2025年4月に開催された、「第21回上海国際モーターショー(Auto Shanghai 2025)」(以下、上海モーターショー)。マツダが出資する現地法人・長安マツダ汽車有限公司から、新型電動クロスオーバーSUV「MAZDA EZ-60(マツダ・イージーシックスティ)」が発表されました。中国市場に向けたエレガントでモダンなデザインは、早くも話題を集めています。
この「MAZDA EZ-60」のリビールムービーとグラフィックを、アマナが制作しました。実車の撮影が難しい状況において、フルCGでビジュアルを作り上げたプロセスとポイントについて、制作に関わったアマナのプロデューサー・山根さつき、クリエイティブディレクター&アートディレクター・鳥居真雄、CG制作進行・洗豪、CGディレクター・羽田貴尚と上見佳史の5人に聞きました。
クリエイティブの制作がスタートしたのは2024年11月のこと。2025年4月に開催される上海モーターショーで、新しい電動SUV車「MAZDA EZ-60」のムービーとグラフィックを作ってほしいとの依頼でした。そのタイミングで実際の車両モデルが完成していなかったことと、具体的なクリエイティブイメージなども未定の状態で、期間と予算を鑑みてどの手法であれば双方のビジュアル制作が可能かをいくつか提案。車両の制作が撮影には間に合わないこともあり、フルCGで作り上げていくことになりました。
「2025年4月25日から開催される上海モーターショーに向けて、ムービー1本、ティザーグラフィック6点、ブランドショット20点を制作しました。参考資料やリファレンスムービーなどもいただきながら、3DCGで作るのであれば、CGだからこそできる表現を取り入れられないか?といった点や、ムービーとグラフィックでどのように統一感を持たせるかなど協議しながら準備を進めました。ムービーで世界観を固め、そこに合わせてグラフィックに展開していくほうが連動感をより強く打ち出せると考え、先にムービーから取りかかることになりました」(洗)
ムービーの制作フローは、監督への依頼→絵コンテ制作→絵コンテ承認→CAD支給→CADセットアップ→ムービーのカット制作→カット編集→音楽→文字グラフィック→完パケ、というのが一般的な流れですが、監督が決まってから最初の絵コンテが承認されたのは2025年に入ってから。当初は、ムービーとグラフィックは同時並行で制作を進める予定でしたが、先にムービーのイメージが確立してからグラフィックの背景制作を始める、というフローになりました。
「通常はオリエン時に大まかな世界観やイメージボードが決まっており、それをもとにクリエイティブコンセプトなどを作っていきますが、今回は車のデザインテーマである『FUTURE』『SOUL』『MODERN』という3つのキーワードをいただき、そこから全体的な世界観をマツダさんと一緒に作っていくスタイルで進めました。ただ、このキーワードは意味が広く、どのような感情に結びつくのか、どんなビジュアルが想定されるかといった解釈が人によって異なってきます。まずはそれぞれのワードについて読み解いていき、それをクリエイティブに反映していきましょうと、鳥居とマツダのデザイン部の方とで話し合いながらイメージを具体化していきました」(山根)
「私の役割は、世界観作りとキーワードの整理。まずは、クライアントからいただいたキーワードや資料を元に、イメージボードを作りました。
たとえば『SOUL』というワードは、こちらの解釈で『情感』と考え、感情を突き動かすような表現、たとえばブレや揺らぎをあえて加えたビジュアルのトーンが『SOUL』だと思いました。ですが、クライアント側の解釈は、そこに『マツダのクラフトマンシップ』が加わり、質感や意匠を描く中で『職人が魂を込めて作り上げた美や精緻さ』を伝えたいと。こうした解釈の幅がある中で、クライアントとの認識を丁寧にすり合わせるためにイメージボードを作っておくことが大切です。
さらには、ムービーで表現するシーンをいくつか想定し、『出発するシーンは光や色を印象的に使う』『未来感は、SF的な未来都市を見せるのではなく、“今”を感じないくらいの現実的な近未来』『ドライビングは光の流れやブレで動きを出す』といった、具体的なイメージ画像をまとめていきました」(鳥居)
キーワードを分解しイメージ構築を行って、クライアント側と制作側の意識合わせをしておくことは、クリエイティブ制作において必須のこと。ここでイメージしたゴールを双方の軸として、ブレないように進めていきました。
ムービー制作でポイントになったのは、色味の表現。今回制作した「MAZDA EZ-60」のボディカラーは、パープル系の新色と既存のグレーカラーの2色があり、リビールムービーではパープル系の新色の車体が登場することに。
「太陽が当たっている紫と当たっていない紫の表現は全く違います。直射日光が当たっている時は紫がクリアに発色しますが、光がないと紫ではなく黒っぽく見えるのです。その違いが自然に見えるように、CGを調整していきました。また、ショー用の実車もまだ実車ができあがっていないため、組み上げられた状態のインテリアを誰も見たことがなく、資料写真をヒントに作り上げていくのが大変でした」(羽田)
他にも、羽田が注力したのは人間の動き。人は人の動きにとても敏感で、少しでも違和感があると「不自然だ」と感じます。シルエットになった人物が登場するシーンでは、ムービー監督とも検証を重ね、カメラワークや人物の配置で絵に動きを出すことで、その違和感を最小限に抑え自然な仕上がりを叶えました。
MAZDA EZ-60
ムービーのストーリーライン、舞台設定が固まったところで、グラフィックの制作に入ります。背景については、橋や道路の高架下など、ムービーで制作している舞台を中心に、各カットをどの場所にするかをピックアップ。クライアントから届く「このアングルがカッコよく見える」「この造形を見せたい」といったポイントを意識しながら、アングルを調整、ライティングを施して制作を進めていきました。
