vol.60
“ナイトタイムエコノミー”が日本経済をブーストさせる|ナイトタイムエコノミーのゆくえ
東京オリンピック・パラリンピック、大阪万博を控え、新型コロナウィルス感染症の影響で急速な落ち込みがあるものの、収束後は訪日外国人観光客の消費拡大の起爆剤として注目を集める「ナイトタイムエコノミー(夜の経済活動)」。「H(エイチ)」ではこの新たな文化・観光産業のさらなる発展を見据えた1DAYトークセッション「“ナイトタイムエコノミー”が日本経済をブーストさせる」を開催しました。
第3部「ナイトタイムエコノミーのゆくえ」では、ナイトタイムエコノミーを推進していくためには、日本の観光資源をどのように活用していくべきなのか。ナイトカルチャーの現場から見えているものは何か。官民が連携してできることには何があるのか。
ヒップホップ・アクティビストであり渋谷区観光大使ナイトアンバサダーのZeebraさん、クラブカルチャーを軸としたライブストリーミングメディア「DOMMUNE」を主宰する宇川直宏さん(オンライン出演)、F1ドライバーとして世界中を飛び回ってきた元自民党参議院比例区支部長の山本左近さん、観光庁ナイトタイムエコノミー担当の太田雄也さん、「六本木アートナイト」の立ち上げに携わった佐藤麻紀子さんといった官民のキーパーソンを迎え、その可能性を探りました。
タジリケイスケ(「H」編集長/以下、タジリ):本日は「“ナイトタイムエコノミー”が日本経済をブーストさせる」と題し、豪華ゲスト陣を迎えたトークセッションをお送りしています。第1部では「女性が主導する“夜遊び”のビジネスモデル」、第2部では「ポスト・クラブカルチャーに必要なもの」というテーマで議論を深めてきました。この第3部「ナイトタイムエコノミーのゆくえ」では、より広範で多様な側面から日本におけるナイトタイムエコノミーの可能性について議論していきます。まずは国が発表しているナイトタイムエコノミーのデータについて、観光庁の太田さんからご説明をお願いします。
太田雄也(観光庁、観光地域振興部観光資源課課長補佐/以下、太田):観光庁でナイトタイムエコノミー事業を担当している太田と申します。最近、訪日外国人旅行客が増えていることは、皆さんも肌で感じていると思います。実際、2011年に622万人程度だった訪日外国人旅行客数は、2016年には2402万人、2018年には3119万人と急速に伸びています。2020年には4000万人の訪日外国人旅行客の招致を目標にしています。
また、訪日外国人消費額に関していうと、2018年の時点では4.5兆円ですが、2020年には8兆円を目指しています。現在のところ、訪日外国人旅行客数の達成値は76パーセント、それに対して訪日外国人消費額の達成値は56パーセント。つまり、旅行客の人数は順調に増加しているものの、消費額が追いついていません。その現状を踏まえ、観光庁では訪日外国人の消費を活性化する材料のひとつとして、ナイトタイムエコノミーに注目しています。
タジリ:製品別輸出額と比較すると、2018年時点では訪日外国人旅行消費額は国内シェア第4位。2020年に8兆円という目標額を達成すれば、化学製品と並んで第3位になります。観光産業、そしてそのなかでも注目が集まっているナイトタイムエコノミーは、それくらいポテンシャルが高い分野ということですね。
太田:はい。訪日外国人旅行消費額を輸出のひとつとして考えますと、目標を達成できれば日本で第3位の基幹産業になるという期待を寄せています。
タジリ:渋谷区観光大使ナイトアンバサダーに就任されているZeebraさんにお伺いします。訪日外国人旅行客のナイトタイムエコノミーに対する需要は、これから伸びそうだという実感はありますか?
