リアルすぎる広告が「共感」を得にくい理由

泣ける消費
本記事は企業の広告・ブランド担当者に役立つ本から、気になる一節を数回に分けてご紹介する連載です。読みながら、その本の“考え方”に少しずつ触れていただけます。


人の感情を動かす体験をつくるとき「リアルすぎる表現」だと伝わらないのはなぜでしょう。舞台や映画、テレビ、小説などには共通した「壁」があると言います。人が安心して体験できる演出について紹介します。


~本コンテンツは、書籍『泣ける消費 人はモノではなく「感情」を買っている』(石津智大著・サンマーク出版刊)に掲載されている、消費と密接な関係にある感情の働きや心が動くメカニズムをひも解いた内容から一部抜粋・編集したものです(この記事は第2回/全3回)。

No.1:なぜ人は「悲しい物語」に惹かれるのか

No.3:人の心は「安全な場所」でこそ動く(12月10日公開予定)


「演出」だとわかったほうがいい

感情を大きく動かす体験を作るうえで、必ず守るべきことがあります。

それは、「現実」と「作られた体験」とのあいだに、はっきりとした境界線を引くことです。

リアルすぎてはいけないのです。

このことをうまく説明してくれるのが、18世紀の哲学者ドゥニ・ディドロが提唱した「第四の壁」という考え方です。

ディドロは「舞台には、4つの壁がなければいけない」と言いました。客席から舞台に向かって一番奥にある正面の壁と、右手の壁と、左手の壁。そしてもう一つはどこでしょうか。客席の後ろの壁ではありません。

舞台と観客席の間には、目に見えない透明な第四の壁というものがあるのです。それが舞台の世界と、わたしたち観客のいる現実の世界を明確に区別しています。

小説であれば紙のページ、映画であればスクリーン、動画やCMであればテレビやスマホの画面がその「壁」の役割を担っています。

この壁があってこそ、わたしたちは本気で感情移入できるのです。

たとえば、ホラー映画がどんなに怖くても観客が映画館の椅子にちゃんと座っていられるのは、「スクリーン」という壁があるからです。もしお化けや殺人鬼が本当にスクリーンから出てくる可能性があるとしたら、わたしたちはそこに留まって感情を揺らすどころではありません。

また、「壁」は物理的なものとも限りません。

「これは物語ですよ」「演出ですよ」と受け取れる表現、ビジュアル、語り口が壁になることもあります。

たとえば、スタジオジブリのアニメーションは現実ではあり得ない世界を描きながらも、深い感情を呼び起こします。

あるいは、『君の名は。』のようなアニメーション映画が実写よりも多くの涙を誘ったり、『この世界の片隅に』のような戦争アニメが実写の戦争映画より深い共感を呼んだりするのも同じ理由です。

「嘘っぽさ」や「非現実性」は、むしろ安心して「感情を全開で体験できる」ための装置なのです。

リアルすぎる広告は届かない

この「感情の安全地帯」をどう設計するかは、広告やマーケティングにもそのまま応用できます。

感情に訴えかける広告を打ったり、マーケティングをしたりするには「リアルすぎてはいけない」のです。広告やブランド映像が過度にリアルな感情を描くと、消費者は防衛本能から心を閉ざしてしまうことも考えられます。

結果として、本来伝えたかったメッセージが届かなくなってしまうことがあるのです。

たとえばYouTubeを観ていると表示される広告の中に、「苦手な広告がある」と話す人がいました。それは貧困家庭を支援する団体の広告で、「給食がない日は食べるものがなくて、おなかを空かせている子どもがいます」というようなメッセージが流れるものでした。

広告を出す目的は一般の人の問題意識を喚起して共感してもらい、最終的にはその支援活動をしている団体に寄付してもらうことのはずです。

ところがその人が言うには、「広告があまりにも生々しすぎて、観たくないという気持ちが先だってしまう」のだそうです。

YouTubeの広告は始まってから5秒経つとスキップできるので、その広告が流れるといつも最後まで観ることなく即座にスキップする。だから寄付にまで至らないそうです。

いくら真剣なテーマであっても、視聴者が「向き合えない」と感じてしまえば、そのメッセージは届きません。

だからこそ、広告の世界では「どこまで現実を見せるか」「どこから虚構としてデザインするか」のバランスが問われます。

たとえば、実際に貧困に苦しむ子どもの表情や生活が映し出され、ナレーションが「貧しくて今夜のご飯にも困っている子どもが、家族を支えながら必死に働いている」と語りかけるようなストレートな表現は、たとえ事実であっても、観る人の心に負担をかけてしまいます。

一方で、画面に映すのは本人ではなくイラストにして、「もし、今この瞬間にも、あなたの知らない場所で、誰かが明日の食事を心配しているかもしれない」と、少し距離をとって語りかけると、より受け手に届きやすくなるかもしれません。

とはいえ、あまりに遠回しな表現では、普段から他者への関心が薄い人や、「貧困は自己責任だ」と思っている人の心には届かないかもしれません。

だからこそ、広告においても、「リアルさ」と「フィクション性」の境界をどこに引くかが問われます。

感情を動かすには、その表現を受け取る人の心が安全であるための設計が欠かせない。

エンタメと同じように、広告にも感情の安全地帯が必要なのです。


(この記事は第2回/全3回)

No.1:なぜ人は「悲しい物語」に惹かれるのか

No.3:人の心は「安全な場所」でこそ動く(12月10日公開予定)


▼書籍紹介
人は商品そのものではなく、それによって得られる“感情”を求めて行動します。本書は、泣ける・ときめく・共感するなど、消費の根底にある感情の働きを解き明かし、心が動くメカニズムをひも解いた一冊です。広告や企画、商品づくりなど、顧客の心に届く価値を生み出すために役立つ感情マーケティングの基本と実践を分かりやすく紹介しています。

▼書籍情報
書名:泣ける消費 人はモノではなく「感情」を買っている
著者:石津智大
出版社:サンマーク出版
発売日:2025年7月9日
リンク:https://bookstore.sunmark.co.jp/products/9784763142351


この記事もよく読まれています
BtoB商材向け|市場を育てるマーケティングの手順と組織設計
BtoB企業のYouTube活用最前線。映像と設計で伝える10事例
第46回日本BtoB広告賞から読み解くヒント「自社の想いをどう形にするか?」

文・編集:桑原勲

SOLUTION

amana BRANDING

amana BRANDING

戦略に基づいたブランディングと最先端のクリエイティブで企業の課題を解決

共感や信頼を通して顧客にとっての価値を高めていく「企業ブランディング」、時代に合わせてブランドを見直していく「リブランディング」、組織力をあげるための「インナーブランディング」、ブランドの魅力をショップや展示会で演出する「空間ブランディング」、地域の魅力を引き出し継続的に成長をサポートする「地域ブランディング」など、幅広いブランディングに対応しています。

KEYWORD キーワード

KEYWORDキーワード

本サイトではユーザーの利便性向上のためCookieを使用してサービスを提供しています。詳しくはCookieポリシーをご覧ください。

閉じる