企業広告やコミュニケーションツールに役立つ、人物CG「デジタルヒューマン」。メタバース時代の新家族像

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3DCGと先端テクノロジーを組み合わせて作り上げる、人物CG「デジタルヒューマン」。その制作を、東映株式会社のツークン研究所(以下、東映ツークン研究所)とアマナが協働。エディターが、現実に存在する人間像に匹敵するペルソナをディテールまで作り込むことで、単なるビジュアルイメージの制作とは一線を画しています。人格を備えたデジタルヒューマンは、ストーリーを語ることが可能になり、コミュニケーションにリアリティと奥行きが生まれるはずです。

来るべきメタバース時代に、コミュニケーションマーケットにおいてサステナブルかつ安全なビジュアル制作ができると期待されている、デジタルヒューマンプロジェクト。現在、父親、母親、子供で構成される家族を制作中ですが、1人目となる母親像ができあがったタイミングで、このプロジェクトに関わった3人に、それぞれの視点から新時代のファミリー像とその未来について聞きました。

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左から、アマナのイメージングディレクター・ビジュアルコラボレーターの堀口高士、アマナのエディターの宮坂淑子、東映ツークン研究所の主席ディレクターの美濃一彦さん。

情報発信の際、企業が抱える3つの課題解決のために

――今回のプロジェクトはどのような経緯で始まったのでしょうか?

堀口高士(アマナ/以下、堀口):昨今、多くのクライアントさんがタレントやモデルを広告に起用することにさまざまなリスクを感じています。そんな中で、最近注目されているデジタルヒューマンが解決の糸口になるのではないかと考えたことが発端です。 

Disital Human Horiguchi.jpg 堀口高士|Takashi Horiguchi
株式会社アマナ、イメージングディレクター・ビジュアルコラボレーター。グラフィックデザイナーとしてキャリアをスタート。メインスキルであるビジュアルデザインを応用しながら、さまざまなビジネスシーンで役立つビジュアルの可能性を、日々の活動を通じて研究している。

――どのようなリスクがあるのですか?

堀口:想定リスクには大きく分けて、人選と人種、肖像権と3つがあって、起用したモデルやタレントさんが事件を起こしてしまったり、最近ではルッキズムのような問題も人選を難しくしています。また、グローバル化が進む中で、特定の人種に寄ることも回避しなくてはなりませんし、肖像権については1人の人と契約して他国で転用したり、期間を延長しようとすると、多大な費用がかかるなどのリスクがあります。

デジタルヒューマンは、企業が抱えるこうした3つの課題を解決する手段になり得ると考えて、東映ツークン研究所さんとのご縁もあり、プロジェクトを立ち上げました。

美濃一彦さん(東映ツークン研究所/以下、美濃):弊社はデジタルヒューマンの取り組みを2017年頃にスタートしました。特にエンターテインメントの領域で活用を進めていたのですが、テクノロジーの進化や環境の変化から、もっと活用先が広げられるのではないかと考えていて、今回の取り組みには新たな可能性を感じています。

今は1つのコンテンツをマスに届けるよりも、パーソナライズ化されたものや、ソーシャル的なものが一層求められるようになりました。そのためにはコンテンツを大量に、素早く作らなくてはなりませんが、そうしたときにもデジタルヒューマンが合うのではないでしょうか。

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美濃一彦|Kazuhiro Mino
東映株式会社ツークン研究所、主席ディレクター。映画、テレビ、XRを中心に幅広い分野で企画、ディレクション、CG監修、開発マネージャーを務める。専門はデジタルヒューマン、バーチャルプロダクション、CG、VFX、モーションキャプチャー。オープンイノベーションによるエンターテインメントの社会実装を推進。

――CGで作る人物像について、ただ形を作るだけでなく人格も付与したそうですね。その理由を教えてください。

堀口:いろいろな場面で活用しやすいように、1人ではなくファミリーを作ろうと考えました。その際にどのような家族像にすればいいかということで、アマナが運営する、子育てファミリーのためのメディア「Fasu」と連携し、エディターの宮坂にも加わってもらいました。

宮坂淑子(アマナ/以下、宮坂):私の役割としては、デジタルヒューマンで作られる家族像というのは、どのような暮らしを送る、どのような人、そして人格なのかを考えることでした。

美濃:「Fasu」というメディアとからめたのは、デジタルヒューマンの表現としてすごくよかったと感じています。デジタルヒューマンのコンテンツは技術的な側面ばかり取り上げられることが多いのですが、今回はライフスタイルや世界観を作ることが重要でしたし、結果的にデジタルヒューマンが新たなフィールドで一歩上の表現を得たように思います。 

