vol.7
鳥の巣が教えてくれる住まいの原点
トーク後半は、中村拓志さんによる「自然と共生する建築」のお話から始まります。人間が建築のなかで本当に安心できるためには、動物としての感性を呼び覚ます「仕掛け」が必要だと中村さんは言います。いったいどういうことでしょうか? また、研究者と建築家の視点から交わされるクロストークにも注目です。
>>『住まいの原点には何がある? 鳥の巣から見えてきた、住居のあるべき姿とは(前編)』はこちら
中村拓志(建築家/以下、中村):次に紹介するのは、熱海のツリーハウスです。リゾナーレ熱海というリゾートホテルの裏庭の原生林の中にオオクスノキがありまして、そこにツリーハウスをつくりたいと、ツリーハウスクリエイターの小林崇さんから相談を受けました。構造的に安心できるツリーハウスをつくるために、建築家として提案をさせてもらいました。
原生林の中での工事となるため、太い鉄骨をクレーンで落として建てることは不可能です。そこで、まずは手のひらで握れるほど細い無垢の鉄の棒をジャングルジムのように交互に重ねて留めていきながらかたちをつくっていきました。木々が生い茂っているなかにつくっていくという感じですね。まさしく鳥が、自分の身体スケールを単位にして巣をつくるのと同じように、人間が持ち運べるサイズの材料で構築していくというスタイルをとっています。
カラスの巣などで、ハンガーでつくったものを見かけることがあります。このツリーハウスの土台も、ちょうど同じような構造です。それを枝で包んでいくようなかたちになっています。こういう小さな空間っていうのは僕も大好きなんです。きっと人間の初源的な住まいは洞窟と木々の中のふたつだったのではないかなと考えています。
建築とか、住居というよりも、巣に近いような存在として、洞窟や頭上に私たちの居場所があったんじゃないかと。僕はそういう場所を現代につくりたいと思っています。そこが生み出すワクワク感とか高揚感を味わう、あるいは動物的な感性で暮らせるということは、ある意味で豊かなことなんじゃないかと思うんですね。
洞窟という観点からつくったのが、この葉山の別荘です。地滑りが予想されるような環境ですが、海が目の前に見えるこの場所に住居をつくってほしいと依頼されました。そこでまず、土砂が崩れて落ちてきても建物が流されないように、コンクリートでしっかりとした躯体をつくりました。
建物自体は、土砂が来たときでも左右に受け流せるような卵型のコンクリート構造になっています。そこに現地の土とセメントを混ぜたものを吹き付けていきました。大地と建築が連続しているような感覚の住宅です。
中も洞窟のようになっていまして、照明もやや暗めです。波の音がこの建物の中に静かに反響して、洞窟特有の神秘的な感じがします。
中村:最後に紹介するのは軽井沢の別荘です。綺麗な山野草が生い茂っている場所に別荘をつくってほしいと依頼されました。この場合も、環境を壊すのはできるだけ避けたいと思いまして、敷地の斜面をそのままそっと上に持ち上げてその下に住まわせてもらうという構成になっています。オーナーはずっと在宅で仕事をしている方なので、書斎を山野草の大地からボコッと飛び出してきたようなかたちでつくりました。「山野草のコックピット」という名前をつけています。
オーナーは本当に山歩きが大好きな方で、いつも山野草を見て散歩しているんだそうです。「小さな花の美しさにもっと気づきたい」ということだったので、山野草と同じ目線で仕事ができるように設計しました。机の高さと植物の高さが揃っています。ときにそれが日差しをカットしてくれるようなカーテンのような存在になったりもします。虫や鳥が机の前にやってくるような書斎です。
人間にとっての「初源的な空間」ってなんだろうって考えるんです。先ほど鈴木さんから「鳥の巣は子宮を外部化したものだ」というお話がありました。人間の場合もやはり、落ち着く空間というのはそういうものなんじゃないかと思います。つまり、母親の胎内のように少し暗くて、背中から包まれていて、温かくて、遠くの方からぼんやりと声が響いてくるような。自分の鼓動が反響するような音環境だったり、身体と非常に近接した狭い空間っていうのが、人間はいちばん落ち着くんじゃないかなって思っています。
