石に魅せられ、 石に人生をかけるふたりの物語

vol.40

ヒトはいつの時代も地球からインスピレーションを受けてきた

Photographs by Kelly Liu / Rui Ozawa

Text by Risa Iriyama

「手元に届く瞬間まですべてが偽りなく美しいもの」を届けるジュエリーブランドHASUNA。CEOの白木夏子さんは自ら世界中の鉱石の採掘現場に赴いています。一方、「人間の“表現したい欲求“はどこからくるのか」という強い問いに突き動かされ、世界中の先史時代の壁画や巨石文化を巡る旅をするのは装幀家の山田英春さん。ともに人の手を通して美しいクリエイションを生み出すふたりが、地球から受けるインスピレーションはどんなものなのでしょうか。「地球」、そして「石」に関するディープな世界を語っていただきました。


タジリケイスケ(「H」編集長/以下、タジリ):今回のトークイベントは弊社が手掛ける自然と科学のメディア「NATURE & SCIENCE」の企画です。HASUNA代表の白木夏子さんと装幀家の山田英春さんをお迎えして、「地球」や「石」からどのようなインスピレーションを受けて創作に活かしているのか、伺っていきます。

神吉弘邦(「NATURE & SCIENCE」編集長/以下、神吉):「NATURE & SCIENCE」編集長の神吉と申します。まずは登壇者のご紹介からさせていただきます。

「NATURE & SCIENCE」編集長の神吉弘邦(中央)
「NATURE & SCIENCE」編集長の神吉弘邦(中央)

神吉:白木夏子さんはジュエリーブランドHASUNAのCEOです。2009年にHASUNAを設立されてパキスタン、スリランカなど世界10カ国の宝石・鉱山労働者が採掘した石でジュエリーを製作し、販売されています。

「NATURE & SCIENCE」では、白木さんにフォトエッセイ「地球、旅、ジュエリー。」を連載していただいています。ご自身で撮られた写真とともに、本人の内面の話なども盛り込まれていてすごく素敵なエッセイを書いていただいているので、ぜひご覧ください。

着けてきたHASUNAのジュエリーを紹介する、同ブランド代表の白木夏子さん(左)
着けてきたHASUNAのジュエリーを紹介する、同ブランド代表の白木夏子さん(左)

神吉:山田英春さんは出版社に勤務をされた後、デザイン事務所を経て本のデザイナー、装幀家としてご活躍されています。またその傍らで、テレビで「巨石ハンター」と呼ばれるように巨石文化に魅せられ、半貴石(セミプレシャスストーン)であるメノウやジャスパーなどのコレクションをされています。『不思議で美しい石の図鑑』(創元社)、『巨石──イギリス・アイルランドの古代を歩く』(早川書房)、『石の卵』(福音館書店)などの著書もたくさんあります。また「NATURE & SCIENCE」が編集を担当した本の装幀などでもご協力いただいています。今日はおふたりが魅了された鉱石の美しさ、不思議さをたっぷり堪能していただければと思います。

装幀家の山田英春さん
装幀家の山田英春さん

アクセサリー向けではない鉱石にも美しさが詰まっている

神吉:山田さんは石のコレクションだけでなく撮影も手掛けられるということで、これまでどんな石を撮られてきたのかお見せいただけますか?

オーストラリア産のオパール ©山田英春
オーストラリア産のオパール ©山田英春

山田英春(装幀家/以下、山田):これはオーストラリアで採取された「オパール」です。大きさも見た目もジャガイモそっくりでが、切るとこんな不思議な模様が出てきます。

白木夏子(ジュエリーブランドHASUN代表/以下、白木):美しいです。これを切った人はかなり衝撃を受けたんでしょうね。オパールなどの原石は外から見るとふつうの石にしか見えず、切らないと中身が分からないものが多いんですよね。

山田:そうなんです。通常、アクセサリーに使うのは大粒のオパールですが、これは岩のひび割れの狭間に入っていて岩と一体になっているので大きい固まりは取り出せず、アクセサリーには向きません。ですがその美しい断面に惹かれる人も多く、観賞用として人気の石なんです。

