写真は人と人とをつなぐコミュニケーションだと考えるカメラマンの鈴木 心さん。企業広告や雑誌の撮影を手がける一方で、自身の活動から生まれた「写真語」とは? 写真がもたらすコミュニケーションや写真を通した「共育」について伺いました。
ビジュアルシフト編集部(以下、編集部):「写真語」という言葉は、どんなきっかけで生まれたのですか?
鈴木 心さん(以下、鈴木。敬称略):あっという間にみんなが写真を見たり撮ったり、お互いに見せ合ったりしている時代になりました、その姿を見ていて、ある部分で写真がコミュニケーションの中核になっていることに気付きました。英語は12年かけて勉強しても聞けないし話せないのに、写真はカメラを手にした途端、撮ることも見せるともできて、相手にも伝わる。しかもネットワークを使って量と場所を超えて他人と共有することもできます。これだけ便利なメディアだからこそ、写真がコミュニケーションに結び付くのは確かに自然なことです。
写真の特性は、客観的に「写真を見ている」なんて思わせていないところ。写真の中で起こっている事物を、写真を飛び越して直接、自分の眼で見ているような感覚があります。写真はそのくらいハードルの低い、日常的なメディアになっています。
コミュニケーションにおけるそのハードルの低さ、誰もが簡単に使えるツールであることが、言葉、そして言語、つまり「写真語」と言えるのではないかと思いました。たとえば他の表現方法——絵画や舞踊、音楽など——に接したとき、人はまず、それぞれの作品が何を表現しようとしているのかを考えます。でも、写真の場合にはそういうプロセスが省略されて、まるで自分が疑似体験しているかのように、他者の視覚に入り込める。それが写真の持つチカラです。
編集部:写真を介することでダイレクトコミュニケーションが成り立つから、写真=言語なんですね。鈴木さんがフォトグラファーを目指したのは、何かきっかけがあったんですか?
鈴木:高校を卒業するまでに20を超すいろいろな部活や習い事をしましたが、どれも合わなくて。大学で写真をやり始めて、これは結構おもしろいし、もしかしたら自分は他の人よりもちょっとうまいんじゃないか、と初めて感じました。
音楽のイベントに参加するために厳島神社に行きましたが、遊びに行ったついでに作品になる写真が撮れてしまう。楽しいしラクだし、フィルムの一眼レフカメラを持っているのもカッコいいなあと思って。
「自分らしさ」について学んだのもこの頃です。2Dから3Dに移行した時代にゲームをやっていましたが、3Dによってゲームの画面の中に「アングル」が出現しました。3Dの世界をカメラがどう切り取るのか、光の差し込む方向、水の波紋や空気の流れといった物理的な条件など、ある空間における情報をどう整理するか。カメラで撮影する際に考えるべきことを、ゲームの画面を通して知りましたし、そうやって情報を整理することが「自分らしさ」につながるのだと思いました。
いい仕事と自分らしい仕事は違う。僕の場合は、「自分らしさ」を身に付けるにはどうしたらいいか、ずっと模索していました。
編集部:「写真語」を意識してから、鈴木さんのその後のコミュニケーションに何か変化は生まれましたか?
