「歳を重ねる」ことをポジティブに捉えるには? 誰もが自分らしく生きられる社会を目指す。プランナー・徐維廷:Creators for Society②

creators-for-society-keyvisual

アマナには200人を超えるクリエイターが在籍しています。プランナー、フォトグラファー、ビデオグラファー、エディター、CGクリエイターなどさまざまな領域を担い、日々の仕事の中で企業や社会の課題に対してそのクリエイティビティを生かし、解決の道を模索しているのです。この連載では、アマナのクリエイターが1人ずつ登場。社会課題を解決するためにどのように動き、何を発信しようとしているのか、そのプロセスと思いを紹介します。

第2回に登場するのは、プランナーの徐維廷(以下、徐)です。台湾出身、大学院で視覚伝達デザインを研究するために来日し、空間ディスプレイ業界を経てアマナに入社しました。今回取り上げるクリエイティブワークは、徐がプランニングを担当した「AGEBILITY(エイジビリティ)」というメッセージ。ポーラの最高峰ブランドであるB.Aが、「すべての人が自分の可能性に自信を持ち、未来への期待と挑戦にあふれた世界」の実現を目指す際に、コンセプトとして開発したものです。年齢を重ねることに対する意識をどのようにしてポジティブなものへ変換させようとしたのか、徐の思いについて聞きました。

creators-for-society-JoItei
徐維廷|Jo Itei、Wei Ting Hsu
台湾出身。武蔵野美術大学大学院修了後、空間ディスプレイ業界を経てアマナに入社。
多様な文化とアイデンティティを行き来しながら、言葉とビジュアルで織り成した新しい景色を提示することが仕事のやり甲斐。
企業ブランディング活動のコンセプトワーク及び、施設、イベントなどのUXストーリー策定を中心に活動。

ブランドの社会的価値を伝える手段を、企業と一緒になって考える

――「AGEBILITY」というメッセージは、コンセプトメイキングから関わったそうですね。

徐:これまでもポーラの案件では、コンテンツの制作だけでなく、ブランド力を高めるために何をすればいいかであったり、ブランドの社会的価値を人々に伝える手段を一緒に考えたりと、広告クリエイティブのかなり上流工程からアマナが携わる機会が多くありました。そんな中で今回は、同社の最高峰ブランドであるB.Aの担当者から、「年齢を重ねること(エイジング)に対する、人々のネガティブな意識をどうにかして転換できないか」というテーマをいただいたことから、このプロジェクトがスタートしました。

――取り組む上で難しかったことはありますか?

徐:クライアントからは、メッセージを掲げることがゴールではなく、それが実際に世の中に浸透し、人々の価値転換を促すものにしたいというリクエストもいただいていて、使命感や責任感も普段のプロジェクトとは少し違っていました。特に難しかったのは、化粧品メーカーであるポーラが、“若返ること”や“美しくなること”をことさら否定したり、逆に、“ありのままの自分がいい”と過剰に打ち出してしまうと、事業との矛盾を生じさせることになってしまうので、そのあたりの整合性をどうとるか、かなり頭を悩ませました。
結局、見た目の話をしている限りは、すべての人たちに希望を与えるようなメッセージにはならないということになり、もっと本質的なものに目線を向けてみようという今回のプロジェクトの基本的な方針が、自ずと定まっていったと記憶しています。
AGEBILITYは、Age(=年齢)+Ability(=能力)を掛け合わせた造語で、「年齢がもたらす経験を未来の可能性に転換する能力」を表しています。これまでの日本社会では、年齢を重ねることをキャンバスの余白が段々と埋まっていくようなイメージで捉えていた気がしていましたが、自分はそれをさまざまな人生の経験がキャンバス自体を広げていくイメージに書き換えたいと思いました。

POLA-B.A-keyvisual
ポーラ「B.A」AGEBILITYブランドサイト。

ネガティブな感情は、自分が知らないことへの想像力の欠如から生まれる

――徐さんにも、エイジングに対するネガティブな意識があったのですか?

徐:自分は台湾出身で、大学院へ進学するために日本にやってきたのですが、20代の終わり頃に友人たちから「もう若くないね」という類の言葉を何度もかけられているうちに、歳をとることに対して焦りとか恐怖心を覚えるようになっていった気がします。30代になって楽しいことやできることが増えて、そんな心配はすっかりなくなりましたが、あとから振り返ると、当時は外側の世界だったり、自分が知らないことへの想像力が足りていなかったのだと思います。

――想像力が足りていなかったとはどういう意味でしょうか?