Zeebra(ヒップホップ・アクティビスト、渋谷区観光大使ナイトアンバサダー):そうですね。渋谷でも昼間からスーツケースを持った訪日外国人旅行客を昔より多く見受けますし、夜のクラブではイベントによっては半数近くが外国人です。その辺はだいぶ変わってきました。また、新宿では歌舞伎町商店街振興組合主催でアムステルダムのナイトメイヤーを務めるシャミロ・ヴァン・ディア・ジェルド氏を招き、ディスカッションを行うなど、最近はナイトタイムエコノミーに取り組もうという自治体が増えていると感じています。
タジリ:宇川さんはクラブカルチャーを軸としたライブストリーミングメディア「DOMMUNE」を主宰されています。19時から21時までは文化全般のトークショー、21時から24時までは世界中のDJがスタジオに訪れパフォーマンスを披露するという放送を毎日続けていますね。ナイトタイムエコノミーの当事者として、日本におけるナイトタイムエコノミーの課題と可能性をどのようにお考えですか?
宇川直宏(DOMMUNE、”現在美術家”/以下、宇川):世界中どこの都市も、それぞれ独特の観光資源、文化資源があります。それをベースにナイトタイムエコノミーにつなげていくことが大切だと考えています。原宿は“KAWAII”文化、秋葉原はオタク文化だけでなくマニアックな電化製品がたくさんある「未来都市」というイメージがあります。
では、渋谷の外国人からもたれているイメージはどうかというと、「レコードの街」なんです。90年代、渋谷は世界で一番レコードが集まっている街と言われ、世界中から観光客が集まっていました。つまり、渋谷の観光資源は「音楽」なんです。ベルリンにある世界的に有名なテクノクラブ・ベルクハインは、政府や自治体に大切な観光資源として扱われています。渋谷はベルクハインの例を参考に、音楽を軸としてナイトタイムエコノミーを考えるのがいいのではないでしょうか。
また、ナイトタイムエコノミーがデイタイムエコノミー(日中の経済活動)と接続されることも重要だと考えています。僕はいま瀬戸内に来ていますが、瀬戸内国際芸術祭に代表されるように、ここのデイタイムエコノミーは瀬戸内の豊かな自然のなかにある「現代アート」です。瀬戸内海の直島には有名な草間彌生の「赤かぼちゃ」がありますが、あれを一目見ようと世界中から人が集まってきます。『ナショナル・ジオグラフィック・トラベラー』イギリス版で、世界で訪れるべき場所をランキング化した「The Cool List 2019」が発表されましたが、その1位に瀬戸内が選ばれています。ちなみに2位は南極。なんと、瀬戸内が南極を抜いたんですよ。
瀬戸内がそれほど評価された理由は、自然と不自然の融合にあると思います。自然の空間に「現代アート」という不自然を投入することで、新しい観光地をつくる。それが資源となって瀬戸内が普及したという例を踏まえたうえで、その土地のデイテイムとナイトタイムそれぞれの観光資源について考えていけば、訪日外国人旅行客に刺さるプレゼンテーションができるのではないかと思っています。
Zeebra:昼と夜、あるいは異なる文化の融合で新しい価値を生み出すという意味では、Abema TVの『10億円会議 supported by 日本財団』という番組の事例も参考になると思います。以前この番組で審査員をやらせていただいたんですが、「お寺でヒップホップフェスをやりたい」という東大生の企画が通り、日本財団の資金提供のもと実現したんです。僕も招待され青山の善光寺で行われたイベントに行ってきました。お寺は昼間に行ってもすばらしいですが、夜にライトアップされた光景を見ると、また違った魅力を発見できます。そういう意味で、夜のアートはおもしろいですね。
訪日外国人観光客が増えるに従って、いろんな意味でのワールドスタンダードが求められるようになります。それと同時に、ワールドスタンダードに対し日本の「ならでは」はどこにあるのか?ということも重要になってきます。もしかしたら、そこからお寺や神社という発想に繋がるケースもあるかもしれません。
タジリ:さまざまな海外の都市を見てきた山本さんは、日本のナイトタイムエコノミーにおける課題はどこにあると考えていらっしゃいますか?
山本左近(元自民党参議院比例区支部長、元F1ドライバー/以下、山本):ヨーロッパ諸国を中心に世界を周ってきた経験からお話すると、日本は夜に活動できる場所は充実していると思います。日本のように深夜までお酒が飲める国は、世界的に見ても実は自由度が高い。その点も含めて日本は夜に活動するためのポテンシャルを持った国なのではないでしょうか。スターティングポイントは悪くないと思います。
Zeebra:深夜までやっているコンビニエンスストアもたくさんありますし、たしかにこれほど夜中までいろんなことができる国はあまりないですよね。
タジリ:日本は既に充実したナイトタイムエコノミーのコンテンツを所持している一方、訪日外国人旅行客には日本の夜の楽しみ方が分からない。この格差はどのようにお考えですか?
