「谷根千」と言われ注目をされているエリア、谷中。
その歴史的な建物の多さや流れる空気から、ヨーロッパからの観光客が多いのだそう。
そんな谷中で大正時代から続く銅細工工房を改装してオフィスとして使っているのが、大丸松坂屋百貨店のオウンドメディア「FUTURE IS NOW 」を運営する、同社の未来定番研究所です。
「表参道などではなく、編集部の場所はあえてここを選びました。多くのクリエイターと関わるからこそ、おもしろがって来てくれるような空間にしたかったのです」。
そう語るのは、未来定番研究所の所長・今谷秀和さん。
一般的に「オウンドメディア」と言えば企業のマーケティング(ブランドイメージ向上やリード獲得)の手法のひとつとして活用されていますが、FUTURE IS NOWは一味違います。
今回は、百貨店だからこそのオウンドメディア戦略をもつ、FUTURE IS NOWに迫ります。
「FUTURE IS NOW」(以下 F.I.N.)は、2017年3月に始まった、大丸松坂屋百貨店のオウンドメディア。しかし、メディア単体を見ても、どの企業が運営しているメディアなのかは一見わかりません。
ーーマーケティングまたは広報的な視点で見ると、企業名が前面に出てこないのはネガティブな要素にも思えますが、どのような戦略があるのでしょうか。
「FUTURE IS NOW」
“今”から未来の定番を探るメディア
「そもそも、F.I.N. の目的は、マーケティングではありません。一切、コンバージョンを促すようなボタンやリンクを置いていないのです。
それは、F.I.Nでは物売りをしたいのではなく、大丸松坂屋を好きになってもらうこと、そのためにライフスタイルに注目したコンテンツを楽しんでもらうことが目的だからです」。
ーーモノを売る百貨店として、ライフスタイルに注目しているのはどうしてなのでしょうか。
「これからは、欲しいモノがなくなる時代になる。そうなった時、十分満たされている人に新しいライフスタイルを提案して、”いいな”と思ってもらうことが大事になってくると思います。思ってもみなかった新しいライフスタイルの魅力に、気づいてもらうこと。それがF.I.N.でやりたいことです」。
ーーなるほど。だから、未来定番研究所という名前にもある通り、未来のことを探っていくコンテンツを発信しているのですね。
「そうです。私たちは”未来”の定義もしていて、5年先をキーワードにして考えることにしています。3年じゃ分かる範囲だけれど、10年じゃ遠すぎる。自分ゴトとしてとらえてもらえるのは、5年先だと思っています」。
ーー F.I.N. がKPIにしていることはどのようなことなのでしょうか。
「好きでいてくれるファンを、”じわじわ”増やすことですね。ポイントは、爆発的にではなく、”じわじわ”というところです。PV数もUU数も、計測はしてもKPIにはしていません。読んでくれた数よりも、FacebookやTwitterで反応してくれるファンを増やすことを目的にしているのです。
これからの時代、百貨店に来る理由は便利さや品揃えではなくなります。”好き”だから来る。その状態をつくれないと、生き残っていけないと思っているのです。
それは、メディアも同じこと。生活者が、メディアを好きで、楽しみにコンテンツを待っていてくれる状態をつくるために必要なのは、コンバージョンボタンではないと思います」。
現在は3日に1本程度、記事を公開しているというF.I.N.。どのコンテンツも、ちょっと先の未来を様々な切り口で紹介しています。
ーープログラミング、コーヒー、ファンベースなど、本当にテーマは多岐にわたっていますね。編集チームはどのような体制ですか?
「未来定番研究所の5人のメンバーで編集部としてやっています。外部ライターに丸投げの取材は絶対にせず、取材にはメンバーの誰か一人は参加します。
未来定番研究所の役割はF.I.N.の運営の他にもあり、百貨店の店舗での企画など幅広く行っています。メディア運営とともに私たちが外部のクリエイターと関係性をつくることで、百貨店の仕事に繋げることができるのです」。
ーーなるほど。エッジの立ったテーマや企画は、どのようにして生まれているのでしょう。
「メディアの立ち上げの時は、外部の編集者に手伝ってもらいながらテーマなどを考えていました。2年目からは、私たちからやりたいことを提案するスタイルになり、3カ月単位で次のテーマを絞り出すような形にしています。
私たちは、他のメディアで盛り上がっているような、数字の取れるテーマはあえてやらないようにしています。他のメディアが取り上げるものを、私たちがやっても意味がない。それよりも、F.I.N.にしかないコンテンツを少ない人数の読者にでも喜んでもらいたいと思っています。
編集部5人は常にアンテナを張って、今どんなものが芽を出し始めているかを探し、企画に落とし込んでいます」。
ーーとくに、“空想百貨店” の企画がおもしろいと感じたのですが、どのような経緯で生まれた企画でしょうか?
「空想百貨店」
多様なジャンルで活躍するクリエイター陣に
未来の百貨店が“どんな風だったら面白いか”を自由に空想してもらう企画
「この企画はF.I.N.の立ち上げ時に生まれた企画です。もともと、F.I.N.は社内報の役割を持たせる想定だったので、店舗に関わる社員の刺激になるのではないかとも思っていました。
外にもオープンにしたのは、他社にも見られる状態になっている方が、他社にアイデアを持っていかれる前に読まないといけないと焦らすことができるかなと思ったからです」。
ーー現状、課題に感じているところはどのようなことでしょうか?
「記事の方向性や、ページのつくりなどに課題感は持っています。
ただ、これから一番取り組みたいのは、ファンのコミュニティづくりです。
今でも15〜20人規模のイベントは行なっていますし、先日は佐藤尚之さんとファンベースについてのトークショーを行いました。もっともっと、ユーザーと対等な立ち位置で関わり合える、クローズドなコミュニティをつくりたいと思っています」。
ーークローズドなコミュニティですか。どのようなコミュニケーションが生まれる場所になるのでしょうか。
「盛り上げ役のメンバーが必要になると思っているのですが、ユーザーが商品やサービスに対しての悩みや困りごと、好きなところなどを共有しあうようなコミュニケーションが生まれるといいと思っています。そこから実際に商品に反映されれば、ユーザーは嬉しくなる。そういう、対等な関わりが“好きになる”一歩だと思っています」。
「歴史を辿ると、三越は100年前に森鴎外を使ってPR誌とは別に文芸誌をつくっていました。あの頃から、三越を好きになってくれるファンを増やすには、マスではなくPRでもなく、ライフスタイルを好きなってもらうための雑誌が必要だと三越はわかっていたのです。
谷中のこの古い館の中で、先人達へ敬意を払いながら、未来を考えていきたいと思っています」。
お話の中で一貫して出てきたのは、生活者に、大丸松坂屋またF.I.Nを”好き”になってもらうことが、百貨店業界の中で生き残っていく上で欠かせないということ。そのために、徹底してコンバージョンさせるような仕掛けは排除し、どのようなコンテンツがおもしろいと思ってもらえるかを追求されていることがわかりました。
生活者は、いかにもな企業広告を嫌がり、回避することもできる時代。純粋に興味を引くコンテンツの積み重ねは、時間も労力もかかる一方で、純粋なファンを少しずつ、着実に増やしていくことには有効かもしれません。
●Interview & Text : 森野 日菜子
●Photos : 川合 穂波
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