vol.10
子どものあそび場がビジネスの場に。ボーネルンドが仕掛ける「+α」のつくり方
消費者の志向がモノ消費からコト消費へと移行する潮流のなかで、「世の中をあそびをとおして変えていく」という理念のもと、「あそび」を通じて場所や機会、経験を提供しているボーネルンド。あるカーディーラーでは、ボーネルンドのあそびの場を取り入れたところ150パーセントも売り上げが伸びた事例も。
消費者が本当に求める豊かな社会を創ることが、ビジネスの発展につながっていく。そんな未来志向型のビジネスモデルの可能性について、「あそび」の視点からボーネルンドの取締役兼広報室長の村上裕子さんに語っていただきました。
星本和容(『MilK JAPON』編集長/以下、星本):今回は「MilK JAPON」発の企画でして、登壇者にはボーネルンド取締役兼広報室長の村上裕子さんをお招きしています。
村上裕子(株式会社ボーネルンド取締役兼広報室長/以下、村上):私は2001年にボーネルンドに入社し、現在までコーポレートコミュニケーションを担当しています。広報・広告宣伝からブランディングまで業務の幅は広いです。
ボーネルンドの社名はデンマーク語に由来しています。「borne(ボーネ)」は子ども、「lund(ルンド)」は森という意味です。デンマークが持つ「あそび」に対する考え方と同じ考えを持っていることを表しています。
デンマークは人口が約550万人、国土も決して広いわけでも天然資源が豊かなわけでもありません。そうすると生まれてくる人間が一番の財産になります。つまり子どもたちが心身ともに健康に育たないと、福祉国家のデンマークは国として立ち行かなくなってしまいます。ですから、子どもを健康に育てることが大人の仕事という共通認識になっています。
村上:ボーネルンドの創業者はもともと商社マンで、40年以上前に日本とデンマークを行き来していました。当時からデンマークのあそび場の風景と、日本のそれには圧倒的な違いがありました。当時の日本は、遊具についての哲学があったとは言い難く、銀色に塗られたスチールパイプを組み合わせてジャングルジムやブランコにしたりしていました。一方デンマークでは、子どものことをきちんと研究してつくられた色やかたち、そして安全性を備えた遊具がすでに実装されていました。
遊具が安全であることは大切ですが、安全を確保するあまり、高さのある遊具がなくなったりするとおもしろくありません。だから子どもたちがチャレンジできる部分は残しておかなければいけません。さらには、自分たちのものだと認識できたり、子どもの目に入る色遣いでなければならないなど、デンマークではいろいろなことを考えたうえで大型の遊具はつくられていました。
星本:たしかに小さいころの遊具を思い返してみると、無機質で冷たい感じがするものが多かったですよね。
村上:当時からヨーロッパでは大型遊具の安全基準がありました。子どもは穴が空いていれば首も指も何でも突っ込みたくなるものです。大事なのは、突っ込むことを前提として、突っ込んだ後に取れなくならないように設計すること。そのあたりを踏まえた安全基準が日本でつくられたのは、2008年のことで、これは40年余りヨーロッパに遅れを取っていることになります。
星本:2000年代に公園での事故が多発したのを受けて、ようやく整った格好ですよね。
村上:安全基準が確立されたことで、危険だと判断されて遊具やあそび場が取り払われることも起きました。たとえば、ぐるぐる回る回転式の遊具は昔はよく遊ばれていましたよね。でもいま、日本の公園から回転する遊具はほぼ消えています。
その理由は、危険と予算の両方です。動くものはたしかに事故が起きやすいですが、メンテナンスをすれば大丈夫です。しかし日本はメンテナンスにかける予算が削られているので、メンテナンスができずに事故になることが多いのです。撤去されてもまた新しくしてもらえればいいですが、残念ながらそんな経費もない。こういったところから変えていかないと子どもたちのあそびがどんどん減っていき、リアルとバーチャルの区別を経験することも減ります。
星本:安全性が大事な反面、おもしろさも重要だと思うのですが、そのバランスはどう考えてつくられているのでしょうか。
村上:とても大事なポイントですね。弊社の場合、当然のことながら安全性は必ず確保します。しかし、危険を経験しないと危険を察知する能力も身に着きません。ですから、単に安全でさえあればいいとは考えておりません。
私たちは、「危険」というものを「リスク」と「ハザード」に分けて考えています。リスクは子どもが察知できる危険です。チャレンジしたら超えられるもの、誰でも本能的に「危ない」とわかるものです。経験を得るためのリスクはどんどん体験してほしいと思っています。
それに対してハザードは、子どもが察知することができない危険、わなのように隠れている危険です。それは徹底的に排除すべきだと考えています。
村上:あそび場とビジネスの関係を語る前に、前提として私たちが考える「あそびとは何か」についてもう少しはっきりさせておきたいと思います。なぜなら日本は「遊んでばかりいないで勉強しなさい」と叱られてしまうなど、あまり「あそび」がポジティブに考えられていないからです。
