“大人”たちが考える、クラブとカルチャーの再出発

vol.59

“ナイトタイムエコノミー”が日本経済をブーストさせる|ポスト・クラブカルチャーに必要なもの

Text by Jin Sugiyama

Photographs by Rui Ozawa

日本のインバウンド需要の高まりを受けて、「夜の経済活動=ナイトタイムエコノミー」に期待が高まっています。その大きな柱のひとつとして期待されているのが、音楽やお酒を楽しむ代表的な夜のエンターテインメント「クラブカルチャー」です。クラブ摘発などを経て、2016年に風営法の改正が実現したクラブシーンでは、以降3年の間に大きな変化が起きています。

2019年10月11日に「H(エイチ)」で開催したトークセッション「“ナイトタイムエコノミー”が日本経済をブーストさせる」の第2部では、「H」編集長のタジリケイスケとDJ、プロデューサーのNaz Chrisさんをモデレーターに、小説家でラッパーのいとうせいこうさん、タレントの松尾貴史さん、プロデューサーのWatusiさん、DJ EMMAさん、DJでプロデューサーのKO KIMURAさんに登壇いただき、「ポスト・クラブカルチャーに必要なもの」と題して、日本のクラブカルチャーが抱える問題点や可能性、未来の音楽業界やカルチャーの活性化に向けた具体的な施策についてお話いただきました。


2019年10月11日に開催した「“ナイトタイムエコノミー”が日本経済をブーストさせる」

風営法改定で巻き起こったクラブカルチャー低迷期

タジリケイスケ(「H」編集長/以下、タジリ):私はクラブカルチャーについて深く語れませんが、そんな私でもクラブカルチャーが日本の文化にとって大切なものだと感じています。まず、今回のセッションを企画されたNaz Chrisさんに、今回のトークセッションの趣旨をお話いただければと思います。

Naz Chris(DJ、プロデューサー、エージェント):2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、東京でもビジネスやカルチャーシーンでさまざまな新しい動きが起こっています。今回はそのひとつであるクラブカルチャーの現状やいまのクラブに足りないものについて、過去から未来までの時間軸でクロストークできればと思います。未来をつくっているのはいま、いまをつくっているのは過去というところで、さまざまな世代やジャンルの方々に集まっていただくことがエンターテインメントの全体像を考えるうえで必要だと思い、今回皆さんにお声掛けしました。

タジリ:ありがとうございます。それでは最初に日本のクラブカルチャーの現状についてお聞きします。最近は人気が落ちているという話もあるそうですが、その辺りを皆さんはどう感じられていますか?

Watusi(ミュージシャン、プロデューサー、DJ):日本のクラブカルチャーは、2010年代前半に相次いだ風営法によるクラブの摘発と、2016年の法改正を経て変化してきました。しかし、「人気が落ちた」と言われるのは「音箱」と呼ばれるアンダーグランドな小中規模のクラブの話で、昔でいう「ディスコ」に当たる大型のクラブは、むしろここ数年盛り上がっています。つまり、フロントとアンダーグラウンドなクラブのバランスが崩れた、ということだと思います。

日本でディスコが盛んだった時代には、ロック喫茶のようなアンダーグランドな場所でさまざまなジャンルの人々が繋がっていました。例えばせいこうさんと僕が知り合ったのも、東京のクラブ人脈がきっかけでしたし、変なことをやるとおもしろがってくれる大人たちがいました。このように、当時は異業種の人々が繋がったり、アンダーグラウンドなものをフックアップしたりする機能があったんです。いまのクラブカルチャーにも部分的には残っていますが、明らかに機能や目的が変わっていると思います。

松尾貴史(タレント/以下、松尾):確かに、当時は枠にはまらないものをおもしろがってくれる大人がいて、いま、そうした環境にいた僕ら世代をリバイバルのかたちでディスコのような場所に召集すると、大盛況になることもありますよね。現代のクラブカルチャーがそうでないのは、やはり風営法の影響が大きいんじゃないでしょうか。

