関東では唯一再生可能エネルギー100%での印刷を可能とし(2020年6月現在)、ゼロカーボンプリントに取り組むなど積極的な「環境印刷」に取り組む大川印刷。2018年の「ジャパンSDGsアワード」ではSDGsパートナーシップ賞を受賞し、業界内外から注目を集めています。
SDGsを導入した経緯から、具体的な施策、社内外とのコミュニケーションについて、代表取締役の大川哲郎さん、SDGsプロジェクトを推進する草間綾さんにお話を伺いました。
——SDGsを経営に取り入れるきっかけを教えてください。
大川哲郎さん(以下、大川。敬称略):バブルが弾けた頃仕事がなくなるという危機を迎えて、自ら事業を創出しなければならなくなりました。それで、本来どのように地域や社会に必要とされる企業を目指していくべきかを考え、自分が関心のあった人と環境に優しい「環境経営」へとシフトすることにしたんです。
——環境経営を取り入れた経緯はどのようなものでしたか?
大川:大川印刷の拠点である横浜は都会だと思われがちですが、今もサワガニがいるような自然豊かな川の源流があります。私はその近くに生まれて虫や植物に触れる時期が長かったので、幼い頃から自然に関心がありました。
しかし、実際に印刷会社で働き始めてみると、紙は大量に使うし、インキの入っていた缶は大量に積み重ねられていて、従来の油性インク(※1)は石油系溶剤を使用し、揮発性有機化合物が含有され、人にも環境にもよくない。それに違和感を感じて、何かできないかと思ったことがきっかけです。
※1…油性インキはVOC(大気中の光化学反応により、光化学スモッグを引き起こす原因物質の一つ)や環境ホルモン(生体の内分泌系の働きに影響を与え、障害や有害な影響を引き起こす作用を持つ物質)などが含有されており、環境や生物に悪影響を及ぼす問題があるとされている。
——具体的にはどんな取り組みを行なってきたのでしょう?
大川:1990年代半ばから環境に配慮した経営に取り組み始め、使用するインキを石油系溶剤0%のものにシフトしていきました。また「ゼロカーボンプリント」を掲げ、印刷事業により排出される温室効果ガスの全量を、CO2削減事業を支援することでオフセットしています。
2003年には「ソーシャルプリンティングカンパニー®」という指針を立てました。これはCSR(企業の社会的責任)として、本業を通じて社会的課題を解決できる会社を目指すというもので、2010年からは部門を跨いださまざまな委員会活動を展開して参りました。そして2017年からは、CSRから移行するかたちでSDGsを経営方針の中核に定めています。
——経営レベルで環境問題に取り組むとなると、社員の方たちの理解がまず大切だと思いますが、社内の理解を得るためにしていることはありますか?
大川:常に身近な問題や課題について情報を共有したり、自分たちの仕事や事業をSDGsに基づいて再定義しています。印刷業は受注産業ですから、基本的には言われた通りのものを作る仕事です。とにかく安ければいいと言われる時代もありましたが、作業している人に危険な薬品を使用したり、印刷物を手に取ったお客様に対しての配慮もまったくしていないということは許されません。
私たちの仕事は、仕事を通じて困っている人たちを助けられる事業にするべきだと再定義し、日々社員に共有することで、新しいビジネスチャンスに繋がったり、新しい働き方が生まれ、社員は今までとは違う仕事に対するモチベーションを得ることができたのではないかと思います。
——経営陣からのトップダウンではなく、従業員からのボトムアップで経営計画を立てていることも、特徴的ですね。
草間綾さん(以下、草間。敬称略):弊社では、1年ごとに経営計画に基づいてプロジェクトを複数立ち上げ、そのプロジェクト単位でSDGsに関する取り組みを行なっています。
毎年、年度末にパートタイマーも含めて全社員が一堂に会し、プロジェクトの内容についてワークショップ形式で話し合いを行ないます。そこでは「うまくいっていること」「うまくいっていないこと」「今後取り組みたいこと」「その障害になっていること」の4項目とSDGsの指標をひもづけ、自分たちが次年度にどんな取り組みをやりたいのか、やるべきなのかあぶり出していくんです。
草間:このワークショップをもとに、次の1年で実行するプロジェクトを決めるのですが、私がリーダーを務めたプロジェクトでは、パートさんとそのお子さんたちに、SDGsやFSC®森林認証紙について学ぶイベントや工場見学ツアーを開催しました。
私自身、以前はパートタイム勤務だったのですが、パートの立場では、自分が取り組んでいる仕事がどのようにして社会へ繋がっているのか、なんとなくしか知らないんです。なので、社員自らに企画を立ててもらい、自分ごと化につながる工夫をしています。
大川:プロジェクト単位で動いていくとき、気をつけなければならないのが、部署など既存の組織との絡みです。既存の組織ができてないことをプロジェクトチームで動かす。そうすると、本来は総務部がやるべきだと思われることを、他のチームがやる、ということも出てきます。「総務の立場がない」という意見が出ることもありますが、そこで止まるのではなく、お互いに意見を出し合ってプロジェクトを進めていくんです。いい意味で社内に議論が起こればいいなと思っています。
——そうした取り組みは社外に向けてはどうのように伝えていますか?
