vol.4
時代が求める、ゆるい会員組織とおせっかいなコミュニティ
多くの企業が抱える会員組織ですが、上手な活用方法に悩む企業は少なくないと言われています。この巨大なリソースをビジネスに活かすにはどうすればいいのでしょうか。会員組織をひとつの「コミュニティ」とみなしたとき、その答えは見えてきます。
コミュニティづくりのプロフェッショナルである、ミュージアムエデュケーターの会田大也さんと建築家の遠藤幹子さんに、会員組織=コミュニティを活性化させる方法論について語っていただきました。以下、おふたりのトークの模様をレポートします。
星本和容(『MilK JAPON』編集長/以下、星本):今回の本題に入るまえに、まずはこちらの数字をご覧いただきたいと思います。「58パーセント」。これ、どんな数字かというと「企業が提供するメルマガやポイント還元など、ロイヤリティプログラムと呼ばれるサービスに加入しながら、そのサービスをまったく使わない購買者の割合」なんです。これは2017年にニュースクレドが調査したアメリカ国内の数字ではあるんですが、同じような状況が日本にもあります。プログラムに加入していても、42パーセントの人々しか利用していないんです。
これは企業にとって、すごくもったいない話だと思います。新規で顧客を獲得するのは本当に大変なことで、いかに既存の顧客にリピートしてもらえるかが企業にとってとても大事なことです。
でも実際には利用者は42パーセントしかいないというのが現状です。こうしたサービス、あるいは会員組織の機能不全を改善して有効に活用していくことは企業にとっての課題なんじゃないでしょうか。今回は会田大也さんと遠藤幹子さんをお招きして、会員組織をひとつのコミュニティと捉えたとき、これを活性化していくにはどうしたらいいかということについてお話ししてもらいます。コミュニティづくりのプロであるおふたりに、有効なヒントをいただけたらと思っています。
遠藤幹子(建築家、一般社団法人マザー・アーキテクチュア代表理事/以下、遠藤):最近不動産を扱う企業さんから、住民が積極的に参加するようなコミュニティのつくり方について相談を受けるんです。マンションを設計するときの「常識」もこのところ変わりつつあります。単なるステータスの象徴として、あるいは快適な住まいとしてマンションを消費する時代は終わりつつあって、「いいコミュニティ」を求めてマンションを購入する人が増えています。
都内では子どもの遊ぶ場所はどんどん減ってきていますし、危険だから外で遊ばせたくないという親御さんも増えてきていますよね。しかし、もし大型マンションのガーデンに公園があれば、ある程度安心して子どもを遊ばせることができます。
以前、某不動産会社の方から「子どもが外で思いっきり遊べて、親が安心して子育てできる環境をつくりたい」とご依頼をいただきました。ランドスケープをゼネコンの方がデザインして、私は遊び場やコミュニティスペースを提案させていただきました。そこで大事にしたのが「マンションの住民同士が自然とつながる仕組み」でした。
「外に行く前の外」というコンセプトでアクセスしやすい半室内の公園をつくりました(上図)。建物の中に本物の木があるんです。マンションの中ですがお出かけしたような非日常感が味わえるので、公園デビューしづらいお母さんたちも来てくれるんじゃないかと。
コミュニティをつくる最初の段階として、まずは住んでいる人が集まって話すきっかけをつくりました。それから、コミュニティボードも設置しましたね。要するに掲示板で、アナログなSNSとして機能させることが狙いです。
掲示板には周辺の地図が書いてあって、ここに付箋を貼ることで「書き込み」ができます。「ここのパン屋さんおいしいよ」とか、「いまの時期ここは毛虫が落ちているから注意」みたいな地域ネタとか。あるいは「現在このあたり植え替え中」というような管理者からのお知らせも同時に伝えられます。
管理者と居住者、あるいは居住者同士で情報を交換できるものがあることで、隣近所と没交渉になりがちな集合住宅にネットワークが生まれます。こういう機能をマンションにつけてほしいという要望は、2011年の震災以降から増えてきました。地域の人とつながることが、いざとなったときの安心につながるということに気づく人が増えたからだと思います。
星本:消費者が住環境の付加価値としてコミュニティを求めるというのは、これまでにはまったく聞かなかった話ですよね。顔の見えるつながりが希薄になってきていよいよ不安になったところに、震災の衝撃がありましたから。コミュニティを重視する時代がきたという感じがします。
会田大也(ミュージアムエデュケーター/以下、会田):コミュニティという言葉は、この10年ですごく流行りましたよね。震災後は、生活圏を見直すような動きが顕著だったように思います。つまり物理的に近いコミュニティに属していないと、いざというときに不安だよね。それって具体的にどの地域、どの集団なんだろうね、みたいな感じでみんなが考え始めたんです。
インターネットがなかった時代のコミュニティは、物理的にすぐつながれるものを基本にしつつ、遠くとつながると言ってもせいぜい同じ雑誌の購読者とかそういったネットワークからつくられていました。そのころに比べると、現在はSNSの普及でコミュニティの性格も異なってきているように思います。
「フィルターバブル」という言葉があります。グーグルの検索精度が上がっていると言われますが、それは裏を返せば検索結果があらかじめ操作されているとも言えるわけです。つまりランダムに検索結果が羅列されるのではなく、アクセス数の多いものが結果のいちばん上に出てくる仕様になっています。
