去る5月21日、電通主催によるイーコンサルタンシーのマーケティング関連レクチャーイベントが開かれた。イーコンサルタンシーは、デジタル時代におけるマーケティングの在り方を再定義し、そこから最大限の効果を引き出すための方法論を企業に提供しているコンサルティングファームである。このレポートでは、現在のマーケターが直面している問題点の分析や、伝統的なマーケティング手法とデジタルマーケティングの関係、そして、これからのマーケターの課題など、同社の分析による貴重なインサイトを読者の皆さんと共有する。
1999年にイギリスで設立され、最先端のマーケティング手法に関するコンサルティング、リサーチ、トレーニングのプラットフォームを提供しているスペシャリスト集団。ロンドン、ニューヨーク、シンガポールにオフィスを持ち、世界各国にクライアントを抱えるグローバル企業である。主なクライアントとして、アドビシステムズ、IBM、オラクル、ユニリーバ、コカコーラ、ビザ、英国航空、サムスン、3M、グーグルなどを抱えている。
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▲ 開会の挨拶とイーコンサルタンシーの紹介を行う株式会社電通イノベーションイニシアティブ局長の石橋英城氏。
▲ イーコンサルタンシーのシニア・アナリスト、シーン・ドネリー氏。
▲ イーコンサルタンシーの創業者で社長も務めるアシュリー・フリードレイン氏。
今回のレクチャーイベントには、イーコンサルタンシーで、クライアントに対しリサーチ結果に基づいてマーケティングやイノベーション、テクノロジーに関するコンサルティングを行なっているシニア・アナリストのシーン・ドネリー氏、および、同社の創業者兼社長としてデジタルマーケティングの世界で最も影響力がある人物とされるアシュリー・フリードレイン氏が登壇。最新のマーケティング事情についてレクチャーを行なった。特にフリードレイン氏は、マーケティングに関して彼の知らないことがあれば、それは知る価値のないものだ、といわれるほど、その知識や分析力が業界で高く評価されている。
プレゼンテーションの口火を切ったドネリー氏は、まず、イーコンサルタンシーの概要を説明し、M3と呼ばれる独自のマーケティングにも言及しつつ、同社が重視している3つのマーケティング改革の柱について解説した。
M3については本稿の後半に詳しいが、まず筆者が注目したのは、イーコンサルタンシーが、マーケティング改革の柱として、スキル、知識に加えて、組織内におけるマインドセット(意思・価値観)の共有を挙げたことだ。つまり、効果的かつ迅速な改革のためには、マーケターやマーケティング部門の責任者のみが努力しても足りず、組織のトップや全体を巻き込んだ意識の共有が重要というのである。
それは、プレゼンテーションを引き継いだフリードレイン氏のレクチャーにもつながっている。彼は、現在の企業が抱えるマーケティング上の問題点として、CEOなどの組織の意思決定者が、CMO(最高マーケティング責任者)に代表される社内のマーケティング担当者を信用していないことを指摘した。もちろん、そのような状態ではブランドとしての将来的な成長は見込めない。
この問題の根底には、伝統的なマーケティング戦略の中で育ってきた経営者が、現在の市場動向に合わせて必然的にデジタルマーケティングを推進しようとするマーケティング担当者の考え方を理解できないという事実がある。
実際のところ、企業内のマーケターで専門家からマーケティングトレーニングを受けている割合は14%に過ぎないとのデータがあり、しかも、一般的なマーケティングの教育機関は、現実に企業内のマーケターに求められるスキルや知識を提供できていないという。そのため、マーケターの67%は、現場での経験から場当たり的に専門知識を身につけざるを得ない状況が見られている。
経営トップとマーケティング担当者がマインドセットを共有できない要因として、フリードレイン氏は、どちらも自分たちが学んだマーケティング知識を排他的に捉えてしまうことが挙げられると指摘。
確かに、1960年代のマーケティングの構成要素は、4Pこと、プロダクト、プライス、プレース、プロモーションの4つの要素だった。だが、デジタル化とともに進化し、今では、マーケティング戦略、市場動向、顧客インサイト、ブランド&バリュー、セグメンテーション&ターゲティング、ポジショニング、顧客体験&コンテンツ、配信、プロモーション、データ&効果測定という10の要素に拡大している。
しかし、イーコンサルタンシーの考えるモダンマーケターとは、新旧のマーケティング手法を排他的なものではなく、どちらにも精通して、バランスよく利用できる能力を持つ者として規定される。
▲ 先端的なマーケターは、伝統的なマーケティングに囚われ過ぎることなく、またデジタルマーケティングに特化し過ぎずに、両者のバランスの下に職務を遂行すべきと説く。
