電子ペーパーによる表現の可能性を追求した「E-FRAMES 電子ペーパーグラフィック展」レポート

Kindleなど電子書籍端末のディスプレイとして活用されている電子ペーパー。アーティストらが、このデバイスによる表現の可能性を探求したのが「E-FRAMES 電子ペーパーグラフィック展」です。世界初の試みとなった展覧会の模様をご紹介します。

電子ペーパーの特性を活かしたビジュアル表現の可能性

電子ペーパーに使われる「電気泳動方式」は、通常の液晶ディスプレイにはない特筆すべき技術。フィルムが密着した2層の電極板の間に、白と黒の顔料粒子とオイルを収めた直径約40μmのマイクロカプセルが敷き詰められ、一方の電極板に電圧を加えることで、白と黒の粒子を上下にコントロールして像を定着させるという仕組みです。

会場では、電子ペーパーの表面を電子顕微鏡で拡大して、表示される画像の変化に伴って、中に埋め込まれたマイクロカプセル内の粒子が動くことで、白から黒へ書き換わる映像をリアルタイムで映し出す「E-Surface」を展示。電子ペーパーの特徴を伝える展示に、来場者も仕組みを理解しやすかったのではないでしょうか。

モノクロ表示ながら薄型・軽量で、バックライトが不要なため目が疲れず、電力消費が少なく長時間使用できる。これは電子ペーパーの利点ですが、一方で画像を切り替える際に残像やチラつきが発生することがあり、電気的なノイズや不覚的要素が思いがけず露出する点は発展の余地ありと認識されていました。

しかし、本展ではそうした残像やノイズを含めた揺らぎも作品を構成する一部ととらえ、9名のアーティストが、電子ペーパーというデバイスがもつ表現の可能性を探求しています。

残像を表現として取り込む作品

展示のステートメントや展示作品のキャプションなども電子ペーパーで表示されています。

本展で展示された一部の作品を紹介します。

デザイナー岡本空己さんによる『Afterglow』は、画面が切り替わる際に生じる残像を表現に組み込んだ作品です。「有機的に動くグラフィックと一体表現となった残像効果パターンによる」映像は、凹凸のある網目状の物体がうごめくような独特の感触を生み出しています。

デザインエンジニアチームMETAPHORのメンバーである永嶋敏之さんは、電子ペーパーを「紙の特性がありながらモニターであり、静止画と動画の中間的に位置するメディア」ととらえ、静物画のモチーフとして描かれる果物を、電子ペーパー上で描きました。

『Still / Moving』と名付けられた作品は、ランダムに並べられたリンゴやバナナ、メロンなどの果物が数センチごとに下方へずれて表示されることで、画面の切り替え時に大きな残像が見え、果物がコマ送りで落下していくように見えます。また、ネガポジ反転したような粗い残像イメージは、アンディ・ウォーホルのシルクスクリーン作品を彷彿とさせます。

今回使用されていたサイズは32inchと42inch。電子ペーパーとしては大型サイズのもので、通常はデジタルサイネージとして広告などに使用されています。

TOAの出展をきっかけに主催展をプロデュース

本展示の企画・プロデュースを担当したのは、アマナデザインのプロトタイピングラボラトリーFIGLABです。FIGLABは、進化するテクノロジーを軸に、手を動かしながら考えることで、アイデアを即座に具現化・可視化し、より高いレベルでの課題解決を目指すラボラトリー。

ここ2〜3年はさまざまな企業から引き合いが増えた一方で、ラボの原資を生み出す必要性を感じていたFIGLAB。そんな折、ヨーロッパ最大規模のテック・カンファレンスTOA(Tech Open Air)による「TOAワールドツアー東京2018」が、2018年の4月にアマナの海岸スタジオを会場に開催されることになり、作品展示の機会を得ます。ここで、FIGLABのテクニカルディレクター横山徹は以前から関心を持っていた電子ペーパーを使い、『afterimages』を制作、出展しました。

この展示が、世界で唯一電子ペーパーを製造するE Inkや、国内で電子ペーパーのデバイスを開発するクレア、大日本印刷、電子ペーパーを使った製品の販売を行うたけびしなどから注目を集めるきっかけに。実用性のある用途とは異なる表現に興味を持っていただき、各社に協力を得る形で、さらなる表現の可能性を追求する本展を実現させました。

「42inchと32inchの電子ペーパーは、交通系のサイネージ用途としての採用が拡大し、博物館や美術館、店舗に使用する引き合いも増えていますが、ペーパーライク、低パワー、高視認性などの特徴を活かすことにより、従来のディスプレイでは実現できなかった新たな分野への応用可能性があると考えています」(武智慎一郎さん/E Ink Japan)

