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ミシュランは時代遅れ?新勢力に潜む巨大なビジネスチャンスとは
11月17日、『料理通信』企画によるトークイベント『ミシュランは時代遅れ?新勢力に潜む巨大なビジネスチャンスとは』(後日リンク入れる)が開催されました。登壇いただいたのは「The World’s 50 Best Restaurants(世界ベストレストラン50)」の日本評議委員長を務める中村孝則さんと、実業家であり美食家でもある本田直之さん。
世界を巻き込む「食」の最新トレンドがもたらすビジネスチャンスとは何か。食とビジネスの新たな可能性について、世界の料理トレンドに精通するおふたりに語っていただきました。以下、そのイベントの模様をお伝えします。
君島佐和子(『料理通信』編集主幹/以下、君島): 今日の話題の中心になる「世界ベストレストラン50」ですが、会場の皆さんはどれくらいご存知でしょうか? レストランの評価機関としては、おそらくミシュランの方が知名度は高いと思います。しかし、近年その状況にかなり変化が起きていて、実はミシュランよりも、「世界ベストレストラン50」の影響力の方が強くなってきているといわれています。そのあたりを世界のレストラン事情に詳しいおふたりにお話いただいて、食のトレンドがこれからどこに向かっていくのかというところまで描き出せたらと思っています。まずは、「世界ベストレストラン50」がどのようなものか、動画でご覧ください。
君島:この映像はいつ、どこで撮影されたものですか?
中村孝則(コラムニスト/以下、中村):去年のニューヨーク会場の模様ですね。「世界ベストレストラン50」は今年で15回目を迎えます。毎年ロンドンで授賞式をやっていたんですけど、去年から持ち回りでいろいろな都市でやろうということになりました。その初回がニューヨーク・チプリアーニセンターで開催されました。
君島:本田さんも「世界ベストレストラン50」の授賞式には参加されているんですか?
本田直之(レバレッジコンサルティング株式会社代表取締役/以下、本田):はい、「世界ベストレストラン50」には毎年参加しています。「アジアベストレストラン50(The Asia’s 50 Best Restaurants)」の授賞式もほぼ毎年参加しています。
君島:かなり華やかな授賞式ですね。「世界ベストレストラン50」は、レストランをランキング形式で順位付けしていくわけですが、審査の特徴というのはどういったところにあるのでしょうか?
中村:お皿の中のクオリティ以外の要素も評価できるところに特徴がありますね。料理のクオリティ、シェフの人柄、お店のデザイン、ホスピタリティ、何を決め手にしてもいいし、それらを総合的に審査してもいい。とにかく「あなたにとってベストは何か」というシンプルな質問に答えるかたちでレストランが選ばれていきます。
もうひとつ大きな特徴は「世界中どこのレストランを選んでもいい」ということです。ミシュランは審査エリア外にあるレストランは評価されません。しかし「世界ベストレストラン50」の場合、たとえどんなに僻地にあろうとも、人を集められる実力をもったレストランならばランキングに入ることができます。ですから、いまこのランキングへの入選を目標にしている若いシェフが世界中で増えてきています。
君島:「世界ベストレストラン50」と「アジアベストレストラン50」がありますけれども、その仕組みについて簡単にご説明いただければと思います。どんなふうにランキングが決まっていくんでしょうか?
中村:「世界ベストレストラン50」および「アジアベストレストラン50」は、イギリスのウィリアムリード社というメディアが主催するアワードです。当初は雑誌のなかの一企画として始まりました。ミシュランと比較すると、仕組みの違いがよくわかります。ミシュランは覆面の審査員がそのお店を星の数で評価するというシステムですね。これに対して「世界ベストレストラン50」は、1年に1度、選抜された審査員がお店に対して「投票」します。そして得票数が多い順に、レストランがランキング上に並んでいくというわけです。言うなれば「人気投票」と言っていいのかもしれません。要するに、両者のあいだには、「評価」するか「投票」するかという違いがあるわけです。
君島:本田さんは、ミシュランと「世界ベストレストラン50」を比較して、どういう違いがあると感じてらっしゃいますか?
本田:比較的オーセンティックなレストランのシェフたちはミシュランを目指していて、よりイノベーティブで若い世代のシェフたちは「世界ベストレストラン50」を目指している印象があります。もちろん、どっちが良い悪いという問題ではないと思いますが。特に「ネオビストロ」と言われるカテゴリの人たちは完全に「世界ベストレストラン50」狙い。そうではない、よりオーソドックスなフレンチやイタリアンの世界で勝負するシェフたちはミシュランの星を取りたいと思ってやっているようです。
君島:どんな人たちが審査に関わるんですか?
