政治や文化、価値観の対立が可視化され、「社会の分断」という言葉を目にする機会が増えました。国際情勢の緊張が続く一方、日本国内でも外国人労働者をめぐる議論、インフレ、災害への不安など将来が読めない不穏さが生活者の感情に沈殿しています。企業やブランドがこうした空気と無関係ではいられない時代です。
ただし、企業が社会問題に言及することは炎上や不買のリスクとも隣り合わせです。意見表明が「どちら側か」を問われやすいテーマほど、メッセージだけで踏み込むほど分断を増幅させることすらあります。
そこで近年注目されているのが、企業が持つ資産(商品、データ、プラットフォーム、ネットワークなど)を起点に、社会課題への関与を“体験”として設計するコミュニケーションです。正しさを説くのではなく、参加の入口をつくる。立場の違いを争点化するのではなく、共通の行動に変換する。企業が「できること」から平和への道筋を増やすアプローチです。
ここでは、分断や紛争という難題に対して企業が自社資産を用いながら「平和への関与」を“体験化”している事例を、3つの視点で整理します。
・資産(Asset): 企業が社会課題と結びつけている資産
・体験(Experience): その資産をどのような体験として設計しているか
・影響(Effect): その取り組みが社会やブランドにもたらしている影響
ユニクロの「PEACE FOR ALL」は、「世界の平和を願ってアクションする」という趣旨に賛同した著名人がボランティアで参加し、チャリティTシャツを継続的に発表するプロジェクトです。単なる購買を超え、Tシャツを「買う・着る」という日常の動作が社会課題への入り口となるよう設計されています。 本プロジェクトの大きな特徴は、販売利益の全額(※日本での定価の20%相当)が、紛争や貧困の被害者を支援する国際団体へ寄付される点にあります。運営元のファーストリテイリングを通じて、パートナーシップを結ぶ3つの団体へ日本窓口から送金され、世界各地の平和支援活動に充てられる仕組みです。
・資産(Asset): Tシャツというマス商品と販売網
・体験(Experience): 購入・着用が「アクション」になる参加体験(本人の意思で関与できる設計)
・影響(Effect): 利益の全額寄付を継続的に生む枠組み(効果の評価は公式記述の範囲に留める)
『PEACE FOR ALL』は著名人がボランティアで参加するTシャツプロジェクト。参加:48(個人・団体)、販売:9.61百万枚超、寄付総額:2,883,233,700円(いずれも2025年12月末時点の公表値)。
出典:UNIQLO公式「PEACE FOR ALL」/Fast Retailing 公式リリース。
公式ページにアップされている参加者インタビュー
AirbnbとAirbnb.org/エアビーアンドビーは、ウクライナからの避難民最大10万人に対し、短期の無償滞在先を提供することを明らかにしました。この支援は、Airbnb, Inc.やAirbnb.org Refugee Fundへの寄付者、そしてホストの協力によって支えられています。 また、Airbnb.orgは独立した非営利組織として、これまでも危機下にある難民や避難民を支援してきた実績があります。2022年3月8日時点では、IOM(国際移住機関)と連携し、ポーランドや周辺諸国で滞在先をつなぐ活動を展開中です。
・資産(Asset): ホストネットワーク/滞在を仲介するプラットフォーム/危機時の運用スキーム
・体験(Experience): ホストや寄付者が「住まいの提供」「支援への参加」を具体的行動として選べる
・影響(Effect): 避難直後の滞在ニーズに対し、非営利組織・現地団体と連携しながら滞在をコーディネートする枠組み
ウクライナからの避難民最大10万人に短期の無償滞在先を提供すると発表。過去5年間で5.4万人超の難民・庇護申請者を一時滞在につないだと説明している。出典:Airbnb Newsroom
@airbnb:Meeting the Ukraine crisis with immediate support: Rafał | Airbnb.org
Humanium Metal/ヒューマニウムメタルは、武力紛争地域で回収された違法銃器を、時計やジュエリーの素材となる「平和のための素材(peace metal)」へと転換する活動を展開しています。ここで得られた収益は、銃による暴力の被害を受けたコミュニティへ再投資され、暴力と貧困の悪循環を断ち切ることを目指す方針です。 公式サイトの報告によると、2016年11月にエルサルバドルで最初の武器破壊プログラムを実施。これまでに約12,000丁もの違法銃器を“peace metal”へと再生させてきた実績が記されています。
・資産(Asset): 政府の武器破壊プログラム等で回収された違法銃器
・体験(Experience): 殺傷の象徴を、平和のための素材へアップサイクルするストーリー展開
・影響(Effect): 収益の再投資により、被害者支援や暴力予防プログラムの資金源を生む
政府の武器破壊プログラム等で回収された違法銃器を「平和のための素材( peace metal)」へ転換。約12,000丁をpeace metalへ転換したと説明している。出典:Humanium Metal
@IMSweden:Humanium Metal – The worlds most valuable material
Mastercard/マスターカードは、ポーランドへ避難したウクライナの人々が、住居や仕事の機会を見つけやすい場所を検索できる「Where to Settle」プラットフォームを提供しています。2022年7月に公開されたこのツールは、同社の匿名化された支出トレンドデータと政府の統計を掛け合わせることで、各地の生活費の目安や住宅・就業のオファーを視覚的に提示する仕組みです。 公式記事によれば、本プラットフォームはわずか5週間という短期間で稼働に至りました。また、個別のユーザーデータは保持せず、支出分析も集計・匿名化された情報のみを使用することで、特定の会員や加盟店が特定されないよう厳格に管理されている旨が明記されています。
・資産(Asset): 匿名化・集計された支出データ
・体験(Experience): 避難民が「比較して選べる」体験提供(生活費・就業・住居オファー等の見通しを提示)
・影響(Effect): 定住する判断を情報面から支える仕組み
2022年7月に公開された「Where to Settle」を紹介するMastercard公式記事より。匿名化データと統計を組み合わせ、5週間で稼働したと説明。ユーザーデータは保持しないとしている。出典:Mastercard公式記事
ロシアの攻撃が始まった2022年2月、ウクライナ人の女性(写真)は息子とともに避難することを決めました。避難民で混雑する状況の中、彼女はMastercardの「Where to Settle」プラットフォームを通じてワルシャワの小さな町ソハチェフを見つけることができたという。出典:Mastercard公式記事
4つの事例に共通するのは、メッセージの発信ではなく、「誰でも参加できる行動」へ翻訳している点です。Tシャツを買う、部屋を提供する、素材の転換を知る、暮らしの意思決定を助ける。対立の争点に踏み込む前に、入りやすい「入口」を用意しています。
分断が深まる局面で企業に求められるのは、正解を断言することではなく、生活者が行動できる余地を増やすことです。自社の資産を社会の修復にどう接続するか。そこで生まれる体験を、「誰が」「どんな気持ちで」参加できる設計にするか。ブランドコミュニケーションには、社会課題を体験へ変換する編集力が問われていると言えるでしょう。
文:桑原勲
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