vol.2
AI時代を生き抜くアート的思考
AIによって社会に大きな変革をもたらされる昨今において、これからのビジネスパーソンに求められるものとは何でしょうか。高度成長期に確立された日本のビジネスの「常識」がゆっくりと破綻しつつあるいまだからこそ、「自分なりの価値観」を打ち立てていくことが重要。そう話すのは、株式会社スマイルズ代表の遠山正道さんとコンサルタントの山口周さんです。
おふたりが考える「これからのビジネスパーソンの生き方」とはどのようなものなのか。11月24日に開催された『IMA』企画のトークイベントの様子をお伝えします。
太田睦子(『IMA』エディトリアルディレクター/以下、太田):本日は「美意識とビジネス」をテーマにおふたりにお話を伺っていきたいと思います。まずは、遠山さんからご自身のこれまでの活動についてお話しいただきたいと思います。
遠山正道(株式会社スマイルズ代表取締役社長/以下、遠山):私は現在スマイルズという株式会社を経営しています。これはもともと、三菱商事の社内ベンチャーとしてスタートしたものです。三菱商事とスマイルズの違い、もちろんたくさんあるんですけれど、一言でいえば「人生」です。つまり、仕事と人生がそのまま重なっている。サラリーマンとして働いていると、人生という言葉ってなかなか仕事のなかに出てこないですよね。「仕事」と「人生」って、まずスケールが違いますからね。でも私は、喜びとか、やる気とか、決意とか、センスとか一人ひとりの「人生」が仕事と重なった方が、サラリーマンにとっても会社にとっても有効なんじゃないかなと思ったんです。
遠山:「Soup Stock Tokyo(スープストックトーキョー)」を始めたときの企画書には、「共感」と書きました。スープというものに対して共感してくれるお客さんや仲間が集まって関係性をつくっていくことが事業の軸でした。自分たちがいいと感じて作っているから、自分たちらしいものになるし、ひとにも伝わるんですよね。だから、まず大事なことは「やりたいからやる」ということ。やろうと思ったことを、素直にやっているということなんです。しかし、ふと周りを見渡すとうちが浮いているんですよね(笑)。ちょっと特殊というか、変わっているように見える。でも、われわれは全然そんなつもりはないんですよ。むしろ周りも周りで、それなりに特殊だなと思います。
周りの人たちはずっと決まったことをやっているというか、無理しているように見えます。かたちが決まった箱の中に自分を無理やり押し込んでいるというか。20世紀にできた社名で、20世紀にできた商品と営業スタイルと人事制度をいまだに使っている。それって不自然な気がするんですよね。だから、われわれはそういうふうにはやらないんです。
遠山:商売に大切なことって何でしょうか。たとえば、どんな業種・業態でやっていくのか、市場のニーズはどうなっているのか、価格設定はどうしよう、採算をどう合わせるか。いろいろ考えることはありますよね。だけど、本当に大事なことって別にあるんじゃないですか? 「おいしさ」とか、「想い」とか、お客さんが喜ぶ「いい雰囲気」とか。「いや収益を考えることは大前提だから」って言われるかもしれません。でも、仕事になると途端にこんな話をしなくなっちゃうでしょう? わかりやすく可視化された「数字」とか、そういうものに絡め取られていますよね。だから、もっと普通に、大事なことだけをわれわれは考えていけばいいんじゃないかなと思うわけです。
今日は美意識やアートがテーマなので、「非合理」について触れます。私は1985年に三菱商事に入りました。入社して10年たったころ、「このまま定年を迎えても自分は満足しないだろうな」と思って、なんかやんなきゃと思いました。それでなぜか絵の個展を開いたんです。まったくもって合理的に説明できませんよね(笑)。
でも、いまから思えばそれがよかった。思いがけずいい結果を生んだんです。好きで始めたことですけど、でも「やりきる」というのは結構大変で。絵を描いていて仕事を疎かにすると「絵なんか描いているからだ」って必ず言われるでしょう? だったら、仕事もちゃんとパフォーマンスを上げていかないとなって。仕事の推進力になった。
合理的に説明できることは合理的な説明で打ち返されます。でも、商社の人たちからすると「絵の個展を開きます」なんてよく意味がわからない。だから、論破されたり、全否定されたりせずに、なんだかよくわからないうちにできました。
絵を描くというのはすごく不思議な行為です。キャンバスを自分で買って、誰にも頼まれてないのに裸の女の人の絵とか、富士山とかを鉛筆や筆で描いていく。完成したら自分で壁にかけたりとかして。実は私、それまでそういうことをやったことなくて。そもそも筆も持ってなかったし(笑)。でも、個展をやるっていうことを先に決めちゃったんですね。描きたいなと思ってしまったから。世の中のことじゃなくて、自分のことだったら誰も否定しようもないんでね。この経験がひとつのきっかけで、今日に至っています。スマイルズはこの個展にかなり影響されていると思います。だから、うちは商社みたいに合理的ではないんです。
遠山:うちはマーケティングという概念がない。たとえばアーティストが「来年個展開くんですけど、なんの絵描いたらいいですかね」ってお客さんにアンケート採らないですよね。お客さんにアンケートを採って上位3つ描いてみました、なんてことはありえないじゃないですか。でもビジネスだとそうなってしまうのはなぜでしょう?