ともすると人間の住まいというのは、誰かに対して財力やセンスを見せつけることが目的になっていて、「安心を得たい」という根源的な欲求から離れてしまっている気がします。あるいは、あれもしたい、これもしたいといろんな機能を追加した結果、自然から隔離された閉塞的な住宅環境になっていたりもします。しかし、本当はシンプルな思考がいちばん大事なんじゃないかって、鈴木さんからお話をいただいて改めて思いました。まさに僕も鳥と同じ気持ちで、気分が安定する、落ち着く、そして自然からの心地よい恵みが室内に入ってくるということを大切に設計しています。
佐々木孝行(「Nature & Science」主幹/以下、佐々木):ありがとうございます。それではおふたりにいまプレゼンテーションをしていただきましたので、ここからはフリートークをしていただきたいと思います。中村さんは、鈴木さんに山のように聴きたいことがあるとおっしゃっていたので、この後質問責めになるのではないかと思います(笑)。
中村:会場に持ってきていただいたたくさんの巣を拝見したのですが、本当に美しいですね。僕もファンになってしまいました。それぞれが独自の合理性を持っていますし、素材も一つひとつユニークです。
巣がもっている素晴らしさを、現代建築に少しでも取り入れたいなと思いますね。鳥はこの巣のつくり方を誰かから習うわけではないですよね? 環境がつくらせているのか、DNAがそうさせるのか、そのあたりをお聞きしたいです。
鈴木まもる(鳥の巣研究家、絵本作家、画家/以下、鈴木):おっしゃるとおり、親に教わるわけでも学校で教わるわけでもないです(笑)。「こういう空間なら安心できる」と身体に染み付いているんですね。イギリスの実験なのですが、キムネコウヨウジャクという鳥は6世代まったく外界を見せずに育てても、やはり決まったかたちの巣をつくるそうです。
見覚えがあるとか教わるのではなく、恐竜のときから長い年月をかけて多様な地域に分散していくなかで、それぞれの安心感が違ってきて「こんなふうに巣をつくると安心して卵を産むことができる」とDNAに刷り込んであるんでしょうね。
中村:その実験では植物も、外敵もいない閉鎖空間で行われたんですか?
鈴木:そうらしいです。6世代が経過しても、キムネコウヨウジャクはある時期になると葉を細く裂いて籠のような巣をつくると安心するようです。動物園などでも繁殖期には巣づくりします。でも自然のよい素材がないと上手につくれません。
自然界でも最近は環境の変化が激しいですから、巣づくりが環境の影響を受けないわけではないと思うんです。材料や餌のあるなしとかが関係して、巣づくりできないという鳥もいるでしょう。たとえば都会のメジロは巣の材料であるコケがないと、ビニール紐やごみを使ったりします。でも基本的な構造は一緒なんです。オーストラリアやアフリカにもメジロはいるのですが、みんなつくる巣の基本構造は同じです。環境によって多少使う材料は違いますが、決まった材料が使えないから別のかたちの巣をつくるかっていうと、それは絶対にないんです。
中村:たとえばクモの糸を使ったり、植物じゃなくて他の動物から何かいただいてきて、それで巣をつくったりすることもあるんですか?
鈴木:はい。メジロもクモの巣から糸をとってきて、その接着力を使って枝に巣をくっつけています。他にもサイホウチョウという鳥は、クモの糸で葉っぱを縫って巣をつくりますね。
寒いところだと、ヒツジの毛をフェルト状にして巣をつくる鳥もいます。フェルトって針でつつきますよね。あれと同じことをクチバシでツンツンやってかたちづくります。ひなと卵が寒くないように、ということなんですね。
モンゴルの遊牧民の人はこのフェルト状の巣を、赤ちゃんの靴下に使ったりします。それくらいしっかりしていて、断熱性があるんです。「セーターみたい」とか思うもしれませんが、僕は逆だと思います。こういうものを見て、人間はセーターをつくったんじゃないかと思っているんです。籠や、かやぶき屋根もそうかもしれません。
洞穴に住んでいた人間が、かやぶき屋根みたいな鳥の巣を見て、いいに違いないということで、枯れ草を集めて家をつくるようになった。そうして洞穴じゃないところにも住めるようになったと。そうして地球上に人間がどんどん広がっていったんじゃないかと思ったりします。自然から教わっていることは、すごく多いと思いますね。
中村:おもしろいですね。鳥から学んで、いろいろな服だったり住宅だったりが生まれているんじゃないかって。鈴木さんは、現代の住宅を見て思うところなどありますか?
