プロンプト時代の言葉と創造性 〜EVOKE書籍出版イベント ゲストセッションレポート

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SPEAKER スピーカー

2025年7月、アマナのクリエイティブチーム「EVOKE」が書籍「between us: 私たちはAIと、創造性を問い直す」を出版しました。本稿では、7月8日に開催された本書出版記念イベントのメインセッションとして「プロンプト時代の『言葉』と創造性」と題し実施したトークセッションの模様をお届けします。当日は、書籍内にも登場いただいているLOBSTERR共同創業者の佐々木康裕さん、歌人の伊藤紺さんをゲストに迎え、EVOKEメンバーのコンスタンス・リカと進行役丸岡和世が、生成AI、プロンプト、言葉、そして創造性について語り合いました。表現や発信のプロフェッショナルには、AIが当たり前に存在する今日の「創造性」のあり方や、そこで言葉が果たす役割がどのように見えているのか、示唆に富んだ対談となりました。

生活に浸透するAI〜AIとは、人間と同じ関係性を持てるか

丸岡和世(以下、丸岡):皆さんの生活の中でAIの普及を感じることはありますか?

伊藤紺(以下、伊藤):友達も普通にAIを使っているし、私自身も、作品制作には一度も使ったことはないのですが、Tシャツのこの部分の名前は何といいますかとかの調べものだったり、ちょっとした遊びに使ったりはしています。

伊藤 紺 |Kon Ito

歌人。1993年生まれ。2019年に『肌に流れる透明な気持ち』、2020年『満ちる腕』を私家版で刊行する。2022年両作の新装版を短歌研究社より同時刊行。最新刊は2023年『気がする朝』(ナナロク社)。“リレー”のように交互に作品を制作する、デザイナー・𦚰田あすかとの展示作品「Relay」、土地を歩き土地に短歌を書き下ろした「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ2024」への出展、写真作品に短歌を書き下ろした上白石萌歌の写真展「かぜとわたしはうつろう」のほか、ファッションビルとのコラボレーションなど活躍の場を広げる。

佐々木康裕(以下、佐々木):周りの使い方をみていると、自分の想像を超える使い方をしている方が結構いますよね。特に女性の方は友達のように使っている方が多いようです。AIと婚約した女性のニュースを見てびっくりしたのですが、この前電車で横に立った女性がChatGPTと会話している画面で、タイトルのところに「彼氏」と入っていたのが見えちゃって。驚きはしたんですけど、そういうことが珍しくなくなり、人間の彼氏とチャットするのと同じくらいあたり前のことになるんだろうなって思いました。

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佐々木 康裕 |Yasuhiro Sasaki

Lobsterr共同創業者。世界中のメディアから「未来の変化の種」をキュレート・発信するスローメディア『Lobsterr』の共同創業者。ニュースレター、Podcast、書籍など多様なメディアで発信をしている。デザイン・イノベーション・ファーム Takramにも所属し、未来探索のプロジェクト等に従事。著書に『パーパス 「意義化」する経済とその先』『D2C 「世界観」と「テクノロジー」で勝つブランド戦略』など。

コンスタンス・リカ(以下、コンスタンス):私はコロナ禍で人と会えなくなって、壁打ち相手にAIを使いまくっていました。ChatGPTはとにかく肯定的なことしか言わなくてつまらない、自分が聞きたいことしか返してくれない。自分が聞きたいような答えばかり返ってくるので、あえてAIに反論したり、意識的に対立するような会話を試すようになりました。なので、質問するための編集力、つまり問いを鋭く組み立てる能力が鍛えられたように思います。一方、相手の言葉を素直に受け取る感受性や共感力が鈍くなっている人もいるように感じています。

伊藤:詩、歌というものは、辞書に書かれている意味の束縛から言葉を解放するもので、私は言葉が持つ意味だけではなく、イメージを広げていくのが仕事だと思っているんですが、AIは、そういうことは今はできないだろうなと考えています。

佐々木:AIはもっと凄い勢いで変わっていくと思っています。多分スマートフォンを使うようになって、例えば猫背になったり、小指の形が変わってきたりという身体の変化が発生していますけど、AIを使うことで同じように脳の組成が変化したりするんじゃないですかね。それが進化なのか退化なのかは分かりませんけど、人体の変化や、社会文化の変化が起こるのではないでしょうか。

言語の多様性はAIで失われてしまうのか

“AIがどうやって言語を学習するのかは、実はこれからの大きなテーマになるかもしれない”(佐々木康裕さん)

