「伝わる」クリエイティブ制作に欠かせない、マーケティングリテラシーとは?

vol.104

「伝わる」クリエイティブ制作に欠かせない、マーケティングリテラシーとは?

Text by Mitsuhiro Wakayama
Photo by Takuya Igarashi

自社の商品・サービスの魅力や世界観を伝えるために欠かせないのが、一貫性のあるクリエイティブです。オンラインでも、オフラインでも、顧客の記憶に深く刻まれる体験は、常に精度の高いクリエイティブから生まれます。

クリエイティブの「伝わる」精度を高めるには、それを具体化するプランナーやクリエイターに対して、マーケティング観点を踏まえた適切な要件定義をすることが必要不可欠。課題の設定や条件が曖昧な状態では、的確なアウトプットには導けません。

本ウェビナーでは、企業向けマーケティング人材育成サービスを手掛ける株式会社グロースXの松本健太郎様をむかえ、マーケティング観点からクリエイティブディレクションの精度を高めるための方法についてお話しいただきました。そして、求める世界観を具体化し、プランナーやクリエイターに的確に要件を伝えられるようになることで、業務フローをいかに効率化していけるのか。アマナのプランナー・神田美咲とのセッションの中で解説しました。

クリエイティブディレクションの精度を高めるポイントを知る

松本健太郎(グロースX /以下、松本):まず「伝わる」とは何か、というところから話を始めていきたいと思います。マーケティングにおいてディレクションをするみなさんに、ぜひ知っておいていただきたいことがあります。それは「伝える」と「伝わる」はまったく違う、ということです。

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例えば、商材として1本のペンがあったとします。メーカー側が伝えたいことは「書きやすさ」「持ちやすさ」「洗練された見た目」などだと思います。しかし、消費者側の観点から見ると、このペンの印象はまるで違うはずです。消費者はプロモーションの内容だけでなく、実際に使ってみた印象を加味してペンを評価するからです。その結果、消費者はこのペンに対して「いろいろ普通だ」「他のペンより全長が長いから背中が描きやすい」という評価を下します。これが「伝わったこと」です。要するに、「伝える」と「伝わる」は言葉は似ていても、意味合いが全く異なるということなんです。

この例について、また別の角度から考えてみましょう。「伝える」の主語にはメーカーが入ると思います。一方「伝わる」の主語には消費者が入るでしょう。その意味において「伝わる」ためには、消費者が実際に商品・サービスに触れて、体験している知覚までコントロールが必要です。昨今ではパーセプションという言葉もよく聞かれますが、文字通り消費者の認知を変えていくことがマーケティングの役割になっているというわけです。

マーケティングと言われると、みなさんは「洗練されたものをつくること」だと思われるかもしれませんが、必ずしもそうとは言えません。むしろ、それ以上に重要なことは「お客様と繋がり続けるための顧客体験をつくること」です。したがって、フロー的な広告作りよりもストック的な体験作りへと、マーケティングの主戦場は変化しています。

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マーケティングリテラシーとは具体的に何なのかと問われれば、私たちグロースXはこの図をみなさんにお見せしています。この場合のリテラシーとは「お客様を理解すること」、そして「お客様が選ばれた“価値”とは何かを知ること」です。この2つがリテラシー、つまり「教養」として社員全員にインストールされているからこそ、体験を作り込む様々なことができるようになるわけです。

では、実際のマーケティングにおいて、体験を作り込んでいくとはどのようなことを指すのか。今日は事例を2つご紹介したいと思います。1つは、コカ・コーラ社のアプリ「Coke ON」です。これは自販機でコカ・コーラ社製品を買うとスタンプが貯まり、一定数貯めると飲み物が1本無料になるという仕組みです。さらに、アプリ内に蓄積された購買履歴に基づいて、購買頻度が下がったユーザーに「1本買うと1本無料になるよ」といったプロモーションも可能になります。重要なポイントは、これによって自販機での飲み物の買い方、つまり「自販機の購買体験」が変わったということです。データをとられて尚且つ情報がリコメンドされると聞くと、なんだか押し売りのように思われるかもしれませんが、決してそうではありません。必要な情報が適切なタイミングで届くということが、購買のモチベーションに変わる。すると、メーカーも増益してハッピーだし、ユーザーも購買体験がアップデートされたことでハッピーになるということなんです。

