vol.180

ブランドとは、企業が大切にしてきた思想や価値観をかたちにしたものです。しかし、その「らしさ」を言語化し、社会に共有することは容易ではありません。変化の激しい時代において、理念をどう更新し、どのように見せていくか。企業に問われているのは、自らの存在意義を改めて深く掘り下げる姿勢です。
本セッションでは、ヤマハ発動機とアマナが取り組んだブランディング事例をもとに、「Visibility×Brand」の実践を紐解きます。企業が「自社らしさ」を再定義し、未来へと継承していくためのヒントを探りました。
小山元(アビームコンサルティング株式会社/以下、小山):このセッションのテーマは「Visibility×Brand」です。
ブランドとは、いわば「自社らしさ」を伝えるものの総称です。商品やサービスを指すこともありますし、企業自体を指して「ブランド」と呼ぶこともあります。はたして「自社らしさ」とは何なのか。それはどこにあるのか、あるいは、どのように構築され、アップデートしていくものなのか。ブランディングとは、まさにそうした問いと向き合い続けることだといえるでしょう。
本日は、「自社らしさ」と向き合い、そのアップデートに挑んだヤマハ発動機のお二人をお招きしました。加えて、プロジェクトのパートナーを務めたアマナの堀口さんにもご参加いただき、ブランディングの実践について具体的にうかがっていきます。
小山 元
アビームコンサルティング株式会社/顧客価値戦略ユニット プリンシパル
堀口高士(株式会社アマナ/以下、堀口):まずは、企業のブランディングで「Visibility」がどういう時に必要になるか見ていきましょう。
一つは「透明性を求められるとき」ですね。生成AIの台頭で情報の真偽がますます分かりにくくなっている昨今、企業が自社の情報を可視化していくことが必要になってきました。次に、「価値観がシフトしたとき」です。消費者・顧客の考え方や感じ方は時事刻々と変わっていきます。変化に寄り添っていることを示すことで得られる信頼があります。最後に「共創関係を望まれるとき」。昨今の消費者は、企業・ブランドの価値創造に自分も参加したいと望んでいます。可視化による開かれたコミュニケーションがますます重要になってきている、というわけです。
とはいえ、これは一般論です。消費者や顧客の求めに応じることだけが大切なのではありません。本当に大切なのは、ブランドが持っている確固とした理念や価値観であり、それを伝えていくことがブランドコミュニケーションの最も重要なことだと思います。
昨今はその伝え方もさまざまで、例えば企業の態度・行動・社内文化もブランドの理念を伝えるメディアになり得ます。そうした多岐にわたる可視化を「Visibility」と呼んでいまして、理念を表出することで生まれる「らしさ」の具現化が私たちアマナの仕事だと思っています。ただロジカルに構築されたビジュアルでは、やはり響かない。「ブランドがまとっているオーラ」が具現化されてこそ、魅力的なビジュアルができあがる。その具現化はどうすれば可能か、常にそこを意識しながらプロジェクトを動かしています。
私は、ヤマハ発動機さんとプロジェクトを進めてまいりました。ここからは木下さん、末神さんのお話を伺いながら、ブランドを象徴するビジョンをビジュアルコンセプトとしてどう可視化していったのか、みなさんとシェアしていきたいと思います。
堀口 高士
株式会社アマナ/イメージングディレクター・ビジュアルコラボレーター
木下拓也(ヤマハ発動機株式会社/以下、木下):我々ヤマハ発動機は、1990年から「感動創造企業」を企業目的として掲げています。しかし実際は、「バイクづくり」の会社だと一般的には見られており、この企業目的は消費者に伝わっていません。
さらにもう一つ重大なのは、私たち社員も「ヤマハが顧客に提供しうる感動」をはっきりと定義できていないということです。そこで私たちは問いを二つ立てて、それを深掘りしていくことにしました。「ヤマハらしい感動」とは何なのか。そして「感動は個人や社会にどう役立っているのか」です。
一つ目の問いに答えるために、私たちはまず理念に立ち返りました。1955年にヤマハ発動機を立ち上げた創業者の川上源一は、「生活を楽しむことを広める」を企業目的に掲げていました。性能や品質を高めることが企業の目的ではないと、川上は言ったわけです。楽しみを広めるためには、楽しみの本質を自ら知ることが重要とも彼は言っています。
テクノロジーが必ずしも楽しみを保証しないことを、私たちは経験的に知っています。量子コンピュータが複雑な問題に瞬時に答えを出す日がやって来て、可処分時間が増えたとしても、スマホを見ているだけでは「生活を楽しんでいる」とはいえないはずです。
