ミキハウスが、「出産準備サイト」というわかりやすいネーミングのオウンドメディアを開設したきっかけは、実際に社員の方が我が事として感じた、初めての妊娠や出産、子育てに対する不安からでした。この方は、信頼のおける情報発信を心がける同サイトの責任者となり、現在も記事の企画から公開、アフターフォローまで細やかな心遣いでサイト運営を行っています。このインタビューでは、「出産準備サイト」の担当者である三起商行株式会社(ミキハウス)の営業企画マネージャー・高坂一子(こうさか・かずこ)さんに、サイトの成り立ちやコンセプト、今後の抱負などについてお訊きしました。
「出産準備サイト」の運営担当を務めるミキハウスの高坂さん
「出産準備サイト」が現在の形になったのは、2013年9月です。そもそも、サイトを立ち上げるきっかけとなった出来事は2つあり、1つは2010年にまで遡ります。
ミキハウスといえば子供服というイメージがありますが、より幅広いお客様に弊社の製品をお届けしていきたいとの思いから、2010年より、お腹の中に赤ちゃんがいるプレママの女性に向けた情報発信をしていこうという機運が社内で高まっていました。
私は2000年からウェブサイトを担当しており、製品やブランドの情報を紹介することがおもな仕事でした。しかし子供服と言いながらも、ベビー向け商品の紹介がほとんどなされていないことに気づき、何かしなくてはと思っていたのです。ビジネス的な観点からはベビー商品を前面に出す方法も当然考えられますが、異なる見せ方もあるのではないかと考えたことが、後のサイト立ち上げにつながっていきます。
もう1つの理由は、思いのほか大変である育児を、ミキハウスとしていろんな角度からサポートしたいと思ったこと。私には娘が1人いますが、子供が生まれたのは25年ほど前のことでした。当時はまだ男性が子育てをする風潮が一般的ではなく、夫も忙しく働いていたため、私がワンオペで子育てしなくてはならず、一旦、会社を退職して育児に専念することにしました。子供が生まれて幸せ、赤ちゃんはかわいい、けれど赤ちゃんとの毎日は想像していた以上に思い通りにいかないことの連続でした。その理由が、赤ちゃんのために用意するものや、自分の体調を整えるのは大事なことだと理解していたのに、赤ちゃんと一緒に暮らすためにどんな心持ちが必要なのかがまったく理解できていなかったからだと後から気付いたのです。
子育ては思い通りにはいかないものですが、それがあらかじめわかっていれば気持ちが少し軽くなれるのではないでしょうか。ミキハウスの中でも子どもが生まれる社員が増え、同じような悩みを抱えている姿を見てきました。それらの経験から、商品を紹介するだけでなく、子育てする家族の気持ちに寄り添ってサポートしたり、「こんなときは、こうしてみたらどうでしょう」とさまざまな角度で提案したりしてくれるサイトがあればと考えるようになったのです。
そこで、実際にそうしたサイトを作るにはどうすればいいのかとインターネットで調べてみましたが、育児に関する情報はたいてい医療関係者の方や助産師さんが提供しているものが多く、正しいからこそ、そのアドバイスがどうしても「●●せねばならない」とプレッシャーに感じられてしまうのです。そうではなく、先輩ママが新米ママの気持ちを共有して背中を押すようなイメージでサイトが作れないだろうかと思い、会社に願い出て小規模なサイトからスタートしました。
運営する中で、お客様がサイトにアクセスする際の検索ワードが、企業サイトとは明らかに違うことに気がつきました。企業サイトは「ミキハウス+商品名」や「ミキハウス+カテゴリー名」で検索されていましたが、出産準備サイトでは、文字通り「出産準備」などのフリーワードで探して来られる方が多かったのです。
確実に需要があるとわかり、サイト運営に可能性を感じて細々と続けていたところ、2017年に私の上司だった男性にも子どもができ、父親の立場で改めてミキハウスのサイトを客観的に見て、子育ての情報がないことに気づきます。そこからさらに、「ミキハウスこそそうした情報を発信していくべきではないか」という意見が増え、当時の「出産準備サイト」をリニューアルする提案を行い、チームを作り、家族みんなで行う子育てを少しでも楽にしてあげられるようなコンテンツを発信していくことになりました。
リニューアル時に「出産準備サイト」のコンテンツのあるべき姿とは何か? についてチームで考えたとき、信頼できる情報発信を行うにはどうすればよいかということがもっとも大きな課題でした。私たちが自信を持って情報を送り出し、お客様にも安心して読んでいただくには、専門家の意見も含めてエビデンス(裏付け)のあるものだけで構成することが重要です。そのために、一次情報にこだわり、すべて自分たちで取材したコンテンツを発信することにしたのです。
「出産準備サイト」では、ママだけでなくパパも含めて子育てに関わる家族の方がちょっとでも楽になり、ハッピーに感じ、明日のことがちょっと楽しみだなと感じていただけることを心がけてきました。
その一方で、これは仕事に対する私自身のポリシーでもありますが、製品でもサービスでも、100人の気持ちを動かそうとせずに、たった1人でもよいので、その心に届くことを考えてコンテンツを送り出しています。1人のママに、「出産準備サイト」を見て安心した、癒されたと言ってもらえるなら、きっと100人、200人の人たちにも同じ気持ちになっていただけると信じているからです。ですので、ブラウザーの向こうにいらっしゃるお客様の顔がわからなくても、画面を見つめる一人ひとりに届けたいという思いで運営しています。
