よりよく生きるために。アジア人が実践するこれからのウェルネス:STYLUS Trend Topics⑦

Asia Wellness Futures

この連載では、世界中のマーケット潮流をリサーチ・レポートするイノベーションアドバイザリー「STYLUS」の日本法人でカントリーマネジャーを務める秋元陸さんに、同社のグローバルレポートに基づき、企業の広報・マーケティング担当者が知っておくべきトレンド情報を解説していただきます。

第7回のテーマは、近年、アジアの国々で高まりつつある個人主義やセルフケアの波を受けた、消費者のライフスタイルの変化とそれに関連するプロダクトのトレンドです。

健康意識が高い「ニューコンシューマー」の台頭

現在のアジアの消費者トレンドについては、やはり人口の多いインドや中国を中心にマーケットが動いている印象があります。そのうえで、アジア全体としても、個人主義や自己肯定感を上げるためのセルフケアの意識が高まってきていて、従来のスキンケアなどにとどまらないアプローチを求める人が増えているといえるでしょう。今日の社会で見られる多様な価値観に基づき、自分だけの、もしくは自分なりの美を追求していこうとする気持ちが強まっています。

実際に日本の大手化粧品会社の幹部の方も、自分なりの美の追求が大きなテーマになってきたと話されています。今回は、このニューコンシューマーという新たなエンドユーザーの考え方や、価値観、ライフスタイルの変化について紹介していきましょう。

こうした変化の背景にある大きなトピックとして、インド、中国、そして東南アジアというアジアの3大リージョンに共通の課題があります。それは、日本ではまだ語られることが少ない、大気汚染の問題。Statistaという調査会社の予想では、2050年までにアジアでは34億8000万人以上が都市部に住むようになるとされています。このため、感染症や大気汚染の危険性が高まることが、とても深刻なテーマになってきました。実際にEconomist Impactというシンクタンクのデータによれば、現時点でもアジア圏に住む人の92%以上が、WHOの設定する大気の汚染度の安全数値を超えたエリアでの日常生活を余儀なくされています。

そのため、免疫力を上げたり、大気汚染にさらされた自分を守ったりするためのアフターケアが大きなテーマになり、汚れた空気から肌を守る意識がアジアのビューティートレンドとして根強いものになっているのです。

たとえば、4U2というタイ発の美容ブランドでは、中国市場において光化学スモッグなどの汚染、ほこり、微粒子状の物質から肌を守るSPF50のジェルを発売しました。この技術は公害対策ヘアケアにも応用されていて、4U2では、「肌だけではなく髪も汚れた空気から守りましょう」というブランドメッセージを、ニューコンシューマーとのコミュニケーションに活用しています。

4U2
4U2」公式サイトより。

暑さ対策グッズへの注目

中国では、Facekinisという顔全体を覆うサンプロテクターが昨年夏に売り出されました。アジアでは、大気汚染だけでなく暑さ対策も課題になっているので、このFacekinisや、帽子を組み合わせて目以外のところを紫外線から守れる、メイクアップ的なカラーリングが施されたマスクなどのプロダクトが実際に流通していたのです。これらは日焼け対策ではありますが、シミやソバカスを防ぐスキンケアの一環、あるいは顔の保湿や温度を下げてクールダウンするという点でも同じぐらい重要度が増していて、市場自体がこうしたハイドリッド型商品の開発を促しているという点も大きな特徴です。

日本のマーケットにおいても、この領域のテクノロジーは結構進んできている感覚があって、夏向けの冷やしタオルや冷感素材など、汗と混じることによって効果がより高まったり、汗をかいても落ちにくかったりする日焼け止めといった製品が数多く出てきました。

Time Out
Time Out」記事より。

このように、空気の質の問題や暑さ対策がニューコンシューマーの大きなテーマとなっているというのが、アジア地域のウェルネスやビューティー領域の大きなトレンドになっているのですが、インドにはこれらに加えて独自のトレンドもあります。それは、スキンケア製品の80%ぐらいが、赤外線や紫外線だけでなく、ブルーライトからの保護に役立つように作られているという点です。