徐:人は誰しも、自分のコンフォートゾーン(=居心地のよい空間)の外側に対して、想像力を働かせるのがあまり得意ではありません。だから、知らないことへの恐怖心自体は、世界中の人たちが持っている感覚だと思います。20代は、30代や40代のことがよくわからなくて怖いから、ネガティブな印象を持つのもある程度は仕方がないというわけです。ただ、元来、内と外を分けがちな島国である日本では、そうした他者への想像力の欠如をいくぶん強く感じる傾向が強い。自分の場合も、もし留学先が日本でなく欧米の国だったりしたら、年齢で何かを分けて考えたり、歳を取ることを嫌だと思うことはそれほどなかったかもしれません。年齢バイアスの存在を意識するようにはなりましたが、周りにいる女性たちを見ていると、大変そうだなと思うことが少なくありません。

creators-for-society-JoItei

――それは女性のほうがエイジハラスメントの対象になることが多いということでしょうか?

徐:それもありますが、ロールモデルの功罪といったほうがいいかもしれません。SNSなどを見ていても幸せな女性の“型”が存在していて、日本では割と多くの女性が、無自覚にその型にハマりにいっている印象があります。本当は憧れの選択肢がもっとたくさんあるべきですが、今はまだないので、“型”にハマらない人や自己主張が強い人に対して、何かとレッテル貼りをするようなことが起こってしまっているのだと思います。

――年齢を重ねることに対するネガティブな意識も、そういう傾向に原因があるということですね。

徐:そうです。ネガティブというよりも、それが型通りの捉え方なのだと思います。だから「年齢を重ねることは、自分のキャンバスを広げていくことであり、徐々に自分らしさを勝ち得ていくことでもある」と、新たにエイジングの捉え方を書き換えようとしたのです。そうすれば、歳を取ることに対してもワクワクする人たちが出てくるに違いないと考えました。しかもその「年齢がもたらす経験を未来の可能性に転換する能力」というのは、気づきさえすれば誰にでも備わっているものなので、多様性を否定することにもなりません。
提案してみると皆がすぐに賛同してくれて、その結果、SNSを使った発信から、参加型インスタレーションなどの大型イベントまで、ポーラのリソースを駆使した大規模な統合プロジェクトへと発展していきました。コンシューマーの反応もよくて、アンケートでは多くの人たちが「共感した」と答えてくれました。

creators-for-society-Joitei

クリエイターに必要な素養とは

――徐さんのそうしたモノの見方や捉え方は、海外で生まれ育ったことが影響しているのですか?

徐:もちろん、そういう部分もあると思いますが、それよりも、大学で専攻していた演劇の影響が大きいと思っています。というのも、自分はいつもなぜか悪役を演じることが多かったのですが、当然ながらすべての悪人が悪いことをしようと思って悪事を働いているわけではありません。悪事を働くことになったのにはそれ相応の背景があり、本人にしかわからない理由やモチベーションが存在します。一般的に考えれば、それらは正当性を欠くものかもしれませんが、本人にとっては決して譲れないものだったり、時には信念に従った正しい行動だったりもするわけです。
なので、いわゆる悪役を演じるときは、自分もその行動を心の底から正しいと信じられるようになるまで、役のことを徹底して理解しようと努めました。この経験が自分の共感力を高めてくれたと思っていて、今でもターゲットやクライアントのことを理解しようとするときにとても役立っています。

creators-for-society-JoItei

――今回のプロジェクトを、今後はどのように発展させたいですか。

徐:プロジェクトに関しては確かな手応えを感じましたし、相応の成果もあげられたと思っていますが、しいて課題を挙げるとすれば、まだまだ発展の途上であるということ。発足当初はもう少しSDGsを意識した展開や、「AGEBILITY」という概念そのものをもっと強く打ち出して、例えば女性の生き方を考える日として毎年実施されている「国際女性デー」のようなイベントを行いたいなど、担当者たちからもさまざまなアイデアが出ていました。ですから自分としては、やり残したことがたくさんあるという思いでいます。
裏を返せば、まだまだ可能性が広がっていくプロジェクトということだと思うので、これからも継続的に発信を続けていければと考えています。クリエイターは、“How”を考える能力はもちろんのこと、“What”や“Why”から考えられることが大事です。今回のように、クライアントと一緒に社会課題について考えるようなプロジェクトを、今後も続けていければと思っています。

取材・文:石川遍
編集:大橋智子(アマナ)
撮影:西浦乃安(アマナ)
デザイン:中村圭佑
撮影協力:海岸スタジオ

KEYWORDキーワード

本サイトではユーザーの利便性向上のためCookieを使用してサービスを提供しています。詳しくはCookieポリシーをご覧ください。

閉じる