最近、手紙を書いていますか?
今や個人間コミュニケーションツールの最たるものはスマホという現実の一方で、手紙の素晴らしさを改めて広めたいと、あるビジュアルに思いを込める人たちがいます。それが日本郵便に所属する切手デザイナーという職種のみなさん。
日本で8人しかいない切手デザイナーの中から、丸山智さんをフィーチャー。「3cm四方の小さなビジュアル」から伝えられることは無限だと語る丸山さんに、熱き思いを伺いました。
──切手は毎年、年間発行計画が発表され、それに基づいて制作されているそうですが、丸山さんは年間どのくらいデザインをされているのですか?
丸山智さん(以下、丸山。敬称略):年によってその数は多少変動しますが、年間で50件ほどの切手を発行します。現在、デザイナーは8名いるので、1人あたり1年で6〜7件ぐらいデザインをしています。
──切手のデザインとはどのように進行していくのでしょうか?
丸山:ディレクションするものとイチからデザインするものとで違いはあるのですが、基本的にはまず題材を決めます。たとえば、「天然記念物シリーズ」ですと、監修や考証をしていただく専門家や機関に、題材について相談し、具体的な題材や取材する場所を決めます。次に、現地に赴き、候補になる題材や景観をあらゆる方角から撮影をし、作画のためのイメージを固めていきます。専門家等からご提供いただく写真や資料を材料に原画を描き起こしますが、やはり、現場の取材なしでは描けません。いくつか原画を描き終えた後はそれらをデザインに落とし込みます。複数案、制作し、社内で協議してデザインを決定します。その後印刷へと移行。3〜4回ほど校正しやっと完成、というのが大まかな流れですね。
──デザインをする際に気を配っているポイントはありますか?
丸山:原画はA4版ぐらいのサイズに描きますが、実際人の目に触れるのは3cm四方のサイズ感。なので、小さな世界観で違和感の出ないような構図に気をつけています。
──具体的にはどの部分でしょうか?
丸山:線とフォルムですね。人が視覚でパッとキャッチするのは陰影。そのため、骨組みとなるフォルムと線の使い方は意識していますね。
──その他にデザインする際のポイントがあればお聞かせください。
丸山:切手というのは1枚ずつバラではなく、概ね10枚を1シートにして売られています。ですから、シート全体のバランスもとても大切。シリーズものなどは、1つでも好みではないシートがあると買ってもらえないことがありますから。1つ1つのデザインはもちろんですが、10枚の切手がそろったときのシート全体の並びやバランスもポイントです。
──切手一筋19年とのことですが、そもそもなぜ切手デザイナーになろうと思ったのですか?
丸山:大学では漆芸を学んでいたんですね。大学院に進み、この先どうしようかというとき、師と仰いでいた大学の教授から「日本の切手を作ってみないか?」と言われて試験を受けてみたのがきっかけなんです。だから、最初は特段強い思い入れがあったのかと問われるとそういうことでもなく……。
ただ、それまで3Dの世界にどっぷりと浸かっていたので2Dの世界は未知。表現の仕方から何から180度違うので、それが新鮮であり刺激的でもありました。
──19年のデザイナー歴の中で何百種類と切手のデザインをされてきたと思いますが、「切手だからこそ」のビジュアル表現とはどこにあると思いますか?
丸山:「色」でしょうか。通常の商業印刷はCMYKの4色で印刷を行いますが、切手は2色特色を追加し6色で構成できるんです(他に5色もあれば8色もあります)。切手は印刷の宝石だ!なんてたとえられますが、まさにそう。高精細な色出しに取り組めるのは切手ならではの表現方法だと思います。特色から組み立てる世界には無限の広がりをも感じますね。
──原画の段階から特色印刷を念頭に取り組まれるのですか?
丸山:そうですね。印刷のバランスも考えながら描くので、突拍子もない色など、表現が難しい色は避けますね。
──デザインもさることながら印刷もとても重要な行程ですが、色出しでは厳しいチェックをされているのでしょうか?
丸山:もちろん、6色が織りなす色の世界が思い描いていたものと合致するか、また最良の形で表現できているかも大切ですが、実は一番注視しているのは墨版(黒)なんです。というのも、先に少しお話ししたように、人は視覚でキャッチするのは陰影なんですよね。そこに光が当たることでフォルムとして認知するわけです。土台となる墨の濃淡がきちんと出ていないとビジュアルとして成立しないですし、伝わらないんです。だから印刷チェックでも「墨版を見せてください」とお願いし、入念に確認しています。
──切手ビジュアルを通し、丸山さんが伝えていきたいこととはなんでしょうか?
丸山:昨今、手紙離れが加速しているわけですが、やはり切手をデザインする者として「便りを書く楽しさ」を伝えていきたいわけです。手紙を出すときの独特のワクワク感。いつ届くかな?と待ちわびるドキドキ感。そういう気持ちと手紙を書くことの橋渡しを切手が担えればと思いますし、そういう思いを込めながら(届けー!と念じながら)1つ1つデザインしています。
──デザインするときは、対象となる特定の人物をイメージされるんですか?
丸山:シリーズによってイメージする人物像はあります。かわいいものが好きな女性、メカ好きの男性、ペット好きの人など、ペルソナのようなものを元にデザインしています。
──丸山さん流、切手の楽しみ方があれば教えてください。
丸山:ひと昔前まではハガキも封筒も白、というのが当たり前でしたが、今や封筒は素材や色などバリエーションが豊富。切手は表書きの左上に収まるわけですが、切手と封筒やハガキの色をコーディネートするのも便りを楽しむきっかけになるのではないでしょうか。封筒に貼ったときに際立つようにあえて白枠を取りデザインしたものもあるんですよ。だから切手を見て「このデザインかわいい!」だったり「この切手が好き」という気持ちから手紙を書く機会が増えてくれたらいいなと思っています。
──明治時代からスタートした日本の切手文化ですが、ビジュアル表現においてどのような可能性を感じていますか?
丸山:切手といえば、今までは真面目で地味なデザインが多く堅いイメージを持たれる方が多いと思うのですが、この10年でだいぶデザインの幅が広がり表現も柔軟になりました。10年間でここまで変われたのだから、これから先もっと表現の幅も広がると思っています。それと同時にめざましい進化を遂げているのが印刷技術です。どんどん新しい印刷技術が誕生しているので、それらの技術と若きデザイナーたちの斬新なアイデアが混ざり合い、新しい切手の世界やイメージができあがっていくのだと思います。その可能性は無限大ですよね。そう信じています。
──丸山さん個人の野望はありますか?
丸山:切手を文化として広めていきたいですね。明治時代からスタートし約150年の歴史の中で変容を遂げ、進化している切手の歴史を知ることができる美術館などができたらいいな、なんて思っています。たかが切手、されど切手。3cm四方の世界は奥深くてやっぱり楽しいです。その思いをのせながらこれからもデザインを続けていきたいですね。
テキスト:澤村 恵 インタビュー撮影:近藤泰夫 切手撮影:趙 慧美
プロフィール
切手デザイナー
1970年神奈川県生まれ。東京芸術大学大学院修士課程を修了し、1999年に郵政省入省。2007年に郵便事業株式会社の切手デザイナーに。
主な作品は、地方自治法施行60周年記念シリーズ、日本の建築シリーズ、日本の山岳シリーズ、伝統的工芸品シリーズ、鉄道シリーズ、日本の夜景シリーズ、天体シリーズ、天然記念物シリーズなど。