vol.128
企業コミュニケーションに変革をもたらす「デジタルヒューマン」活用法
バーチャル空間におけるコミュニケーションが当たり前になってきた現在、デジタルヒューマン(人物CG)の活用が注目されています。昨今、技術の進歩により、広告に限らず、店頭やECなど、より広い領域においてデジタルヒューマンの本格的な活用が模索され始めています。
今回は、多数のデジタルヒューマン制作実績をもつ東映ツークン研究所より美濃一彦さんをゲストに迎え、デジタルヒューマンの過去・現在・未来について考えました。
武野綾香(アマナ/以下、武野):まずは、デジタルヒューマンを取り巻く環境についてお話を伺いたいと思います。美濃さんよろしくお願いいたします。
美濃一彦(東映ツークン研究所/以下、美濃):私からは、デジタルヒューマンをめぐる技術の変遷と課題について最近のトピックスを交えながらお話ししたいと思います。
デジタルヒューマンの技術の変遷
デジタルヒューマンには様々な定義がありますが、我々は写実的な人間をCGで作ることをデジタルヒューマンと呼んでいます。
1960年代から70年代にかけてコンピュータグラフィックスが登場し、当初は化学計算や工学設計に使用されました。1980年代に入ると、映画やビデオゲームの分野で利用されるようになり、海外では、『ジュラシック・パーク』などの映画で、リアルなCG技術が進化しました。1990年代にはモーションキャプチャー技術が発展し、2000年代には『ハリー・ポッター』や『ロード・オブ・ザ・リング』のような大作映画で、リアルなCGキャラクターが一般的になりました。
最近では、対話するデジタルヒューマンについての研究も進んでいます。外見は、ビデオゲームや映画で使われている写実的な3DCG技術。内面は、自然言語処理や感情認識、画像解析や音声認識などのモジュールを司る人工知能です。これら内面と外見の技術を組み合わせながら、ユーザーとのリアルタイムコミュニケーション実現に向けての試みが進められています。
倫理面の課題と技術面の課題
大規模データ、機械学習、そしてAIの組み合わせは、個性が脅かされる可能性が指摘されています。また、デジタルヒューマンの福祉分野活用は人材不足の解消や質の高いサービスの提供などに期待が広がる一方で、利用者の個人情報保護やプライバシー保護などに十分な配慮が必要です。
デジタルヒューマンの制作は、技術的にも難易度が高く、コストもかなり高額です。AI技術の進化に伴い、これらのコストは徐々に下がると考えられますが、現時点ではまだ限られた人たちのみの利用にとどまっています。
技術の進化が生み出す問題もあります。「不気味の谷」はロボット分野などで使われる用語で、CG表現が実際の人間に近くなればなるほど逆に不気味さや違和感を感じる現象を指します。静止画では、ある程度この問題をクリアできるようになってきましたが、動画においてはまだまだ難易度が高いようです。
このパートの最後に、取り巻く環境の変化についても触れたいと思います。
我々が直面している社会問題は深刻化しており、これはビジネスやエンターテイメントコンテンツの制作においても無視できない現実です。技術革新は新しいメディアの出現をもたらし、これらの新しいプラットフォームはコミュニケーションの形を変えています。インタラクティブ性が求められるようになり、リアルタイムでの顧客コミュニケーション、迅速な情報収集と適用、パーソナライズされたコンテンツのリアルタイム生成が重要になっています。
堀口高士(アマナ/以下、堀口):私からは、現代の社会的ニーズを観点に、デジタルヒューマンの社会実装について事例を交えてお話ししていきたいと思います。
雇用問題を解決するための活用
堀口:雇用問題は深刻な社会課題となっており、特に高齢化が進む社会と少子化の影響で、労働力に644万人の不足が予想されています。サービス業の労働力不足は特に深刻で、技術で解決する方法や、個々の生産性を向上させる方策が求められています。一方で、消費者は実店舗やオンラインを問わず、パーソナライズされた体験を求めています。
デジタルヒューマンやバーチャルコミュニケーションは、オペレーション業務や教育コストの削減、多言語対応、24時間サービスなどのニーズに応える形で活躍する場が広がると予想しています。
美濃:NTTコミュニケーションズ、NTTコノキューとの共創プログラムで開発中のデジタルヒューマン「CONN」は、まさに堀口さんが説明されたように、雇用課題の解決を一つの目的としています。デジタルヒューマンを使う意義については、密なコミュニケーションが求められる分野でのインタラクティブな情報提供や収集でしょう。最近では、ChatGPTなどの自然言語処理技術が大いに進歩していますが、デジタルヒューマンの利点は、ノンバーバルな表現も可能なことでしょう。人間的なコミュニケーションを行うには、文字だけでなく見た目や話し方など(容姿や動き)が重要なのだと思います。
デジタルヒューマンは、無機質なシステムになってはいけないと考えています。個性や魅力を持たせることが重要で、これらはIP(Intellectual Property:知的財産)としての価値を高め、企業ブランディングにも寄与します。企業が持つアイデアや先進技術を組み合わせ、それらをユーザーや顧客に届ける架け橋としてデジタルヒューマンが機能すれば、新たな価値創出に貢献できると考えています。
DXによる効率化の実現に向けて
堀口:クリエイティブ業界では、長時間労働の慢性化や残業の状態化など、労働環境改善に関する課題が山積しています。そこで、デジタルヒューマンの活用でクリエイティブ作業の効率化を図った事例として、ウエルシア薬局との取り組みをご紹介します。
