コンテンツマーケティングにおいて核となるのは、消費者と企業・ブランド間のエンゲージメントです。そこで本コラム『デジタル・エンゲージメント』では、テクノロジーライターの大谷和利さんが「コンテンツマーケティングの元素表」を評価軸にしながら、マーケターたちが創造性を駆使して編み出したエンゲージメントを高めるための工夫を連載形式で紹介。読者の皆さんに新たな視点や気づき、アイディアを提供していきます。vol.4の今回は、「ビールに味を! 人生に幸せを!」をミッションステートメントに、型破りのマーケティング戦略を展開する「ヤッホーブルーイング」に迫ります。
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インドの青鬼、水曜日のネコ、東京ブラック…。これらは、すべて日本の先駆的クラフトビールメーカーが製造・販売するクラフトビールの名前である。製品名からしてユニークなこの会社は、マーケティングから人材募集まで、何もかもが型破り。社長自ら「万人受けは考えない」と公言するヤッホーブルーイングの、コンテンツのあり方を見ていくことにしよう。
まず、気がつくのは公式Webサイトのトップページに詰め込まれた情報の多さだ。そこには、会社のミッションステートメントからビールの一覧、オンラインストアや直営レストランの紹介があると思えば、一転して創業に至ったエピソードとその後の苦労、ビール造りのプロセスに話が移り、会社概要のデータに続けて公式ソーシャルメディアと採用・問い合わせ情報までが、長いスクロールページの中に並んでいる。
もちろん、より詳しい情報は別ページや別サイトとして用意され、トップページはそれらへの入り口なのだが、ここだけを見てもヤッホーブルーイングの概要がわかるように作られている。
▲Webページのトップに社名よりも大きく掲げられているのは、同社のミッションである「ビールに味を! 人生に幸せを!」の文字。ヤッホーブルーイングのマーケティングは、このミッションを実現するために徹底したものとなっている。
▲このミッションステートメントは、トップページの「お知らせ」の次に再び登場することからも、いかに同社の根幹をなす方針であるかが理解できる。
▲続いて現れるのが製品群である。細かな説明はリンク先にあり、ここではシンボル的存在の「よなよなエール」を中心に個性的なネーミングのクラフトビールの缶が並ぶだけだが、それぞれの特徴的なデザインと相まって、思わずクリックしてみたくなる。
▲ビール紹介の後には、年に1度のリアル飲み会イベント「超宴」の告知(時期が過ぎたため現在は割愛)もあり、特設サイトへと誘導する。
▲経営を救った通販戦略は今も同社が注力するところで、さらにリアルなビアレストランも都内に8店舗を構えるまでになった。スタッフ自らが楽しむことで顧客も楽しめるというポリシーで満たされている。
▲ここで、起・承・転・結の転にあたる「ストーリー」がはさまり、これを読むと、ヤッホーブルーイングと顧客のエンゲージメントがさらに深まるようになっている。「自分たちのビールを自分たちの言葉で伝え」ることが、今も同社のマーケティングの基本であることに変わりはない。
▲「ストーリー」の下には、知的好奇心を軽く満たす「ビール造り」の簡単な工程説明がある。より詳しい情報は通販サイトで読めるので、ここではサワリの部分がサラッと解説されている。
▲そして、普通は別立てとなることが多い会社概要も、トップページの下のほうにそのまま記されている。ここでも効果を上げているのは、スタッフ全員の集合写真で、いかにも楽しげな雰囲気が伝わってくる。
▲ソーシャルメディアへのリンクはページトップの項目バーのところにもあるが、見落とされないようにページ内からもしっかり張られている。
▲トップページの締めくくりは、リクルートサイトへのリンクと「お問い合わせ」だが、どちらも明確で、迷わず目的の情報にたどり着ける。
このトップページの充実度は、当然、意図的なものと思われ、自分たちのことを伝えたい、知ってもらいたいという気持ちのストレートな現れだと考えられる。実際にも、長さを感じさせないほど、次々に出現する項目に目を奪われてスクロールを続けてしまう魅力に満ちているが、ここでイイ味を出しているのが、社員たちが思い思いのポーズで写り、散りばめられている写真である。
これらの写真の力によって、ここのビールはさぞ美味しいのではないか? ここの会社で働くのはさぞ楽しいのではないか? と、飲む前、務める前から、まんまと思わされてしまう。
もう1つ注目できるのは、日本語ページのサブセットのような内容の英語ページも用意されている点であり、海外の取扱店のリストを含め、国外市場にも目が向けられていることが見て取れる。
また、業績不振の時期にネット通販に力を入れるなどオンラインマーケティング重視の姿勢を打ち出したこともあって、Spことソーシャルポストも充実しており、Facebook、Twitter、Instagramのすべてで情報発信を行なうと共に、YouTubeに公式アカウントを設けてViに相当するビデオコンテンツの提供にも注力している。
▲Sp(ソーシャルポスト)の公式Facebookアカウントでもミッションが大きく掲げられている。チャットで「通常1日以内に返信」という点も、企業規模を考えれば十分なレスポンスタイムといえよう。
▲公式Twitterアカウントでは、クラフトビールが擬人化(ここでは「僕ビール、君ビール、流星レイディオ」がビール名兼擬人化キャラクター)されてツイートするなど、遊び心のある投稿が行われている。
▲Instagramでは、製品紹介もさることながら、クラフトビールに合う美味しそうなおつまみ紹介などによって、フォロワーに飲む気を起こさせる雰囲気が醸し出されている。