たとえば、Pilgrimというインドの美容ブランドには、ブルーライトシールドと日焼け止めの用途を兼ね備えたハイブリッド日焼け止めの製品ラインがあります。インドや中国は、他国のテクノロジー系の企業のアウトソーシングの受け皿となっていることもあって、プログラマーやエンジニアとして日常的にPCの前で仕事をする人たちの割合が新興国の中でも高く、中でもインドでは、ブルーライトカットも紫外線や暑さ対策と同列に捉えられているということなのです。

Pilgrim India
Pilgrim India」公式サイトより。

ストレス社会の反動としてのウェルネス意識

中国では、過重労働の文化がストレスを助長しています。ここ10年ぐらいの中国経済の急成長に伴って、それこそ週6勤務で午前9時から午後9時までバリバリ働いて、祖国の高度成長をも支えるんだという流れが、この1年でとても強くなってきています。しかしながら、人間はいつまでも走り続けられるわけではありません。そういう第一線で働いていた人たちが、最近になって「ウェルネス」「ウェルビーイング」といったキーワードや価値観、あるいはライフスタイルに触れて、少しずつそちらに傾倒しつつある様子が見られてきました。

そのため、瞑想をサポートするTideやFlow Meditationのようなアプリが登場しました。元々、中国や他の仏教国には瞑想を受け入れる土壌があったことで、アプリを活用して日々の生活の中に瞑想を取り入れていく人たちが少しずつ増えているのです。

2022年にTideが行った、「ランドリーメディテーション」は話題になりました。中国のXiaohongshuというソーシャルメディアのプラットフォームで「洗濯をしている間に瞑想をしましょう」とプロモーションを行い、瞑想を日常に根付かせていこうとした例として注目されれたのです。

女性の経済的・社会的自立が生んだSHEconomy

アジアでは、ダイバーシティやLGBTQ+の考え方が浸透しています。そのため、エコノミーの頭文字のEをSHEに置き換えたシーコノミーという言葉が生まれ、女性が社会の中心に置かれるような取り組みも強まってきているのです。

元々、経済的、社会的に自立した裕福な女性が増え、結婚すべきか、子供を産むべきかという判断を、自分のキャリアやライフプランに照らして考えるようなアプローチは欧米で先行していました。しかし、今ではアジアの女性にも、そうした考え方が根付いてきています。

特にそうしたマーケットを牽引しているのは中国で、実は中国の女性は世界第3位の消費市場でもあります。この層は購買力がかなり強いため、市場規模はすでに100兆元ですが、年率9.5%くらいずつ拡大しており、それに伴って個人的な充足感を重視する人も増えています。その結果、より多くの可処分所得をセルフケアに当てることができるようになってくるのではないかと見られていますし、特に女性は美容やセルフケアの領域にお金を投じるという傾向があります。

こうしたことを踏まえると、社会進出する女性、その中でも購買力が著しく強くなってきている中国の女性をマーケティングして、彼女たちとのコミュニケーションを通じて自らのブランドやビジネスの中に招き入れるというのは、これから大きなトレンドになってくるものと思われます。

進むメンズビューティーの浸透

アジアのトレンドとしては、メンズビューティーやメンズコスメのマーケットが、欧米より進んでいると言えます。欧米でも男性がコスメやメイクアップを取り入れるライフスタイルは存在しますが、アジアではメンズコスメやメンズビューティーの領域が一般社会にも浸透してきていて、特に中国や韓国では専門のスキンケアやコスメブランドも立ち上がってきているのです。

日本ではあまり知られていませんが、アジアの若い男性特有のスキンケアの問題、特にオイルコントロールや保湿の悩みをターゲットにしたメンズコスメを市場に投入しているSidekickは、実は資生堂のサブブランドだったりします。

Sidekick 「Sidekick」公式サイトより。

それから、Estée Lauderもサッカーチームのマンチェスター・ユナイテッドと独占契約を結んで、セルフケアとスポーツを融合したプロモーションを展開していますが、これは中国にマンチェスター・ユナイテッドのファンクラブ会員が2億5千万人もいることが背景にあります。スキンケア以外でも、若い世代はメイクへの興味が高かったりするので、男性用のファンデーションやコンシーラーまで発売されていて、たとえば中国のローカルブランドであるPerfect Diaryは、この領域の製品を出しています。

