されているもの、無添加のもの好む方たちです。こういう方たちにヒットするようなパッケージデザイン、キャッチコピー、価格もデータ分析を参考に決めていきました。
瀧田:ペルソナに基づいて「五島」と「魚」を全面的に出しながら、裏面では「無添加」であることを明記しました。デザインはペルソナからイメージしたものと、製造担当である、かまぼこメーカー・浜口水産のトーンをすり合わせていきました。
——Webサイトでも、五島ブランドとしての魅力を積極的に発信していますよね。
瀧田:そうですね。こういった商品は地域の魅力とともに伝えていかなければいけないと思うんです。五島の魅力全体の中でこの商品を捉えてほしいと思っていますし、商品やプロジェクトをきっかけに五島に興味を持ったり、足を運んでくださる方が増えてくれたら嬉しいですね。単にこの1つの商品を売ることだけがプロジェクトのゴールではないですから。
——実際に商品はどういった店舗に並べていったのでしょうか?
瀧田:最初に導入してくださったのが、日本の美味しいものをセレクトしている専門店と、スーパーのマルエツ、そしてオンラインストアでした。それぞれで置かれる棚が違って、専門店では五島産の物を並べる棚に、スーパーではおつまみコーナーに置いていただきました。
通常、魚のすり身でできたハムは練り物コーナーに置かれるのですが、流通の方が「新しい売り方をしないと売れない」と。「フィシュハム」というカテゴリ自体があまりないので、半歩先の価値観を提案するという意味でも、練り物製品のコーナーではなくおつまみコーナーに置くことになりました。
——お客さんの反応はいかがでしたか?
瀧田:テレビで取り上げられたこともあり、おかげさまで販売は好調です。ただ、もっと長い目で見ていく必要があると思っています。
店頭で試食販売をしていたときのお客さまの感想で印象に残っているのは、「未利用魚なんて聞いたことがなかったけど、こんなにおいしい商品にできるのはすごくいいことね。捨てるなんてもったいないわ」と評価してくださったこと。裾野を広げていくうえでは、未利用魚も工夫すればすごくおいしく、かつ魚なので健康にいいと認識してもらうことが大切だなと思います。そうして商品の認知を広げ、最終的には買ってもらもらい、同時にこの未利用魚問題についても知ってもらいたいと考えています。
——参加者のみなさんがプロジェクトを通して何か気づかれたり、意識が変わっていったりしたことはありましたか?
瀧田:生産者の方が特に印象的でした。意義もあるけれど、それだけでなくすごく楽しくて刺激的だとおっしゃってくださって、商品の発売後、もう別の魚で次の商品の開発に着手されようとしていて。一つの魚種の活用だけでは未利用魚の課題解決にはつながらず、魚種の価値の分散こそが大切なので、さまざまな魚種も使っていくことに意味があるんだとおっしゃっていますし、もっとやってみたいと自発的にアイデアを考えていらっしゃるのはすごいと思います。
瀧田:また、T会員の方たちは、「Tカードを使っていたからこそオファーが来たので、使っていて本当に良かった」とおっしゃっていました。参加してくださったT会員の方は想いが強く、発売後も売上やプロジェクトの今後を気にしてくださり、“チーム”になっている感じがします。
——今後「五島の魚プロジェクト」についてはどんな展開を考えているのでしょうか?
瀧田:今は1つの事業者さんと取り組んでいますが、他の事業者や首都圏の流通にももっと幅広く入っていただきながら、「五島の魚プロジェクト」自体が活性化していくところまで伴走したいと思っています。最終的には自立することが一番なので、我々はどこかのタイミングまでのお付き合いになると思います。
これをモデルケースとして、他の離島や地域への横展開もしていきたいですね。そして、ここまでの3つのプロジェクトから見えてきているものがあるので、それを生かして「Tカードみんなのソーシャルプロジェクト」自体でも次の展開を考えていきたいと思っています。
五島現地の生産者、流通、消費者の「三方よし」を前提にできあがった「五島のフィッシュハム」。バランスを取りながら形にしていくことができた背景には、Tポイント・ジャパン独自のビッグデータと、三者をつなぐための丁寧な橋渡しがありました。「五島の魚プロジェクト」には、環境や生態系を守りながらも、企業の強みを生かし、新しいプロダクトやサービスを生み出す可能性を感じることができるはずです。
【関連特集】企業から、世界を変える。SDGsの取り組み方
文/山田友佳里(@TbNyMd)
トップ画像デザイン/下出聖子
インタビュー・編集/徳山夏生(amana)