独自のドローン制御システムを開発し、多重合成の映像を作り上げる。この難題に挑んだミュージックビデオが完成しました。
プロジェクトを主導したTOKYOの北田一真さん、上野雄大さん、開発に携わったアマナの杉山諒と横山徹に、その制作秘話を伺いました。
──まず、KOJOEさんの楽曲「Day n Nite」のミュージックビデオ(以下、MV)を手がけることになったきっかけを教えてください。
TOKYO北田一真さん(以下、北田。敬称略):KOJOEくんとはライブで知り合い、話が盛り上がって「何か一緒にやりたいね」と言ってたんです。その後、彼がアルバム『here』を作るタイミングで、その中の1曲を映像にしたいとオファーをいただきました。
アルバムの中から「Day n Nite」を選んだのは僕ですが、これまでのKOJOEくんの曲にはないイメージというか、彼の繊細な一面が感じ取れる楽曲なんですよね。垣間見られる「弱さ」や「迷い」に焦点を当てた映像を作りたいと思ったのがそもそもの始まりです。
どんな映像にするか考えたとき、時間がかかることが明白だったので、いわゆるアルバムのプロモーションではない形でこのプロジェクトを進めていくことになりました。
──上野さんをプロデューサーに起用した理由は?
北田:彼もKOJOEくんと面識があったんです。どうせやるなら彼のことを知っていたり、昔からファンだったりする人と動いた方がいいかなと思って。しかも上野くんがちょうどTOKYOに入るタイミングだったので「じゃあ一緒にやろうよ」と。彼に思いつくだけのアイデアを言うだけ言って、それを実現させる方法やタイミングを考えてもらいました。
TOKYO上野雄大さん(以下、上野。敬称略):始まってからは「模索」の連続でしたね。入社前から映像作品は手がけてきましたが、ここまで試行錯誤する現場はありませんでした。「ドローンを使う? じゃあどうしよう」から始まって、次から次へと難関がやってくる。
ただ、わからないことは(北田)一真さんに聞けばちゃんと答えてくれるので、なんとか頭の中は覗けていたのかなと思います。現場ではずっとバタバタでテンパっていましたが、いろんな意味で勉強になりましたね。
──どのような作品にしようと思っていましたか?
北田:テーマは大きく2つ。1つは「家族とのつながり」です。子供は産まれる前から女性の体内に存在していて、フィジカルでのつながりが強いじゃないですか。でも男性の場合は、そういった実感を持ちづらいと思うんです。男性と子供のつながりは、メンタルだけだなと。それがモチーフになっています。
僕自身、家族の出産にまつわる大きな出来事があったので、少なからず実体験ともつながっていると思います。
──多重合成でKOJOEさんがたくさん出て来ますが、それはどんなことを伝えたかったのでしょうか。
北田:それがもう1つのテーマなのですが、前々から時間の概念について考えていたことがあって。アインシュタインが友人に宛てた書簡の中に出てくる「過去・現在・未来という考え方は幻想にすぎない」という言葉。これが一体どういう意味かずっと引っかかっていたんです。
そこからたどり着いたのは、「人生は同時多発的にいろんなことが起きている」ということ。思い描いていた未来の自分、過去にしてしまった後悔、あるいは今の自分が選ばなかったもう1つの人生があって、いわゆるパラレルワールドのような形で世界はできているんじゃないかと。
今の自分を含めて人生におけるストーリーの軸というものはなく、どれも現在であり、未来であり、過去であるとすると、時間軸さえ曖昧になっていくと思うんです。
──時間軸も前後するようなパラレルワールドを1つの映像に落とし込むには、ドローンを使って多重合成する必要があった。
北田:男女が出会って、結婚して子供が生まれて……という1つのシークエンスだけを描くのではなく、そうではなかったかもしれない別の選択肢も見せつつ、時間軸をも俯瞰して見る視点を描くためには CGではなく実写で撮りたくて。ドローンを完全にコントロールして撮影し、「多重合成」をやろうと思いました。
──北田さんからお話をいただいたとき、アマナのFIGチームは「ドローンの完全制御」を実現できると思いましたか?