木下 拓也
ヤマハ発動機株式会社/執行役員 クリエイティブ本部長
木下:では、生活を楽しむとは、どういうことなのか。難しい問いですが、楽しみは喜びとは違い、ある状況を楽しむにはそれなりのリテラシーが必要です。
川上源一は『エピキュリアン料理』(1985年、自費出版)という本を出しています。彼は本当にユニークな人で、たとえばマンボウを食べたことがないなら「捕ってきて、美味しい料理にして、みんなに振る舞おう」と考えるんです。お金を払っておいしいものを食べに行くのではなく、自分で試し、工夫して、もっとおいしい料理をつくろうとする。彼がそうした思考に至ったのは、料理という行為が、創造性によって人を楽しませるものだからだと思うんです。まさにビジネスの本質ですよね。料理がバイクに置き換わっても、違和感はありません。
ただ、人を楽しませるためには、まず自分自身が「マンボウを捕って食べてみる」ように、経験を通じて理解を深めていくことが欠かせない。そうした実践の積み重ねが、楽しみの質を高めていくリテラシーにつながるのだと思います。
木下:モーターサイクルは、上手くならないと面白くありません。乗って、走って、できることが増えてきて、初めて面白いと思えます。つまり、人の能力開発を促すのがモーターサイクルだということです。この過程で、人はリテラシーを獲得していきます。そうやって成長曲線を駆け上がりながら、モーターサイクルの醍醐味を知っていくことで楽しみが得られる。
ヤマハ発動機らしい感動とは何かといえば、それは「鍛錬の娯楽化」だと言えるでしょう。これは、私たちの事業目的の再定義でもあります。私たちの提供価値はバイクそのものではなく、「楽しみとしての鍛錬の時間」だということですね。それがひいては、感動につながるというわけです。
木下:もう一つの問いは「感動は人にどう役立っているのか」でした。これに答えるにはまず、感動した後、人はどうなるのかを明らかにする必要がありました。
例えば、過去に参加したジャパンモビリティショーをご覧になった人から、「人間ってやっぱりすごい!」「あなたもわたしも、まだまだぜんぜんやれる!謎の勇気をもらった」といった感想をいただきました。つまり「感動したら次へのモチベーションが湧く」というのが、感動の人間に対する効能だと思います。もう少しやってみよう、もうちょっと違うやり方でやってみよう、チャレンジしてみよう。それがまた次の感動を生む。この感動のサイクルを回すことで、社会に感動の効能を広く届けていくことができると、私たちは考えました。
木下:私たちは長期ビジョンとして、2018年から「ART for Human Possibilities」というテーマを掲げました。ARTとは「人間性の探究と人間性の発露」、つまり、自分を深掘りした結果生まれてくるものと定義します。
ヤマハ発動機の出発点は「生活を楽しむこと」にあります。ただし、それは海辺でのんびり過ごすような受動的な楽しみではなく、自らの可能性に挑み、成長していく過程そのものを楽しむことです。挑戦を通じて、人は自分の可能性や弱さに気づき、そこから新しい自分を見いだしていく。そして、努力の先に「できた」「わかった」という実感を得た瞬間、人は自らの変化を感じ取り、それを感動と呼ぶのだと思います。
この感動のサイクルを、人生という限られた時間の中で、どれだけ回せるか。その挑戦を、私たちはサポートしたいと考えています。オートバイの会社だけれど、この「感動のサイクル」を回せるならば、私たちは「感動創造企業」でありうる。そのような自己定義を行うには、自社の深掘りが不可欠という認識を持って、私たちは自分たち自身に対する問い直しの作業を続けてきました。
木下:以下は本邦初公開となるビジュアルコンセプトです。これまでお話ししてきた「感動のサイクル」を、アマナさんのサポートのもとに可視化しました。感動のあり方は人それぞれですが、私たちはその瞬間に至るまでの道のりを支える存在でありたいと考えています。
みなさんが自らの体験を振り返ったときに訪れる感動に向けて、私たちがみなさんを送り出す、その瞬間をイメージしました。いわば、感動体験の「入口」です。
これからの未来、ものづくり企業は何をしていくべきなのか。これは、私たちに限らず、多くの企業に共通する課題です。これに対する私たちの答えは「ヒトとモノの関係性をアップデートし、ヒトが世界との新たな関わり方を創造すること」です。オートバイを「人間に能力開発を促すモノ」と再定義すれば、単なる乗り物ではなくなります。
末神 翔(ヤマハ発動機株式会社/以下、末神):われわれヤマハ発動機は、創業から70年間、製品を通してお客様に感動を届けてきました。しかし、感動を届けるためには、人がどういう時に、なぜ、どうやって感動し、その感動がどういう効果をもたらすのかを理解していなくてはいけません。そのための取り組みを、私たちは「人間研究」と呼んでいます。