東洋医学も取り入れたパンクウェルネス

ウェルネスやウェルビーイングが中国やインドに浸透し始めているという話をしましたが、Herbeastも中国のウェルネスブランドの1つです。特に文化的に好奇心が旺盛なZ世代の消費者は、インドでも中国でもウェルネス習慣に興味津々で、どこの国や地域でもそういう傾向が見られますが、やはり自分たちが住んでいる土地や慣れ親しんできたカルチャーにインスパイアされたブランドが伸びています。

Herbeastも、中国の伝統医学に基づいた製品をZ世代に対して提供するクリーンビューティーのブランドで、漢方などをふんだんに取り入れた成分で商品を作ってきました。このように中国の医学療法を取り入れたパンクウェルネスやパンクヘルスというものが、トレンドの主役になってきているところもあります。

Herbeast
Herbeast」公式サイトより。

高麗人参を使っていたり、チベット地方で薬草としても使われているシーバックソーンをブレンドした、夜に飲むためのお茶や血液をサラサラにするコーヒーなどが販売されていて、それをパーティやクラブでの夜遊びの際などに飲んだりします。本来は身体に悪かったり健康のプラスにはならないことをするときに、そういうものを飲んで気分を解放したりストレスを発散すれば、長い目で見るとポジティブに働くのではないか、という考え方がパンクウェルネスやパンクヘルスの根幹にあります。

ヴィーガン&無添加コスメでクリーンなブランド構築

そして最後の話題になりますが、美容領域でマーケットを牽引しているのは、韓国系のビューティープロダクトです。

最近の例では、韓国発のヴィーガン化粧品の市場が急速に大きくなっていて、2025年までに約1兆ウォンに達するといわれています。日本の感覚だと約1000億円規模のマーケットですね。具体的にこの領域で目立っている韓国系のヴィーガンスキンケアのブランドとしては、CLAPS、AMUSE、NONFICTIONといった独立系のものがあります。これらのブランドは、ヴィーガンのウェルネスやライフスタイルを促進するために、高品質な処方とスタイリッシュなパッケージなどを組み合わせて、非常に人気を集めてきました。

プラントベースの製品作りや売り場作りを取り入れたヴィーガンゾーンやヴィーガン食品ショップも増えていて、その背景としては、アジア発のクリーンビューティーが大きなムーブメントになっていることが挙げられます。クリーンビューティーは、必然的にオーガニックな成分や肌と身体のためになる成分と相性が良いので、体にも環境にも優しいとされる植物由来のものに注目が集まっているわけですね。

CLAPS
CLAPS」公式サイトより。

AMUSE 
AMUSE」公式サイトより。

NONFICTION
NONFICTION」公式サイトより。

もちろん植物由来でも体に良くないものや、逆に科学的にラボで作られた成分にも体に良いものもあります。それでも、やはりブランドとしてクリーンでスタイリッシュなイメージを売りにしていくためには、こういったヴィーガンコスメやヴィーガンスキンケアの製品が与える印象がマーケティング戦略上もプラスに働くでしょう。ヴィーガン以外のトレンドもあるにはあるのですが、クリーンビューティの流れが継続しているアジア圏では、それに沿った製品やサービスがまだしばらく人気を博していきそうです。

こうしたインドや中国の若い世代のトレンドに対して、40代や50代、あるいはアジア全体の女性のビューティー関連商品のユーザーにとってのクリーンビューティーは、まだ少しニッチな領域ではあります。それでも各ブランドでは「free from〜(〜の成分は配合していません)」という主張を押し出す傾向が確実に増えてきているので、消費者もそれらの成分の効果や機能について知識を深めています。そのため、若い世代ではブランド名ではなく製品で使われている成分や効果・効能によって商品を選ぶことが当たり前になりました。

結論として、クリーンビューティーやヴィーガンコスメの領域では、この流れが、アジアの中高年層の女性にも広がっていくということを大きなトレンドとして認識する必要があると言えるでしょう。

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文:大谷和利
編集:大橋智子
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ロンドンを拠点に活動するSTYLUSは、様々な業界のトレンドを分析し、未来の変化を予測するイノベーションアドバイザリーサービスです。
独自のアプローチで、データと経験を基にしたインサイトを提供し、企業がイノベーションを推進し、市場の変動に対応できるよう支援しています。

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