FIGLAB横山徹(以下、横山。敬称略):ドローンで撮影して多重合成するには、まったく同じルートを何度も飛ばさなければならないわけすよね。しかも寸分も狂いなく……。
いくらコンピューターで制御しても、実際に飛ばせば空気抵抗もあるし、湿度なども飛行に影響を与えます。100%同じルートを飛ばすことは物理的に不可能。そのことは事前にお伝えしつつ、どこまで精度を高めていくかを考えました。
──実際の撮影はどのように進めていったのでしょうか。
FIGLAB杉山諒(以下、杉山。敬称略):まずは北田さんに、CG上でカメラワークやキャストのおおまかな動きのシミュレーションを作ってもらいました。
その後OptiTrackというモーションキャプチャを使って実際に飛ばす空間の位置を認識させ、アニメーションに連動してドローンが動くようプログラムを組みました。理論上はそのまま再現できるはずなのですが、実際の空間とCG上の誤差があって、最初はなかなかうまく飛ばなかったんです。
杉山:そこからは試行錯誤の連続、検証の嵐でした。横山を中心にCGやプログラムを調整して、何度もテストを重ねていきます。そうしていくと、撮影前には何回でも同じルートを飛ばせるくらいまで詰めることができて。「これならイケるね!」と思って本番に臨んだのですが……。
横山:本番でも問題は発生しました。たとえば、ドローンはカメラで床を画像認識することで、地面にぶつからないよう安定して飛んでいるのですが、照明の当たり方によって床が暗すぎると認識できなくなります。すると機体自体が不安定になり、制御ができなくなってしまう。
杉山:CG上も問題なく、ドローンのシステムも作動していたとしても、人がモーションキャプチャーを遮ってしまったり、人の動きに反応してドローンの動きが変わってしまったり。
北田:原因が判明しても、カメラワークを変えるとなると、その度にCGを修正したり、照明を調整しなければなりません。
杉山:撮影現場にはCGをその場で修正するスタッフ、ライティングを調整してくれる照明さん、アングルを細かく見てくれるカメラマン、音響のスタッフ、そして僕らテクニカルチーム。それぞれのスペシャリストが集まっていました。全員のやっていることがバチっと組み合わさって、それで初めて動くんです。
横山:ドローンそのものの制御に加え、ドローンの動きに音楽、照明が連動するシステムを作っているので、さまざまな分野のスタッフの協力が必要不可欠でした。
上野:まずカメラマンから撮影に関する意見をもらいたいと思い、越後裕太さんにお声がけしました。越後さんは以前も仕事をしたことある方なので、意見を惜しみなく言ってくれて、ドローン撮影でありながらドローンっぽくないカメラワークを作ってもらったりと、最後まで付き合ってくれました。
照明の甲子郎さん、美術のENZOさん、OptiTrackを貸してくださった金子晶子さん、ドローンの細かい制御部分を見てくださった藤本拓磨さん、編集のAikaさん、本編集のPPC山本鴻さん、Khakiの水野正毅さん、CG尾崎岳志さん、衣装を作ってくれた山田直樹さん……。たくさんの人に協力を得て出来上がった作品だと思います。誰1人欠けてもできなかったです。スタッフの皆さんには、感謝しかありません。
杉山:最後の方はみんなの息も合ってきて、セットの中をドローンが何度も同じ軌道を飛び回り、その動きに合わせて照明が点いたり消えたりします。すべてを完璧にコントロールできている状態を眺めているときは、本当に気持ちよかったですね。
──未だかつてないシステムを使って撮影したMVですが、制作期間はどれほどでしたか?
上野:さまざまな試行錯誤を重ね、テストを繰り返して撮影まで辿りつくのに半年かかりました。そのうちシステム構築に3カ月を要しています。その後、現場での準備に5日、撮影に2日。通常の撮影と比べたら、かなり時間がかかっていますね。
──TOKYOの皆さんは、これまでも挑戦的かつ刺激的な作品を数多く手がけてこられました。今回のMVはできあがってみていかがでしょうか?
北田:最初にドローンを飛ばそうと思ったときから、新しいシステムを作りたいという気持ちはありました。既存のドローン撮影でできることはわかっているし、今まで観たことのある映像を撮っても仕方がないと。
内容は充実させつつ、イメージを具現化させるための新たな技術を開発する……たとえばジェームズ・キャメロンは1つの作品のために新しいカメラまで作ったりして、それがいつしかメインストリームになっていきますよね。「アイデアから技術が生まれる」というか。映像業界に一石を投じるようなことは、これからもやっていきたいです。
──今後、この「ドローン制御システム」を使ってどんなことがしたいですか?
横山:複数のドローンを飛ばしてみたいです。今回のシステムを使えば、他のドローンが映り込まないように制御することもできるわけですから。
杉山:今回は初めて手がけた開発だったので、時間もたくさんかかってしまいましたが、このシステムを使えば、今後は効率的に凝った映像を作ることも可能だと思います。照明や音との連携もできますし、予算があればもっと面白いこともできます。ジェームズ・キャメロン、出資してくれないかな……(笑)。
2018年11月20日にKOJOE『Day n Nite』ミュージックビデオのメイキング映像が公開されました。卓越した世界観はどのように生み出されたのか、その舞台裏をぜひご覧ください。
テキスト:黒田隆憲 撮影:川合穂波
プロフィール
TOKYO Chief Director
’85 生まれ。法政大学卒。神奈川県出身。’12にTOKYOのディレクターとして活動を開始。CM、MV、Web Movieなどの映像を制作し、多義にわたり活躍。高い評価を得る。
CANNES LIONS Gold | One Show Gold | D&AD Film/White Pencil
NY ADC Merit Awards | Spikes Asia Gold | 広告電通賞 | ACC Film Silver | CLIO Bronze etc…
プロフィール
TOKYO Hyper Producer
2018年4月よりプロデューサーとしてTOKYOへ入社。フットワークの軽さ、面白いことへの追求、人ったらしな自分がどこまでいけるのか、プロデューサーとしてどこまでいいもの、面白いものを生み出せるのかを挑戦し続けている。映像のみならず、培ってきた人脈を生かし、プロモーションやコンテンツ制作などにも挑戦中。
プロフィール
株式会社アマナ
プロデューサー/プランニングディレクター
体験型のデジタルコンテンツやインスタレーション制作をプロデュースする傍ら、企業のシステム開発やWebメディア開発等のプロジェクトマネジメントを行う。
テクノロジーを軸に、ビジュアル表現の可能性を拡張するプロトタイピング・ラボラトリー「FIG」にも所属。