堀口:デジタルヒューマンというとどうしてもCGっぽさもあり、技術がより前に出てきてしまうので、そこを払拭したいのはありましたね。

美濃:今回、そこを超えたというか、ここまで踏み込むのかと驚きもありました。例えば人物像の性格や背景を考えるのに、我々もこれまでペルソナ作りはしてきましたが、どちらかというと作り手側からのアプローチだったと思います。今回メディアとしてトータルデザインした上で人格を形成していけたことに、頼もしさも感じています。 

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宮坂淑子|Yoshiko Miyasaka
雑誌、Webメディアの編集等を経て2020年アマナに入社。「Fasu」の立ち上げに参画し、ファッション、カルチャー、ライフスタイル記事を制作。現在は、企業のオウンドメディアの企画・制作やアドバイザリーなどを担当している。

デジタルヒューマンに命を吹き込む

――具体的にはどのようにして人格作りをしたのですか?

宮坂:まずは、プロファイリングのためにいろいろな資料を作成しました。年齢、職業といった属性だけでなく、こんなライフスタイルで、ヘアメイクだったらこんな感じで、例えばメイクに使うコスメ、アクセサリーや服のブランドはこれ、といったディテールまで具体的に落とし込んで提案をしました。

美濃:CGで精巧なモデルを作ることは時間をかければできるのですが、それをどう見せるかはストーリーテリングと世界観が重要です。まさしく今回も物語をどう伝えるか、その世界観を構築するのに、今まで経験した以上の作り込みをしていくことになりました。

宮坂:“自分の職業を持って、自立していること”が「Fasu」における母親像の1つのキーワードだったんですが、意思を感じる顔には共通項があるなと個人的に感じていました。例えば意思を感じさせる眉を描いているとか、瞳に力があるとか、鼻の柱がしっかりしているとか。あくまで個人の主観として「こういう人が多いのでは?」という提案ではあるのですが、具体的な例をできるだけ挙げました。

美濃:我々もこういうところまでやっていいんだと改めて感じたというか。例えば映画の美術セットだと年代や背景を考えて、この柱はどれくらい汚れているだとか、時間をかけて作り込む美術デザイナーがいるんです。それと同じように、ピアスのデザイン1つにしても、1人のモデルを作る上ですごく重要で、そうしたことが最終的に1枚の絵から伝わる世界観に大きく関わってくるのだと改めて感じました。

堀口:ペルソナという話でいうと、いわゆる30代女性で都内に住んでいるとか、そういう画一的な属性だけではもう通用しないと感じているんです。やはり多様性が大前提ですから、むしろ価値観が重要で、そうした価値観を注入し、ビジュアルに反映してできあがったのがこの母親像なんですね。すごくいいバランスで着地できたんじゃないかなと思っています。今後はこの人の匂いまで感じられるようなところまでチャレンジしたいな、と。

美濃:確かに絵画や映像から匂いを感じるものがあります。見る側にとっては1枚の絵や動画なんですが、その枠外にあるものをどれだけ伝えられるのか、ひもときたいですね。感情や周囲をイメージさせるのは、やはりポーズや表情だったりするのかもしれません。

デジタルで作られたものは冷たい印象になりがちですが、それを打開する1つの大きなポイントはやはり表情です。今回も何度も微調整してこの表情にたどり着きましたが、今後もより一層深く追い込みたいですね。彼女だったらこんな笑い方をするだろうなとか、口角を1mmだけ上げるのか下げるのかみたいな細部まで、丁寧にやっていきたいです。  

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©︎Mint Images/amanaimages

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宮坂:資料に書いた、ペルソナからの作り込みをここまでやるんだと驚きましたが、本当にミクロ単位の顎の角度や白目の面積で表情が変わってしまうんです。

堀口:生命感を宿すのに目は重要だと、今回改めて感じました。

美濃:目の表現は顔の中でも最も重要なポイントで、目の向きだけでも10以上のパターンで検討を重ねましたが、実はその裏では100以上のボツがありました。

宮坂:わずかに角度や動きが変わっただけで、いきなり命が宿る。東映ツークン研究所さんであるからこそのリアリティの追求だと感じました。

美濃:我々の業界では、CGモデルが人間に近くなった時に違和感や嫌悪感を抱かせる不気味の谷という現象があると言われているのですが、命を宿すには技術だけではなく、どのように描くかが大事だなと感じています。

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完成した母親像。

経験を重ねて新たなステージへ

――父親と子供については、今後どのように登場していきますか?

