いま、風が吹いた――。
そう感じたのは2017年冬、60年続く老舗映画館でのことでした。その日観た映画は『おじいちゃん、死んじゃったって』。祖父の死をきっかけに、久々に集まった家族がぶつかり、つながり合いながら、前に進んでいく物語です。
「死」をテーマにした作品ながら、なぜだかエンドロールの後は爽やかな気持ちになっている。その所以はどこにあるのでしょうか? 数々のヒットCMを生み出し、今回初めて長編映画の監督を務めた森ガキ侑大(ゆきひろ)さんに、お話を伺いました。
ビジュアルシフト編集部(以下、編集部):2017年に映画『おじいちゃん、死んじゃったって(以下、おじいちゃん、)』が公開され、森ガキさんは映画、CMどちらも経験されました。それぞれに向かうときの姿勢に違いはありましたか?
森ガキ侑大さん(以下、森ガキ。敬称略):CM制作では、どんなふうに演出したら見ている人の心が動くかをいちばんに考えます。購買意欲が湧き起こったり、企業がよく見えることが大切です。一方、今回映画を作って大切だと感じたのは、お客さんに媚びないことでした。映画は監督がいいと思ったものがそのまま答えなので、自分を信じるしかないんです。お客さんの感性に当てはめていくと、オリジナリティがなくなってしまう。もちろんその計算が必要な部分もありますが、自分の感性を信じることが先決です。
編集部:その思いは、製作期間に入る前からあったのでしょうか?
森ガキ:ありましたね。映画は自分がやりたいものを作るので、それがダメだったら誰にも言い訳できないですし、否定されたらしょうがないと覚悟を決めていました。やりたくないことをやって、「おもしろくない」と言われるのは不本意です。だから、最初はあえて原作がないオリジナル作品を撮りたいとも思っていました。
編集部:映画とCMのビジュアル表現の違いについて、感じたことがあれば教えてください。
森ガキ:映画の場合、すべてをCMのようにガチガチに作り込んだトーンで撮るのは向いていないと思います。100分以上強烈な絵が続くと見る人が疲れてしまうので、抜くところは抜く絵作りを心がけました。とはいえ、CMディレクター経験者が撮る映画なので、映画畑の人達とは違う見せ方をしたい。そこで、CM制作で得た技術を取り入れながら、映画のよさを見せていこうと考えました。
編集部:CMで得た技術には、どのようなものがありますか?
森ガキ:昔から映画業界で働いているスタッフには、「演者に対する芝居の付け方が瞬間的で、現場の動かし方にスピード感がある」と言われました。映画はもっと細かく段取りを組むそうです。段取りを組みすぎると予定調和になってしまう気がして、あまり好きじゃないんです。『おじいちゃん、』は熊本ロケを行っていますが、スケジュールの都合上、2週間しか撮影できなかったので、恐らくCM制作で身に付いた瞬発力がなかったら撮れていなかったと思います。CM制作は場数を踏んでいたので、その経験が活かされました。
編集部:森ガキさんは学生の頃から映画監督になりたいと思ってらっしゃったんですよね。CM監督からキャリアをスタートさせたのはどうしてだったのでしょう?
森ガキ:映画業界に就職しようと思っていましたが、映画配給会社しか求人を出しておらず、プロデューサーや配給の職ばかり。どうやって映画監督になればいいか調べたら、みんな現場上がりなんです。でも、どうやって現場から上がっていくのかもわからなかった。「映画監督になれたとしても40~50歳」という話も耳にしていたので、CM監督の方が早く芽が出ると思い、広告業界にシフトチェンジしました。市川準さん、中島哲哉さんなど、CM監督から映画監督に転身した方もいたので、映画への可能性を感じていたこともあります。
福岡の広告制作会社に入社してからは、PMをやりながらCMの勉強を始めました。いずれは映画を撮りたいと考えていましたが、まずは広告業界でたくさんの方に認められるようになりたいと。そして、広告業界の技術を学びたいなと思っていました。
編集部:CMの勉強は、どのようなことをされていましたか?
森ガキ:まず、1日に50本はCMを見ること。売れている監督達がなぜ売れているかをデータ化するために、1本1本カット割りを分析するんです。たとえば15秒のCMだと17~18カットで構成されるのですが、カットごとに停止して、構図を模写します。それを毎日50本ずつやっていました。昼の休憩時間は分析、夜は企画を作り、毎日がその反復でした。行き詰まったときの気分転換は映画を観に行くことでしたね。
編集部:そうやってずっと模写していると、話題になっているCMの共通項は見えてきますか?
森ガキ:見えてきます。CMって、俳句の「五七五七七」のように、フォーマットがあるんです。フォーマットに当てはめるのがうまい監督もいれば、1カットの中でフレームイン、フレームアウトさせるのがうまい人、寄り引きの編集がうまい人……。みんな得意技が違うんです。自分はどんな技で勝負しようか、ずっと考えていました。
編集部:映画の中で、ビジュアルが担う役割にはどういったものがあると思いますか?