表をご覧いただくとわかるように、私たちは「あそび」と「娯楽」を明確に分けています。もっとも違うのが、「能動的・自ら遊ぶ」と「受動的・遊んでくれる」です。ボーネルンドでは、生まれてから数年間は「能動的・自ら遊ぶ」といった経験をたくさんするよう提唱しています。
たとえば木登りを例に取ります。木登りをしようと思ったときには、まず登る木を選びます。そこで選択と決断がありますよね。その次にどうやって登ろうかと考えます。ここに手と足をかけたらあそこまで行けると仮説をイメージして自ら実践します。
もちろんイメージどおりにうまく登れれば達成感が味わえますし、うまくいかなかったとしてもできなかった原因を振り返ります。そうすると、今度はこうやってみようとトライアンドエラーが繰り返され、失敗の経験が「生きる知恵」として蓄積されます。
良し悪しではなく、小さいころからスマートフォンを触ることが多くなっていますが、スマホが先回りしていろいろな刺激を与えてくれます。自分が自主的にやっているわけではないので、そのあそびが明日から「生きる知恵」になるかと言うとそうではありません。
現在、表の左側の「あそび」はどんどん減っていて右側の「娯楽」はどんどん増えています。スマホの普及で日常的に暇つぶしにゲームをやるのが当たり前になっていることも一因となり、実体験をともなうあそびが減っています。世界的に見ても日本の子どもが群を抜いて少ないのです。
「KID-O-KID(キドキド)」を開発した背景には、これまでお話ししてきたような日本における「あそび不足」があります。失われてしまっているあそびの機会を提供できないかと考えて生まれた事業でした。
それまではあそび場をつくって納品する、もうひとつはおもちゃを販売して自宅で遊んでもらうというふたつの事業をメインにやっていたのですが、どちらもお客さまの手に渡ったら私たちはタッチすることができませんでした。
そこで、「心と体と頭全部を使って親子で遊ぶことができる」というコンセプトのKID-O-KIDを企画・開発しました。2004年に1号店をオープンしてから、いまでは全国21カ所に展開していますが、ひとつとして同じものはありません。いろいろなご意見をいただき、さまざまなかたちでフィードバックをさせ、常に進化させているからです。
星本:他業種ともコラボレーションをされていますよね。KID-O-KIDのようなあそび場を導入したカーディーラーの売り上げ昨対比が150パーセントになったという事例には驚きました。
村上:昨今、車がなかなか売れなくなってきているなかで、静岡県浜松市にあるカーディーラーさんがあそび場の集客力に着目くださいました。背景には、KID-O-KIDの着実な利用者数の増加もあります。2007年には30万人弱だったのが、2016年には約270万人と飛躍的に伸びています。
カーディーラーは特別な用事がないと来る機会がないので、KID-O-KIDを導入する前は平日ともなるとわずか数組しか来店がなかったそうです。それだとお客さまとの関係の築きようもないと嘆かれていました。そこで施設の半分以上をボーネルンドプロデュースのあそび場に変えたんです。
星本:それはすごい決断ですね。キッズルームを用意しているカーディーラーは珍しくありませんが、どちらかと言うと、おまけみたいな感じのものがほとんどですからね。
村上:あそび場を入れたことで、このフロアに展示した車は1台だけになりました。
星本:カーディーラーに車が1台しかないって、すごく思い切ってますよね(笑)。
村上:本当に思い切ったご決断で、中途半端じゃないんです。カーディーラーさんにお話をいただくのは初めてではありませんでしたが、こういう振り切れた依頼は初めてでした。
私どもの提案としては、まず「1時間くらい子どもがあそびにのめり込めるような環境にした方がよい」というものでした。商談に集中する時間を確保するという点でも、お客さまからは支持がいただけると考えました。ただ、そういった提案を踏まえたうえで、はるかに大胆な決断をしてくださったことで、結果的に大きな経済効果が生まれました。
星本:当たり前ですが、カーディーラーは車を売るための施設です。しかしこの試みでは、展示する車体の数を減らして、あそび場を半分以上にしました。売上的にもおそらく即効性は見込めないのはわかっていたと思うのですが、その狙いを担当者は理解されていたということですね。具体的にどういう理由で成功に至ったのでしょうか。
村上:無料で開放されていますから、とにかく地元の皆さんに「公園代わりに使ってください」とアピールすることが徹底されました。その結果、ご近所の方やファミリーが遊びに来てくれるようになって来客数も倍増し、平日にもかかわらず50組ぐらいの来客になったそうです。
