生活を“楽しむ”ことを根底に。「トーキョーバイク」の世界観作り

ブランディングを成功させた企業にその背景を聞くこの連載。今回は、地域に寄り添ったコンセプト作りで世界観を確立させた「トーキョーバイク」のブランディング事例を紹介します。トーキョーバイクの特徴でもある自転車のカラーや、コンセプト作りに大きく影響したという地域とのつながりについて、お話を伺いました。

東京らしい自転車作りがスタート

2002年に誕生した自転車ブランド「トーキョーバイク」。現在は、都内に本店の谷中店、高円寺店、中目黒店、豪徳寺店の国内4店舗に加え、ロンドンやロサンゼルスなど世界8都市に直営店を展開しています。シンプルなデザインとカラー、軽やかで心地いい乗り心地で“トーキョーバイクらしい自転車”を確立し、今や世界中にファンを持つトーキョーバイクですが、もともとは自転車のパーツを販売するオンラインストアとしてその名が生まれました。

トーキョーバイク代表取締役の金井一郎さん。

「当時はWebショッピングが出はじめた時期に、自転車パーツを販売するWebサイトを開設することにしたんです。そこでアドレスが必要になり、思いついたのが“tokyobike”。単純に、地名+bikeという響きがいいなと思ったんです。その名前から、“東京の街を軽やかに走る自転車”の構想が浮かんだんです。当時は街を走るための自転車はほとんどなかったので、それなら僕が形にしようと思い、自転車を作ることになりました」(代表取締役 金井一郎さん)

自転車=ママチャリというイメージしかなかった時代。自転車の使い方も今とは違い、駅やスーパーなど近くに行くための交通手段でしかありませんでした。

「自転車好きの間ではマウンテンバイクやロードバイクも浸透していましたが、タイヤがゴツゴツしているし重量もあるので、街で走るのにはあまり適していない。なので、街中ではほとんどの人がママチャリに乗っていました。そのママチャリも、ロゴが大きく入っていてカラーも原色でというように、デザインも同じようなものばかり。それでトーキョーバイクは、自転車の持つ可能性や使い方の概念を覆してしまおうと。乗るのがワクワクするような自転車を作って、“都会を自転車で走ると日常が変わる”ということを体感してもらいたいと思いました」(金井さん)

自転車のカラーで、ブランドの“らしさ”を表現

店頭にも見本として置かれているカラーパイプ。どれもニュアンスのある色で、トーキョーバイクらしい色でもある。

創業から3年ほどは、社員は金井さんただひとり。そのため、開業時のブランディングや商品づくりも、すべてひとりで行いました。当時のコンセプトは今と変わらず「東京の街を走る」。“ロードバイクが東京の街を走ったら”をテーマに考えた自転車の型も、現在とほとんど変わっていません。

「ほかの自転車メーカーは、どんな身長の人にも合うように、同じ型でも幅広いサイズの自転車を作るのが普通でした。ですが、トーキョーバイクは僕ひとりで運営していることや予算の関係もあり、型を多く作れなくて。なのでサイズはワンサイズに絞ることにしました。

この色が、現在のトーキョーバイクの代表色でもあるブルーグレー。

サイズが作れない分、カラーにこだわって展開。最初に作ったのが、「ホワイト」「ライトブルー」「ダークレッド」「ブルーグリーン」「ブラック」の5色。流行は考えず、東京の街並みに溶け込むシンプルなカラーを選びました。

中でも創業時のトーキョーバイクを象徴するイメージカラーに据えたのが、ライトブルー。これは、昔のフォルクスワーゲンを意識した、抜けた水色。当時のターゲットペルソナは、「好奇心のある都会の人」だったので、Tシャツと短パンで乗るような、カジュアルなイメージで作りました。徐々にトーキョーバイクらしさがよりはっきりしてきて、時代とともにライトブルーはなくなりましたが、創業時を語るのに外せないカラーです」(金井さん)