そのための基本となるのが、戦略、分析、プラニング、実行の4つの領域で、見極めるべき要素や行うべき作業を割り出したM3(モダン・マーケティング・モデル)である。
ここには、予算や社内外のリソースも考慮した戦略設定から、顧客に対する認識の正しさの検証、質と量の両面での顧客情報の取得と分析、ブランド目標や価格設定、ブランドメッセージの発信、顧客に寄り添う販売/サービスチャネルの設定、プライバシーにも考慮したマーケティングデータ管理など、マーケティングを支えるあらゆる要素が詰まっている。
イーコンサルタンシーは、このM3モデルに基づいて、企業に対するコンサルティングを行い、また、モダンマーケターを育成するためのイーラーニングサービスも提供しているのだ。
▲ M3と略されるモダン・マーケティング・モデルは、伝統的なマーケティングとデジタルマーケティングを融合するイーコンサルタンシー独自のマーケティング手法の基本となる概念だ。
レクチャーを通して繰り返し強調されたのは、こうしたマーケティングモデルが、デジタル技術の急激な発展とともに、今も急速に変化しているということである。たとえば、AI(人工知能)テクノロジーのみに注目するだけでも、データ分析やパーソナライズされた電子メールニュースの配信からビデオ編集などのコンテンツ制作、クーポンの発行などに至るまで、マーケティングのあらゆる分野で影響力を持ち始めている。
▲ AI(人工知能)テクノロジーひとつを取り上げても、すでにこれだけのマーケティング関連分野に応用されている。こうした知識なしに、これからのマーケティング業務の効率的な運用はありえない。
このようなテクノロジーの理解なしに効率的なマーケティングを行うことは不可能だが、現実的に、日々の業務をこなしながらの独学的な習得にも限界がある。そのため、経営者の判断で、企業として最新のマーケティングトレンドが学べる環境を導入すべきというのが、イーコンサルタンシーの主張だ。
▲ 等比級数的に急激な進化を見せるテクノロジーと、対数的に緩やかな変化しか起こせない組織の狭間で、継続的に変化するマーケティングトレンドを学び続けなければ、マーケティング企業や担当者が時代に取り残されることを示すグラフ。
ただ、レクチャー後の参加者の質問にもあったが、グローバル展開している同社の手法やイーラーニングのコンテンツが、そのまま日本のマーケットにも通用するかという疑問はある。この点について、イーコンサルタンシーは謙虚に、どこの国のマーケットについても、研究やローカライズは必要であり、日本についても最適化を図っていきたいと答えていた。
ちなみに、最近注目のビジネス手法として、D2C(企業から消費者への直接的な働きかけによる販売戦略)があるが、レクチャー内でも、それをロケーションベースの情報配信方法と組み合わせたものとして、バーガーキングの例が挙げられた。
▲ D2C、つまり、企業から消費者への直接的な働きかけによる販売戦略のユニークな例として、バーガーキングのアプリをライバルのマクドナルドの店舗内で利用すると人気メニューが1セントで注文できるキャンペーンも紹介された。
D2Cは、自社で企画、製造した商品を自前の販売チャネルで販売する場合に適しており、提供されるのはサービスではなくモノである。これは、アパレルや装身具、美容用品など原価率が低く、小規模からでも始められるスタートアップにも適したビジネス手法といえる。D2Cは、質の高い製品をリーズナブルな価格で消費者に届ける上で向いており、モノ作りが得意な日本型のスタートアップが採用していくにも適している。そのような企業が、今後、M3のような最新のマーケティングモデルを採り入れることで大きく成長できるチャンスがあるのではと感じた。
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大谷 和利(おおたに・かずとし)
テクノロジーライター、AssistOn取締役。スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツ、スティーブ・ウォズニアックのインタビュー記事をはじめ、コンピュータ、カメラ、写真、デザイン、自転車分野の文筆活動を行うかたわら、製品開発のアドバイスなども行う。主な著書・監修書に『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社)、『ICTことば辞典:250の重要キーワード』(共著。三省堂)、『ビジュアルシフト』(監修。宣伝会議)、『インテル中興の祖 アンディ・グローブの世界』(同文館出版)。主な訳書に『Apple Design日本語版』(AXIS)、『スティーブ・ジョブズの再臨』(毎日コミュニケーションズ)。
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