もう1つの事例は「BEAMS(ビームス)」が変えた服の購買体験です。「BEAMS」では各店舗スタッフがスタイリングの提案をWebサイトやYouTube、スタッフ個人のInstagram上で発信しています。スタッフ自身がメディア化していると言ってもいいでしょう。すると、顧客はなんとなく店舗に足を運ぶのではなく「インスタライブでよく見るあのスタッフさんに会いにいく」「あのスタッフさんに接客してもらって服を買いたい」というように、購買体験を大きく変化させました。もちろんこれは実益に大きく貢献していて、実際2020年度4〜5月のEC売上30億中20億はスタッフ投稿が起点になったそうです。コロナ禍で店舗が閉鎖される中、デジタルを活用して顧客体験を向上させたことで売り上げも向上した好例だと言えます。

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最後に、私たちグロースXが重要だと思っていることをお話しします。クリエイティブディレクションの精度を高めるとは、どういうことなのか。顧客理解と顧客価値をある種のリテラシーとして全社員が持っている状態が望ましいということは先ほど申し上げた通りです。その上で、お客様に「何を」届けるかという、具体的な手段の話については社内のクリエイティブチームや外部のスペシャリストに相談するのが最善策です。したがって、今日の私の話をまとめると次のようになります。つまり「顧客理解が深いこと=顧客が何に価値をおいているかが分かっていること」がマーケティングの最も根幹部分にあり、「顧客体験の実情を把握していること」がディレクションへとつながります。そして、そのディレクションが具体的な手段としてアウトプットされるときは、デジタル化する市場の動向を踏まえ「ITリテラシーの高いスペシャリストに協力を依頼すること」が重要になってきます。

成果を出せるクリエイティブに必要な2つのこと

神田美咲(アマナ/以下、神田):現代はモノと情報に溢れている時代です。一説には、私たちが1日に触れる情報の量は平安時代の人たちの一生分に相当するとさえ言われています。それだけの情報が存在しているということは、自社が発信する情報と生活者が遭遇する確率は相対的に低くなっているということを意味しています。そんななか、生活者に見つけてもらえる「伝わる」クリエイティブとは、どのようなものなんでしょうか?

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ここでいう伝わるクリエイティブとは、いわゆるデザインのことではありません。生活者と情報の接点・タッチポイントはすべてクリエイティブになりえます。例えば、生活者が「タイミングや機会」「共感できる言葉」「心が動くビジュアル」「悩みに応えるプロダクトやサービス」「応援したくなるようなポリシー」など、あらゆるものが情報を媒介する可能性であり、クリエイティブすべきポイントになるというわけです。

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ただ、松本さんのお話にもあった通り「伝える」と「伝わる」はまったく別物です。松本さんとは少し違った角度から言いますが、「伝える」とは「情報を過不足なく言うこと」で、「伝わる」とは「意図する相手から意図した評価を得ること」だと私は考えています。クリエイティブが関わってくるのは後者です。では「伝わる」ための適切なアウトプットのためには何が必要なのか。その答えが「マーケティングリテラシー」です。

とはいえ、マーケティングリテラシーを一言で説明するのは非常に難しいことです。状況や文脈によって、その意味するところは多岐にわたるからです。なので、ここからのお話はマーケティングリテラシーの涵養(かんよう)には何が必要か、という観点で進めていきます。

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その1つ目が「生活者の気持ちを理解すること」です。生活者のニーズと企業の目標を把握することで、双方を充たせる手段や表現が自ずと見えてきます。そして2つ目が「外部パートナーと上手に連携すること」です。当たり前だろ、と思われるかもしれませんが、これが見過ごされていることは意外と多いです。マーケティングのノウハウを伝えるメディアにもほとんど書かれませんが、じつはこの点を踏まえているか否かでクリエイティブの質は大きく変わってきます。

