2016年10月9日~11月27日まで、岡山市で「岡山芸術交流Okayama Art Summit 2016」というイベントが開催されました。
総合プロデューサーは、関連記事『企業価値を高める「ストライプ」流インナーコミュニケーション』でもご紹介したアパレル企業「ストライプインターナショナル」代表取締役社長・石川康晴さん。 地元岡山に対して並々ならぬ想いを持つ石川さんが、最先端の現代アートによって岡山にもたらそうとしているものとは?
企業家がリードする、アートによる地域の未来創りの現場を取材してきました。
「岡山芸術交流」は、現代アートの国際展。世界各国の31組の作家による51の作品が岡山旧城下町エリアに展示されました。
自らも現代アートコレクターである石川さんが総合プロデューサーとなり、同じく岡山出身のギャラリスト那須太郎さんを総合ディレクターに、ニューヨークを拠点に活動するイギリス人アーティスト、リアム・ギリック氏をアーティスティックディレクターとして迎え、「開発」をテーマに開催されました。
「岡山芸術交流」の前身として2014年には「Imagineering OKAYAMA ART PROJECT」というアートイベントが岡山市の社会実験として開催され11万人を動員しています。今回の「岡山芸術交流」では、ほぼ同じ期間でその2倍以上となる23万人を動員し、大盛況となりました。
当日は、ストライプインターナショナルの社員やそのご家族も多く来場しており、石川さんによる社員向け作品解説のアテンドツアーが実施されました。
難解と思われがちなコンセプチュアルアートですが、石川さんは小学生の目線にあわせて一点一点丁寧な説明でアーティストの考え方を伝えてくれました。特徴的だったアーティストの作品をご紹介します。
今回のアーティスティックディレクター、リアム・ギリック氏の作品です。作者いわく「僕が作ったのは半分。あとの半分はみんなが作ってください」とのこと。
実際にパターゴルフをしてみると、人が入ってはじめて完成する作品だということを体感できます。子どもと大人が入り混じってパターゴルフを楽しむ姿に、「大人が遊ぶもの」というゴルフのイメージが覆されました。
韓国人女性アーティストによる作品です。会場の1つでもある旧後楽館天神校舎跡地から採取したバクテリアを用いた作品を展示し、「人間が創りだすものだけがアートではない」ということを示しているようでした。
彼女はこのイベントの会期中に世界有数の美術賞であるヒューゴ・ボス賞を受賞し、ニューヨークのグッゲンハイム美術館での個展も予定されています。
地元岡山出身の下道基行さんは、今回の展示で「境界」をテーマにし、母校の中学生と共に「14歳と世界と境」という作品を制作しました。子どもと大人の狭間にいる14歳に身の回りの境界線について考えてもらい、そのなかのいくつかの文章を窓ガラスに掲示しています。
アテンドツアーで石川さんが一貫して語ってくれたのは、「コンセプチュアルアートの本質は“考え方”を見るもの」ということ。ものの見方や考え方は1つではなく、人種、性別、年齢、国を超えて多様な考え方・価値観があります。
そんな石川さんの想いが強く感じられたのは、フランス人アーティストのピエール・ユイグ氏の「未耕作地」を解説してくれた時。像の頭部が蜂の巣に覆われていて、ミツバチが周りを飛びまわっている作品で、自然と人工物が交わった時の独特の違和感があります。
この作品を前にした石川さんは子どもたちに向けて、「山の中にアスファルトの道があるのは人間にとっては違和感がないけど、“本当はこういうことなんだ”というのがこの作品のメッセージとも受け取れる。悪いことではないけど、みんなで考えましょうね、ということ」と説明。“コンセプチュアルアートに触れてもらうことによって、考え方の多様性を認め合う社会を育みたい”。そんな石川さんの強い想いを肌で感じました。
石川さんは岡山芸術交流についてこう語ります。
「多くの地域で開催されている“芸術祭”の中には、作品の本質を見せるというよりもエンターテインメント性が強いと感じるものもある。それは、僕たちの目指す現代アートの大型国際展とは違います。だからあえて“芸術祭”という言葉はやめて、僕たちの考え方に合った“交流”という言葉を選びました」
