日本最古のリゾートホテル・日光金谷ホテルのスタッフたちは、裏面に写真の入った名刺を持っています。それらの写真は、約140人のスタッフたちが選んだ思い入れのあるお気に入りの場所。名刺を通して、ホテルの魅力をお客様に知ってもらうというコミュニケーションの取り組みについて伺いました。
コンセプトやメッセージを伝えるのに有効な写真。それによって、成立するコミュニケーションを、アマナではフォトニケーション(PhotographyとCommunicationを融合したアマナによる造語)と呼んでいます。大切なのは、「伝える」ための写真ではなく「伝わる」写真であるということ。
そこで注目したのが、1873年創業の日光金谷ホテルの取り組みです。従業員が使う名刺の裏に、歴史を感じる回転ドアや窓からの眺め、階段の手すりなど、ホテル内のさまざまな場所の写真を掲載。写真を見ていただくことで、お客様との新たなコミュニケーションが生まれています。フォトニケーションを体現している取り組みのきっかけやその効果などを、日光金谷ホテル支配人の地神嘉之(じがみよしゆき)さんにアマナの児玉秀明が伺いました。
児玉秀明(アマナ/以下、児玉):アマナには、「ビジュアルコミュニケーションで世界を豊かにする。」というコーポレートミッションがあります。写真による「伝わる」コミュニケーション=フォトニケーションについては、まさにこのコーポレートミッションを推し進めるための考え方。このコミュニケーション手法を社内外に推進する立場にいる者として、日光金谷ホテルの名刺の取り組みは、大変素晴らしいと以前から思っていました。
地神嘉之さん(日光金谷ホテル/以下、地神。敬称略):日光金谷ホテルには、お金では買えない大変価値のあるものが財産として多く残っていまして、それを活用したのがこの取り組みです。
児玉:どんな経緯で名刺の裏に写真を載せることになったのですか?
地神:2003年に、創業130周年を迎えたときからの取り組みです。日光金谷ホテルは現存する日本最古のリゾートホテルで、館内には今も歴史あるさまざまなものが残っています。これが私たちのホテルの魅力でもあり、それをどうしたらお客様に伝えられるだろうと考えた結果、放送作家の小山薫堂さんから生まれたアイデアです。
この取り組みを始めたときの社長の意向もあり、職種を問わずスタッフ全員が名刺を持つことになりました。およそ140人のスタッフ一人一人の思い入れのあるホテル内の場所をリストアップ。外観、客室のバスタブの猫足、ホテル名の入ったグラス、厨房、明治時代からある窓ガラス……候補として挙がった場所をカメラマンと共に撮影して歩きました。
最終的に使用することになったのが36枚。そして、「スタッフは名刺を持っているので気軽にお声がけください。裏に写真がプリントしてあり、集めると日光金谷ホテルの小さな写真集が完成します」という内容のポスターを館内のあちこちに貼ったのです。
児玉:その結果どうなりましたか。
地神:1カ月ぐらいした頃から、お客様が声をかけてくださる機会が明らかに増えました。スタッフは自分の思い入れのあるスポットの写真を持っているのですから、その写真が何なのかちょっとした会話が生まれるきっかけになりました。
あるパートタイムで働く女性スタッフは、「人生で初めて名刺を持った」と喜んでくれましたね。そうすると人に差し出したくなります。そこは想定外で、これまで裏方に徹してきたスタッフもお客様と接する機会ができて、参加意識が盛り上がってきたのです。
児玉:全員が名刺を持ったこともポイントなのですね。ちなみに地神さんはどの写真が好きですか?
