テクノロジーライターの大谷和利さんが注目した、世界の先進的なビジュアルユースのトピックを取り上げる連載「VISUAL INSIGHT」。第8弾でご紹介するのは、小さなビール会社が取り組んだ”空飛ぶ広告”。少ない予算で考案した広告が大きな話題を生み、目撃された動画は世界中にリーチしたそうです。ドローンを使い、意外なものを広告として飛ばしたプロモーションに注目です。
コーカサス地方にあるジョージア(旧名グルジア)という国は、旧ソビエト連邦の構成国の1つで圧政に悩まされていたが、独立後も、ブータンとは真逆の「世界で最も幸福度の低い国」の1つとされる。
ワイン発祥の地である同国は、甘口の赤ワインの産地としても知られ、古くはクレオパトラや楊貴妃も愛飲したという。また、国土面積が世界で118位という小国ながら、地ビールや醸造所付きパブを含めたビールブランドは24もあり、それなりの競争を繰り広げているようだ。
そのビール会社の1つであるナタクタリ・ブルワリーは、同国のビールランキングでベスト10にも入っていないものの、自社製品を通じて国民にリラックスしてもらい、わずかでも幸福度を上げられればと考えた。しかし、ビールの味は、実際に飲んでもらわないことには伝わらない。そこで、自慢のビールがいかに人々をリラックスさせるかということを、視覚的に訴えることにした。
だが、ふんだんに予算があるわけではない。最小限の予算でマスコミやネットを巻き込み、ブランドの認知度を一気に上げるにはどうするか? 同ブルワリーが選んだのは、ドローンを使った空飛ぶ広告だった。
キャンペーンの当日、ジョージアで最も大きな町に暮らす人々は、ビール片手に寝そべる男性を乗せたハンモックがドローンから吊り下げられ、気持ちよさそうに空を舞う様を目撃した。もちろん、すぐにスマートフォンなどで撮影された写真や動画がSNSを賑わし、その男性が生身の人間なのか、それとも人形かという論争がネット上で沸き起こった。通りかかった警官も、取り締まるべきかを考える前に、夢中になってレンズを向けている始末だ。
よく見ると、男性は腕を動かしてビール瓶を口に運んだり、銅像の近くを通る時に手を振ったりしている。やはり本物の人間だ。いや、あの程度のドローンで人を持ち上げることなど不可能だと、ついにはテレビのニュースやラジオ番組も、この話題で持ちきりとなった。
もちろん、男性に見えたのは、巧妙に作られた(しかし、間近で見れば、すぐに正体がわかる)人形であり、ラジコン操作で腕が動くようになっている。しかし、たぶん偽物だろうと思った人も含めて、このビールメーカーが仕掛けたキャンペーンは見た人にスマイルをもたらし、同時にプロモーションとしても大いに成功したのだった。
具体的には、目撃者の1人が共有サイトにアップロードしたビデオは一晩で2500万ビューを稼ぎ、騒ぎが収まったところでテレビ、ビルボード、インターネット、ラジオを使って種明かしをしていくと、2週間以内に雑誌などに150本もの好意的な記事が掲載されたという。そして、最終的にこのキャンペーンはジョージアの人口(約372万人)の67%にリーチすることができ、動画のビューも世界中でのべ3400万回に達した。
そのままでは今の日本のパブリックスペースでは到底許されないようなゲリラマーケティングだが、たとえば屋外コンサートなどのイベントと絡め、クローズドなエリアで関係機関からの許可も得てドローンを飛ばすのであれば、ありえないものが宙を舞うような演出も十分可能と思われる。海外の例では、過去に空飛ぶスピーカーによって空から音楽が降り注ぐようなアイデアも見られた。費用を抑えながら、その場にいる人々を喜ばせ、ビジュアルの力でネットを通じてメッセージを拡散する方法のヒントは、まだ色々とあるといえるだろう。
※キャプチャは、Youtube(https://www.youtube.com/watch?v=AS8r63slUN8)より。