クラブにおける風営法は“ダンス”を通した風俗営業を防ぐためにできた法律ですが、いまの時代にクラブでそんなことをする人はいません。つまり、2016年改正前の風営法は、前例主義によってすぐには変えられずに社会の変化との間にズレが生じ、時代にそぐわないまま続いていたと考えられます。そうした状況下のなか、インターネットやスマホが普及し人々の好みが細分化・分散化されたことで、みんなで顔を突き合わせて踊ることへの興味が希薄になっていったのではないでしょうか。

ディスコが隆盛を極めているときは、花園神社の近くに「新宿第三倉庫」というコンクリート打ちっぱなしのスペースがあり、そこではファッション業界の人や有名なミュージシャン、俳優といった異業種の方々が一堂に会し、みんなが同じ音楽にノッて体を揺らしていました。それこそ昔はクラブにいること自体が自分のステータスになる時代でしたが、いまはそれを経験せずに成長した人が多いと思うと、少し気の毒でもあります。

タレントの松尾貴史さん
タレントの松尾貴史さん

いとうせいこう(小説家、作詞家、俳優、ラッパー/以下、いとう):いま仮にそういう場所があったとしても、現地に行かずともネットで拡散された写真や動画が見られますから、すごい才能同士が出会うことはなかなか難しいのかもしれませんね。もちろんネットを介して才能同士が知り合うこともあると思いますが、それだけではもったいない。VIPルームのような場所がきちんと整備されていくことも必要かもしれません。

小説家、作詞家、俳優、ラッパーのいとうせいこうさん
小説家、作詞家、俳優、ラッパーのいとうせいこうさん

DJ EMMA(DJ):ですが、いまも若い才能たちが音箱で出会い意気投合し、作品をつくるということが実際に起こっているのも事実です。ただ、遊び方は時代によって変わると思います。そういう意味ではこの10年ほどの間、アンダーグラウンドな「音箱」はその変化にフィットできなかった部分があったのかもしれません。変化に順応できているのは昔のディスコにあたる「大箱」ですが、実際のところそういった場所を運営している方々はそれだけの営業努力をしています。一方で、音箱は小さい組織が多く、営業をするにも体力が必要でなかなか難しい部分があるんですよ。

大人がつくる、「カルチャーを支える場」

KO KIMURA(DJ、プロデューサー):僕も日本のアンダーグランドなクラブはここ最近人気がないと感じています。ですが、海外ではどこのクラブもアンダーグランドシーンが盛り上がっている。この違いは風営法による摘発が始まってから2016年の法改正までの空白の7年間、アンダーグラウンドなクラブシーンが若者たちを育てられず、先輩から後輩にうまくバトンを渡せなかったことが大きな原因のひとつとしてあると思います。また、若い人たちが来られる環境ではあるもの、見え方としてはだいぶ歳の違う大人がいるように見えて、なかなかその環境に入りにくくなっているのでは、とも感じています。

Watusi80年代後半から90年代にかけて、どこの箱にも属さないインディペンデントなアーティストDJが誕生しましたが、そういう人たちが40~50歳のいまになっても一線で活動しているので、若い人たちが出てきづらくなっているのもあるかもしれません。

いとう:変わっていくということはもちろん必要ですが、長く続けてきた方々には実力も安心感もありますから、そういう人たちに委ねようという気持ちももちろんあるはずです。

松尾:空白の7年間の話がありましたが、40~50代の人たちがいまから次世代を育てようと思ってもカルチャーが違い過ぎてなかなか難しいでしょうし、そこが深刻な気がしています。僕は個人的に異業種交流会のような場所で知り合った人同士が対等に何かを一緒にやることは難しいと思っていて。それよりも、クラブの空間でおもしろいものを見て意気投合した方が、一緒にいいクリエイティブを生み出すことができると思うんです。 実体験としても、夜に生まれた出会いがいろんなことに繋がって、世のなかや関係がつくられていく実感がありました。これからの若い世代の人たちには、「夜の出会いや体験は、何らかの可能性に繋がることだ」ということを、公的な形でも伝えられると良いかもしれません。