中村:投票権を持つ審査員は、現在世界に1040人います。彼らが年に1度10票、投票して1位から50位までのランキングをつくるという仕組みです。審査員を選抜しているのは各国の代表であるチェアマンです。僕は日本のチェアマンを任されています。
君島:「世界ベストレストラン50」が台頭したことで、レストランの性格や表現に変化はありましたか?
本田:そうですね。「世界ベストレストラン50」が出てきたことで、「ミシュランでは評価されないけれども人気の高いレストラン」というのが一定数現れました。彼らは「世界ベストレストラン50」に背中を押されることで「もっとチャレンジしていいんだ」「進化していいんだ」と気付き始めるわけですね。評価される場所ができたことで、シェフたちの表現もよりチャレンジングになってきました。
君島:そのようなトレンドのなかで、本田さんが特に注目しているお店はどこですか?
本田:僕が注目しているのは、上海の「Ultraviolet by Paul Pairet」ですね。ここはプロジェクションマッピングによる演出が特徴的なレストランです。メインダイニングは10席のみと決して大きくはないんですが、その壁面にはさまざまな景色が投影されます。プロジェクションと料理の内容はもちろん連動していて、その演出がおもしろいんですよ。
こういう突飛なことをするレストランは料理のクオリティがいまいちというパターンがままあるのですが、ここは料理もしっかりしています。これまでミシュランで二つ星だったんですが、今年三つ星になりました。「世界ベストレストラン50」では現在7位で、1位も十分狙えるポテンシャルを持っているお店ですが、ミシュランの評価が後追いしたかたちになりましたね。
君島:レストランの概念自体が変わりそうですね。
中村:オペラを見ているような贅沢な感じがありますよね。
本田:体験・経験にお金を払って、それに食事がプラスされていると言っても過言ではないくらいですね。「世界ベストレストラン50」を象徴するレストランだと思います。
君島:「世界ベストレストラン50」の台頭とともに「フーディーズ(foodies)」が影響力を持つようになったと言われますね。
中村:これは非常に革新的なことですね。SNSによって個人が情報を発信できる時代ですから、プロの料理人や編集者ではないフーディーズ、つまり美食家の影響力がランキングを決めるうえで大きくなってきています。審査員として任命される人たちの職業はある程度決まっています。3分の1がジャーナリスト、3分の1が料理人などのレストラン関係者、そしてもう3分の1がフーディーズです。フーディーズの方々は本職も年齢もさまざまで、世界中のレストランを食べ歩いていることが条件です。
君島:日本のフーディーズ代表といえば、本田さんだなと私は思っています。もしくは実業家であり、ビジネス書から食関係の本まで多くの著作があるので、ジャーナリストと言えるかもしれません。先ほどもおっしゃっていましたが、若いシェフの方々とも積極的に交流されているんですね。
本田:僕は若いシェフたちを応援したいと常々思っています。海外で活躍している日本人というと、以前はデザイナー、建築家、スポーツ選手が多かったのですが、最近はシェフがどんどん増えてきていますね。これはおもしろい現象だなと思っています。彼らは日本の文化や感性、ある種の哲学を持って世界で勝負しています。この気概に僕もすごく刺激を受けることがあって、それで彼らのことを本やテレビ番組で取り上げたりしています。
君島:「世界ベストレストラン50」のなかで、いま勢力を拡大しつつある国やエリアがありますよね。
中村:たとえばペルーの「セントラル」は近年評価が高いですね。現在ランキング5位で、近い将来、世界一を取ると期待されるレストランでもあります。その背景には、ペルー料理がいま世界的に注目を集めているという状況があります。ペルーは日本と同じく南北に細長くて、アンデス山脈もあれば黒潮の海もある。ですから、食材の多様性がある国なので、そこを活かした料理で非常に高い評価を得ているんです。料理のトレンド史を紐解けば、まずフランス料理・イタリア料理があり、ついで「エル・ブリ」に象徴されるスペイン料理という流れがあって、近年では「noma」によって北欧がトレンドになりました。その流れの最先端がペルーだと言えるでしょうね。
