テクノロジーライターの大谷和利さんが注目した、
商用車、特にトラックのCMは、乗用車と比べて地味になりがちだ。それは、ユーザー層が異なることもあるが、後者が広い意味での夢を与えるような内容や演出でまとめることが可能なのに対し、前者は機能性中心の訴求にならざるをえないためと考えられる。
それでも、日本の商用車CMは、外国の有名女優を起用してイメージアップに努めたり、著名な俳優のコミカルな演技で安全装備を印象付けるなど、それなりの工夫が行われてきた。
しかし、旬なタレントに頼ることは諸刃の剣でもあり、人気の下降や醜聞などによって短命に終わったり、お蔵入りとなったCMも少なからず存在する。そのような作りのCMは、確かに一時的な注目を集めやすいものの、同時に、起用タレントが関係する事件、醜聞などが起これば、商品イメージや企業ブランドが傷つく危険性も高い。
その一方で、タレントのキャラクターに依存しなくとも、優れた広告やマーケティングキャンペーンを打つことができるのは、海外の多くの事例が証明している。であれば、企業は目先の人気に惑わされずに、限られた予算を、多額の出演料ではなく、より優れたビジュアルの構築やクリエイティブな演出の仕掛けを創造するために利用すべきではないだろうか。
今回、取り上げたフォードの大型トレーラートラック、F-MAXのプロモーション映像は、この点で大いに注目できる存在といえる。F-MAXは、最新のインターナショナル・トラック・オブ・ザ・イヤーに輝いた製品だが、CM制作チームは、その称号に甘んじることなく、あるいは受賞によって増額されたかもしれない広告予算を惜しみなく使って、珠玉のビデオを作り上げた。
それは、荒野をさまよう2人の男の遠景から始まる短い夢のような映像である。
オープニングは、2人の男が砂漠のような荒れ野をさまようシーンから始まる。
焦燥感に襲われる2人だが、遠目に、何やら巨大な物体が姿を現す。
近づいてみると、それは真新しい大型のトレーラートラックだった。
冷静に考えれば、なぜ荒野? なぜさまよっている? なぜ突然トラック? と次々に疑問が湧いてくるシチュエーションだが、もっと唐突な設定のCMは、日本にいくらでも存在する。
大型トラックは、運送会社が購入してスタッフに使わせるというイメージが強いかもしれないが、実際には自腹で購入して荷主との契約でビジネスを行うフリーランス的なドライバーも存在しており、このPVはそうした層に向けたものと考えられる。
だとすれば、荒野をさまよう2人の男は、理想のトラックを探し求めているフリーランスドライバーの化身であろう。ここは、非常に映画的なシーンの作り込みを楽しみつつ、これからのストーリーに期待すればよく、実際にも引き込まれる構成となっている。
そして、当然ながら2人はこのトラックを観察することになるが、説明的になりすぎないように、このシーンは巧みなバランスでサッと終わらせ、次の展開へと移る。
驚きながらも、2人はしげしげとトラックの各部を見て回る(このシーンでトラックがフォードの製品であることがわかり、外観のディテールをチラッと見せる導入部にもなっている)。
運転席を覗き込むと鍵がついたままになっており、これに乗り込めれば荒野を脱出できそうだ。しかし、ドアはロックされていて開けることができない。
疲れ果てた2人は、トラックの陰でうとうとと居眠りを始め、1日が暮れていく。
ここまでが、起・承・転・結の起・承であり、ストーリーは転を迎えて本題に入っていく。
目が覚めた2人は奇妙に着飾っており、どうやらサーカスの団長になってしまったらしい。トラックはそのままだが、キャビンへと続くスロープが出現している。
そのスロープを上ってドアに手をかけると、いつの間にかロックは解除されていて、すんなりと開いてしまう。
そこに、これもなぜか自転車に乗った少年が通りかかり、スロープを走りたがっている様子を見た男の1人が目配せして招き寄せたところ、難なく通り抜けてしまった。
これを皮切りに、さまざまな人や物がやって来てはトラックのキャビンを通り抜けるようになる。その中で、装備された冷蔵庫をさりげなくアピールしたり、見えない部分を想像させる演出がうまく盛り込まれている。
気がつくと日は高く昇り、なぜか2人はサーカスの団長のような衣装をまとっていた。
そして、トラックのキャビンに向かって左右からスロープが設置されていた。
2人がスロープを登り、ドアに手をかけると、それはロックなどされていなかったかのようにスムーズに開いた。
すると、どこからともなく自転車に乗った少年が現れ、キャビンの中を走り抜けていく。
続いて、今度はサーカスの一団が登場し、やはりキャビンを通り抜けていった。
さらには、大きな楽器を手にした楽隊が。
それから、長距離走者たちも。
長距離走のランナーは、キャビン内の冷蔵庫から冷えたドリンクを取り出して水分補給に余念がない。
と思えば、結婚式の新郎新婦や、
キャビン内の見どころを撮るのに忙しい、観光客らしきアジア人御一行様、
隅々まで偵察するドローン、
モトクロッサー、
馬、
果ては、ダッシュボードのタッチパネルに触れようとする宇宙飛行士までが、広々としたキャビンを通過していく。
しかし、これらの出来事は、お察しの通りすべて夢であり、最後に目が覚めてみると、トラックは男たちを誘うようにドアを開けたまま、そこに佇んでいた。
2人は意気揚々とキャビンに乗り込み、土埃を舞い上げながら疾走していく。
最後に、荒くれ牛と闘牛士が登場して、牛が男たち目がけて突進し、すわ衝突か……と思ったところで目が覚めた。
不思議なことにトラックのドアは開いたままとなっており、
乗り込んだ男たちは、颯爽と荒野を駆け抜けていった。
というように、このPVではF-MAXの細かな仕様や性能には一切触れず、広々としたキャビンのみを印象付けるためだけに、効果的なビジュアルが駆使されている。
裏を返せば、それだけ長距離トラックのドライバーはキャビンに快適性を求めているのであり、そこを一点突破でアピールすることがPVの使命だったわけだ。そして、言葉を尽くすよりも、短くよく練られたイメージの連続が、その目的を十分に果たせるコンテンツへと結実したのである。
ちなみに、この動画のコメント欄には、トルコ語で「ユーロ・トラック・シミュレーターというゲームをプレイしていますが、F-MAXをその中に登場させれば、よいPRになると思います」という書き込みがあった。ゲームの世界が、そこまで広がっていると同時に、マーケティングにもより広い視野が求められていることがよくわかるエピソードといえるだろう。
※図版は、すべて公式ビデオ<https://youtu.be/QDfa8g6EPfo>からのものです。