ウエルシア薬局は、数多くのプライベートブランド商品を扱っていますが、大量の商品ビジュアルを用意する際の、人物撮影における手間と権利の問題を解消したいという課題を持っていました。そこで検討されたのが、バーチャルモデルの起用です。予算の制約がある中で、バーチャルモデルを使うことによりコストと制作スケジュールを改善。さらには、統一性のあるデザイン展開が可能になったとクライアントより、コメントをいただいています。
アマナでは、人物のCGに留まらず、プロダクトや背景のCG制作にも力を入れています。これまで写真撮影で発生していたコストや時間、モデルや新商品の手配などの課題をCGの活用によって効率化し、解決しています。例えば、デジタルヒューマンにハンドルを握らせたり、車を運転させて動かしたりすることも可能です。
企業におけるエンターテイメント活用
堀口:市場がコモディティ化している中、顧客のシェアを獲得するには、パーソナライズされたコミュニケーションが欠かせないと感じています。
美濃: BMWは、新型車種「IX2」のコンセプトモデルにバーチャルインフルエンサー「リル・ミケーラ」を採用しました。リル・ミケーラがSNS上で見せる振る舞いは、BMWの新車種のコンセプトと密接に連携しており、そのキャラクター性が車種のイメージに直接反映されています。このように、フィジカルとバーチャルが融合した新しい世界観の中で、デジタルヒューマンがファンとコミュニティをどのように構築していくかはとても重要です。
また、世界観の構築や、コミュニケーションの価値を高める手段としてデジタルヒューマンの技術を活用するケースは、今後ますます増えていくと思います。エンターテイメントで培われたノウハウやテクニックをビジネスにどのように応用していくかが、今後のカギですね。
サステナブルな社会への対応
堀口:アパレル業界におけるサプライチェーンのDX化はなかなか進んでいない現状があります。アマナでは、この課題を解決するべく、長年、製品(洋服)のCG化に取り組んできました。その技術は著名な服飾デザイナーのアトリエでも採用されています。
AIで生成した人物にCG化した製品を着せてECサイト用のビジュアルを作成するといった取り組みの他、型紙のCADデータをアップしてモデルを選ぶと10〜20分ほどでビジュアライズされるというようなシステムも開発しています。グローバル市場やダイバーシティにも対応できて、業務効率化にもつながりますので、ご興味があればお問い合わせください。
コンテンツ制作におけるアセット活用
堀口: 広告制作においてモデルやタレントを起用する際には、契約した人物が問題を起こすリスクや、ルッキズム、人種や人権問題など様々なリスクが存在します。特にグローバル化が進む中、肖像権の管理やローカライズに関する二次利用時のコスト問題も生じています。デジタルヒューマンは、これらのリスクへの対応策としても活用できます。ただし、モデルの仕事を奪うという話ではありません。先ほどのタレントさんのデジタルヒューマン化もそうですし、課題を解決するための一つの手段として様々な組み合わせで検討していただければと思います。
一方、AIで生成されたモデルの権利問題はなかなかクリアにできない現状があります。そこで、アマナと東映ツークン研究所の取り組みでは、AIだけでなくアセット化した人物CGも組み合わせて、この問題をクリアにしています。
堀口: 最後に2つほど、最近のトピックをご紹介しながら今後の展望を探ってみたいと思います。
左側は、韓国のエンターテイメント企業が作ったガールズバンドで、現実世界のメンバーと仮想世界のアバターが連携する「デジタル・ダブルに接続された本物のパフォーマー」というコンセプトのもと、オフラインでパフォーマンスするメンバーと仮想世界で活動するアバターで構成されています。リアルとバーチャルをつなぐ未来的なエンターテイメントとなっており、限られた時間の中でタッチポイントを最大化しつつ、体験価値を上げる表現にも繋がっている面白い事例です。
右側は、中国の自動車メーカーの事例です。来店者は店内で自分と等身大の3Dアニメーションロボアバターを照合します。来店者はアバターを通してデジタルの世界観を体験したり、リアルの場でフィジカルな体験をしたりすることができます。最近注目されている「デジタルとフィジカルが融合された顧客体験」を提供している好事例です。
美濃:ノンバーバル表現を含めた顧客コミュニケーションが可能なデジタルヒューマンは、デジタルとフィジカルを繋ぐ体験において重要な役割を担っていると思います。例えばスマートシティやテーマパーク、ショッピングモールや広いメディアの中で、無機質ではないコミュニケーションで貢献できるのではないかと。
堀口:なるほど、そうですね。スマートシティのような広い範囲で活用すれば、取得できるデータの範囲も広がりますね。
美濃:はい。スマートシティに訪れたユーザーの動線や行動履歴を解析することで、例えばレストランに入った時にデジタルヒューマンがリコメンデーションや、ホテルのコンシェルジュとしてきめ細かいサービスを提供することが可能になるかもしれません。そんなふうに、空間全体、エリア全体でデジタルヒューマンが顧客体験を豊かにするサポートできたらうれしいですね。
amana visual
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amana visualでは、フォトグラファー、レタッチャー、CGクリエイター、ムービーディレクターをはじめとしたビジュアル制作に携わるクリエイターのポートフォリオや、個性にフィーチャーしたコンテンツを発信中。最新事例等も更新していきます。
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