山本:たしかに、情報の伝え方や言語の壁、文化の違いなどによって、訪日外国人旅行客にとってはまだわかりづらいところがあります。そこは改善していくべきでしょう。
Zeebra:最近、訪日外国人旅行客は「トリップアドバイザー」で情報収集をしています。それは日本のメディアがまだうまく情報発信をできていないということの裏返しでしょうね。
宇川:その通りだと思います。世界的に有名なクラブミュージックのインターネット放送局「BOILER ROOM」の日本支部の役割を「DOMMUNE」が担っているのですが、先日「BOILER ROOM TOKYO」として、渋谷のクラブ、Contact Tokyoでイベントを行いました。すると、開催2週間前の告知に関わらず、600人前後のキャパシティの会場に800人のお客さんが集まったんです。つまり、「BOILER ROOM」というネットでの拡散能力を持っているチームとタッグを組んだら、一瞬でそれだけの人が集まるということです。ナイトタイムエコノミーの文化をつくっても、そこからどうやって拡散していけば良いのか。ネットを使って消費者に届くまでの情報デザインをもう少しうまくできたら、すごく大きなうねりになると思います。
タジリ:佐藤さんは寺田倉庫「鉄工島フェス2019」のマネージングディレクターをされていますが、前職の森ビル株式会社では「六本木アートナイト」の立ち上げにも関わっています。立ち上げにあたって海外のリサーチをされたそうですが、注目すべき事例をいくつかご紹介いただけますでしょうか?
佐藤麻紀子(寺田倉庫「鉄工島フェス2019」マネージングディレクター/以下、佐藤):「六本木アートナイト」を立ち上げた2009年は、まだいまのようにナイトタイムエコノミーという言葉は浸透していませんでした。夜にアートを楽しむという感覚も一般的には薄かったと思います。しかし、リサーチを進めると、世界中で夜のアートフェスティバルが開催されていることが分かりました。
例えば、「Nuit Blanche」という夜型のアートイベント。パリ、ブリュッセル、コペンハーゲンなど30都市以上で開催されており、長年続いている都市もいくつかあります。アートイベントによってアートが街中にインストールされると、街全体の景観や景色が変わるんです。それを見て体験するためにたくさんの人たちが集まる光景を何度も目にしてきました。
もうひとつの事例として挙げたいのは、年に一度、アムステルダムにある57カ所のミュージアムで同時開催されるイベント「ミュージアムナイト」です。共通チケットですべての会場に入ることができ、深夜2時までオープンしています。通常、美術館は静かに過ごすことが求められますが、イベントによってはDJタイムもあります。そういったナイトタイムならではのコンテンツも取り入れられているのです。
タジリ:そうした海外のリサーチも踏まえて立ち上げられた「六本木アートナイト」は、日本のナイトタイムにアートを持ち込んだことで大きなインパクトを与えました。
佐藤:正直、最初はどうなるか想像がつかないところもありました。しかし、いざフタを開けてみれば、55万人が六本木の街に詰めかけました。デイタイムとナイトタイムの文化資源の接続という話でいうと、六本木はたくさんの美術館やギャラリーが集積しているアートの街です。それを夜のストリートにまで広げることでおもしろみを感じていただき、たくさんの来場者に一晩中アートや街歩きを楽しんでもらえました。
タジリ:「六本木アートナイト」実行委員会には、国立新美術館、サントリー美術館、東京ミッドタウン、21_21 DESIGN SIGHT、森美術館、森ビル、六本木商店街振興組合が名前を連ねています。これらをうまく巻き込んで実施する相当な説明や説得が必要だったのではないかと思います。具体的に、どのように六本木の街と連携を図ったのでしょうか?
