あるべきビジュアルがないことでインパクトをもたらす戦術

テクノロジーライターの大谷和利さんが注目した、世界の先進的なビジュアルユースのトピックを取り上げる連載「VISUAL INSIGHT」。第20弾は、タイのアルツハイマー病財団が行った、ビジュアルの主役を排除したプロモーションの取り組みについてご紹介します。

必要なビジュアルをあえて見せないことが有効な訴求に繋がる

日本のみならずアジアの国々においても、社会の高齢化は進んでいる。そして、それに伴って認知障害をもたらすアルツハイマー病も増加傾向にある。

残念ながら現時点ではアルツハイマー病の完全治癒は難しいが、その進行を遅らせる試みはさまざまに行われてきた。

こうした対策は、特殊な薬品や器具などを使わず、コストもかけずに日常生活の中で施せるのが理想といえる。そこで、タイのアルツハイマー病財団が注目したのが、歌を歌うことだった。

アルツハイマー病は、愛する家族の顔すら忘れてしまう悲しい病気である。

この再現ドラマの老婦は、自宅の玄関を出てから、ガスストーブを消したかどうかを思い出せず不安になっている。

自家用車のドアの開け方もわからなくなり、昔は開けられたのにとつぶやいている。

タイには現在80万人のアルツハイマー病患者がおり……

症状が進めば、実の娘の顔も見分けられずに、ただドアを開けてくれた親切な人だと思うようになってしまう。

しかも、その数は毎年3万人ずつ増えつづけているのだ。

しかし朗報がある。歌を歌うことは、単に楽しいというだけでなく……

高齢者の記憶力向上に役立つという研究結果が得られたのだ。

タイのアルツハイマー病財団は、その重要性に着目し……

さらに歌の効果を高めることにした。

つまり、歌を歌うためには、歌詞を覚え、それをメロディに合わせて発声する必要がある。このプロセスが脳に適度な刺激を与え、また、歌唱することで得られる喜びなどの感情からも、よい影響が得られるようだ。

しかし、ただ歌うだけでは本人も周囲も効果を実感しにくい。楽しく歌えて、効果もわかりやすい方法として考え出されたのが、穴あきの歌詞を補って歌う、メモオケだった。

それが、歌詞の一部を隠したカラオケで歌う、メモオケである。

調子よく歌っていると、歌詞のない部分が出てきて、頭をひねることになる。

その間にも曲は流れていくが、無理に思い出す必要はなく、次の歌詞のところまでくれば穴埋めされて、ああそうだったと思い出せたりする。

これが高齢者の記憶に刺激を与え、アルツハイマーの進行を遅らせることにつながるのだ。

最初は、なかなか歌詞を思い出せずに、つかえてしまう箇所が多いかもしれない。それでも、ゲーム感覚で続けていれば、スムーズに歌えるようになっていく。

これを繰り返すうちに、歌詞がなくても歌える箇所は増えていく。

そして、笑顔も増えるのである。

だから、忘れてしまっても慌てずに……

歌いたいという気持ちを大切にすれば……

また、楽しく歌えるようになる。

そして、まだ歌い続けられることが自信につながっていく。

ここでのビジュアルの主役は歌詞のテキストそのものだが、その主役たるビジュアルをあえて隠すことによって、アルツハイマー病の進行を遅らせるというソーシャルインパクトのある取り組みが可能となった。

タイのアルツハイマー病財団では、Youtubeを活用して、広くこのメモオケを普及させようとしているが、デジタルネイティブではない人たちもその恩恵に与れるように、協賛したレコード店などでもメモオケ用のマルチメディアCDを配布し、カラオケセットに挿入して利用できるようにした。

あなたも、YouTubeチャンネルの「メモオケ」で歌うことができる。

タイ人には馴染み深い歌が、いろいろとそろっているYoutTubeチャンネル。

あるいは、協賛しているお店で配布されているメモオケ用のマルチメディアCDを利用することもできる。

タイのアルツハイマー財団制作のメモオケを、ぜひご利用あれ。

ビジュアルの活用は、ともすればインパクトのあるものを求めがちだが、ときには最も重要な箇所を隠すことで、その部分を印象付けることができる。それは、対象者がアルツハイマー病かどうかにかかわらず、一歩立ち止まって考えさせ、脳に情報を残す手段として有効なのである。

 

※図版は、すべて公式ビデオ<https://youtu.be/3xd7g0gV9WU>からのものです。

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