「もともと動画のクオリティが高いので、ティザーグラフィックについてはその切り出しをベースに作っていくという作業になりました。モビリティCGに特化したcroobi(クロオビ)の経験値があるのでライティングについても熟知していますし、いろいろなバリエーションを作ることができたと思います。背景の躍動感も含めて、納得のいくクオリティになりました」(上見)
完成したムービーとグラフィックに対して、中国のSNSでは前評判が高く、モーターショーでのリビール以降も多数の予約注文が入るくらいの反響で、マツダの担当者からは「いいものができた」「マツダの味(らしさ)がしっかり伝わるビジュアルだった」というコメントをいただいたそうです。
「ムービーに関しては、当初、訴求ポイントを盛り込んだ構成から、どんどん要素を削ぎ落としていく形で調整。見る人の感情を揺さぶる表現をするには、という観点で要素を絞り込み、いわゆる『見せポイント』を中心にまとめ直しました。一方、グラフィックでは、空力の表現やインテリアの質感といった訴求ポイントがしっかりと伝わる、リアルな絵作りをしていったのがよかったと思います。ノイズを少しだけ入れたり、手ブレっぽい表現をあえて加えたり、アマナが撮影もできる会社だからこそ、CGっぽさを感じさせないでビジュアルを作ることができた理由かもしれません」(山根)
「実車は見られなかったのですが、実車サイズのモックを見ることができたのはありがたかったです。スタッフの頭の中に車の大きさが実感としてインプットされましたし、それが自然な表現につながりました」(鳥居)
「今回のケースのように、車両が存在しない・実写撮影するには時間的に間に合わない、などの理由で、フルCG制作の選択を迫られる場合もあると思います。そんな時でも、動画と連動したリアルな背景を準備でき、リアルな車両表現を可能としてきたcroobiチームのCG制作能力にプラスして、鳥居のアートディレクションのもと、上見や沼波のチームが車を理解したレタッチ能力を発揮してクライアントのディテールへのこだわりに対応できる点が、アマナの強みと言えます。すぐに適切なディレクターやスタッフに依頼して制作体制を整えられるプロデュース力も、長年の経験があるからこそ蓄えられていると思います」(洗)
クリエイティブディレクターやアートディレクター、CGクリエイターといったスタッフが社内にそろい、CG制作のアセットや経験値を培ってきたアマナ。リソースと技術がそろうことで、強みが存分に発揮されました。
<スタッフクレジット>(すべてアマナ)
クリエイティブディレクター:鳥居真雄
CGディレクター:羽田貴尚、上見佳史
CGデザイナー:竹本英正、齊藤優一、伊東栄二、徳永功、蔦滉志
CGエフェクト:佐藤翔太
CAD:志村祐輔
テクニカルデザイナー:高橋保
CG制作進行:洗豪
統括プロデューサー:山根さつき
<ムービー制作>
CGエフェクト:佐々木紀子、増田啓人
テクニカルデザイナー:高橋保
プロデューサー:宮崎好弘
<グラフィック制作>
アートディレクター:鳥居真雄
レタッチャー:沼波奨悟
CGデザイナー:足立原志保子、嶋村将宏
取材・文:大橋智子
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株式会社アマナ
山根 さつき
株式会社アマナ
山根 さつき
2018年にアマナに入社。食品業界を中心としたグラフィック制作プロデュースからキャリアをスタートし、WEB・イベント・動画制作など幅広く経験。現在はビジネスプロデューサーとして、コミュニケーション領域全般での課題解決や案件プロデュースに従事。
株式会社アマナ
鳥居 真雄
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鳥居 真雄
表現力と発想力に優れた「心を動かす」クリエイティブのエキスパート。企業や商品の目に見えない価値や本質を象 徴化(SYMBOLYZE)し、可視化(VISUALIZE)することを責務にデジタルとフィジカルを横断するクリエイショ ン全般に携わる。
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洗 豪
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洗 豪
幼児英会話教室運営会社にて総務部員として2年間勤務。その後、CG業界への転身を決意し、デジタルハリウッドに入学。卒業後、同校にて1年間Teaching Assistantを務める。その後、株式会社ナブラに入社し、主にTVCMのCG制作を中心に3DCG制作に携わる。同社がアマナグループに参画後も、3DCGデザイナーとしてキャリアを重ね、2018年より現職のCG制作進行として活躍中。
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羽田 貴尚
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羽田 貴尚
CGデザイナーとしてキャリアをスタート後、静止画、動画問わずさまざまな案件を担当。MobilityCG専門制作チーム「croobi」の中心メンバーであり、CGディレクターとして多くの案件に携わる。
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上見 佳史
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上見 佳史
1997年にレタッチャーとしてキャリアをスタート。2013年より3DCGに関心を抱き、部署を異動。2019年からはリアルタイムコンテンツに興味を持ち、現在のRealtime Content Sec.に所属。
amana cgx
amana cgx
amana cgxサイトでは、amanaのCG制作チームが手がけたTV-CMやグラフィック、リアルタイムCGを使ったWEBコンテンツなど、CGを活用する事で、クライアント課題を解決に導いた様々な事例を掲載。
CGクリエイターの細部にまでこだわる表現力と、幅広い手法によるソリューションサービスを紹介しています。