地神:私は、この回転ドアや何気ない廊下の写真が好きです。回転ドアはもう90年ぐらい回り続けているのですよ。このドアを何人のゲストが通り、この廊下を何人のゲストが歩いたんだろう、と写真の背景にあるストーリーを想像してしまいます。
児玉:歴史が味を生んでいますね。写真を拝見するとホテルの中でも身近に感じられる場所が多く、本当に担当者の「好きな」という部分が生きていると思いました。
地神:そうですね。実は、ゴミ箱をアップで撮影したものもあるんです。清掃係からの提案です。ゴミ箱の底に1960年4月9日と日付が入っていて、おそらくその日から使用しているのでしょう。
児玉:これは現場ならではの発想ですね。ホテルという場所で働いている方たちのプライドや、職場に対する愛情が表れている素晴らしい写真だなと思いました。こういう写真がコミュニケーションできる写真、心を動かす写真で、私たちが取り組むフォトニケーションを体現していると思います。
アマナではフォトニケーションを実現しやすくするために、エモーショナルスケールという写真と言葉の相関関係を表した座標軸を使って、写真を分類することもあります。日光金谷ホテルの場合はクラシック、伝統的、格調高いといったゾーンに該当するとメッセージが伝わりやすいということです。実際に名刺の裏の写真はモノクロで、このゾーンに入るものが多そうですね。なぜモノクロにしたのですか?
地神:クラシカルなホテルなので、さりげない写真がいいのではないかと思っています。また、あくまでもビジネスで使用する名刺なので、相手に不快感を与えないトーンにしました。
児玉:この名刺にまつわるお客様とのエピソードはありますか?
地神:そうですね。金谷ホテルは夏休みになると家族連れの方が増えます。毎年夏に宿泊されるご家族がいて、そのお子さんもいろいろなスタッフに声をかけて名刺を集めて回っていました。初めて会ったときは小学生でしたが今はもう25歳ぐらい。名刺をきっかけに、お子さんの成長がより多くのスタッフの記憶に残っています。
児玉:素敵な話ですね。地神さんはこうしたコミュニケーションを通して、写真の力についてどう考えましたか?
地神:名刺の写真を並べてみるとわかりますが、真実でウソがない。この名刺の写真にとどまらず、金谷ホテルには歴史を刻んだ写真がたくさんあり、それによってホテルの歴史や古い情報もお客様にお伝えできていると思います。写真の力は、真実で絶大ですね。
児玉:そうすると、他にもビジュアルを利用した取り組みができそうですね。
地神:二代目社長の金谷眞一が写真好きで、大量のガラス乾板が保管されています。状態のよいものと悪いものがありますが、昔の金谷ホテルや日光の様子を写したものがあって、それをデジタル処理して写真集にしました。
児玉:当時のキッチンの写真もありますね。足元を見ると足袋を履いている。時代を感じますね。ガラス乾板はシャッタースピードが遅いから、集合写真では少し動いてブレたような人も見られます。雰囲気のあるいい写真ばかりです。名刺の裏に写真をプリントする取り組みのずっと前から、金谷ホテルでは写真がキーになっていたんですね。
地神:そうですね。当ホテルにとって写真は切っても切れない縁があるんです。これは、先代から贈られた宝物だと思っています。ありがたい財産をいただいていますね。他に写真を使った取り組みとして、Instagramを活用したゲスト参加型のキャンペーンも考えています。
児玉:Instagramということは世界中に発信されるわけですから、さらにグローバルなキャンペーンになるのですね。写真の魅力は、言葉を超えて伝わるところ。コミュニケーションツールにもなるし、プロモーションツールにもなります。我々も写真を切り口として広告写真の制作だけでなく、町おこしなどさまざまなソリューションを提供していますが、この名刺の取り組みは非常にいい刺激になりました。今日はありがとうございました。
テキスト:島村美樹
インタビュー撮影:加藤雄也(hue)
プロフィール
日光金谷ホテル支配人
栃木県栃木市出身。1995年日本ホテルスクール卒業後、金谷ホテル株式会社入社。ホール担当として働いた後、中禅寺金谷ホテル副支配人兼広報担当部長職などを経て、2017年より日光金谷ホテル支配人に就任。
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