この信念は、「出産準備サイト」をスタートした当初から変わっていませんし、同じ思いを共有できる人たちとチームを組んで共有し続けてきたことです。記事のタイトルも、どうしてもPVにつながりやすい尖ったものを付けたくなりますが、ありのままを伝えることを大切にしたいので、編集者やライターさんには少し時間をかけても意思統一を図るようにしています。また、コンテンツ作りは仕事でもありますが、それ以上に、母親、父親としての目線で取り組んでほしいとお願いしています。
男性は女性と比べて赤ちゃんが生まれたときのことを思い描きづらい傾向にあると思いますが、今では、チーム内の男性も全員パパになり、我が事として「出産準備サイト」と向き合っています。チームのみなさんが、自身でも子育てを楽しんでいる様子に触れるたび、しっかりと気持ちがつながっていることを感じることができてうれしいですね。
出産や子育てを取り巻く環境は、時代とともにどんどん変化しています。たとえば、昨年くらいから話題に上っているのは、子どもとスマートフォンの関係やキラキラネームの是非、産後うつなどです。こうした情報は、常に外部にアンテナを張ってキャッチするようにしていますし、それを出産準備サイトらしく発信するにはどうするかを企画会議などで考えています。そうした情報とは別に子育て川柳のような軽い話題も扱っているのは、そこから今のママやパパの気分というものが浮かび上がってくるからです。
また、予防接種やワクチン、子育てへのスマホ利用のように賛否両論のあるデリケートな話題も、とても神経を使いながら採り上げてきました。同じ内容でも伝え方によって反応が違ってくるので、語っていただく専門家の方も事前にSNSなどで発信されている情報をチェックして、物事をきちんと正しく伝えられる人かどうかを確認してから依頼するようにしています。原稿のチェックもさまざまな視点から見るために3〜4人の目を通しています。それも安心できるコンテンツ作りには欠かせないことです。
企画から記事の掲載までは最低でも2カ月から3カ月程度かかりますが、信頼していただき、安心して読んでいただける記事作りのためには、そのくらいの期間がかかっても致し方ないと思って取り組んでいます。
ミキハウスには、赤ちゃんの月齢に合わせた先輩ママからのアドバイス・子育てのお役立ち情報、サポートを行う「ベビークラブ」という会員組織から、出産準備や子育てに関するアンケートを取っています。毎回、5万3千通ほど質問票を出しますが、7,000通近くの回答が返ってくるので、この種のアンケートとしてはとても高い回答率です。
アンケートの結果、わかったことは妊娠中の方で75%、実際に子育て中の方でも70%が、子供を育てることに対して不安を感じているという事実でした。世間にこれだけ情報があふれていても不安は決してなくなるものではありませんが、私たちも安心できる情報を提供し続けることの重要性を改めて痛感しています。
アンケートから得られた「出産準備サイト」への感想も、好意的なものが多くて手応えを感じますが、中でも慶應義塾大学医学部で小児科の主任教授をされている高橋孝雄先生の連載記事「高橋たかお先生のなんでも相談室」の評価が高いです。その反響の大きさから高橋先生の書籍が10万部を超えるベストセラーになったり、先生ご自身がテレビやラジオの番組に出演されたり、波及効果も生まれました。
毎年、ベビークラブのアンケートから得られたデータをもとにした記事を配信していますが、色々なメディアからその情報を記事や番組の中で使いたいという依頼もいただきます。このように、信頼できるメディアだと思われているのはありがたいことだと思っています。
「出産準備サイト」のコンテンツは、大きく3つに分かれています。1つ目はメインの記事、2つ目は出産の準備をするうえで大事な商品ベースの知識、3つ目が実際の商品について解説するコーナーです。2つ目の知識については、赤ちゃんが生まれてから1年間に渡って必要となるものをまとめていて、季節ごとの必需品も紹介しています。
私もそうでしたが、出産を控えた人は、とりあえず百貨店などに足を運ぶものの、実際には何を買えば良いのかわからないケースがほとんどです。ところが、「出産準備サイト」を見た方は、最初から何が必要かわかったうえで来店されたり、ウェブページのプリントを持っていらっしゃったりするので、店舗のスタッフからも接客がスムーズになったと評価されるようになりました。
ミキハウスの店舗には、子育てキャリアアドバイザーがいますので、役立つ記事を公開したときには共有し、逆に、店舗スタッフは、着こなしなどを提案するプロですから、そういう切り口でサイトに登場してもらうこともあります。
また、ミキハウスでは、プレママ・プレパパセミナーというセミナーも開いていますが、PVやSEO対策などの影響もあってか、出産準備サイトからの申し込みがとても多いです。広告などを打たなくても全国で5000人規模の集客がありますし、店舗単位で実施している出産準備相談会も、「出産準備サイト」で告知をするとすぐに埋まります。通販に関しても、「出産準備サイト」からの流入が全アクセス数の25%に上っていますし、コンテンツマーケティングが実売り上げに貢献できる流れが生まれ始めているといってよいでしょう。