本田:セントラルがアマゾンの食材を使っているのには驚きました。見たことも聞いたこともない、というかモノによっては「こんなの食べられるのかな」というような材料を使って料理をつくっています。熱心な食材研究の成果が、豊かな生態系を表現する料理につながっている。さらにそれをガストロノミーの世界に落とし込んでいくのは相当なリサーチと労力が必要だと思いますね。間違いなく「ここでしか食べられない料理」を提供しているという点で、セントラルが高い評価を受けているのはうなずけます。
君島:他国の人からすればまさに未知の食材、未知の料理、未知の体験というわけですね。
中村:次にご紹介するのは現在世界7位、アジアで2年連続1位になったバンコクのインド料理レストラン「ガガン」です。シェフのガガン・アナンドさんはエル・ブリで修行されて実力は折り紙つきなんですが、ホスピタリティも優れているところがすごいです。うまく説明はできないんですが、とにかく楽しい。一度行くと、みんなその魅力にハマってしまうんですよ。
本田:僕も何回か行きました。「食べること=楽しい」という体験を重視しているレストランですよね。
中村:「MAIDO」は今年の「ラテンアメリカベストレストラン50(Latin America’s 50 Best Restaurants)」で1位に輝いたレストランです。ここもペルーのレストランなのですが、ペルーには「NIKKEI」という食のジャンルがあります。寿司、焼き鳥、すきやき、これらは全部「NIKKEI」というカテゴリに入ります。
君島:日本人シェフの活躍は目覚ましいのですが、彼らも近年はやや苦戦気味なのかなという印象を受けます。そのなかで、「NIKKEI」がランキング1位を獲得するというのは複雑な状況ですね。最近の日本レストランの動向はどういった感じなのでしょうか?
中村:ランキング上位の常連としては南青山の「NARISAWA」がまず挙がるでしょう。しかし、これに「傳」を加えた2件しかランクインしていないというのが現状です。「NARISAWA」は日本の里山の食文化をコンセプトにしているレストランとして有名ですね。「傳」はホスピタリティに優れたレストランで、国境を越えて人の心を打つものがあります。日本のレストランも当然素晴らしいのですが、それ以上に他のレストランの勢いがすごい。より正確に言えば「他国の」勢いがすごいんです。
本田:アジアでいうとバンコクやシンガポールが伸びているなという印象があります。日本との違いは「国を挙げて自国の食文化をPRしている」ということです。言い換えれば「食」によるインバウンドを増やそうとしている。日本は世界的に見ても食のレベルはかなり高いです。でも、そんなクオリティの高い食に日常的に触れているせいで、自国の食の価値に気づけていないんですね。だから、まずは「日本の食」はすごい可能性を秘めたコンテンツなんだと気づいて、国や企業がそれを活かそうと動き出さなきゃいけない。いまの状態は、かなりもったいないと思います。日本の食のレベルの高さを裏付けている典型的な例が、先ほど紹介したペルーのレストラン「MAIDO」です。ここに限らずランキングの上位に位置するレストランは、ほとんどと言っていいくらい、日本の食文化の影響を受けています。
君島:食によるインバウンド獲得という戦略は、たしかに日本では聞きませんよね。
中村:いまや各国の政府観光局が自国のレストランにあらゆる支援をしています。オーストラリアはその最たる例と言っていいでしょう。オーストラリアの政府観光局が各国のインフルエンサー300人を呼んで、自国の食文化を紹介するイベントを開催したことがありました。日本で招待されたのは5人で、僕もそのひとりとして参加しました。美術館を貸し切った盛大なイベントだったんですが、そこで発表された計画も壮大だったんですよ。これからオーストラリアは「レストラン・オーストラリア」という国家キャンペーンを開催すると。つまり、国全体を大きなレストランに見立てて、世界中の人々に食べに来てもらおうという国家的プロジェクトを始めたんです。
皆さん、オーストラリアってあまり「美食」というイメージないですよね? でも、観光客の満足度を調査した結果がおもしろいんです。オーストラリアに行ったことない人に「料理がおいしい国と言えばどこですか」というアンケートを採ると、オーストラリアは6位でした。でも、オーストラリアを観光した人に同じアンケートを採ると、なんとフランスに次いで2位にランクイン。そこで政府が気づいたんですね。「オーストラリアは食を売りにした方がいいんじゃないのか」と。現在はそれまでの鉄鉱石や石炭の輸出から、食品の輸出や食による観光業に力を入れるようになりました。
君島:オーストラリアのようなことを日本がやろうとした場合、どういうことが課題になってきますか?