さらに、カーディーラーさんは決してその場で車の話をしないそうです。それどころか、嫌な顔をひとつせずに一緒に遊んでくれる。すると当然、お客さんとの信頼関係ができてきます。そうなると、エンジンの調子がおかしい、オイル交換しなきゃ、メンテナンスしなきゃといったときに、日頃からよくしてくれるカーディーラーに相談するようになるわけです。点検や修理から、まず売り上げが上がり始めました。そして1年後には車の販売にもつながり、150パーセント増の売り上げになったそうです。年に数件あったスタッフの離職も、この1年はゼロでした。毎日お客さまの人数が少ないと、社会の役に立っている実感が得られにくいですし、余計なことを考える時間も増えてしまいます。しかし、お客さまがたくさんいらっしゃるので忙しく、お客さまに喜ばれたり、生活に貢献したりすることでモチベーションが上がります。その結果、仕事が充実していったということですね。まさに「プラスの循環」です。
村上:社会貢献はボーネルンドの使命だと考えています。2011年に震災が起きましたが、避難先からKID-O-KIDの存在をお知りになった複数のお母さん、小児科の先生からほぼ同時期に、子どもたちのためにKID-O-KIDを福島につくってほしいというご要望をいただきました。
当時の福島県郡山市では、「子どもが外に出ていい時間が15分」と言われ、保育園の先生が子どもを外で遊ばせるときは、親御さんの承認が必要でした。ある子は外に出てよくて、ある子は外に出てはいけない。でも、その理由はよくわからない。その理由を先生に聞くと、先生は「外には怖いものがあるからよ」などと言わざるをえない。
結局いろいろなことに不安になって、身体も使わないから疲れないし、おなかも空かない。夜も眠れない。身体も成長しないという悪循環が始まりました。これを解決するべく、自社および海外のメーカーからも寄付金を集めて、行政と一緒に3日間のあそび場のイベントを実施しました。
その様子はNHKなど全国のテレビや新聞、地元のテレビでも取り上げていただいたのですが、それを郡山に本社があるヨークベニマル社の社長がご覧になり、地域への恩返しとして資金と場所を提供すると言ってくださいました。そこでできたのが「PEP kids Koriyama(ペップキッズこおりやま)」です。現在もNPO法人「郡山ペップ子育てネットワーク」が運営しています。
星本:被災地では行政と連携して、優れた人道支援としても展開しているんですね。ここまで、ボーネルンドがプロデュースするあそび場のさまざまな可能性について伺ってきましたが、最後に実際に村上さんが感じているファミリーマーケットの市況感や現状を教えてもらえますでしょうか。
村上:「モノ」を買ってもらうことがどんどん難しくなっているというのを実感しています。世界の遊び道具販売の事業は40年にわたって行っているので、「モノ」は売ってはいますが、モノをとおした「コト」を売っているのだと考えています。
ボーネルンドの考え方としては、おもちゃを売りたいから売るのではなく、「子どもの成長を提供」、つまりモノを通じた「経験」を買ってもらいたいと思っています。そこをお客さまが共感をしてくださると、モノの売り買い以上のつながりが生まれると感じています。
星本:いま、消費者の活動が「モノ消費」から「コト消費」に変わりつつあるというお話が出ましたが、それは『MilK JAPON』を始めてからこの2年間、私も強く感じています。そのことを象徴しているような指標を今日はお持ちしましたので、ご紹介したいと思います。
1980年に「豊かさとは何ですか?」という質問に対して「ココロの豊かさ」という答えが40パーセント、「モノの豊かさ」という答えが40パーセントと、モノ・ココロともに同じ割合でした。それが2017年のデータでは「ココロの豊かさ」が60パーセント、「モノの豊かさ」が30パーセントと、倍近くの人が「ココロの豊かさ」を求めているということがわかりました。
2017年の家族に関する国勢調査をさらに細かく見ていくと、「運動など健康にお金を費やすことが有益だと思うか」という質問に対して「当てはまる」、「やや当てはまる」と答えた人が全体の約70パーセント、「習い事など学びにお金を費やすのが有益だと思う」に「当てはまる」と答えた人が約80パーセントでした。
さらにおもしろいデータがあったのですが、ちなみに村上さんは100万円の宝くじが当たったとしたら、いまでしたら何に使いますか?
村上:そうですね、いまはモノというよりは休みをもらって家族と海外に1週間くらい行きたいですね。
星本:いまおっしゃられたように、2017年のデータでも「旅行」が24パーセントとすごく多く、「習い事」「マッサージ」「エステ」「飲食」というような「コト」に対する消費が全体の40パーセントも占めています。こう考えると、「モノ」を買う16パーセントに対して非常に高いパーセンテージだと言えます。
もともとボーネルンド自体がモノ以上にコトを意識しながらデザインされているので、事業形態は違えども、やっていることの本質は変わっていないと思います。KID-O-KIDもその延長で発展したと感じました。
村上:そうですね。私たちとしては、提供しているものはまったく一緒で「豊かなあそび」なんです。子どもが思いっきり自由にやりたいことをやって、自分の能力をフル活用して遊ぶという経験を、モノとコトの両方を通じて今後も提供し続けていきたいです。そういった価値を提供することで、子どもたちの心も頭も、体も健康に育っていき、社会全体をより健やかに変えていくことにつながると考えています。