また、「作品と地元の人との交流、大人と子どもとの交流、県内・県外、国内・海外の人との交流。一番想いを込めたのは、歴史を読み直すということ。過去にスポットが当たっていたものを、もう一度蘇らせ、過去の素晴らしいものと見る人を交流させたい」とも。
実際に作品を見て歩いてみると、岡山城や、ル・コルビジェに師事した前川國男によって昭和30年代に建設された岡山県庁、天神山文化プラザ、林原美術館などが会場になっており、作品に触れるなかで自然と岡山の歴史を読み直すことができる仕掛けになっていました。
人の交流という点では、協賛企業である中国銀行の200名を含むサポートスタッフと鑑賞者との交流など様々な交流がありました。
1か月半以上にわたる会期中、石川さんはすべての週末岡山に入り、多くの来訪者を自らアテンドしました。アートに詳しくない方でも、石川さんのアテンドツアーを体験すると大抵の方は「面白い!」と意識が変化したそうです。
石川さんは言います。「今回わかったことは、話せばわかる、見ればわかる。そうすることで溝は埋まるということです」。この地道な対話力が岡山芸術交流を成功させた原動力かもしれません。
「岡山芸術交流」は今後3年毎の開催を目指しています。今回はリアム・ギリック氏による採光塔の作品などが無料で見られるアートとして生み出されました。
石川文化振興財団では、将来的に美術館の設立も目指しています。
さらに「アートの島」として欧米の観光客が増えている直島や、同じくアートによる街おこしに取り組んでいる尾道などが共に瀬戸内地域を活性化していく「瀬戸内アートリージョン構想」も進んでいます。まさにアートによって岡山と瀬戸内の未来が創られていく様子。なんだかワクワクしますね。
企業が売上や収益だけにとらわれず、組織や人を活かして文化を支えることが、人と街の未来につながっていきます。また文化事業の推進は、企業自身にとっても少なからずメリットがあるようです。
もともと石川さんが現代アートのコレクションを始めたのは2011年。NY在住の日本人アーティストの作品を購入したところからスタートしました。
「アートのコレクションは考え方を買っているようなもの。コンセプチュアルアートに触れるたび、いい意味で裏切られ、頭の固さを反省するきかっけになります。脳のマッサージのようなものですね」
コンセプチュアルアートが新しい事業を考えるための刺激にもなっているようで、柔軟な発想ができるからこそ、「売る」から「貸す」という逆転の発想で生まれた、ストライプインターナショナルの「メチャカリ」というレンタルファッション事業なども誕生しているのだと思います。
海外に目を向けると、スイス・バーゼルでは金融グループUBSが現代アートを、投資銀行のクレディ・スイスがオーケストラをバックアップして街の文化を支えています。ラグジュアリーブランドでは、LVMH、カルティエ、グッチ、プラダが財団を持ってアートを支え発信しています。
日本でも三菱やサントリー、資生堂などが財団によって文化事業を推進しています。なかでも瀬戸内には大原美術館の大原氏、ベネッセの福武氏と、文化を支える実業家の系譜があり、石川さんは彼らのスピリットを継ぐ第3のバトンを受け取ったと感じています。「いまいちど日本人が文化にモチベーションを持てるよう、実業家として支えていきたいですね」
今回の岡山芸術交流では「開発」というテーマに沿って、キュレーターからアート作品についての説明を受けた5名の「こどもガイド」が、大人を率いて作品を解説するという試みも行われました。これには、子どもたちがこうした経験を重ねる中で、やがて岡山からピカソやジョブズのような人材が躍り出てきてほしいという願いが込められているそうです。
また、石川さんは岡山芸術交流の他にも、若手企業家を発掘・顕彰する「オカヤマアワード」や「おかやまマラソン」の協賛にも関わり、企業トップの立場から岡山・瀬戸内エリアの活性化に取り組んでいます。
石川康晴という1人の実業家の思いと1つの企業の取り組みが、岡山の未来創造に大きな影響を与えています。今後、岡山はどんな姿に成熟していくのでしょうか。