中村:まず、レストランというコンテンツを管轄する省庁や部署というのが、あいまいなのが問題ですね。それが文化庁なのか、農林水産省なのか、はたまた別のところなのか判然としない。どこかが口火を切ってくれるといいのですが。万博を誘致したり、テーマパークを建設したりするのとは違って、レストランというのはインフラへの投資ゼロでインバウンドを獲得できるコンテンツなんですよ。加えて、日本に来たい美食家たちは世界にたくさんいる。「世界ベストレストラン50」のチェアマンたちもみんな来たがっていますし、英国本部も日本での開催を視野に入れています。すでに需要はあるんです。あとは、受け入れる側が準備を完了させるだけ、というチャンスと言える状況なんですよ。
本田:「世界ベストレストラン50」は、文字どおり世界のあらゆるエリアの食のインフルエンサーが集まります。実のところシェフにせよ、フーディーズにせよ、みんな日本での開催を待ち望んでいるんですよ。彼らが日本の食文化に触れてくれたら、その魅力は広く海外に発信されます。おそらくものすごい波及効果が期待できますね。誰か出資してくれないですかね(笑)。
君島:東京オリンピックを誘致したように、どこかの自治体が手を挙げてくれるといいですよね。
中村:そうですね、日本だと地方で開催した方がおもしろいかもしれません。日本各地の自然の豊かさや人の営みを見てもらった方が、日本の魅力をより伝えられるんじゃないかと思います。
本田:実際、誘致にはいくら必要なんでしょうか?
中村:1億はかからないとは聞いています。数千万という規模感。先日、来年「アジアベストレストラン50」がマカオで開催されることがアナウンスされました。マカオが出資、誘致活動をしたわけですが、コンペ形式になっていて、韓国と台北も名乗りを挙げていました。特に韓国はものすごく誘致に力を入れていて、「世界ベストレストラン50」に国としてスポンサードしていました。将来的にはソウル開催もありえるのかなと思いますね。
君島:最後に、昨今の日本の料理トレンドでおふたりが注目しているところをお伺いしておきたいと思います。
本田:最近のおもしろい動向としては、20代や30代の若手のシェフたちがどんどん独立して、新しい料理にチャレンジしていることですね。特にフレンチやイタリアンでは、お客さんも若い世代のレストランの方に流れている印象があります。
中村:地方で頑張っているシェフたちに期待しています。海外の人にも日本の地方に行ってもらいたいですね。そのためには観光とレストランがもっと緊密に結び付く必要があります。福岡の「La Maison de la Nature Goh」は昨年「アジアベストレストラン50」にランクインしました。東京や大阪よりもアクセスが悪いはずなのになぜ、とお思いかもしれませんが、福岡はアジアから見れば他の大都市よりもはるかにアクセスがいい。アジアの観光客が訪れやすい都市なんです。
シェフの福山剛さんいわく、そこでアジア各国の人々と交流を持ったのがランキングで得票を伸ばせた理由なのではないかと言っていました。ですから、SNSみたいな新しいコミュニケーションを活用して海外から観光客を呼び込みつつ、彼らからさらに発信してもらうというプロセスを踏んでいけば地方でも誘客は可能なはずです。
君島:ここまでいろいろお話を伺ってきましたが、会場の皆さんから何か質問はございますか?
質問者:日本のビジネス業界では「人材のグローバル化」と言われていますが、その実「企業・社員のグローバル対応ができていない」とも言われています。なぜ、料理の世界ではひとりでにグローバル化が進んでいるんでしょうか?
本田:料理の世界がグローバル化したのも最近の話で、昔は日本人シェフのお店がミシュランで星を取るのも難しいことでした。しかし最近は、パリに日本人オーナーシェフのお店は20軒以上ありますし、いずれも本場で高い評価を受けています。昔と今でここまで差があるのは、シェフたちのスタンスが変化したからだと思います。日本人でありながらフランス人になろうとしていたのが一昔前のスタンスであったとすると、最近は日本・日本人のオリジナリティやいいところを活かしながら異文化のなかで独自の立ち位置を築こうとしている。味の繊細さやビジュアルのセンス、うまみを活かすという日本料理の特質、そういうものを現地の文化に合わせて変えてしまうのではなくて、活きたまま表現するというのが近年海外で活躍するシェフたちの共通点です。
中村:シェフ同士の交流がグローバル化を加速させている側面もありますよね。業界の動向から食材調達の方法まで、あらゆる情報がネットワークを介して手に入ることで海外で動きやすくなっている。あるいは、ラグジュアリーブランドが海外でイベントをやるときにシェフを招聘することが増えてきて、そういうこともシェフの海外進出が増えてきた要因ではあります。
君島:それではお時間となりました。本日はどうもありがとうございました。