人の心は「安全な場所」でこそ動く

泣ける消費
本記事は企業の広告・ブランド担当者に役立つ本から、気になる一節を数回に分けてご紹介する連載です。読みながら、その本の“考え方”に少しずつ触れていただけます。

涙が出るほど心が動く瞬間は誰にでも起こり得ますが、そもそも人は“どんな状況で”心を動かす準備が整うのでしょうか。今回はその答えとして、「心は安心できる場所でこそ動く」という、人間の根源的な特徴について考えていきます。


~本コンテンツは、書籍『泣ける消費 人はモノではなく「感情」を買っている』(石津智大著・サンマーク出版刊)に掲載されている、消費と密接な関係にある感情の働きや心が動くメカニズムをひも解いた内容から一部抜粋・編集したものです(この記事は第3回/全3回)。

No.1:なぜ人は「悲しい物語」に惹かれるのか

No.2:リアルすぎる広告が「共感」を得にくい理由


人の心は「安全な場所」でこそ動く

感情が動くことは、わたしたちにとって価値のある体験です。

けれど同時に、それはとても繊細で、扱いの難しいことでもあります。

なぜなら、感情が大きく動く体験には、ある種の「危険」も伴うからです。

心を開いたぶんだけ傷つく。信じるからこそ裏切られる。

感情の振れ幅が大きいほど、そこには痛みが生まれやすくなるのです。

あるいは、悲しみや喪失など、現実の危機に直面したとき。

わたしたちは「生き延びる」ことに集中しなければならず、悲しみに浸っている余裕などありません。自分の心を守るために、感情を抑え込んだり、無意識のうちに遠ざけたりする。

他人のつらさに対しても、それは同じです。

特に現代のように、毎日のように悲しいニュースや不幸な出来事に触れていると、わたしたちの心は共感しすぎて疲弊しないよう、防御モードに入ってしまいます。

これは「共感疲労」と呼ばれる現象です。

一方で、誰かが設計した「体験の場」の中では、話は変わります。

それが映画や小説であれ、広告であれ、SNSに投稿されたエピソードであれ、「これは現実ではなく、伝えるために作られたものだ」とあらかじめわかっているからこそ、わたしたちは「感情を全開にして体験できる」のです。

18世紀の哲学者フリードリヒ・フォン・シラーは、このような体験の場を「人工の不幸」と呼びました。

彼は『悲劇論』という論文の中で、「なぜ人は『ロミオとジュリエット』のような不幸な物語を、わざわざ楽しみに行くのか?」という問いを立てています。

シラーはこう述べました。

「パテーティッシュ(憐みを伴うような深い悲しみ)なものは、人工の不幸である。人工の不幸は、完全に防備を固めた状態のわたしたちにやってくる。人工の不幸は単に想像されたものにすぎない。」

シラーは、悲劇とは「突然の不幸に対処するための訓練の場」であると考えました。作られた体験の中で死や別れに触れることで、現実でやってくるかもしれない同種の出来事に備える。強い感情を予行演習のように味わえる安全な場所。それが「設計された感情体験」の本質なのです。

現実の不幸な出来事は突然やってきます。そしてそれに直面したとき、わたしたちは感情を味わう余裕などなく、ただ反応するしかありません。

でも、たとえば物語や広告、誰かが語るエピソードなどであれば、わたしたちは心の準備をした上で、体験することができます。

だからこそ、そこで感じる気持ちや心の動きを、安心して味わうことができるのです。

特に、ネガティブな感情を味わうなら、「作りもの」であることがいっそう重要になります。

なぜなら、ハッピーエンドのストーリーを経験するのであれば、別にフィクションである必要はないからです。楽しさとか心地良さは、なんなら現実で起きてほしいことですから。

でも、悲しみや喪失、恐怖や不安のようなネガティブな感情は、そうはいきません。

現実ではあまりにも重すぎて、とてもそのままでは受け止められない。

だからこそわたしたちは、あえて「設計された体験」に身を置く。

安心して感情に向き合える「場」があるからこそ、その強い感情をちゃんと体験することができるのです。

思い切り心を動かすには、「現実すぎない」ことが大切です。現実から距離を取り、感情を経験するために整えられた場所だからこそ、人は自分の感情を味わえるのです。


(この記事は第3回/全3回)

No.1:なぜ人は「悲しい物語」に惹かれるのか

No.2:リアルすぎる広告が「共感」を得にくい理由


▼書籍紹介
人は商品そのものではなく、それによって得られる“感情”を求めて行動します。本書は、泣ける・ときめく・共感するなど、消費の根底にある感情の働きを解き明かし、心が動くメカニズムをひも解いた一冊です。広告や企画、商品づくりなど、顧客の心に届く価値を生み出すために役立つ感情マーケティングの基本と実践を分かりやすく紹介しています。

▼書籍情報
書名:泣ける消費 人はモノではなく「感情」を買っている
著者:石津智大
出版社:サンマーク出版
発売日:2025年7月9日
リンク:https://bookstore.sunmark.co.jp/products/9784763142351


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