堀口:父親像は2023年の春に発表予定で、子供はもう少し先になりそうです。

美濃:今回は技術的な検証もしながら、フルスクラッチで作っているので時間もかかりますが、回数を重ねていろいろなデータを保有できるようになってくると、制作時間の短縮やコストの削減にも繋がります。このプロジェクトを始める際には、サステナブルなデジタルヒューマンを作ろうという話もしましたね。

堀口: そうですね。今後は制作時間も短縮し、普及させるための仕組み作りも考えていきます。いずれは可変が利くバーチャルのモデル事務所のようなライブラリーを充実させていくことが目標です。それにしても、普通の人をデジタルヒューマン化するのは結構チャレンジングですね。

宮坂:タレントさんやモデルさんは個性の塊だから想像しやすいのですが、普通の人を作り出すということは、本当に難しい。そもそも、普通の人って何?から始まってしまいますし。

今回、私はスタイリングも担当しています。追ってその洋服がCGで再構築されるとはいえ、シャツ1枚にしても新品だと嘘っぽいので、あえて何度か洗濯をしてアイロンをかけるなど、生地にリアリティを出したりしました。さらに何ルックかコーディネートを用意して吟味しましたが、通常のファッションシューティングとは全く勝手が異なるので苦心したし、準備に時間もかかりました。

堀口:服もCGで作ったんですが、細かなシワを表現する技術も進んでいて、さまざまな技術がいいバランスで組み合わさった気がします。

美濃:研究者やCGのアーティストだけではやはりそこまで作り込めないので、今後は経験値のあるアートディレクターやスタイリスト、ヘアメイクさんなど、プロの仕事が掛け合わさって1つのビジュアルをまとめ上げていくことになるでしょう。デジタルヒューマンも、1歩先に進んで次のステージに入った感があります。  

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今後のニーズと広がる活用領域

――デジタルヒューマンを今後どのように活用していきたいとお考えですか?

堀口:タレント化してブランドとコラボレーションするなど、プロモーション用の話題作りはあると思いますが、企業の人格化もブランディングの1つの手法としてあると思うんです。メディアが多様化して発信媒体が増えている中で、企業の人格となる人が1人いて、統一した発信をしていくと信頼性の担保にもつながりますし、そこにデジタルヒューマンが寄与できると思います。

また生活になじんでいくデジタルヒューマンを作っていきたくて、そうすることでみんながハッピーになれるような1つの手段であってほしいですし、そこを目指していきたいと個人的には思っています。

美濃:我々もデジタルヒューマンを日常の中に置きたいと考えています。例えば医療や観光、ショッピングの分野などいろいろな活用先が考えられるのですが、いかに社会実装して普及させていくかが今後の課題だと思います。我々のアイデンティティでもあるエンターテインメントが普及を促進させると信じていますが、今回の制作過程を通じて、顧客やユーザーに喜んでいただける、居心地のよい環境をトータルでデザインしていくことの大切さをより一層感じました。

宮坂:未曾有の事態を迎えて世の中が変わり、ファッションのあり方もガラッと変わってしまって、私自身もビジュアル作りを今までとは違うやり方で模索している中で、デジタルヒューマンが新しい光となってくれるといいなと思っています。

リアルのモデルとはまた違う存在として、新しいファッションやカルチャー、ライフスタイルを提案したり。同時にデジタルヒューマンは今後、特別なものではなく、普通の家族の普通の暮らしの中に存在し、私たちに寄り添ってくれるものになっていくといいですね。いずれはどの企業もオリジナルのデジタルヒューマンを抱えているのが当たり前というような時代になるのではないでしょうか。

堀口:コロナ禍の中で模索した表現手法でもあるので、やはり希望のような存在になるといいですよね。そうすると社会実装も進んでいくように思います。東映ツークン研究所さんは、社会実装するにあたって具体的に取り組んでいることはあるんですか?

美濃:これからは異業種による共創の時代だと思いますし、AIと組み合わせるのが鍵かな、と。

堀口:今回もAIを一部活用させていただきましたが、声もAIの活用方法の1つですよね。

美濃:自然言語処理、チャットボットみたいなナビゲーションはデジタルヒューマンと相性がいいですし、テクノロジーも急速に伸びていますから今後確実に増えていくと思います。

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――メタバースとの連携は考えていますか?

美濃:メタバースにもすごく相性がいいと思います。写実的なものやアニメ的なものなどアバターのビジュアルはその都度使い分ける必要はあるという前提ですが、写実的な風貌であるからこそ、普段では引き出せない情報や信頼を得ることが可能になり、新たなコミュニケーションが創り出せるだろうと思います。

メタバースに限らず、XRを含む仮想空間は今後のメディアの中心になるのは間違いなく、ユーザーとどんな形の接点を作りあげていくかが課題になってくるので、そこでデジタルヒューマンを触媒にしていろいろな取り組みができたらいいですね。

取材・文:前田真里(レフトハンズ)
編集:大橋智子(アマナ)
撮影:AKANE(アマナ)
デザイン:中村圭佑
協力:海岸スタジオ

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