スタートした当初は、サイトの月間PVが30万PV程度でしたが、昨年には60万PVを達成、直近では91万PVを獲得する月もありました。月間60万PVの獲得が1つの目標でしたが、目標をクリアし、メディアとしての立ち位置を確立しつつあると思っています。
また、広告などで一時的に数字が上がったのではなく、本当にコツコツとやってきた成果だということが重要だと思っています。キャンペーンなどで記事のPVが上がったとしても、ほんの一瞬のこと。いかに継続して読んでいただけるかの方が重要です。
2018年時はアクセスの7割がスマートフォンからでしたので、モバイル向けのサイトのデザインをリニューアルしました。それも、1つのページにランディングしていただいた方に、どうしたら他のページも回遊していただけるかということを考えてのことです。その結果、回遊率も上がっています。
記事内容にはプロとして十分に注意を払っていますが、ときにはTwitterやカスタマーサービスを通じて異議を唱える方もいらっしゃいます。本来、1人のお客様のために記事の内容を変更することはありえない話かもしれませんが、4年ほど前に公開した記事に対して、ご自身の体験とは違うと感じた方がおられて、すぐにその方からのコメントにもとづく形で注釈を付けたことがありました。すると、ミキハウスは読者の声をしっかり聞いてくれると、ご自身のフォロワーの方に対して発信していただけたんです。そのような的確で迅速な対応ができるのも、オウンドメディアならではの重要な部分といえるかもしれません。
現在、「出産準備サイト」を運営するスタッフは、企画編集面では私を含めて本社に2名、東京に1名。この他に、営業が2名と、外部スタッフが8名いて、編集以外のサイトデザインやアクセス解析などは、知見のあるプロにお任せしています。
企画は、普段からスタッフ同士で情報をシェアしながら、毎月開催している定例会で3カ月分をまとめて討議します。ここでは、いくらトピックとして面白そうなものでも、ミキハウスや出産準備サイトのカラーに合わないものはどんどん外しますので、企画を一つ決定するまでに1〜2カ月かかる感じです。
私は車で通勤しているので、運転中にラジオをよく聴いていますが、テレビと比べて小さな話題が扱われることが多く、テーマを探すうえでも役に立っています。スタッフからは、保育園で今、こんなことが流行っているとか、こういう病気が広まりつつあるといった生の情報も上がってきますし、それらはチーム内ですべて共有するようにしています。子育ては生活そのものなので、日々の暮らしの中に企画の元があるといっていいかもしれません。
また、記事を出すタイミングも重要ですが、外部の制作会社のつながりから、次に来そうな話題をある程度把握することができるので、それを先取りして公開していけるのも強みだと思います。
今後は、横への展開を広げて、少しでも多くの方に情報を届けていきたいです。
現在、大手下着メーカーのワコールさんに取材した「産前産後のママのからだ」という記事を掲載していますが、他ブランドさんとも共同で日本の子育てを充実させていきたいと考えています。「出産準備サイト」の読者の方々は、色々な意味でリテラシーが高いので、ブランド同士のコラボレーションの場としても価値が高いと思うからです。
また、今後はベビークラブ以外の読者に対しても、統計的な調査をかけてみたいですね。ミキハウスは中国では靴が大人気で、靴のブランドだと思われているところがあるのですが、ママの思いは日本で中国でも変わらないはずなので、出産準備サイトと同じコンテンツを中国語でも提供していきたいというのが、1つの夢でしょうか。
いずれにしても、根本には安心して出産と子育てをしていただきたいという思いがあります。そして、子供が成長して振り返ったときに、出産準備サイトのおかげで、ちょっとハッピーだったなと思っていただければ、それが何よりですね。そうしたつながりが、親から子、子から孫へとずっと続いていくことを願ってサイトを運営しています。
ミキハウスの出産準備サイトは、はじめからコンテンツマーケティングを意識したのではなく、ママでもある担当者の疑問と熱意から生まれたものでした。しかし、最終的にはそれが対象となる顧客のマインドシェアを得ることにつながり、その輪が今も広がっています。ブレない目標と情報発信のスタンスが、大きな信頼を生み出し、結果的にマーケティングとしても成功していることがよく理解できました。
●Interview & Text : 大谷 和利
●Photos : 矢野 健紳 / INFOTO / amana
amana Content Marketing
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コンテンツマーケティングの本場であるアメリカで、業界を牽引するリーディングカンパニーであるIndustry Dive。国内唯一の独占パートナーであるアマナがその集合知を活用し、成果へと繋がるコンテンツマーケティングをサポートします。
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