ビジネスももともとは何かやりたいことがあって会社をつくった、きっとそういう順番ですよね。われわれはただ「誰が、何のために、このビジネスを始めたのか」ということを忘れずにやっているだけなんです。その気持ちをいつも大事にしています。
普通にモノを売ろうと思ったら「ターゲット」とかを考えるじゃないですか。でもそういうのって実は、不遜な態度かもなって思うんです。いいモノをちゃんと提示すれば、グッチの80万円のジャケットを持っている人でものり弁を買ってくれる。いま、自分を「大衆」なんて言う人はいないわけです。一人ひとりに「自分らしさ」がある。マーケティングして、ターゲットを明らかにして作戦どおり売っていくみたいなのは、ちょっともう違うかなという気がします。
遠山:銀座に5坪の土地を借りて一冊の本を売る「森岡書店」を森岡督行くんと一緒に始めました。小さいけど、フランスのカルフールの役員がインタビューに来たりとか、イギリスのガーディアン誌が取材してくれたりとか、すごく賑わっています。
あと直島の隣の豊島で、檸檬ホテルという「作品」をつくりました。実際に泊まれます。それはうちの酒井啓介くんが、東京の家を売って夫婦で香川県に移住したことから始まりました。このあいだ、『Discover Japan』さんが『厳選 ニッポンの一流ホテル&名旅館』というムックの表紙に檸檬ホテルを起用してくれました。ホテルオークラとアマネムのあいだに檸檬ホテル、みたいな(笑)。
両方とも小さいのでリスクが少ないから、思い切ったことができるんです。森岡書店は1冊の本しか売らないし、檸檬ホテルは1日1組ですから。個人のアイデア、センス、コミュニケーション能力、情熱、リスクが仕事とそのまま重なってくる。仕事と人生が重なってくるんですよ。
太田:遠山さん、ありがとうございます。ビジネスに対してもアートに対しても、われわれは固定概念を持っています。それを大きく拡張していただくようなお話だったと思います。次に山口さんのお話に移ります。山口さんの『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』(光文社新書)は、アマゾンの新書芸術部門1位を現在も独走状態です。お読みになった方も多いかと思います。弊社アマナでも推薦図書のようになっていて、多くの社員が読んでいる本です。先ほどの遠山さんのお話を受けて、山口さんが書かれたことを思い返すとより腑に落ちますね。
山口 周(コーン・フェリー・ヘイグループ シニア・クライアント・パートナー、文筆家/以下、山口):ありがとうございます。まず話の冒頭に、皆さんに質問をしたいと思います。「地球がこの先ダメになって、スペースコロニーに移住しなくちゃならないとなったらどんな文化遺産を持って行きますか? 僕は国民投票をした場合に何が選ばれるかなということをよく考えます。天目茶碗は持っていきたいなとか、長谷川等伯の《松林図》とか「桂離宮」とか、槇文彦さんの《ヒルサイドテラス》とかいろいろあります。
山口:ここでちょっと考えていただきたいんです。皆さんが選んだもののなかに、20世紀以降につくられたものがどのくらい入ってくるか。あるいは、21世紀につくられたものがどれくらい入っているか。僕たちは日々地球の資源を蕩尽してモノをつくり出しているわけです。特に日本では、それこそ心身を困憊させて、命を縮めるように働いた結果としてモノが生まれてきている。
しかし、そうして生み出したもののうち、未来の子孫に引き継ぐにふさわしいものがどれくらい残せているのか、ということは考えなくてはならないと。実際は「なんでこうなっちゃったの」という残念な仕上がりのものが結構あります。
たとえば、スワンボートってありますよね。あれは誰かがデザインして、別の誰かが「なかなかいいな」と言い、さらに別の誰かがスポンサーになって、お金をつけてつくっている。でも、誰かが途中で「なにこれ、やばくない?」と言い始めて普通の木のボートに変えていれば、こういうひどいデザインのものはなくなるわけです。イギリスの湖水地方のボートって、本当に綺麗なんですよ。自然の風景にマッチしているんですが、このスワンボートはその点ダメですよね。なんでこうなっちゃったのかなと。
そういうものは他にもたくさんあります。日本の商店街にありがちな「ぐちゃぐちゃ電線」、看板が無秩序に乱立する景色、道路沿いに唐突に出てくるバカでかい交通安全標語とか。子どものときって「世界制服を企んでいるような悪い奴がいて、そいつらが世の中を悪くしている」って思っていませんでした? でも大人になって「普通の会社」の「普通のビジネスマン」が世の中を悪くしているのではと気付いたんです。スワンボートも、電線も、看板も全部誰かがつくっている。とすると、僕たちが見ている風景って「普通の会社の普通のビジネスマンたち」がつくっているんですよ。