「初めて作品を見たとき、残像を使った表現方法が新鮮で、驚かされました。具体的にアートビジネスを検討する必要も感じました」(蒲本浩明さん/大日本印刷)

AIのディープ・ラーニングを利用した作品も

今回、精力的に参加アーティストたちに声をかけたのは、自身もアーティストの1人として参加したFIGLABの横山です。

撮影:中橋広光(UN)

「いろんなジャンルの人に参加していただきたいと思っていたので、『デザイン』とひと口に言っても、インタラクションデザイン、グラフィック、建築と、さまざまなバックボーンを持つ皆さんに声をかけました。
電子ペーパーの表現を拡張するという基本のコンセプトを伝え、個々の作品に関しては各自にお任せでしたが、結果的にいろんなアイデアが出て面白かったです」(横山/FIGLAB)

横山自身が出展したのは2つの作品。その1つ『Hello Hermes』は、エルメスの代名詞とも言えるカレ(スカーフ)の絵柄5,000種を機械学習させたAIに、エルメスらしい新たなオリジナルの柄を生成させ、世界に数台しかないというフルカラー電子ペーパーACeP(Advanced Color ePaper)で表示させた作品です。

「AIの中には、学習した結果から画像生成する機能と、その画像に対して『これはエルメス』、『これはエルメスじゃない』と判断する機能の2つがあります。通常の機械では単純に画像を生成するだけですが、ディープ・ラーニングは判断もできるんですよね。生成を重ねるごとに学習するので、どんどん“エルメスらしさ”の精度が上がっていくんです。展示で表示しているのは、30世代くらいの絵柄と、500世代の2種類になります」(横山/FIGLAB)

横山は、電子ペーパーならではの特徴として「インクの物質感」を挙げています。もう1つの作品『Particles』では、デジタルデータのピクセルと写真の関係を研究してきたことをふまえ、マイクロカプセルの中の小さな粒子と画像の関係に注目しました。

まず、カラー電子ペーパーで表示した1枚の風景写真から色情報を抽出し、それぞれの色が使用されているピクセル数をデータ化。その色情報と数がまったく同じ値になっている7パターンのグラフィカルな画像を生成させました。グラフィカルなイメージは元の画像(写真)とは全く異なりますが、どれもデータ上の総量は同じ値で構成されており、人間の視覚と認知のあやうさを問いかける作品になっています。

ギャラリーでの発表がもつ意味

今回、電子ペーパーの新たな表現の可能性をプレゼンテーションするうえで、産業界の展示会ではなく、ギャラリーで発表したことは大きなポイントです。展示会では出会えないような分野の人々から関心を集めることで、本展をきっかけに新たなプロジェクトが生まれるかもしれません。

本展を終え、協力会社からは次のコメントも届いています。

「普段は液晶のサイネージとの比較について説明を求められる機会が多く、単純なメリット・デメリットに目をとられていましたが、今回の展覧会を見て、電子ペーパーは唯一無二のディスプレイであると改めて感じました。見せ方を変えることでここまで印象が変わるのかと驚きましたね」(瀬古智広さん/たけびし)

「現在は白黒だけの表示で情報掲示板での使用が中心ですが、今回の展示会のように、アートやそれを利用した店舗内インテリアとしての価値、可能性が示されていたと思います」(斉藤利一さん/クレア)

本展をプロデュースしたFIGLABにとっても、新たなテクノロジーを活用した表現や価値を自ら発信していくという姿勢を打ち出すいい機会だったと言います。従来の実用的利用から拡張した電子ペーパーの未来を垣間見ることができる場となりました。

テキスト:小林英治
撮影:川合穂波(アマナ)

本展に参加したアーティスト、スタッフ。

参加アーティスト:岡本彰生、岡本空己、ArtDKT(赤羽亨+池田泰教)、Semitransparent Design、中橋広光、永原康史、METAPHOR、柳川智之、横山徹

スタッフ
テクニカルディレクション:横山徹
ディレクション:新村卓宏
プロデューサー:岡崎玲奈、杉山諒

グラフィックデザイン:柳川智之
空間:小野田裕士、佐藤史崇
Web:髙津直孝
協力:秋山大知、冨田正之介、後藤 天

KEYWORD キーワード

KEYWORDキーワード

本サイトではユーザーの利便性向上のためCookieを使用してサービスを提供しています。詳しくはCookieポリシーをご覧ください。

閉じる