“大人”たちが考える、クラブとカルチャーの再出発

いとう:そうですね。僕は外に出掛けるよりはネットで知り合いたいと思うタイプですが(笑)。とはいえ「実際に会って話す」のとは、随分違う体験だと思います。いま、匿名性で傷つけ合うTwitterの世界に対し、「これではいけない」ことに多くの人が気付いています。そんな状況があるなか、実際に人と人とが出会える場所があるのは、とても重要なことではないでしょうか。

最近テレビでは居酒屋番組が流行っていますけれども、あれも偶然の出会いを楽しむことに多くの人が魅力を感じているということだと思うので、若い人たちにとってのそれがクラブに代わってもいいはずです。クラブなら音楽が聴けてご飯も食べられて、普段は全然関係ない分野で活動している人たちとも知り合うことができる。そういった「カルチャーを支える場」がつくれるのかを、いま、東京は問われているんじゃないでしょうか。

KO KIMURA:例えば、若者がDJプレイを練習できてそこからステップアップしていけるような場が増えてもいいかもしれません。いろいろな人が集まれる場所ができれば、どんどん人が外に出ていけるのではないでしょうか。そういう意味でも、今後に向けてしっかりと場所をつくっていくことが大切だと思います。

DJ、プロデューサーのKO KIMURAさん
DJ、プロデューサーのKO KIMURAさん

アーティストを支え、文化を繋ぐDJ協会

いとう:きっといまこの瞬間も、これまでとは違うルールで新しいことが起こっているはずです。僕は最近、演劇でもオフ・オフ・ブロードウェイ(キャパ100未満の劇場)のようなところでやっている芝居を観に行くんですけど、そこで行われている芝居は、これまでのルールとは全然違う。それはクラブの世界にも通ずるものもありますし、そういうものがあるからこそ、社会自体がおもしろくなっていくんじゃないでしょうか。

ですから、「どこかにおもしろいことを考える若い人が絶対にいる」といつも思いますし、そうした若い人が世に出てこられるような場所を、上の世代がつくってあげることがとても大切なんです。その人たちの気持ちや記憶を、どうやってつないでいけばいいのかを考えたときに、クラブはそれらを結び付ける場所のひとつになるかもしれません。

Watusi:そういう意味も込めて、私たちはJDDA(Japan Dance Music & DJ Association)という団体を立ち上げました。2016年の風営法改正以降、ようやく日本にも大きなクラブが続々誕生し、ホテルなどでもオープンイベントにDJが呼ばれることが増えています。ですが、普段EDMをかけているDJに「ジャズをかけてくれ」と言っても対応することはできません。そういった状況を考慮し、まずは「Japan DJ.net」という、1万人のDJをジャンルや地域別にソートできるネットワークをつくり、「この地域ならこのDJに連絡を取ってみよう」「こんな音楽をかけてほしいからこの人にしよう」ということができる環境をつくりました。

また、国と地域と世代をつなぎ世界に発信するための土台をつくるために、世界的なドラムマシン「TR-909」にちなんで、9月9日を「ダンスミュージックの日」に制定しました。来年の9月9日からは「Tokyo Dance Music Week 2020」と題し、日本のクラブシーンのさまざまな人々を功労したり、若手クリエイターにロンドンやニューヨークでのレコーディングを経験するチャンスを与えたり、1週間かけて日本のダンスミュージックを総括するイベントを開催する予定です。そんなふうに、僕らは大人としてできることをやっていきたいですね。これがすぐにクラブミュージックの盛り上がりにつながるかというと、それは随分時間がかかるとは思いますが。

ミュージシャン、プロデューサー、DJのWatusiさん
ミュージシャン、プロデューサー、DJのWatusiさん

いとう:しかし、文化をつくり支えていくというのはそういうことですよね。例えば、インドの人たちに「この国は世界一になれますか?」と聞くと、「必ずなれますよ。300年後ぐらいだと思うけど」と言ったりするんです。ここで言いたいことは、自分たちの世代だけで考えるのではなく、バトンを渡して未来につないでいくことが大事なんじゃないかということです。