山口:日本のサラリーマンはものすごく辛そうにしているし、自分の仕事へのプライドも持っていない。自分が思う風景も綺麗じゃない。でも、ビジネスって世の中の正しいこととか、美しいこととか、いいことを後押しするためのものですよね。個人ではできない改善を組織としてやっていくというのがビジネスの意義です。
じゃあ、そういうのは何がどうやって決めているんでしょうか。つまるところ、僕は「サイエンス」と「アート」のバランスだと思っています。サイエンスは、論理思考とか経営学的なリテラシー。真なるものは自分の外側にある、論理思考や企業価値。善なるものは業界のルールや裁判所の判例が決める。美なるものは、市場調査・他者ベンチマークが決める。
しかし、もうおわかりのとおり、サイエンスによる判断には、「個人の意思」というものが介在しないんです。要するにサイエンスに偏重すると、「真・善・美」を自分で決められない。そんな状況で働いていては、そもそも自分を抑圧しているわけですから心身は困憊していきますよね? だから僕は「もうちょっと寄り戻したら?」と本で提案したわけです。
山口:でも注意してほしいのが、サイエンスを全否定してもダメだということ。資本主義という枠組みはなかなか強固で崩せないので、そこを逆手に取るようなやり方ができるといい。ですから、真の判断にはインスピレーションを導入し、善なるものの判断には道徳とか倫理とか、そこに関わる人たちの豊かさが増すかどうかを基準にします。そして美なるものは、感性とか審美眼で判断すればいいのではないか。
「サイエンス」と「アート」と言うと、トレードオフの関係に捉えられがちです。商業的な成功を追求して思考がサイエンスに偏ると、個人の感情や美意識のようなアート的な要素が犠牲になるというように。でも、僕はトレードオフじゃないと思っているんですね。むしろサイエンスにアートをブレンドすることで経済的価値も上がるだろうと思っています。
たとえば、2007年の日本の携帯電話市場がわかりやすいです。この年に初めて、日本でiPhoneが発売されました。これまで日本は市場調査というサイエンスに基づいて、各社企業秘密で商品開発をしているはずなのに、どこも同じような携帯電話ができあがった。しかしアップルだけは、サイエンスにアート、つまり独自の感性による判断をプラスしたことで、いまのように半分近いシェアを獲得したわけです。
山口:僕はイノベーションの研究をずっとやっています。過去20年に大きなイノベーションを起こした人にインタビューするということを10年間くらいやってきました。それで、はっきりわかったことがひとつあったんです。
それは「イノベーションを起こそうとしてイノベーションを起こした人はいない」ということ。昨今の日本企業って「イノベーションを起こせ!」と言ってイノベーション推進室とか部署をつくったりしています。でも実際イノベーションを成し遂げた人に聞いてみると、決して誰かに言われて革新的なことに挑戦したわけじゃないんです。
彼らは「こういうことができたら痛快だと思ったから」とか、「かわいそうな人がいるから助けてあげたい」とか、ものすごく具体的なアジェンダを持ってやっているだけなんです。結果的にテクノロジーを使ったり、大きな経済価値につながったりしているだけで。それを後追いで世の中がイノベーションと言っているにすぎません。
山口:「儲かるから」という理由でイノベーションを起こそうとしていた人はいません。世の中で解決したいアジェンダがあるから、なんらか「意味のあることをしたい」という想いがイノベーションを生むということです。
では一方で、いま真面目に仕事をやっている世のビジネスマンはどうなのか。彼らは言うなれば「不真面目な優等生」です。アドルフ・アイヒマンというドイツ軍人は、ユダヤ人を効率よく虐殺するシステムをつくった人です。彼はヒトラーに評価されて出世したいという真っすぐな想いで、そのシステムを開発して運用した。
しかし、そのシステムの存在自体の善悪は判断しなかった。何が言いたいかというと、世界を悪い場所にしているのは悪人じゃないんです。みんな真面目な人なんです。だけど、真面目な人ほど自分が所属しているシステムの意味を問うことをしない。
しかしそれがいちばんタチが悪い。なので、「不真面目な優等生」ではなく、「真面目な不良」が増えるといいなって思うんです。例えば、ジョン・レノンのような。世の中を引っかき回すようなとんでもないやり方で、他者の豊かな人生をサポートするようなビジネスパーソンが増えたらいいですよね。
前時代的なビジネスシステムに、「やりたいことをやる」という自分ならではの感性をプラスしていくことが大切だと語る遠山さん。一方山口さんは、論理的思考=サイエンスにアートをブレンドしていくことの重要性を説きます。ほとんど疑われることがなかったビジネスの常識を、「自分でアレンジしていくこと」がいま求められていると言えるでしょう。では、その具体的な方法とは? 「美意識」を活かしたビジネスの実践をめぐって、トークは後半へと続きます。