デザイン事務所コズフィッシュに所属し、デザイナー、アートディレクターとしてパルコの広告や雑誌『装苑』の表紙などを手がける脇田あすかさん。クライアントワークの傍ら、アートブックなど個人制作も精力的に行う彼女に、その両方を軽やかに横断しながらものづくりを楽しむ秘訣を伺いました。
——デザイナー/アートディレクターになったきっかけを教えてください。
脇田あすかさん(以下、脇田。敬称略):中学生の頃からおしゃれなものに興味があり、そのときはスタイリストになりたいと思っていたので、ゼロからものをつくることはイメージしていなかったんです。当時のクラスメイトが美術予備校に通っていて、美術大学という選択肢を知りました。
服やCDジャケットなどのデザインに興味があったので、美術大学のデザイン科に入りましたが、アートディレクションという仕事を知ったのは大学に入ってからです。最近はアートディレクションのお仕事も増えたので、教授から聞いた「アートディレクターは指揮者のような役割だ」という言葉をよく思い出します。指揮者が曲全体の世界観や完成度を見据えながら演奏者を導くように、広い視野で制作に携わるみなさんと関わることを心がけています。
——コズフィッシュに入社をされた経緯を聞かせてください。
脇田:コズフィッシュの代表を務める祖父江慎とは、彼が大学に講師として来たときに知り合いました。その後私が就職活動をしていたときに、ちょうどコズフィッシュが社員を募集しているということを聞いて、直接作品を見てもらったんです。
会社としてはファッションや音楽に関する仕事を増やしていきたいと思っていたそうで、私が元々そういうものを好きだったことも相性がよかったみたいです。祖父江が言うには、講義での笑うポイントがおかしくて、私のことを覚えていたようで。よく笑う人がいい、という希望もあったらしいです。
——たしかに、脇田さんいつも笑顔が素敵なイメージがあります。コズフィッシュに入ってからは、どのようなお仕事をしているのでしょうか。
脇田:展覧会や広告の仕事はチームで取り組むこともよくあり、たとえば展覧会では祖父江が全体のアートディレクションを行い、私が展覧会場や広告物のデザインをして、他のスタッフが図録のデザインをする、といったように、社内で役割を分担しています。9月1日(日)まで名古屋市博物館で開催していた「スヌーピーミュージアム展」も、同じようにチームみんなで担当したのですが、会場やポスターの他に、立体的に組み立てられる招待状をつくったり、細かな部分にも工夫できてすごく楽しかったです。
最近は本のデザインも手がけるようになり、直近ではエッセイ集の装丁を担当しています。本と展示の仕事は一見違うようで、「体験をデザインする」という点では考え方が似ているんです。スケール感は異なりますが、どちらもどこで誰に何を伝えるのかをふまえ、文字の級数はどれくらいにするべきなのか、ビジュアルはどうレイアウトするか、それによって体験がどう変わるのかを考えていくもの。片方で経験したことがもう片方に生きることもあり、それぞれの仕事がいい影響を与え合っているなぁと思います。
——最近はデザインだけではなく、アートディレクションをすることも増えてきたとか。
脇田:アートディレクターとして広告をまるっと任せてもらったのは「PARCO 2019SS」が初めてです。担当の方が「若いクリエイターに任せたい」と声をかけてくださり、のびのびとつくることができました。この仕事をきっかけに新たな仕事もいただき、つくったものが自分の顔になることを実感しています。
——企業との仕事を進めるうえで、意識していることはありますか?