Naz Chrisちなみに、「Tokyo Dance Music Week 2020」は、KO KIMURAさんが毎年行かれているパリの「音楽の日(Fête de la Musique)」にも近いものですよね。このイベントは、昼夜問わずパリが音楽で溢れるイベントとして知られています。

KO KIMURAそうですね。パリの「音楽の日」は毎年夏至に開催されますが、これはそもそも、1980年代にフランスの文化庁の大臣が「この日を音楽の日にしよう」と制定したことではじまりました。その日は、パリ中のどこでも音楽を鳴らすことができて、それに対して苦情を言ってはいけない、というルールがあるんです。また、登録すれば、凱旋門などを含むすべての場所を演奏の場として借りられます。ですから、街中のいたるところでジャズバンドやオーケストラが演奏をしているんです。それと同じと言わずとも、日本でもそんなイベントができるといいですね。

アーティストを守り、カルチャーを醸成する新しいユニオン

Naz Chrisバルセロナの「Sónar Barcelona – Music, Creativity & Technology」やアメリカの「Miami Music Week」など、世界の主要都市には1週間かけて行われる音楽イベントが多く存在しています。だからこそ、「Tokyo Dance Music Week 2020」のような音楽イベントを通して、クラブカルチャーが盛り上がっていくことを期待しています。EMMAさんに伺いたいのですが、DJ発信でもそういった機会をつくれると思いますか?

DJ EMMA:やっていくべきですよね。そのためにも、自分たちの周囲や自分たちの箱だけではなくて、もっと広く周りのことを考えていくことが大事だと思います。Watusi:これは初めて話す情報だと思いますが、EMMAくんはいま、日本のDJを取りまとめるユニオン(組織)をつくろうとしているところなんです。

DJ EMMAさん
DJ EMMAさん

いとう:なるほど。そういうものができると、DJサイドから権利を要求できるし、DJに依頼したい人たちにとっても依頼方法が分かりやすくなるかもしれないですね。

DJ EMMAはい。このユニオンは、第一に音楽のジャンルで分別をしないものにできればと思いつくりました。DJというのは、何もヒップホップやテクノ、ハウス、EDMといった一般にダンスミュージックと呼ばれるものだけではないですし、いま流行っているK-POPやアニソンのDJも本当に多く活動しています。そういった人たちにも、ぜひ加入していただきたいと思っています。

Naz Chris「Tokyo Dance Music Week 2020」が実現すれば、日本のクラブカルチャーの歴史のなかで、官庁や民間企業、DJが手を取り合う初めての機会になると思いますし、ユニオンが誕生すれば、10年、20年先まで長くつなげていけるものにしたいです。

Watusiそうですね。2016年に風営法が改正されるまで、クラブのDJは法律的にはあってはいけない深夜のナイトクラブ営業時に仕事をしていました。つまり、2016年の風営法の改正は、そういう人たちの立場がきちんと認められた機会だったんです。だからこそ、今後はそういった人たちが一丸となり一緒に取り組んでいくことで、新しいスタンダードとしてのカルチャーをつくっていけたらと思っています。

いとう:官庁にもルールや規則、環境を整備してもらうかたちで関わってもらい、クラブカルチャーが発展していければ良いですね。手を取り合えるところは、互いに手を取っていけばいいのではないでしょうか。

Watusi協力できるところは協力し、いろいろなかたちでクラブカルチャーの魅力を伝えていくことが大切だと思っています。例えば、僕の知り合いにMakotoというドラムンベースのDJがいます。彼はロンドンを拠点に世界ツアーも行っているんですが、ブラジルなどに行くとスタジアム級の観客が彼のプレイを観に来たり、「Makoto Bier(マコトビール)」というビールが売られていたりしています。けれども、その情報はなかなか日本には伝わってきません。そうした情報発信や共有なども含めて、これからがチャンスだと感じているところです。

タジリ:世代や組織に関係なく、多様な関わり方によって新しいかたちのクラブカルチャーが創造されていくことに期待しています。皆さん、本日はありがとうございました。

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