2019年3月3日までGinza Sony Parkで開催される「#005 PHOTO Playground」。そこで展示されるアートフォト作品には、写真印刷のプロの存在が……。そこで、制作に携わったプリンティングディレクターに制作秘話を聞きました。
銀座のど真ん中にある地上1階、下4階からなる垂直立体公園、Ginza Sony Park。こちらでは、年間を通してさまざまなイベントや展示が行われ、“変化し続ける公園”として、新しい形のコミュニケーションを提供しています。そこで、現在開催しているのが、「#005 PHOTO Playground」。国際的に活躍するアーティストたちのアートフォトを単に並べて展示するのではなく、布に印刷したり、VRでの体験型にしたり、写真の上に水を張ったりと、工夫を凝らした立体的な展示を通して、子供から大人まで気軽にアートフォトの世界に触れて、楽しむことができます。
そんな今回の展示ですが、実際、作品に触れてみると、この大きな作品はどのように印刷しているの? 水が張ってあるのになぜ写真が滲まないの?という不思議さに興味が沸いてきます。どのようにしてこれらの作品が生み出されたのか? 本展示のプリントを担当し、落合陽一展覧会「質量への憧憬」の展示サポートも行ったFLAT LABOの小須田翔に、最新プリント技術について聞きました。
――今回の展示には、最先端のプリント技術が活躍していたと聞きました。
小須田翔(以下、小須田):はい、そうですね。今回の展示はすべてFLAT LABOが制作に携わりました。その際、活躍したのが、スイスで開発・製造されている「swissQpint」というプリンターです。このプリンターは、小さなパネルから3mを超える大きなもの、ロールになった長いものなど、さまざまな素材へのプリントに対応できます。インクもUVインクなので、屋外でも色あせすることなくきれいに展示ができ、カラーバリエーションもCMYKに、ライトシアン、ライトマゼンダ、ライトグレーをプラスし、透明、白色も備えていて、髪の毛一本分の精度でインクの着地点の調整が可能です。写真のグラデーションがいちばんきれいに表現できるインクのセレクトになっています。このカラーラインナップでそろえているのは、日本にまだ一台だけなんですよ。
――その最新プリンターが今回の展示には欠かせなかったということですね。
小須田:はい、そうですね。「swissQpint」は、品質の高いプリントができるだけでなく、プリントする時間も通常のプリンターより短時間でできるんです。今回は、制作期間が約10日間と短かかったのですが、このプリンターのおかげで、かなり助けられました。
――実際作品を見ると、水の中に写真が沈んでいたり、やわらかい布や木、薄いフィルムなど、印刷する素材の幅が広く驚きました。
小須田:確かに、そうですね。板からアクリル、2×20mの帆布など、さまざまな素材にプリントしました。特に、小林健太さんのVR作品「REM」(2018)のための展示が、素材としてはいちばん難しかったです。
――VR作品とプリントが共存する展示は珍しいですよね。
小須田:一見すると気づかないかもしれませんが、この作品を鑑賞する際、来場者はVRを装着して、天井からおばけのように吊る下げられた布をかぶるのですが、その布にプリントをほどこしています。布は、人に触れるので柔らかくストレッチが効いた素材でないとだめでした。通常、プリントするとき、プリント機械の上に紙を置き、平面を保つため下からバキュームで吸い込み、固定します。でも、布は糸と糸で織っているためよく見ると無数の穴が開いています。そのため、バキュームで吸っても空気が抜けてしまい固定がしにくい。固定できないと、平面が保てず、印刷がずれたり、布がインクを通してしまい作品がぼやけてしまうのです。そのため、制作にはかなり苦労しました。水を使った鈴木理策さんの「水鏡/Water Mirror」(2016年)の作品も、アクリル板のように見えますが、実はターポリンという防水性のある布に印刷しているんです。
――鈴木さんの作品が布だったとは意外でした。布以外に素材にこだわったという作品はありますか
小須田:今回の展示でもいちばんの存在感を放つ本城直季さんの「small planet/Yoyogi park」(2007)は、アルポリック(アルミ樹脂合材)に印刷することになっていました。でも、展示する作品のサイズが1800×2200mmという大きさ。それだけ大きなものになるとアルポリックでは対応できず、アクリル板ならサイズがあるということでした。アクリル板は基本透明なので、そこにプリントすると、写真のようなマット感が出にくい。写真の奥行きを出すためには、紙のような白い板でないと世界観が出せません。ほかの素材がないかと探して、見つけたのが、看板制作でよく使われる乳版のアクリルでした。課題点をクリアした素材が見つかり、本城さんの写真の世界観も表現できたのではと思います。
――プリントというと色にこだわるものと思っていましたが、プリントする素材にこだわるというのは新たな発見です。
小須田:私自身、写真を撮っているので、作家の“想い”を人一倍強く感じることができるのかなと思うんです。こんなイメージに持っていきたいなど、作家の世界観を引き出して、表現するためにはどうするべきか。それを考えると、素材を探すところから制作をスタートすることがほとんどなんです。
――作家の想いも理解しながら制作してもらえるのは、作家側からみても安心して任せられる存在になりそうですね。今回の展示では、そのようなエピソードはありましたか?
小須田:それは、小山泰介さんの「RAINBOW VARIATION」(2017)の制作のときです。この作品は、東京の自動販売機に掲示されたポスターを接写した作品で、とても色鮮やかなのが特徴です。制作前、小山さんにFLAT LABOの工房に来ていただいたので、過去に行った海外での展示方法を聞きました。通常は、光沢紙を使って展示をしていたと聞いたのですが、小山さんの作品の世界観を自分なりに解釈し、色が鮮やかな作品なので、プリントしたときに光沢感があるほうがきれいだろうと、素材としてフィルムを提案しました。
――フィルムですか? 確かに、実際の展示をみると作品の色鮮やかさと柔らかさがフィルムの質感とマッチしてるように感じました。
小須田:そうですね。でも、フィルムは透明なので小山さんの鮮やかな色を出すために、カラーを反転させて印刷した背後に白インクで色を入れるという二度刷りをしました。フィルムというかなり挑戦的な制作でしたが、小山さんが新しいことをやってみようという気持ちになって、一緒に作り上げられたのかなと思います。
――作品を理解することから、完成度の高いプリントが実現するんですね。
小須田:そうですね。作品を理解することで、プリントするときにこの写真は赤よりも青に振ったほうがいいとか、明るくするより暗いほういいのではないかなど、直感的に感じて提案できるので、作家さんと近い目線で話ができるのかなと思います。
――最新のプリント技術とそれを形にする作り手の思いを知ると、また違った展示の見方ができるかもしれません。
小須田:はい。「#005 PHOTO Playground」は、写真を体験できる場所になっていて、とてもおもしろい展示ですが、それらの写真の中にある作り手のストーリーを想像しながらご覧になったら、さらに深く楽しめるのではないかと思います。
テキスト:さとうともこ
撮影:金成津(amanaphotography/@sonnzinn)
『#005 PHOTO Playground』~写真と出会う、写真と遊ぶ~