メキシコ産のジャスパー ©山田英春
メキシコ産のジャスパー ©山田英春

山田:これはメキシコで採れた「ジャスパー」という石です。二酸化ケイ素で組成される透明な水晶と成分がすごく似ているんですけれども、混ざりものが多いため、このようなクリーミーな色合いでグラデーションのある模様をつくりだしています。これも外側は真っ白な普通の石で、この模様は切らないと出てきません。

タジリ:一見すると普通の石と分からないということは、鉱石だと思って切ってもただの石だったということもあるのでしょうか。

山田:ええ。だいたいこの仲間のものが入っているんですけど、模様が全然ないこともあります。だから好きな人はこういう原石をたくさん買ってきて、片っ端から切るんですね。それで当たり外れを見るんです。

白木:そうなんですよね。切り方も縦から切るのか横から切るのかでも断面が変化しますし、一回失敗するとそこでおしまいになっちゃうんですよ。石のカットって、やっぱりカッター職人の技術力ですっかり見た目が変わるんです。

世界的に希少価値が高まる半貴石

アメリカ産のプルーム・アゲイト ©山田英春
アメリカ産のプルーム・アゲイト ©山田英春

白木:これも本当にすごい。

山田:これは「メノウ」の一種です。爆発したような模様はマンガンや鉄などの金属が結晶化したものです。アメリカのオレゴン州で採れたものですが、これは「サンダーエッグ」といって卵状のそっけない外側に対して、切るとこのよう模様が出てきます。有名な産地でしたが、いまはもう採れなくなってしまっています。というのも、必ずしもたくさんあるわけではないので、人気が出てしまうとあっという間に採りつくされてしまうんですよね。

タジリ:やはり希少価値が出ると価格も上がるものなのでしょうか。

山田:もともと知られていなかった石がインターネットで広まったおかげで、ここ10年くらいでどんどん値段が上がっています。本来は値段も 安く アメリカのコレクターの間で物々交換されていたような鉱物 が、広く知られるようになったことで商品として一般に流通するようになったんです。

タジリ:どのような基準で値段が付くのでしょう?

山田:買う人の好きか嫌いかだけで高値になったりします。あとこのようなものを使ってアクセサリーにする人も多いので高価になりましたが、昔は本当に安い値段で取り引きされていました。

ロシア産のマラカイト ©山田英春
ロシア産のマラカイト ©山田英春

神吉:これは本日のイベントのメインビジュアルにも使った「マラカイト」という石で、通称「孔雀石」と呼ばれる石ですね。

白木:私はこれにあわせて今日の衣装を決めてきました(笑)。これも本当に鮮やかですごい石ですよね。

白木夏子さん

神吉:これを撮影されたのも山田さんなんですよね。

山田:そうです。ロシアのウラル地方が有名な産地なんですが、ロシアにはこの石をテーマにした「石の花」という民話の短編集があります。山で孔雀石を採る坑夫や若い石細工の職人が、孔雀石の化身に魅入られて数奇な運命をたどるというような物語です。そんな孔雀石も、ロシアではもう採りつくされてしまっていて、いまではコンゴ産のものが多いです。

ドミニカ共和国産のラリマー ©山田英春
ドミニカ共和国産のラリマー ©山田英春

神吉:これも本当に綺麗ですね。

山田:これは「ラリマー」といってドミニカ共和国の特定の場所でしか採れない石です。大きさはソフトボールくらい。

白木:飛行機の上から見える海のような美しい水色の石ですね。

山田:浅瀬で海が反射しているような不思議な色あいがありますよね。

白木夏子さん、山田英春さん、神吉弘邦

タジリ:これも半貴石と呼ばれるものなのでしょうか。

山田:一部を除くほとんどの宝石は半貴石ですね。

白木:貴石とよばれるものは、ダイヤモンド、ルビー、サファイアなど本当に硬い石。鉱物は硬度が10段階に分けられていて、貴石と呼ばれる石は硬度がすごく高いんです。それ以外のこのようなカラーストーンは柔らかいため割れやすい。ですから価格が貴石より低くなります。

でも宝石の価値ってすごく難しいんです。ダイヤモンドにはカラット、カラー、カット、クラリティの頭文字を取って「4C」と呼ばれる国際的な基準があるため値段が付けやすいのですが、半貴石に関しては基準が曖昧なものが多い。山田さんが言っていたように、人気が出たり一点物としての希少性などが付いたりで値段が大きく変動するんです。