SNSでも自分の投稿した内容に近い記事が頻繁にニュースフィードやタイムラインの上位に出てくる。利用者にとって居心地のいい空間が画面上に出てくるように設計すれば、サイトの滞在時間が伸びて広告の閲覧率が増えます。そういう意味では理にかなった設計です。
しかし、そういう設計に慣れてしまった利用者の視野は必然的に狭くなりますよね。システムのフィルタリングがつくり出した、自分の興味関心がある情報の「泡」に囲まれている。その閉塞環境がフィルターバブルと呼ばれています。
コミュニティというものは、得てして居心地がいいものです。しかし、そのなかを「世界のすべて」だと勘違いしてしまうリスクもあります。そういう経験をした人は意外と多いんじゃないでしょうか。
星本:コミュニティをつくった後、これをうまく機能させていくのも難しいことですよね。活性化のコツって何かあったりするんでしょうか。
遠藤:例を挙げてお話しするとわかりやすいかもしれません。私は2011年から、アフリカのザンビアでマタニティハウスをつくるプロジェクトに関わっています。ザンビアで出産によって亡くなる人の数は、日本の40倍と言われています。お母さんたちが亡くなるのをどう食い止めたらいいかという社会課題に、建築家として関わりました。ここで必要だったのがコミュニティの力であり、それを活性化させることは喫緊の課題でした。
ザンビアにも地域ごとに診療所があるんですけど、20〜30キロほど歩かなくてはいけないので、遠過ぎてみんな行かないんですよ。だったら、診療所の隣に前もって泊まれる施設をつくればいいんじゃないかと考えたんです。
臨月の妊婦さんたちがそこに泊まって、いざとなったらパッと見てもらう。そういう待機施設づくりを主導しているのが「ジョイセフ」という国際協力 NGO団体で、私はアドバイザー、専門家として関わっています。
予算も限られるなかで、とにかくたくさん、安くつくりたい。いちいち建てていく時間と手間もなるべく省きたいという状況でした。そこで、もともとあるコンテンツを使いましょうと、大型のコンテナをリユースして施設をつくりました。
そこをサポートしていく組織には、現地の「SMAG(スマッグ)」という保健ボランティアを巻き込みました。彼らは、村の人たちに保健の知識を教えたり産前検診の呼びかけをする人たちで、ジョイセフが主導して各村々で育成しています。その人たちをうまく巻き込んで建物をつくって、完成後には運営の主体になってもらえたらと考えました。そしてゆくゆくはそのノウハウを他の村にも伝授してもらい、より多くの村でマタニティハウスがどんどん建ってくれたらいいなと。
そうやって、3年くらいすると、SMAGのメンバーが自分たちで建物のプランニングをしていくようになるんです。これまでに作業を体験した人が、次の村で施設をつくるときのファシリテーターになっていくんですよ。
それまで私がつたない英語や身振り手振りで指示していたのを現地語でやるので、すごくスムーズ。近隣の村にマタニティハウスができたのを見て「俺たちの村にも」と思ってくれた人もいました。もはや私たちの働きかけなしでコトが起こっているんですね。彼らは自分たちでお金を集めて、古くなった倉庫をリノベーションして、ものすごい自発性で施設をつくり上げていきました。
2011年にほとんど私が設計・工程監修・デザインをしていたものが、2017年の現在では、ほぼ現地の人がやっているんですよ。運営まで彼らが自発的にやっている。コミュニティが勝手に施設をつくれるようになったんです。
星本:自発的に、ひとりでに回転していく。まさにコミュニティの理想ですよね。
遠藤:そうですね。これをやって思ったのは、シンボリックな何かってコミュニティにとってすごく大事だということでした。みんなでわーっとお祭りみたいにモノをつくり上げて、「できたー!」って喜ぶ。建物が完成するのって、すごくわかりやすい「成功のかたち」ですよね。それが集団にとって成功のシンボルになるので、そこに付随する成功のストーリーがその先もずっと語り継がれていきます。
星本:モニュメンタルなものがあると、成功体験が継承されるきっかけになるわけですね。それで、「自分もやってみたい」という自発性が生まれると。
遠藤:これはアフリカの文化なのかもしれませんが、彼らは歌や踊りが大好きなので、作業の工程やそこで起こった出来事を歌にしたりして、みんなで共有するんですね。そうやって身近な「英雄の物語」というか、感動的なお話として伝播していくんです。
遠藤:2011年当初は、私たちが彼らの課題を拾い上げ、解決のための設計を提案し、技術的にもフルでサポートしました。次のフェーズとして、彼らのコミットメントをどうしたらもっと高められるのかという意識で、いろいろな小道具を用意したりファシリテーションを工夫したりしていきましたね。
星本:最初から凝ったことで始めてしまうと、なかなか続けるのが難しいですよね。コミュニティの運営において、「ゆるさ」って結構重要なテーマなんじゃないでしょうか。強制的に誰かに何かをさせることは簡単ですけど、それって続きませんよね。
成功体験を共有して、みんなのモチベーションを高めることが、コミュニティ活性化の第一歩になると遠藤さんは言います。次の課題はコミュニティが立ち上がった後、「どうやってコントロールしていくか」です。どのような運営方法が理想的なんでしょうか? おふたりの具体的な経験を例に語っていただきます。続きは後半で!