大川:SDGs の企業行動指針として、国連から「SDG Compass」が定められているのですが、5つの項目に「報告」があるんですよ。私達がどんな取り組みをして、それがSDGsに対してどのようなインパクトがあったのか、あるいは何ができなかったのかを社外にも共有するようにしています。
草間:社外の人も交えたイベントでは、他業種の方々とSDGsを共通言語につながることができるんです。2019年期末のSDGs報告会は、私のプロジェクトとして主催し、「第2回ジャパンSDGsアワード(※2)」で本部長賞を受賞した日本フードエコロジーセンターの高橋社長に登壇していただきました。
※2…SDGs達成に資する優れた取組を行っている企業や団体等を表彰するもの。受賞はNGOやNPO、有識者、民間セクター、国際機関など広範な関係者が集まるSDGs推進円卓会議構成員から成る選考委員会の意見をふまえて決定される。
——社外へ発信されたことの影響はありましたか?
草間:セミナーで一緒になった方々と「SDGs手帳」を作りました。SDGsの17の目標、169のターゲットを分かりやすく伝えるハンドブックで、デザインやテキスト内容を工夫しています。SDGsを知ることができる映画を紹介したりと遊び心に富んだ内容も入っていて、SDGsを楽しくて前向きな気持ちで取り入れてもらえるように作っています。とても好評だったので、増刷してSDGs報告会でも配布しました。
草間:また、伊勢谷友介さんが代表を務め、社会課題をクリエイティブ視点で解決しているリバースプロジェクトと、第1回ジャパンSDGsアワードを受賞した金沢工業大学が手がけた「THE SDGs アクションカードゲーム X(クロス)(※3)」の製品版の印刷も担当しました。私たちの環境印刷に共感していただいたからこそ、いただけたお話でした。
※3…金沢工業大学の「SDGs Global Youth Innovators」とリバースプロジェクトによる共同プロジェクトで開発された。貧困、人権、教育、ジェンダー、エネルギー、平和、気候変動など、社会課題に対してさまざまなモノ・コト・ヒトといったリソースを使って解決アイデアをつくるゲーム。
草間:その後、世代、立場、すべてのジャンルを超えて楽しめる野外フェス「PEACE DAY 2019」でも、リバースプロジェクトとカードゲームを体験できるブースで共同出展させていただきました。「一緒にSDGsの気運を高めたいね」、「面白いことを一緒にやりたいね」という気持ちが製品やビジネスにつながっていくのを感じています。
大川:その他にも取引先の製紙会社や製本会社、インキ会社、さらには他の印刷会社などを招いて、ゼロカーボン化の施策を一緒に考える勉強会も行なっています。なぜなら、正しい知識を身につけ、SDGsウォッシュ(※4)にならないよう配慮するとともに、SDGsの17番目の目標である「パートナーシップで目標を達成しよう」が重要だと思うからです。
※4…SDGsに取り組んでいるように見せながらも、実態が伴っていない状態。
利益だけを求めると、企業は自分が一番になりたい。もちろんうちも競合がいるなかで受注を獲得したい気持ちはありますが、SDGsを達成するためには、業界全体や、時には競合関係にある相手とも手を組んでいかなければなりません。全体で実現していくため、勉強会には同業他社も呼んで一緒に学んでいます。
——国内でもSDGsを取り入れる企業が増えてきましたが、周囲の方々の意識の変化を感じることはありますか?
大川:2018年に「ジャパンSDGsアワード」で受賞したおかげもあると思いますが、工場の見学者数が増え、2011年から2019年度までに累計で2000名ほどお越しいただきました。ありがたいことに新規のお問い合わせもたくさんいただき、営業担当が少なく新規開拓が難しい状態にも関わらず、売り上げが伸びています。
——これから先の目標について聞かせてください。
大川:世界一の環境印刷会社になることが目標です。売上1位になる、という端的なものではなく、2030年に向けて、社員全員の幸せが増していくような姿を描いています。
SDGsを推し進めていた中で今回の新型コロナウイルスのパンデミックが起こりましたが、予期せぬかたちではあるものの、世界中で温室効果ガスが削減されたり、働き方の改革が進みました。これをチャンスととらえるのであれば、やればできる部分があると思えたことが、また新たなスタートにつながるはずです。SDGsの17のゴールが他人事じゃないとわかったわけですから、どのような行動を取っていくべきか、これから真剣に考えなければなりません。この機会を無駄にしてはいけないと思っています。
国内でもいち早く社会課題を解決する事業へと舵を切った大川印刷。印刷業界のみならず、他業種ともつながりながら成長し続けています。コロナ禍によって加速する人々の価値観の変化を背景に、今後選ばれる企業やサービス、製品と、そうでないものの境界線がよりくっきりと見えてくるはずです。社員一人ひとりが自分ごととして世界や社会をとらえ、事業をつくることができる企業こそ選ばれる。大川印刷は、そのことを体現している企業なのではないでしょうか。
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文/山田友佳里(@TbNyMd) トップ画像デザイン/下出聖子
インタビュー・編集/徳山夏生(amana)