佐藤:そもそも「六本木アートナイト」の立ち上げの話は、東京都からの相談が始まりでした。オリンピックを開催するには文化的にも成熟した都市でなくてはならない。そこでオリンピック招致に向け、文化的な成熟度を示すために東京都主催の文化事業を行いたいという東京都の意向があり、その話が前職の森ビルに持ちかけられたんです。サントリー美術館や国立新美術館に対しては「行政が本気になって取り組もうとしている」という点で説得しました。
Zeebra:オリンピックは強いですよね。風営法の改正も、最後の決め手は東京オリンピック開催の決定だったと言われています。さらなる訪日外国人旅行客の増加に対して、彼らが夜遊びに行くところがすべて非合法というわけにはいかない。それが最後の後押しとなりました。
佐藤:そういう意味ではオリンピックは文化の庇護者ですよね。アートナイトの話を続けると、国立新美術館やサントリー美術館以外にも、近隣住民の説得が必要でした。そのためにわれわれ実行委員会は、町内会長のところに地道に足を運び続け、その結果「せっかく足を運んでくれたんだから」と町内会長も心を開いてくれました。最終的には、人と人とのつながりなんです。
Zeebra:僕も道玄坂商店街の会長からよく電話が入りますよ。「おお、いまZeebraくんのファンがいるんだけど、電話を変わっていいか?」とか(笑)。
佐藤:そういう人たちの協力がないと、夜の活動もできないんですよね。地元の人に反対されてしまうと元も子もないので。
Zeebra:当たり前のことですけど、自分の家の前で夜中に騒がれたら、誰だって怒りに行きますよ。
山本:本日の皆さんのお話を伺っていると、「ボーダーレス」がキーワードになっていると感じます。デイタイムとナイトタイムの接続という考え方もそうですし、美術館とストリートの境界を曖昧にするというのもそうです。例えば、海外のレストランだと夜になると音楽のボリュームがだんだん大きくなり、照明も暗くなってくる。まだディナーを食べている人がいても、隣ではクラブ状態で踊っている。そういったところが結構あります。イベントとしてアートが存在することも重要ですが、日々の生活のなかにアートが溶け込んでいる状況も海外では珍しくありません。
Zeebra:たしかに海外ではそういうレストランが多いですよね。日本でそういう文化が根付いていない理由のひとつは、もしかしたら学校教育が関係あるのかもしれません。欧米では小学校や中学校でダンスパーティーが普通に行われています。踊ることに慣れているんですよ。日本でも同じことをやれとは言いませんが、グローバル化が求められているいまはそういった部分に目を向けてもいいとは思います。
以前に渋谷区の広尾中学校で、ハロウィンパーティーをやらせていただいたとき、仲間のDJや生徒と同年代の中高生ラッパーやダンサーを連れて行きました。地域の住民は誰でも参加可能にしたのですが、最後には中学生はもちろん、小学生までステージ上にたくさん登って踊っていました。
佐藤:学校教育とアートの話をすると、欧米では子どものころから学校の先生が美術館に連れて行き、「この絵はどう見える?」と対話型の教育をしています。そのおかげで美術の鑑賞に慣れている大人が多く、アートイベントと親和性が高いです。日本では親も学校もそういう教育はしないですよね。三つ子の魂百までではありませんが、育った環境は大人になってからも影響していると感じます。
タジリ:それはすごく感じますね。日本でも音楽はみんな小さいころから聴いているので、大人になって自分がどんな音楽が好きか伝えられます。しかし、アートは自ら進んで触れている人でないと、好き嫌いの分別もできない。教育によって文化的素養を鍛えることは、ナイトタイムエコノミーの発展を後押しするかもしれません。
タジリ:さて、ここまでは音楽やアートを中心に話を進めてきましたが、それ以外のナイトタイムエコノミーの取り組みにはどのようなものがあるのか。太田さんから伺いたいと思います。
