企業のブランディングに携わる人は、普段どんな視点で、どのようなインプットをし、仕事につなげているのでしょうか。今回は、通信事業会社や総合商社、アイスクリームブランドなど幅広い業界のブランディングに携わる、アマナデザインのアートディレクター片柳満にアイデアのタネについて聞きました。コーポレート・プロモーションツールや期間限定ショップのディレクションを担当している彼の視点を探ります。
普段は、ネタになるようなものを自分から意識的に探すというよりは、空気を吸うような感覚でデジタル・アナログ問わずいろいろな情報に触れたり、生活の中で起きる出来事を大事にしています。
よく見るWebサイトは、「ほぼ日刊イトイ新聞(以下、ほぼ日)」と「HYPEBEAST」です。「ほぼ日」は、記事コンテンツはもちろん、「ほぼ日手帳」などの商品開発ではユーザー視点が徹底されていて、デザインシンキングの先駆けと言えるかもしれません。時代とともに変化し続けるビジネス視点とクリエイティブのバランスの取り方が絶妙です。
「HYPEBEAST」は、カルチャーの観点からファッション・食・アート・テックなどの情報を扱っているサイト。ナイキに代表されるように、カルチャーを通してユーザーとコミュニケーションを取るブランドも多く、世の中のブランドを取り巻くカルチャーを知るためにチェックしています。今は、メインカルチャーとサブカルチャーのボーダーラインが曖昧な時代。2つの円の重なり方にはいつも注目しています。
また、自分がアートディレクターとして仕事をするときに大切にしているのも、視点と視点が重なる部分。クライアントの視点、チームのメンバーの視点、多角的な視点が交わるところに答えがあることが多いと感じます。
普段使っているのはノートやメモ帳ではなく、A4のコピー用紙です。具体的に仕事を進めるときは、次の3つの段階を通してアイデアを形にしています。
①まず、スケッチするような感覚で、対象の課題・達成すべきこと・クリエイティブのイメージなどをPCや紙に言葉で書き出す。
②次に、言葉から連想したイメージをもとに、リファレンス画像を集め、ビジュアルイメージを固める。
③最後に、手描きのスケッチで具体的にビジュアライズ。
アイデアを描いたコピー用紙は、その仕事が終わったらすぐに処分することがほとんど。その瞬間に、仕事が終わったことを実感できて、スッキリします(笑)。
いま取り組んでいる案件を日常の中に展開して考えることもよくあります。たとえば、電車に乗っているとき向かいに座っている男性を見て、「この人はこんなデザインだと買ってくれそう」とか、街を歩く女性を見て「あのイベントにこの女性はどうしたら来てくれるかな」と想像したり。いろいろな視点から考察を重ねることでアイデアがより強くなっていきます。
Q1:影響を受けたモノ・コト・ヒトは?
A:写真家の杉本博司、デザイナーのヴァージル・アブロー
杉本博司さんは世界的に著名な作家ですが、作品はもちろん、著書を読んで、歴史をもとに作品の核や文脈を作っていることに興味を持ちました。2014年のヴェネチア・ビエンナーレで発表されたガラスの茶室「聞鳥庵(もんどりあん)」は、現代的に再解釈された侘び寂びのクールさに衝撃を受けました。
ヴァージル・アブローは、自身のブランドOff-Whiteのデザイナーであり、ルイ・ヴィトンのメンズデザイナー。カニエ・ウェストのクリエイティブディレクターとして活動していたころから注目していましたが、ハイカルチャーとストリートをミックスする手法や、世界中を飛び回りながら、とんでもない量と質を伴うプロジェクトに取り組むワークスタイルは、まさに今の時代を体現する存在ではないかと思っています。
Q2:よく見るWebコンテンツは?
A:YouTube「Rhythm Roulette(リズムルーレット)」
ヒップホップが好きなので、YouTubeでよく関連動画を見ていますが、中でもはまっているのが「Rhythm Roulette」です。トラックメイカーがレコードショップに行き、目隠しして選んだ3枚のレコードを元に曲を作るという動画は、レジェンドから若手まであらゆるトラックメイカーの創作過程を見られて面白いです。サンプリングした曲にベースやドラムが加えられ、瞬く間に曲が仕上がっていく様子に、ヒップホップの魅力を感じます。
Q3:アイデアが煮詰まったときにすることは?
A:自分の視点を切り替える
自分の頭の中だけで考えていると、気をつけていてもクリエイター視点に偏ってしまうことがあります。そんなときは、ユーザーならどう思うだろう、クライアントはどう考えるだろうと少し意識を切り替えます。すると、それまで悩んでいたことがそれほど重要ではなかったと気づけることも。ユーザー視点、クライアント視点、クリエイター視点をうまく切り替えていくうちに、出口が見つかることが多いですね。
Q4:最近気になるブランディングの事例は?
A:マグロ専門仲卸「やま幸グループ」、合成繊維の製造・販売企業「小松マテーレ」
「やま幸グループ」は、銀座の名だたる鮨店が競うようにマグロを仕入れている仲卸企業。代表の山口幸隆さんは、マグロのすべてを知り尽くした目利きで、最高品質のマグロを独自の判断基準で競り落としていくそうです。
「小松マテーレ」は、斜陽産業と言われる繊維業界で、業績拡大を続けている石川県の先端ファブリックメーカー。厳しい目を持つ欧州のラグジュアリーブランドからも絶大な信頼を誇り、生地の開発・提供を行っている企業です。
大々的な宣伝や飾り立てるようなデザインはありませんが、他がマネできない圧倒的な価値を持つ2社は、真の意味で「ブランド」と呼ぶにふさわしい存在ではないかと思います。「代わりがいない存在であるかどうか」ということも、ブランドの大切な条件なのではないでしょうか。
Q5:クライアントの想いを届けるために大切にしていることは?
A:“Attitude(姿勢)”を大切に
ユーザーに想いを届けるためには、デザインを通して、ブランドの持つAttitude(姿勢)を表現する必要があると思っています。たとえば、アップルがシカゴ・リバーフロント地区の高層ビルが立ち並ぶエリアに、ガラス張りで建てた平屋のストア「Apple Michigan Avenue」。この超一等地に平屋を建てる、という選択を実行してしまうのは、世界中でもおそらくアップルだけ。リバーフロント地区の特徴である水辺と都市をつなぐ姿は、アップルのブレない芯も表しているように感じます。
僕自身も、そのブランドが、そのブランドであるために取るべき選択を積み重ね、Attitude(姿勢)を表現していくことを大切にしています。
自分の考えだけに固執することなく、複数の視点で物事を見つめ、判断することは、どんな仕事でも生かせるノウハウです。決して均質化した無難な案を採用するということではなく、そのチーム、そのブランドでしか作れないオリジナリティを追求していくことも大切です。
アーティストの作品を見て感性を刺激され、さまざまなメディアで時代を捉えつつ、街中の人を観察することで、ユーザーに寄り添った考えも育てる。そうした多角的な情報のインプットが、ブランドの姿勢を表現するアウトプットにつながっていくのではないでしょうか。
インタビュー・テキスト:吉田かな 撮影:川合穂波(amana)