鈴木:相手の言語で話すようになりました。同じ日本語でも生い立ちや環境でニュアンスや理解が異なります。自分の伝えたいことを、相手のニュアンスで話すことでより伝わります。広告では見る人の気持ちを考えて写真を撮ってきましたが、日常の会話1つでも、相手の特性を踏まえて会話することで円滑にコミュニケーションが進みます 。
僕のプロジェクトというと、まずは鈴木心写真館です。2011年の東日本大震災の後、フリーマーケットでのイベントの1つとして写真館をやってみました。SNS用のポートレートをプロの写真家(自分のことですが)が撮り下ろすので、その際に1回1,000円以上の募金をお願いします、というスタイルでした。
2014年からはコミックマ―ケットの会場とソニーストアで年に2回ずつ、2016年からはgoogleと一緒に3回開催、2016年から2017年にかけて5都市のソニーストアで開催して、同じく2017年にはCP+(CAMERA & PHOTO IMAGING SHOW)から鈴木心写真館を主宰したいと依頼をいただきました。CP+に関しては、各社のカメラのパフォーマンスを最大限に引き出して体験していただくと同時に、新たなお客様に来場していただくための広告的な効果を求められてのことだったと感じています。
いつも予約枠がなくなるので、当日受付の枠数を極力増やすために、会場のオペレーションを毎回、改善してきました。その結果、CP+では2日間で約1,000人の方々を撮影できるまでになりました。今では1件3,000円になりましたが、1年に24回開催、延べ12,000人に体験していただいています。
撮影にかける時間は1件で1分くらいですが、終わったときに「ああ楽しかった」「恥ずかしかったなあ」とリアクションをいただけるお客様がいることが、励みになります。写真館に行くことで、被写体となった人達がいつもと違う経験をして、それが彼らの生活や感情を刺激する機会になる。撮ること、撮られることをアトラクション化していくこともプロの写真家がやることの意味の1つです。
編集部:鈴木さんのもう1つのキーワードに「共育」という言葉がありますね。これはどんな意味でしょうか。
鈴木:「写真語」を使って、ワークショップを催したり授業をすることを、「共育」と呼んでいます。普通は「教育(教えて育てる)」ですが、教える者も教わる者も等しく育て合っていくから「共育(共に育む)」という言葉のほうがしっくりきます。
そもそものきっかけは、2012年に福島のテレビ局の企画で、自分の母校で子供達に授業をする機会を設けてもらったことです。そのとき、僕は「上手な写真の撮り方」という授業をする気はまったくなくて。何を見て、それをどう伝えるか考えて実行するのが写真だから、その「考える」ってところを子供達に実践してもらいたかったんです。
たとえば、違うクラスの男女でペアになってお互いの写真を撮ってもらうのですが、テーマは「相手の魅力的なところを撮る」。このお題だと、お互いがお互いを理解し合わないと撮影が進みません。相手を理解しようとする重要さを、「写真語」を通じて体験してもらうんです。どうやったら相手に伝わるか、それを教わるほうもお互いの伝えたい事を理解し合うことで育っていくから「共育」だと思います。
その他にも、一般の方に向けて「写真がうまくなっちゃうワークショップ」というのを行っています。写真がうまくなるというのは、自分が何を見てどう考えたかを伝えられるということ。そのためには技術的、論理的にどう構築していくかを写真を通じて伝えています。
このワークショップでは、最後の課題で「自分が魅力的だと思った人。ただし自分が知らない人」を写真に撮ってもらうという回があります。そうすることでいろいろな人とつながり、予期せぬ体験できるんです。課題を通じて沢山の「予期せぬ」を経験していただき、自身の価値観を超えていく、その中にこそ人間としての本当の意味での学びがあります。 東京、金沢、福島で行ったワークショップの卒業生は、2年に1回の大写真展に参加してもらって、さらに大きな輪を作っています。
編集部:「写真語」による「共育」の、目指すところはどこなんでしょうか。
鈴木:良質な写真を体験していただくことで、より豊かな教養を提供することです。写真館で自分自身が被写体になることで自身の素晴らしい表情と共に写真の力を体験する。ワークショップの課題を通じて普段の生活の中でも課題を与えられてこなすのではなく、「なぜなんだ」「どうしたらいいんだ」という疑問を持って考えられるようになってほしいのです。それは能動的に思考することであり、写真を通じて、自分らしさ、つまり唯一性を確立できるようになることが、より社会、世界を豊かにすることになり、同時にいま写真にできることなのです。
<鈴木心写真館 開催のお知らせ>
次回、鈴木心写真館は山口県で開催されます。
ご興味のある方は、ご家族やお友達と一緒に足を運んでみてください。
※2017年5月10日時点の情報です。
プロフィール
1980年福島生まれ。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業。広告、雑誌、書籍の写真や映像制作に携わる傍ら自身の作品制作発表を継続的に行っている。写真集「写真」を出版、年30回を超える写真ワークショップと小中高大学校での授業、年間3000名以上の個人肖像写真を撮影する鈴木心写真館の活動を行っている。