鈴木:やっぱり、住まいっていうのは安心感だと思うんです。中村さんがつくられている洞穴的な住宅も、安心を基準に設計されていますよね。鳥の場合は一生住むということはないですが、いっとき大切な卵とひなを安心して産み育てるところをつくりたいと思って巣をつくっているんだと思います。でも、人間もそうだと思うんですね。教わったりしなくても、本能的にどういうところが安心できるか知っている。
それがいまの世の中だとなかなか思い通りの家ってできませんよね。中村さんみたいにつくれるような方っていうのは特別で、普通はある程度決まったかたちの家に住まざるをえない。そういうところでストレスがたまったりとか、現代はあるんじゃないかなと思います。
中村:そうですね。いまの家は、住み手の身体性ではなく、合板などといった、工業的な規格品による大量生産の論理で空間がつくられていくところがあります。鳥はセルフビルドで巣をつくるのに対して、いつのまにかわれわれにとって家は、買うものになってしまった。だから自分で身体を動かしてつくることから遠く離れてしまったし、身体の奥の声に耳をすます経験もなくなりつつあるかもしれません。
鈴木:先ほど中村さんもおっしゃったとおり、現代の家は住む人のセンスや財力を見せるためにあるという側面がありますよね。本来的には余分な要素に重きがおかれている。逆に鳥は本当に必要なものを必要なだけしか使わない、シンプルというか、何によって自分は幸せを感じられるのかちゃんとわかっています。
中村:そうですね。僕らにとっても耳の痛いお話です。建築家のアカデミックな世界でもジャーナリズムの世界でも「安心する」というコンセプトだと誰も相手にしてくれないというか、定量的に測れないようなものは意味がないという風潮があります。
しかしそうしていると、幸福感や安心感という話からどんどん遠ざかっていってしまいます。だから僕は、根源的なところに立ち返りながら、幸福とは何か、安心とは何かというところをもっと突き詰めて、具体的かつ論理的に考えていきたいなと思うわけです。鈴木さんは伊豆の山で暮らされているわけですけど、鈴木さんにとっての住宅というのは巣に近いものなんですか?
鈴木:そうですね。僕も若いときはふらふらしていたんですが、いま思えばそれは、「自分とは何か」ということを探していたんだと思うんです。つまり、自分は何をいいと思い、何が好きで、どこで暮らしたいのかってことを探していたんじゃないかと。いろいろ見てきたなかで、自分がいちばん安心できる場所、自分がいちばん自分らしく生きられる暮らし方が、いまの山の中で暮らすことだったんですね。
そういうのって誰に教わるわけでもないんですよね。ツバメが5000キロも離れたところから日本に来て巣づくりをするのと同じだと思います。誰が指し示すわけでもないなかを旅してきて、自分がいちばん安心できる場所に行き着く。そういう意味では僕もいいところを見つけて着陸して、そこで巣づくりしていると言えるかもしれません。
鳥たちがやっているように、皆さんもそれぞれ、皆さんなりの巣をつくっていってほしいなと思います。それはつまり新しい世代、子どもたちを育てる場所ですね。自分たちが何のために生きているのかということを、鳥たちの営みから感じでもらえると嬉しいなと思います。
絵本作家がなぜ鳥の巣研究者になってしまったのか。僕が絵本を描くことと、鳥が巣をつくることには共通点があると思うんです。つまり、絵本も巣も、子どもを育てるためにつくられているんですよ。かたちは違うけれど、新しい命が育つために「モノをつくる」という点で、つながっているなと思います。皆さんにとって、次の世代を育てる「巣」は何ですか? 皆さん一人ひとりが、それぞれの営みをとおして、次の世代に何かを伝えていってください。
佐々木:今日のトークショーが、自然や自分の生き方に目を向けるきっかけになってくれれば幸いです。本日はありがとうございました。
鳥にも人にも、それぞれ安心のかたちがあり、これを具現化したモノが巣や住まいです。鳥の巣が教えてくれる住まいの原点。それは「安心して子どもを育てられる環境」こそ、本来的な姿だということでした。人間は鳥に学んでモノづくりを始めたのではというお話がありましたが、現代の私たちもまた、鳥から学べることはたくさんあるのかもしれません。
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