山田:どれだけ欲しい人がいるかどうかというだけの世界なので、本当に値段が付けづらいです。

白木:ただ、山田さんの石は価値がすごく高いものだと思います。半貴石のなかでも芸術のように美しい模様を描くものばかりなので、おなじ種類の石とはまた別物になっていますね。

偶然性の織り成す模様の不思議さ、美しさにヒトは惹かれる

メキシコ産の縞メノウ ©山田英春
メキシコ産の縞メノウ ©山田英春

山田:これはいわゆる「縞メノウ」と呼ばれるもので、その美しさからメキシコで採れたもののなかでも非常に希少性が高くて価値のあるメノウです。

神吉:鉱物なのに内部にこんな幾何学模様があるというのは不思議ですね。

山田:水晶などの純度の高い大きな結晶は決まったルールで成長していくのですが、いままで紹介してきたものはいろいろな成分が交じり合ったり、偶然が重なり合ってできたものです。こういう偶然性がさまざまな模様を生み出すのがおもしろいですね。さらには一見普通の石なので、切らないとこの模様も見つけられません。人が手を入れて初めて見られるものなんです。

イタリア産の風景石 ©山田英春
イタリア産の風景石 ©山田英春

白木:これもすごいですね。どこかの風景のようです。

山田:これはフィレンツェで採れるもので、昔から「風景石」としてとても有名です。これがどうして風景のような模様をつくり出すのか論争になっていた時代がありました。天地創造の模式図なんじゃないかとか、無機物にも生物のようにものをつくる能力を持っているのではないかなど、自然の神秘を解き明かす鍵が込められているものとして珍重されてきました。

装幀家の山田英春さん

神吉:いまでは科学的な説明が付いているんですよね。

山田:そうですね、もはやこの風景の模様は偶然にでき上がったということが分かっています。ですが、やっぱり不思議でおもしろいのでファンは多いですね。

アフリカ産の鉄隕石 ©山田英春
アフリカ産の鉄隕石 ©山田英春

神吉:最後のスライドになりますが、これはどこからきた石でしょうか?

山田:これは隕石の断面です。鉄隕石と言ってほとんどが鉄とニッケルでできた隕石です。「ギベオン隕石 」と呼ばれて、4億年前にたくさん降ってきたもののひとつで、ナビミアの辺りに落ちたものです。それをスライスして断面を薬品処理して構造が分かるようにしています。

白木:これもすごく魅力的な石ですね! 本当に持って帰りたいくらいです(笑)。私が取り引きする宝石屋さんはジュエリーにするための石を扱っているので、こうした大きなものはなく、ジュエリー用の小さなものがあるくらい。石はひとつずつの形が違う個性的なところが大好きで、良いものと出会うとついたくさん買ってしまうんです。でも、ジュエリーとしてある程度の数がつくれないとコレクション化ができないので、結局、うちの会社の金庫に仕舞われてすっかり“HASUNA鉱山”ができてしまっています(笑)。

山田:(笑)。

白木:ジュエリーデザイナーにもふたつのタイプがあって、石の形や個性に惹かれてジュエリーをつくる「石好き派」と、金属そのものの形を楽しむことや加工が好きな「金属好き派」の二大派閥があります。私は完全に前者なので、山田さんの世界にはまり込むと抜け出せなくなるので本当にマズイです(笑)。一つひとつ個性があって、ご縁を逃したらもう会えない一期一会の楽しい世界なんです。

タジリ:山田さんはさまざまな石をコレクションされていますが、山田さんにとっての「良い石」はどんなものですか。

山田:僕にとっては「模様がおもしろいかどうか」です。本当に石の模様が大好きで集めてきました。ウェブサイトをつくって図鑑のようにしていたのですが、だんだんムキになってきて「この地域のものが足りない!」という調子でいろんなところから集めたらコレクションのようになっていた感じですね。

神吉:コレクター性なんですね(笑)。山田さんのTwitterは石の解説などユニークな情報が多いので、ぜひフォローして眺めてみてください。 

人と社会と自然環境のためのジュエリー

神吉:次は、今日もお着けになっていますが、白木さんが経営されているジュエリーブランドHASUNAについてお伺いします。

HASUNA

白木:HASUNAは私が2009年に立ち上げたジュエリーブランドで、ファッションジュエリーや結婚指輪などをつくっています。HASUNAは“人と社会と自然環境に配慮したものづくり”をコンセプトに、ジュエリーに使う石を原産国まで採りに行ったり、現地の方と一緒につくったりすることで、エシカルなジュエリーを提供しています。