太田:実は行政がナイトタイムの文脈で遊び心を出している事業を支援している例はいくつかあるんです。例えば、「最先端観光コンテンツ インキュベーター事業」の助成金を助成した神田明神では、年に数回、21時くらいまで縁日を開催する「江戸東京夜市」という試みが催されています。この取り組みは、ナイトマーケットが観光名所になっている台北やタイに倣い、日本の縁日も同じようにできないかという発想から始まりました。今年は試行的に国から助成を出しており、今後も定着したらいいと思っています。
タジリ:これまで縁日は夏の催し物という印象でしたが、年間を通してやるようになったら、訪日外国人旅行客の認知も高まりそうですね。
Zeebra:絶対にいいですね。日本人の自分も行きたいなと思いますから。
太田:地方のナイトタイムエコノミーの事例としては、河口湖の隣の富士吉田市があります。富士吉田市はもともと繊維業が盛んで栄えていましたが、最近は活気がありませんでした。一方で、隣の河口湖には訪日外国人観光客がたくさん来ていますが、河口湖畔は夜にやることがない。そこで、富士吉田のスナック街を有効活用できないかという話になったんです。昔ながらのスナック街の味わいを残しつつリノベーションし、河口湖畔のホテルからスナック街への交通手段も整備しました。どれくらい訪日外国人観光客が訪れお金を消費してもらえるか。いまはその実験をしているところです。
タジリ:新宿のゴールデン街のようなものを地方にも立ち上げようという試みですね。
太田:地方のスナック街は、実は訪日外国人観光客向けの観光資源になる。この発想はウルトラCだと思います。
タジリ:ご紹介いただいた事例のように、近年はナイトタイムエコノミーの取り組みに国の助成金が付くようになりました。それにはどのような背景があるのでしょうか?
太田:訪日外国人旅行客が浅草や地方の観光地に行っても、夜はやることがないからお金を使って楽しめない。そんなふうに困っている訪日外国人旅行客は少なくないはずです。そんな彼らに「こんな新しい日本の夜の楽しみ方はいかがですか?」と提案することで、旅行消費、そして日本経済を活性化させることができるのではないか。東京オリンピックも控えているなか、そのようなストーリーがいろんな方のおかげででき上がってきました。だからこそ、ナイトタイムの取り組みに初めて政府の助成金が付くようになり、官民協同の取り組みが増えたのです。
実際にやってみると、民間の方はたくさんの魅力的な提案を出してくださりました。こうした取り組みを通して、初めてナイトタイムエコノミーが花開いていくと最近は実感しています。
タジリ:太田さんにご紹介いただいたナイトタイムエコノミーの取り組みの事例は、訪日外国人旅行客の視点に立ったからこそ発想できたものだと感じます。東京オリンピックを控え、訪日外国人旅行客が増えていくなかで、行政としてできることも変わってきているという実感はありますか?
太田:いい意味で訪日外国人旅行客からのプレッシャーがいろいろな省庁にかかることによって、新しい行政のうねりが生まれる気がしています。例えば、絶滅危惧種である西表島のイリオモテヤマネコは立ち入り禁止区域に保護され、環境省によって触れてはいけないというルールが敷かれました。
しかし、訪日外国人旅行客からのニーズにともない、1日につき数名限定で、高めに設定した料金で見学できるようにし、代わりにその収益を自然保護のために遣うというアイデアも出ています。いままで日本人の感覚だけでは許されないとされていたものも、訪日外国人観光客の視点を取り入れれば新しい提案にもつながると感じています。
Zeebra:太田さんから富士吉田市や西表島のお話がありましたが、特に地方のナイトタイムエコノミーに関しては、訪日外国人旅行客の存在が大きいと感じます。われわれ日本人が地方に行くと「ここは夜に遊ぶところは何もなさそうだから明日は早起きしよう」という考えになりますが、最初からそういうものだと思っているので不満もない。しかし、訪日外国人旅行客はそういうわけにはいきません。彼らが夜楽しめるところをつくるという観点が芽生えることで、ナイトタイムエコノミーについて初めて考える地方自治体は多いと思います。
タジリ:宇川さんは、どういったところに地方の可能性を感じていますか?