森ガキ:担っているのは、すべて……じゃないですかね。でも、ビジュアルばかりにこだわりすぎると、予定調和になってしまう。こだわるあまり、「もうちょっと右に3cm動いて」と細かく演技をつけすぎると、演者はそのときの感情で動けなくなってしまいます。CMは動きが細かく決められていることも多いですが、映画は芝居を切り取るので、役者がどんな芝居をするかによって切り取り方が変わります。計算できないからこそ、アングルチェックはあまり必要ないんですよね。
編集部:予定調和にならないように作り上げるとき、ビジュアルに対しては何にこだわりましたか?
森ガキ:登場人物のキャラ設定を細かく作り、ビジュアルにも反映されるように意識しました。たとえば、岸井ゆきのさん演じる主人公の吉子(よしこ)は、都会に対するコンプレックスがある設定なので、ビジュアルも同じように表現したいと思いました。東京から離れた町で演出しないとダメだと思い、東京から遠く離れた熊本をロケ地に選んでいます。実際に、岸井さんは田舎の雰囲気や匂いを感じながら、吉子のキャラをつかみ、演じてくれました。
森ガキ:グラフィックは、写真家の西山勲さんにお願いしています。まず脚本を渡し、登場人物のキャラをつかんでもらってから、西山さんが感じた雰囲気を出してもらいました。演者の皆さんは、自分の演技が終わってからグラフィックの撮影に入るので、役の感情が入ったまま写真を撮られています。水野美紀さんの場合は、薫(水野さんが演じた役名)がまとう、東京の少し冷たい雰囲気が出ていたりするんです。
編集部:人の心の動きなど、内面をビジュアルで表現するとき、気をつけていることはありますか?
森ガキ:予定調和にならないようにするためには、余白が大事です。細かく決め過ぎるとロボットのようで感情の動きが見えづらいので、最低限の芝居をつけられればいいと思うんです。役者が常に新鮮でいられるような感覚を提供できる方が、演技に生っぽさが出る。だから、1、2テイクくらいしか同じシーンは撮りたくないんです。そうすることで、力を発揮してもらう。その戦略も含めて演出です。
編集部:よりよいものを作るための戦略であり、演出ですね。ビジュアル表現において、他に心がけてらっしゃることはありますか?
森ガキ:“裏切り”でしょうか。いつも、誰もやっていないことをしようと意識しています。『おじいちゃん、』は葬儀がテーマなので、伊丹十三の『お葬式』しかり、企画自体はありがちです。ビジュアルもありがちだと意味がないので、日本の土着感をフランス映画のように撮りたいと思いました。外国人の方に「フランスのカメラマンが撮ったの?」と思わせることを目標に、カメラマンには「フランス映画のトーンでいてほしい」と伝えていました。
編集部:『おじいちゃん、』は、国内はもちろん海外の映画祭に出品されたことで、多くの人から反応があったと思います。その経験を踏まえ、森ガキ監督が今後チャレンジしたいことはありますか?
森ガキ:日本は人口が減り、国内に向けた映画産業は厳しくなっていく一方なので、世界に通用する作品を作りたいと思っています。映画は制作費と同様に宣伝費を使うので、広告費削減のために、配給会社はテレビ局と共同で映画を企画し、“誰にでもはまりそうな映画”を作ることが常になってきました。すると、観客は同じような映画に飽きてしまい、映画自体を観なくなってしまうかもしれません。もっといろんなジャンルの映画が生まれるようにしたいです。
編集部:つまり、仕組みの部分をやってみたいと。
森ガキ:そうですね。映画ってわざわざ映画館に足を運ばないと観られないものですが、今はコンテンツがあふれていて、映画を選んでもらうことは難しくなっています。僕は、皆が映画を観たいと思えるきっかけ作りをしたいです。
映画館に行くことを嫌がられるなら配信すべきですし、逆に配信が当たり前になったとき、今度は映画館で観ることに価値が生まれてきて、お客さんが戻ってくるかもしれない。いろんな可能性を考えながら、また次の映画を作っていきたいです。
映画『おじいちゃん、死んじゃったって』上映情報
DVD発売情報
テキスト:VISUAL SHIFT編集部
インタビュー撮影:豊田佳弘
プロフィール
1983年広島生まれ。福岡のCM制作会社勤務の後に上京し、THE DIRECTORS GUILDに参加。CM、ドラマ、MVを多数演出しており、主なCMにグラブル、資生堂、ソフトバンク、日清カップヌードル、dマガジン、DAIHATSU、JRAなどがある。
2014年、短編映画「ゼンマイシキ夫婦」にて FOX短編映画祭・最優秀賞受賞、小津安二郎短編映画祭・準グランプリ受賞。2017年に脚本家・山﨑佐保子と《クジラ》を設立し、独立。
同脚本家と組み2017年秋劇場公開した初長編映画『おじいちゃん、死んじゃったって。』にてヨコハマ映画祭森田芳光メモリアル新人監督賞、タリンブラックナイト映画祭NETPAC賞、ヴズール国際アジア映画祭国際審査員賞など多数受賞。