白木夏子さん、山田英春さん、神吉弘邦

白木:もともとは、イギリスに留学していた大学時代に、オーガニックやリサイクルなど環境に配慮したサステナブルなものづくりをしているお店がすごく多かったことに感化されたのがきっかけです。

さらにインドなどの発展途上国を旅していたとき、カースト制度にも入らない「アウトカースト」と呼ばれる、貧しく厳しい生活をする鉱山で働く人たちと出会ったんですね。彼らが電化製品やジュエリー、化粧品に使われるような鉱物を採掘しているのを見て、「なんで私たちは日本やイギリスで高いお金を出してジュエリーやパソコンを買うのに、彼らはこんな貧しい暮らしをしなければならないのか」という、不平等な社会に対する強い疑問が生まれました。そこで「彼らにちゃんと還元できるようなジュエリーをつくることはできないのか」という想いでHASUNAを立ち上げたんです。

アクアマリンとトパーズのアクセサリー(上)
アクアマリンとトパーズのアクセサリー(上)

白木:例えばこのアクセサリーはアクアマリンとトパーズを使っていますが、この宝石はパキスタンから輸入しています。パキスタンの首都から16時間ほど北上したフンザ渓谷というところに、先祖代々、宝石の採掘で生計を立てている民族がいて、彼らから買ってきたものです。

パキスタンのヒマヤラ山脈とカラコルム山脈がぶつかり合うフンザ渓谷
パキスタンのヒマヤラ山脈とカラコルム山脈がぶつかり合うフンザ渓谷

白木:パキスタンでは密輸業者がとても多く、原石のまま安く買いたたかれるということが多発しています。パキスタンで採掘される鉱石の9割以上が密輸されているというデータもあります。そのせいで鉱山労働者がどんどん貧困になっていってしまったのです。

鉱石を採掘する様子を見る白木さん(右下)
鉱石を採掘する様子を見る白木さん(右下)

白木:そこで現地の方々が立ち上がってNGO団体をつくり、パキスタンの鉱山労働者から正当な価格で原石を買い取り、また、この貧困層の女性たちに宝石の研磨の技術を教えて研磨職人として自立させるという活動を行っています。

イスラム教圏のスカーフ「ヒジャブ」を被り、現地のパキスタン女性と一緒に研磨する白木さん(左)
イスラム教圏のスカーフ「ヒジャブ」を被り、現地のパキスタン女性と一緒に研磨する白木さん(左)

白木:次のスライドに写っているのが、実際に女性たちが研磨した宝石です。私は「針水晶」のような偶然性を持った一点ものが好きなので、こういうのばかりつくりたくなるんですが、やはり透明な水晶が良いと言う人も多くて、さまざまな商品をつくっています。

水晶のアクセサリー(上)と針水晶の指輪(右下)
水晶のアクセサリー(上)と針水晶の指輪(右下)

消費者が変われば大企業が変わる

タジリ:2009年に会社を立ち上げられて10年が経ちますが、当時現場で見た悲惨ともいえる労働環境など、社会的な変化はあったのでしょうか。

白木:具体的な数値などでは分からないのですが、児童労働は確実に減ったと感じています。また、ものづくりの現場では製品の安全を確保するために、 加工・製造・流通などの過程を明確にする“トレーサビリティ”が重要視され始めています。特にここ2、3年で環境や社会に配慮した企業に投資しようという「ESG投資」や、国連が定めた持続可能な開発目標である「SDGs」を守ろうと取り組み始めた企業も多いです。

そして、消費者も若い人を中心に大きく変わり始めています。ダイヤモンドひとつとってもどこから来ているのか、誰がつくっているのかを見て購入する人が増えてきているんです。消費者が変われば、大企業が変わるので、これからはもっと変化が起こると思います。

“エシカル”や“サステナブル”などの言葉も10年前は「何それ?」と珍しがられましたが、いまはずいぶん普及してきました。

白木夏子さん

神吉:レオナルド・ディカプリオの主演で「ブラッド・ダイヤモンド」(2006年)という紛争ダイヤを描いた映画もありましたよね。

白木:ここ最近でもアフリカの鉱山で暴動が起き、何百人も亡くなるという悲惨な事件が起きていますし、そこから流れたダイヤモンドがどこに行ったのかも分かりません。そういう意味でも、トレーサブルなダイヤモンドを扱うということが大事なのです。 

“美しいものでできている”に込められたHASUNAの想い

神吉:かつては“エシカルジュエリー”を会社のキーワードにしていましたが、“美しいものでできている”というコピーに変えたのはどんな経緯があったのでしょうか?