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良質なクリエイティブが外部パートナーとの良好な関係を必要とするのには3つの理由があります。それはすなわち「プロの視点から精度の高い提案をもらうため」「自社を客観的に分析してもらい忌憚のない意見を言ってもらうため」「自分が自社内ですべきことに集中するため」という3つの理由です。要するに、自分に対して助言をくれる「愛ある他人」を得ることが必要だということです。普段の人間関係とまったく同じだと思ってください。外部パートナーと良き友人のような関係を築くには、日頃から良好な関係性を保つ努力が必要だということですね。

マーケティングの結果を左右する、コミュニケーションの質と量

松本:例えば、ある事業者がパートナーから提案を受けたとします。そのとき、事業者側には提案に対して「良し悪しを判断する力」が求められますよね? それはどうやって磨いていけばいいと思いますか?

神田:やはり、生活者と同じ体験をするのがいちばん大切なんじゃないでしょうか。パートナーの提案が事業者が伝えたいことを表現し、尚且つ生活者に伝わるのか。この点を判断するには、情報の受信者の立場に立ってみて、その気持ちをできるだけ汲み取ろうとする努力が必要になってくると思いますね。

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(左から)アマナの神田美咲、グロースXの松本健太郎さん。

松本:なるほど。先ほど神田さんのお話にあった、事業者と外部パートナーの関係構築についてなのですが、これもじつは結構難しいですよね。パートナーに単発で仕事を頼んで終わり、という事業者も少なくないと思います。神田さんは、事業者に伴走するパートナーとしてお仕事されることが多いと思います。その立場から見て、中長期的なパートナーシップを構築していくには、どんな方法が有効だと思われますか?

神田:コミュニケーションの頻度を上げること、これに尽きると思います。よく話をするようになると、初対面ではできなかった会話ができるようになりますよね。会社のビジョンの話、ブランドの世界観の話、自分が仕事で成し遂げたい夢の話。そういう「将来かなえたい目標」の話ができると、パートナーからも「じゃあ、いまこういうことをしたらいいんじゃない?」「次はこう展開したらどう?」「となると、予算はこれくらいかな」という長期にわたった提案が自然と出てくるはずです。それまで「お金の話→できること探し」だった会話の流れが「やりたいこと→お金の話」に変わる。良いパートナーシップは、まずそのあたりからスタートするんじゃないでしょうか。

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松本:予算の話が出ましたが「ミニマムスタートで出発して、PDCAサイクルを回しながら少しずつ予算を使っていく」という発想が事業者側にも、パートナー側にもあっていいと思うんですよね。まとまった予算が降りると、それを全消化することを考えてしまいがちです。しかし、マーケティングは顧客体験をつくって「いく」ことなので、つくって終わりではダメなんですね。むしろ、つくってからが始まりです。クリエイティブをチューニングして品質を上げていく。それには必然的に時間がかかりますから、パートナーシップも中長期的になるのが自然だと言えますよね。

神田:とても重要な指摘だと思います。それともう1つ、クリエイティブを良くしていくには、インナーコミュニケーションの充実も大切です。マーケティング部門って、実はお客様とのタッチポイントが少ないんですよね。だから営業の方やクリエイティブチーム、販売の方なんかと密に連携して、顧客のリアルな動向をフィードバックしていくことはクリエイティブの質を左右します。

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松本:おっしゃる通りですね。一方、パートナー側はさまざまな事業者との仕事で得た情報をコミュニケーションで活用して「こんな事例もありますよ」という補助線を事業者側に提示してあげられるといいですよね。

神田:お客様の声、プロフェッショナルの声、隣の部署で働く同僚の声、さまざまなコミュニケーションのチャンネルに積極的かつ頻繁にアクセスしながら施策を考えていくのが、マーケティングを成功させることだと言えますね。

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