末神 翔
ヤマハ発動機株式会社/技術・研究本部 技術戦略部 ヒューマンサイエンスラボグループ グループリーダー、博士(心理学)
サイエンスとクリエイティブの連動が、この研究のユニークなところです。仮説を立て、データを収集し、論理的に分析するだけでなく、社内に蓄積されたクリエイターの感性や直観、暗黙知からも多くの示唆を得ています。
末神:この研究テーマのひとつが「ヒトとモビリティの関係性をアップデートする」ことでした。私たちは古くから「人機官能」という言葉を大切にしていますが、その本質を科学的に検証したのがこのプロジェクトです。
結果として明らかになったのは、「モビリティを意のままに操る身体的な一体感」と「モビリティを最も身近なパートナーとして感じる精神的な一体感」、この二つが人機官能の核心であるということ。それは、長年社員たちが暗黙裡に理解していた感覚でもありました。この暗黙知を形式知へと変換し、技術的に再現するための具体的な研究を進めたのです。
大阪大学の石黒浩先生にも加わっていただき、主観だけでなくホルモン分泌のような生理指標も計測しながら、モビリティに対する精神的な一体感が人に与える心理的影響を研究しました。その知見をもとにデザインとエンジニアリングを融合させて生まれたのが、2017年に発表したコンセプトバイク「MOTOROiD」です。モビリティを「生き物のようなマシン」として成立させ、人とマシンの新しい関係を未来に向けて提案しました。
末神:もう一つは、音楽のヤマハ株式会社との共同研究です。「ヤマハブランドとして目指す感動とは何か」を、客観的なサイエンスに、主観的な感性と体験に基づくクリエイティブを織り交ぜて理論化しました。
その成果をもとに開発された体験型インスタレーション「e-plegona」では、体験者の脳波を測定し、フロー(没頭)状態に入るプロセスを実証的に研究しています。さらに得られた知見を、製品や体験設計にどう生かすかを議論し、ヤマハならではの感動体験の条件を探ってきました。サイエンスとクリエイティブを交差させながら、ヤマハならではの価値・ヤマハらしさを追求しております。
これらは、まさに今日のテーマである「Visibility」の実践です。理論を体験に落とし込む、これも具体化という意味で「Visibility」といえるでしょう。そして、その結果として「ヤマハ発動機らしさ」が見えてくる。私たちの「人間研究」は、いくつかの次元の異なる可視化=Visibilityを目指している活動だといえます。
堀口:ここまでのお話の通り、ヤマハ発動機には本当にさまざまな側面があります。原点となるファウンダーの言葉、引き継がれるエスプリ、感動の哲学、サイエンスとクリエイティブの融合、アーティスティックなアウトプット…。お二人のお話だけでも、驚くべき深みをもったブランドだとわかります。
ただ、そうであるだけに、ビジュアルコンセプトを生み出すまでのサポートは容易ではありませんでした。どこをどう切り取れば、このブランドのビジョンと魅力を伝えられるのか。ディスカッションを重ねながら、感動体験の「入口」という点にフォーカスを当て、ビジュアルに落とし込んでいきました。
魅力的であるために新奇性は必要ですが、しかし一方で「変えてはいけないところ」をどこに定め、どう活かすかも重要です。
木下:感動体験の入口とは、つまり没頭することなんです。好きなことならば没頭できる。オートバイであれ、楽器であれ没頭すればしただけ、そのモノや体験に対するリテラシーが上がる。リテラシーの向上こそ、生活を楽しむことの条件である、というのはお話しした通りです。
このビジュアルの焦点を「没頭」に定めたのは、そこが感動の入口であり、その地点までお客様をいざなってくるのが私たちの使命だと考えたからです。フロー状態に入る瞬間をイメージしたこのビジュアルは、非常に象徴的で魅力的なものになったのではないかと思いますね。
小山:このビジュアルは、次のジャパンモビリティショーでお披露目になるということで反響が楽しみですね。感動、そして生活を楽しむことを、非常に深く哲学されていることに私自身とても驚きました。
そして「人間研究」ということで、サイエンスとクリエイティブを融合したさまざまな可視化を経て、「ヤマハ発動機らしさ」を伝えている。そのプロセスを詳細に語っていただきましたが、まさに本日のテーマ「Visibility」にふさわしい内容だったかと思います。本日は本当にありがとうございました。
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