白木:はじめは「エシカル」という概念を広めたくて「エシカルジュエリー」というコピーを使っていたのですが、だんだんと「倫理や道徳という意味の“エシカル”はもともと人の心のなかにあるものなのに、なぜ言葉にする必要があるのか」、「エシカルファッションを当たり前にするために活動しているのに、“エシカル”という言葉を残していく意味はなんだろう」という疑問が湧いてきました。

白木夏子さん、山田英春さん、神吉弘邦

白木:そこで社内で「私たちが本当につくりたいものはなんだろう」という問いからはじまり、「美しいものを、美しい素材と行程でつくること」という結論に行き着いたのです。

そこで「パーペチュアル(永遠の)ジュエリー」と表現することになりました。普遍的なデザイン・美しさ・価値観でのクリエイションを目的につくられたジュエリーは、きっと永遠に受け継がれるはずだ、という想いが込められたコピーです。

タジリ:白木さんは実際に採掘現地まで行かれていますが、宝石商から単に原石を買い求めるのとはアウトプットする商品にも違いが表れるのでしょうか。

白木:私はとにかく「自分の扱うものがどこから来たのかをどうしても見たい!」という想いに突き動かされて行動しています。どこからきたのか分からないものでつくることにすごい違和感を覚えるのです。

山田:その行動力には感服します。

白木:「ものをつくる」ということは、ものに命を宿す、魂を込めるということですから、どこから来るか知る義務があると感じています。さらには、そういう義務感だけでなくて、現地で出会う人たちや自然をリスペクトしているので、そこで感じた空間の美しさもジュエリーデザインに込めるようにしています。 

ヒトの“表現したい”という気持ちはどこから来るのか

神吉:後半は、山田さんが世界中を旅して出会った「巨石」や「壁画」の魅力をさらに深掘りしていきたいと思います。まずこちらの巨石の写真からスタートです。

ストーンヘンジ ©山田英春
ストーンヘンジ ©山田英春

神吉:これはイギリスのストーンヘンジの写真ですね。このような巨石に惹かれる理由は何でしょうか?

山田:私は幼い頃、「謎の古代文明が大好きなどもでした。宇宙人が来てつくったんじゃないかとか、いまよりもずっと進んだ文明があったんじゃないかとか。古代遺跡にとても詳しい子どもでした。いまはそういうことは考えてませんが、巨石文化にはずっと関心を持ってきました。なんで石器時代にこれだけの労力をもって巨石建造物をつくったのか、ヒトが“表現しなければならない”という情念はどこから来るのか、という疑問に強く駆られたんです。

巨石文化はまさに人類の表現欲を幻想的に表した形だと考えています。イギリスには、このような巨石が数千個もあるんですよ。すごく見晴らしが良い、開けた場所に巨石が並んでいる風景はとても印象的です。

白木:私も最近では2年前ぐらいに行きました。ちょっと恥ずかしいのですが、その頃占い師さんに突然「巨石に行きなさい」って言われたんです(笑)。それで、ロンドンに仕事で行ったついでにイギリスで有名な巨石群を巡りに行ったんですが、すごくパワーアップしたような気がしましたね。

世界遺産にもなっているエーヴべリーのストーンサークル ©山田英春
世界遺産にもなっているエーヴべリーのストーンサークル ©山田英春

山田:これは世界最大のストーンサークルです。サークルの直径が400メートルで、そのなかにひとつの村が丸ごと入っています。パブや民宿もあるんですよ。

白木:私も行きました。ここは全然規制がなくて。触り放題なので思う存分触ってきました(笑)。大きい岩ってそれだけでなんとも言えない魅力があるんですよね。

山田:この岩はストーンヘンジと同じ岩でできていて、ストーンヘンジよりも先につくられたものです。これだけのものをつくって、さらにストーンヘンジをつくったと考えると、彼らは一体なにを考えているのかと不思議な気持ちになります。