宇川:いまは地方で芸術祭が盛り上がっていますよね。福島、山口、香川、札幌、ロンドン、ムンバイなど、国内外のさまざまな地域の芸術祭に「DOMMUNE」が呼ばれ、サテライトスタジオをその地域でつくるというプロジェクトに取り組んできました。われわれもスナックの有効活用という文脈を掘っていて、大体はスナックや風俗ビルをスタジオにします。そして、昼に芸術祭に行った人たちに、夜は「DOMMUNE」に集まってもらう。つまり、昼の芸術祭とセットで夜は「DOMMUNE」が引き受けますよ、という動きをやってきました。
ただ、地方のナイトタイムエコノミーを本当に活性化させるには、その地域の人口を増やさないといけません。一過性の打ち上げ花火だったらいくらでもできますが、特に若者が根付いていないとナイトタイムエコノミーは廃れていく。重要なのは地域の住民を育てていくことなんです。そのためには、まずは地方のシャッター商店街について考えることから始めた方が良いと思います。
僕の故郷でもある香川県高松市には、丸亀町商店街という再開発に成功した商店街があります。とても賑わっていて、世界中から視察団が集まってくるほどです。彼らがやったことは、消費者を導くのではなく、生活者を呼び戻すことでした。具体的には、商店街の2階以上を全部マンションにして、商店街のなかに人が住めるようにしたんです。
Zeebra:つまり六本木ヒルズみたいなものですよね。
宇川:まさにそのとおりです。六本木ヒルズの発想を地方に持ち込み、まず商店街を活性化させようとしました。しかも、商店街のなかには医療モールも完備しています。幼稚園や小学校も商店街のなかにつくりました。僕はこれこそが21世紀のトレンディな住居空間だと思っています。この発想があれば、地方の商店街は活性化しますよ。そしてそれが、地方のナイトタイムエコノミーの持続的な活性化につながると考えています。
タジリ:ここまでさまざまな側面からナイトタイムエコノミーの可能性を探ってきました。しかし、まだ課題も残っていると思います。ひとつの大きな課題は、夜間の交通アクセスです。ニューヨークやロンドンは24時間体制の交通網が整っていますが、日本では夜間の交通アクセスがもっと便利になる可能性はあるのでしょうか?
太田:鉄道会社に対して、「ニューヨークの地下鉄は24時間動いていますが、日本でも年末年始以外に同じことができないのでしょうか?」と聞いてみたことがあります。しかし、ニューヨークと日本では路線のつくりが違うため難しいという返答が返ってきました。ニューヨークは複線構造のため、ひとつの路線を止めても、もうひとつを動かせます。一方で日本は単線構造のため、点検が必要なときは路線を止めなくてはなりません。
とはいえ、オリンピックに向けて見直しも図られています。オリンピックの際、いまの終電の時間では、会場から帰れない方がいるかもしれない。そこで開催期間中は、深夜2時くらいまで終電を延ばすという計画もあります。1カ月以上終電を延ばすという試みは、オリンピックで初めて行われるものです。そこで事故や問題が起きず、需要があり、消費が活性化したとなれば、今後終電時間が変わっていく可能性はあるかもしれません。
Zeebra:ナイトタイムエコノミーを活性化させるうえで、夜間の交通アクセスが必要なのは間違いありません。「終電を逃したら朝の5時まで帰れなくなる」と考えると、夜遅くまで出かけるのを躊躇するのは普通です。風営法の問題のときにわれわれがよく主張していたのは、クラブは夜に帰ることができなくなった人たちが朝までいれる場でもあるんだ、ということでした。
佐藤:オリンピックをきっかけに1カ月以上にわたる夜間運行の試みが行われれば、インフラ的な問題は解決できるはずですよね。「六本木アートナイト」も夜中の足がないと困るだろうということで、初年度からターミナルステーションへのバスを朝まで出しています。そういった夜間運行のニーズがある機会をわれわれが増やしていくことが、事業者を動かすことにつながるかもしれません。
Zeebra:猪瀬直樹さんが東京都知事だった時代に、「都市の24時間化」を目指した施策の一環で、六本木と渋谷をつなぐ終夜バスがありましたが、うまくいきませんでした。それは六本木~渋谷間の回遊を目的としていたものでしたが、人々の需要は回遊ではなく帰宅にあったんです。深夜の交通網を整備するにしても、そこは念頭に置いておく必要がありますね。
タジリ:それでは、最後のテーマに移りたいと思います。日本にはテクノロジー、食、建築、豊かな自然など、たくさんの観光資源があります。これからナイトタイムエコノミーを活性化させるにあたって、皆さんは特にどの分野に可能性を感じていらっしゃいますか?