▲元素表のVi(ビデオ)コンテンツにあたるYouTubeチャンネルは、チャンネル登録者こそ少なめだが、閲覧数は圧倒的に多く、多くの人々の関心を惹きつけていることがわかる。
Webのトップページ自体は、お知らせやイベント告知を除いて、変化することが比較的少ない情報で占められている。その意味で、コンテンツマーケティングのポイントとなるのは、公式通販サイト「よなよなの里」のほうで読める、その名も「読み物」や「G’sキッチン」のクラフトビールに合うレシピ集、お客様のヒマを潰す「こばなし」、社長も率先して行うイベントごとの「仮装」、顧客からの投稿による「フォトコンテスト」だ。
これらは、少し見つけにくいところにあるのが難点だが、広い意味でのBp、つまりブログポストと捉えることもでき、これを楽しみにサイトを訪れる人も確実に居るだろう。
▲Bp(ブログポスト)的な読み物やコラムは、公式通販サイトのほうで公開されているため少しわかりにくいが、クラフトビールを様々な切り口でアピールしようとするスタッフの工夫が見える好コンテンツだ。
ここまでのコンテンツでも、企業規模や業種を考えると、その充実ぶりに目を見張るが、本当に驚くのはリクルートサイトだ。
こちらを見ると、一層、この会社のクラフトビール造りにかける情熱と、人材重視の姿勢が伝わってくる。むしろ、リクルートサイトのほうがコーポレートサイトよりもLp(ランディングページ)的なコンテンツや、Ro(ラウンドアップ)、Int(インタビュー)の要素が揃っており、ヤッホーブルーイングが最も好ましい人材と考える「知的な変わり者」を集めるために、必要と思える情報を徹底して与える方針が貫かれている。
▲コーポレートサイト以上の意気込みを感じるリクルートサイトは、取りも直さず、優れた人材こそがヤッホーブルーイングの財産であることを物語るものだ。こちらは、項目が明確に分かれ、コーポレートサイトとの目的の違いがデザインや構成にも表れている。
▲繰り返されるミッションも、顧客向けから就職希望者向けのものへと切り口を変えて紹介されており、ここでも写真が生き生きと使われている。このあたりは、企業活動のまとめや総括にあたるRo(ラウンドアップ)と考えることもできる。
▲ヤッホーブルーイングでは、社長以下、スタッフ全員がニックネームで呼びあっており、この仕事の説明も、社員自ら語るスタイルが親しみやすさを生んでいる。同じくRo的なページである。
▲Int(インタビュー)に相当する「スタッフ名鑑」でも、社長や社員が飾らない素顔で自らの考えや取り組みを語っており、非常に好感が持てる。
そして、こちらは公式通販サイトのほうだが、クラフトビール初心者に送るRe(リサーチ)的なコンテンツとしての基本情報や、入門セット(人気商品4種の詰め合わせ)の購入者のみが対象の「クラフトビールのすゝめ」というBk(ブック)まで用意して、一度掴んだ顧客をコアなファンへと変えていく仕組みが整えられている。
▲もう1つのIntといえるお客様の声も、それぞれに個性が異なるクラフトビールゆえ、製品ごとのファンが語っている点が特徴的だ。
▲企業が作り出す製品へのエンゲージメントを高めるうえで有効なRe(リサーチ)コンテンツに近いものが、このクラフトビール初心者に向けた「はじめてのクラフトビール」講座と、それに続く「よなよなエール大学」である。後者は、おそらくアメリカの名門私立大の「イェール大学」にかけたものだ。
▲さらに、クラフトビールの入門書まで作り、同社のビールの入門セットの購入者に進呈している。一度でもクラフトビールに興味を持った人を、さらに深みへと誘う巧みな仕掛けといえる。
最終的にコンバージョンが完了した後も、スクロール中の絶妙なタイミングで定期宅配のお知らせを表示して申し込みを促したり、さらにはリアルで大規模な飲み会である「超宴」を開催するなど、徹底してファンを増やし、維持していくための手間が惜しまれていない。
ヤッホーブルーイングは、大量に販売するために最新の最小公約数的な味を作り出す大手企業とはまったく異なる、個性の強烈なビールと様々なコンテンツ、そして手作り感溢れるイベントのシナジー効果によって、冒険ができる適切な規模を保ちながら事業の密度を高めていく独自の方程式を編み出したといえるだろう。
▲公式通販サイトを閲覧していると、いいタイミングで送料無料の定期宅配情報が表示される。安定した経営を行ううえで、固定客を増やすことに力が注がれていることがわかる。
▲年に1度の「超宴」の特設サイトにも抜かりはなく、オンラインで掴んだ顧客とのエンゲージメントがリアルなイベントによってさらに深まるようになっている。
※文中で掲載している写真・図版は、すべてヤッホーブルーイング公式サイトからのキャプチャになります。
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大谷 和利(おおたに・かずとし)
テクノロジーライター、AssistOn取締役。スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツ、スティーブ・ウォズニアックのインタビュー記事をはじめ、コンピュータ、カメラ、写真、デザイン、自転車分野の文筆活動を行うかたわら、製品開発のアドバイスなども行う。主な著書・監修書に『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社)、『ICTことば辞典:250の重要キーワード』(共著。三省堂)、『ビジュアルシフト』(監修。宣伝会議)、『インテル中興の祖 アンディ・グローブの世界』(同文館出版)。主な訳書に『Apple Design日本語版』(AXIS)、『スティーブ・ジョブズの再臨』(毎日コミュニケーションズ)。
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