白木:ある意味で豊かなのかもしれませんね。これがつくられた頃のイギリスは、草原ではなくて森林が広がっていたと聞いたことがありますが。

山田:この辺りにも森があったと思いますね。昔はまた違った風景だったかもしれません。

白木夏子さん、山田英春さん、神吉弘邦

壁画に現れる地球環境の変化

神吉:山田さんは半貴石のようなヒトの手が入っていないものと同時に、巨石のようなヒトが生み出す造形物にも心惹かれるんですね。その続きとして、最後に壁画の魅力についても教えてください。

山田:このオーストラリア・キンバリーのミッチェル川上流にある壁画は1万数千年以上前に描かれたものですが、ものすごく上手だと思いませんか?

©山田英春
©山田英春

山田:筆で描いたような柔らかいタッチでものすごく詳細に描かれているので、どんな服を着ていたかまでよく分かります。しかし、ある時代を境にこの絵がぱったりとなくなってしまいます。恐らくこの絵を描く人がいなくなってしまったのでしょう。次が、この間行ってきたばかりのアルジェリアの洞窟に描かれた壁画です。

©山田英春
©山田英春

山田:アルジェリアはサハラ砂漠を中心に広大な砂漠地帯となっていますが、昔は野生動物が多く暮らすサバンナが広がっていました。その時代にはキリンやゾウなどもいたことが壁画から分かります。壁画を見ていると、地球の環境がいかにあっという間に変わってしまうのかがよく分かる一例です。

アルジェリアの洞窟からの光景 ©山田英春
アルジェリアの洞窟からの光景 ©山田英春

山田:最後はインドネシアのスラウェシ島にある壁画です。

©山田英春
©山田英春

山田:スラウェシ島の壁画は つい最近まで世界最古とされて とされていました。約4万年前 の手形が発見されたんです。 当時ヨーロッパの新聞では「芸術が生まれたのはヨーロッパではなかった!?」と騒がれた出来事でした。その後すぐスペインでもう少し古い壁画が見つかりましたが、さらに最近インドネシアで古いものが見つかり……これからまだまだ古いものが見つかっていくんだと思います。

白木:ジュエリーの世界でも世界最古のレコードが更新されていて、これまで4万年前が最も古いと言われていましたが、約7万5000年前のジュエリーが見つかってとても話題になりました。

山田:飾り物を身に着けるということと、絵画的な表現をすることはヒトの欲求としてわりと近いものがあるのかもしれないですね。

神吉:当時の人たちは言語を使えたのでしょうか?

山田:普通に使っていたはずです。ヒトはアフリカを出た時点でいまの人間と遺伝的には全く変わりませんから。さらにこの壁画では動物の足もとに地面を表す線が引いてありますが、これは珍しいです。私たちにしたら地面を描くことは普通ですが、ラスコーなど有名な壁画にもそういう表現はないので、ひとつの表現の飛躍がなされたと言えます。

古くからヒトの持つ“表現したい”という情念に心惹かれて

タジリ:山田さんがそこまで惹かれるものは何でしょうか?

山田:古くからヒトの持つ“表現したい”という情念に興味があります。特にくっきりと残った手形は何か訴えるものがあります。最初に見た壁画はオーストラリアの観光化されている約2万年前の壁画でしたが、それを見て「これは単なる手形ではなく絵画だ!」と感じました。

白木:私もパキスタンの鉱山に向かう途中で、昔の住居やアニミズム時代の土着文化を描いた絵が岩に残されているのを見かけます。その多くは野山に放置されている状態ですが、そういうものを見つけるとなんだかワクワクしてしまいます。

タジリ:白木さんも石だけでなく、壁画を見に世界を回られたりしますか?

白木:壁画も好きですが、そこまで手を広げると本当に大変なことになってしまいますのでまだ手を出していません(笑)。でも絵はすごく好きなので、いつかこういう壁画も見に行きたいですね。

山田:良かったら紹介しますよ。

白木:それは、本当にマズいですね(笑)。

白木夏子さん、山田英春さん、神吉弘邦

タジリ:おふたりの息の合った掛け合いがおもしろくて、もっとお話を聞きたいところですが、お時間が来てしまいました。ここまで石についてディープに聴くとはない、貴重な機会だった思います。本日は本当にありがとうございました。

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