脇田:キャッチコピーや細かい注釈表記でも、気になることがあるときは、納得できるまでとことん話し合うことを大事にしています。パルコの場合は、私がディレクションしたグラフィックと、映像監督の井樫彩さんがつくった映像が連動していたのですが、あとからグラフィックの中に「ショートムービーWEBで公開」という文章を入れてほしいとリクエストがありました。その気持ちもよくわかりますが、そのように注釈を入れると、ビジュアルイメージが急に広告っぽいものになってしまう。担当の方と話し合って、URLだけを入れる、という結論に至りました。内容がビジュアルと合っていないものをどんなに綺麗にレイアウトしても意味がないと思うので、お互いの認識を確認することは欠かせません。
また、直近でアートディレクションを担当した仕事でいうと、ZUCCaのブランドブックがあります。私がこれまでやってきた仕事を知っていただいたうえでオファーしていただいたので、安心してやらせてもらいました。1つ目の特集では写真家の佐内正史さんが写真を撮ってくださっているのですが、会社で任せてもらった仕事は、私個人では手の届かないような方ともお仕事ができるので、とても嬉しいです。
デザインの個人事務所では、スタッフがアートディレクターを担当することは少ないと思うのですが、祖父江ははじめに相談したときからすごく柔軟な考え方で、毎回「いいよ、やってみな」と言ってくれています。最近は会社の一員として祖父江のディレクションのもとでやるデザインの仕事、会社で受けて私がディレクションからすべてやる仕事、会社は関係なく、完全に個人で受ける仕事の3つがあり、新しい働き方を模索中です。こうして働き方を考えられるのも、祖父江に対して正直に自分の考えややりたいことを話し、受け入れてもらえているからだと思います。
——アートブックの制作など個人でも精力的に活動されていますよね。
脇田:個人制作は、すべての決定権が自分にあるので、ただ純粋に本当に自分がそのときにつくりたいものをつくっています。 先日出展した「TOKYO ART BOOK FAIR 2019」では、私がつくったものを街で見かけたと言ってもらえたり、建築系のお仕事をしている方が家をモチーフにしたポスターに興味を持ってくださったり、いろんなお客さまと直接お話できてとても楽しい時間を過ごしました。
仕事の傍ら個人の制作を進めるのは、スケジュールとしては厳しいときもありますが、それでも常に「何かをつくりたい」という想いが大きいです。仕事ではいつも自由なものづくりをできるわけではないので、個人制作をしていないと自分がわからなくなっていく感じがあって。なので、仕事の合間を縫って好きにものづくりをする時間をつくっています。何もつくっていない時間は、家で呆然としていることが多いかもしれません……。
——個人制作、クライアントワークに限らず、ものづくりをするときに気をつけていることはありますか?
脇田:今でも私の中に残っている大学教授の言葉があります。「どんなに難しい話をしている人でも、生活者としてはみんな趣味的思考を持っている。好きなものを着て、好きなものを食べる。個が集まって社会ができているから、その中の誰かにフィットすればつくる意味はある。だから脇田は自分のいいと思うものを信じて、どんどんものをつくっていけばいいよ」と。私は社会や“みんな”といった漠然とした相手よりも、たったひとりの誰かの心に届いてほしいと思いながら、制作に向かうことを心がけています。
——脇田さんが制作をするうえで、影響を受けたものはありますか?
脇田:本が好きなのですが、中でも1つの文章をいろいろな文体で書いてあるレーモン・クノーの『文体練習』は、デザインをするときにもよく見返しています。仲條正義さんが装丁を手掛けられていて、文字組みが工夫されていてとても美しい本です。
もう1つは、『Werk Magazine』。シンガポールのデザイナー・テセウス・チャンがつくっている雑誌です。学生のときに『Werk Magazine』を見たのが、アートブックにはまったきっかけです。装丁にこだわっていて、毎号形もバラバラで一冊一冊手作業で塗料をスプレーしたりと毎回驚かされます。この本に影響を受けて、自分でもアートブックをつくり始めました。
学生の頃、『Werk Magazine』に影響を受けてつくったアートブック『FIX MY EYES』は、「目を凝らす」をテーマにしています。サイズの異なる紙で構成したり、黒い紙に黒字で文字が印刷してあって目を凝らさないと読めないとか、さまざまな仕掛けを施しました。
——今後はどのような活動をしていきたいですか?
脇田:最近は自分が“生活大事モード”なこともあって、飲食店のサインや、生活用品のパッケージデザインなど、食や人の生活と密接なものに携わってみたいと思っています。広告や展覧会のほとんどは、一定期間を過ぎると世の中に出なくなってしまうので、手元に残りにくい。ずっと大事に持っていてもらえるようなものをつくりたいという気持ちが強いです。どのようなジャンルであったとしても、自分も携わる人もお客さんも、わくわくするようなものをつくり続けていきたいですね。
『グレープフルーツ・ジュース』オノヨーコ(講談社)
『暮らしのヒント集』松浦弥太郎(暮しの手帖社)
「生活のヒントを少しずつ与えてくれる本がすごく好きです。忙しくてもぱっと開いてどこからでも読めますし、なるほど!と納得できたり、気づくことも多いです。詩集も好きですね」と脇田さん。昔から大切にしている本の中から、“生活大事モード”の今のご自身にフィットする2冊を紹介していただきました。
インタビュー・テキスト:松永茜
撮影:大竹ひかる(amana)
撮影協力:CAFE FACON