スタッフが増え店舗も拡大した現在は、子供用含め自転車の型は10種類に増加。それぞれターゲットに合わせ、型ごとに色のイメージを変えています。

子供用の自転車も販売している。

「スタンダードタイプの“TOKYOBIKE 26”と“TOKYOBIKE BISOU 26”は、いわゆるトーキョーバイクらしい色。“TOKYOBIKE SPORT 9s”は、男性がかっこいいと感じるような少し渋い色。“TOKYOBIKE SS” “TOKYOBIKE CS LIMITED”は、サドルも黒にしてよりシンプルに。そして“TOKYOBIKE LITE”は原色を混ぜた明るい感じに仕上げています。

最近では限定カラーを作るとき、スタッフ全員でアクリル絵の具で塗り絵をし、そこからいい色を採用することも。不思議とエントリーされる色は系統が似ていて、スタッフが思うトーキョーバイクのトーンや世界観が同じ方向を向いているのを感じました」(金井さん)

ブランドのあり方を変えた、谷中という土地と人との出会い

谷中の元酒屋だったトーキョーバイクの店舗。

2004年には、「お客様と直接触れ合える場所を」という思いから、たまたま車で通ったときにひとめぼれした谷中に、オフィス兼ショールームをオープン。5年後にはその場でショップをスタートし、2013年に現在の建物に移転しました。この谷中という土地に来てから、トーキョーバイクのあり方に変化が出てきたと、金井さんは言います。

「谷中の、古い町並みだけど自然や空も見える、センスのいいギャラリーやカフェもたくさんある、そんな街の雰囲気がすごくいいなと感じて。トーキョーバイクのユーザー層は世田谷方面の方が圧倒的に多かったので商売的にはどうかなと悩みましたが、この場所に呼ばれた気がして思い切って谷中に決めました。

谷中に来て強く感じたのが、ここに住む人たちは楽しそうに生きているなということ。谷中は個人店が多いのですが、みんな周りを気にせずマイペースに仕事と向き合っていて、たくましさと自由がある。そんな生き生きとしたみなさんを見ていると、日々を楽しむことの大切さがひしひしと伝わってくるんです。僕もトーキョーバイクを通して、お客様に日常を楽しむことを伝えていきたいと思うようになりました。明確にリブランディングをしたわけではないのですが、店が街に溶け込んでいくうちに、自然と伝えたいことが変わっていったという感じです」(金井さん)

谷中に来て東京のスローな一面を発見した金井さん。現在のテーマでもある「TokyoSlow」という言葉は、ちょうどこの時期に誕生しました。

「東京は忙しいというイメージがあるかもしれないけど、もっとゆっくり生きることができる。日常にゆったりできる時間があると、気持ちがちょっと楽になるし、生活が楽しくなりますよね。それを言葉にしたのが“TokyoSlow”です。このメッセージをお客様に伝えられたのも、谷中という土地で新しい価値観に出会えたからだと思っています。もし最初に世田谷の方にお店を出していたら、今のトーキョーバイクはなかったでしょうね」(金井さん)

谷中に来たトーキョーバイクは、街と人とのつながりでどんどん広がっていきました。手ぬぐい専門店「かまわぬ」や、文房具メーカー「トラベラーズカンパニー」、谷根千エリアの魅力を伝える小冊子『rojiroji magazine』などとコラボして、オリジナルアイテムやフリーペーパーを作ったことも。

手ぬぐいの専門店の「かまわぬ」や文房具メーカー「トラベラーズカンパニー」とのコラボ商品。

トーキョーバイクが10周年を記念してrojirojiとコラボして作った『rojiroji magazine 増刊号』。

「コラボ企画をやる際の基準は、お互いが“楽しいか”どうか。ビジネスライクでやるのではなく、楽しいからやる。このスタイルはこれからも変わらないでしょうね。

僕が楽しむとそれがスタッフに伝わり、その思いがお客様に広がっていく。そんな風に、トーキョーバイクのよさや日々の生活を楽しむ心を伝えていけたらいいなと思っています」(金井さん)

まとめ

社内で話し合って体系的にブランディングを詰めたことはないというトーキョーバイク。それなのにここまで世界観を確立できたのは、コンセプトとお客様に伝えたい「思い」が明確にあったから。トーキョーバイクのような地域密着型のブランドは、地域や人とのつながりを大切にする点にも、ブランドを広める可能性が隠れているかもしれません。

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撮影/堀内彩香 テキスト/石部千晶(六識)

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