山本:先ほど宇川さんからは瀬戸内を例に自然と不自然の融合のお話を、そしてZeebraさんからはお寺でのヒップホップイベントの事例についてお話していただきました。それぞれのお話を受けて、やはりどれか単一の要素を伸ばすことではなく、複数の要素の掛け算が大事だと感じています。そう考えると、日本の多様な観光資源を組み合わせるキュレーターやプロデューサーが全国各地に点在していくことが重要なのではないでしょうか。
最初に太田さんからお話があったように、日本は2020年までに訪日外国人消費額をほぼ倍にする目標を立てています。太田さんは何によってその目標達成ができると考えているのか、伺ってみたいです。
太田:それは私がよく財務省から問われていることですね(笑)。確かに4.5兆円から8兆円へ、という目標設定は大きなものです。実際、ナイトタイムエコノミーでそのすべてを賄えると思ってはいません。宿泊費や飲食費や娯楽サービス費なども含めて、総合的に考えていくべきです。
まず宿泊費に関して、日本には海外の富裕層が泊まりたい10万円以上のホテルが全然足りていないという現状があります。しかし、5つ星ホテルを一から建てるのは時間がかかります。そこでいまは、お寺やお城を宿泊施設にするという取り組みを行っています。お寺で朝に座禅をし、写経をして、滝に打たれるという非日常体験を訪日外国人観光客は楽しんでくれます。彼らにとっては、お寺に泊まるだけで日本文化が感じられるわけです。和歌山に恵光院という宿坊があるのですが、そこはWi-Fiが飛んでいて、キャッシュレスにも対応しています。いまは外国からのお客様が7割だそうです。
宇川:いま僕が泊まっている瀬戸内リトリート青凪は、もともとは大王製紙が所有していた安藤忠雄設計の美術館でした。このように、これまで宿泊施設として機能しなかった、日本が誇れる場所をどんどん宿泊可能にして訪日外国人観光客にプレゼンテーションしていく。こういった試みも必要だと思います。
太田:目標値達成には飲食費も重要です。訪日外国人観光客が日本に来る目的は、1位が日本食、2位がお酒。実は日本の1番のコンテンツは食べものなんです。例えばクラブは、シャンパンやテキーラのショットというイメージが強いですが、樽酒は出てこない。せっかく日本の来てもらっているのだから、日本のよさをクラブで出してもいいのではないか、という話もあります。
Zeebra:本当にその通りだと思います。最近、六本木に「禅 ZEN」というネオジャポネスクな雰囲気のクラブができました。私の世代からすると80年代を思い起こさせるところがありますが、やはり海外の方は好きだと思います。洋と和がうまくミックスアップされたものは、もう少し普通にあってもいいですよね。
タジリ:では最後に、これからナイトタイムエコノミーに取り組んでいこうという人たちに対して、具体的にどういったことをすればチャンスをつかめるのか、アドバイスがありましたらお願いします。
佐藤:山本さんが指摘されたように、コンテンツの横断は重要だと思います。「六本木アートナイト」は現代美術だけではなく、音楽やパフォーマンスも取り入れたからおもしろがってもらえた側面があります。私自身もそういった横断を推進できるようなプロデューサーを目指しています。
宇川:中心都市の文化資源を生かすという意味では、音楽とアートの復権は大切です。ただ、これまでの議論であったように、ナイトタイムエコノミーは中心都市だけの話ではありません。地方特有の文化をどういったかたちで育み、それを夜の文脈とつなげていくかが大切になります。地方を発展させたいなら、消費者ではなく居住者を呼び戻すという軸から考えていけば成功するのではないでしょうか。
タジリ:ナイトタイムエコノミーのさらなる発展のためには、各地域の特性を理解したうえで、複数の観光資源を有機的に組み合わせるプロデューサー的な視点が求められていること。また、地元住民からの理解と協力、そして教育や交通といった社会的インフラの整備も不可欠であることがわかりました。これからは官民協同の試みもさらに増えていくことでしょう。皆さん、本日はありがとうございました。