コンスタンス:「AIとの会話を繰り返していると、『AIに伝わりやすい言葉や表現』を選ぶようになってしまいます。AIって英語圏で作られているデータが多く、学習されているものも英語が中心ですよね。私はマレーシア出身なんですけど、現地では「マレー語は使わなくていい、英語の方がいいんじゃないか」という若者が多くて、自国の言葉がシュリンクしていく印象もあります。

丸岡:言葉がシュリンクするという話題は書籍の中でも佐々木さんに取り上げていただいていましたよね。フィンランド語がシュリンクしていく、自国の文化を自国の言葉で伝えることができなくなっていくというお話。

佐々木:AIのデータ、ラージランゲージモデルが英語で作られているので、フィンランド語で打ち込んでみても、AIの裏側にフィンランド語の学習データが少なくてまともな回答が返ってこないんです。だから刑務所の中の受刑者の労働として、フィンランド語の学習データを作るというようなことが起きています。AIが人間の対話相手になっていくにあたって、AIがどうやって言語を学習するのかは、実はこれからの大きなテーマになるかもしれない。

丸岡:日本語についても心配になってきますよね。伊藤さんは日本語を扱っていて、先ほども「言葉の意味、イメージを広げていく」ということを仰っていました。日本語がシュリンクしていくとしたらどうですか。

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アマナのイメージングディレクター・ビジュアルコラボレーター、丸岡和世。

伊藤:悲しいですよね。詩の中でも短歌は特に五七五七七という韻律や音の作用を利用しているので、別の言葉に変換すると、絶対に違うものになってしまいます。これから英語を一生懸命勉強したら、英語で短歌をつくる、詩をつくるとしても、もしかしたらものすごくいいところまでいけるのかもしれないですけど、なにか違う。日本語だけにこだわりがあるというよりは、なんで英語で歌をつくったり詩をつくったりしなければいけないんだろうという気持ちが先にあるというのが正直なところです。

丸岡:多言語話者の観点からは、表現と言葉の関係をどう捉えていますか

コンスタンス:日本語だとこういう表現ができるのに、英語ではなぜできないのか、と考えることがあります(その逆もありますが)。言語ごとに別の魂が必要という感じがしていて、言葉が違うと性格も変わってくるし、表現の幅が増える気がします。英語をしゃべっているときにはこういう感情になることはないのに、日本語だとあるというようなことも。表現が広がるような言葉を知ると、そこからなにか創れそうという感覚がわき出るようなことも沢山あります。

伊藤:私は語彙が少なくて。自分が持っている語彙でやれれば十分、知っている言葉だけにこだわっているわけではないのですけど、わざわざ語彙を増やそうとは思わないですね。あたらしくて美しい言葉を手に入れたとしても、それが自分から自然に出てくるものでなければ、自分の語彙の生態系を崩してしまう気がするので、作歌には使えないです。

丸岡:短歌を今詠もうと思うきっかけというのはどこにあるのですか。

伊藤:短歌の「詩」というのは英語だとポエムですが、詩情、ポエジーという言葉があって、ポエムというのはポエジーを言葉ですくい上げたもののことなんですね。詩情がそのままポエムになるのではなくて、なんとも捉え切れないポエジー、感情があって、その中から言葉ですくったものだけがポエムになるんです。なので、詩情が一番最初にあるのかもしれないですね。

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余白やノイズ: 創造性はどこから生まれるのか

“私が目指すのは「余白」を意図的に作り出し、AIの創造性を育てること”(コンスタンス・リカ)

丸岡:佐々木さんは世の中の情報を捉えて、自分が発信するもの、しないものと判断されていますが、どのように選んでいるのですか

佐々木:自分の価値観や、常識に沿わないものを優先的に採り上げるようにしています。今日の情報環境ってフィルターバブルといわれますけど、自分の興味関心に近いものがどんどん目に入るようになっていますし、先ほどのAIは聞きたいことしか返さないという問題もありますし。だから入ってくる情報に、ある種のノイズを埋め込む、多分それがクリエイティブの鍵になると思うのですが、自分の思いであったりバイアスでは触れ得ない情報をなるべく採り上げようと考えています。
小説家、詩人の多和田葉子さんという方、日本語とドイツ語で表現されている方なんですけど、「言語を家とすると、面白いことは日本語、ドイツ語という家の中ではなく、家の外、路地で起きるのだ」というようなことを言っているんです。似た話で、大学で教えている精神科医の方が、「学生生活での面白いところは教室じゃなくて、廊下だよね」というようなことを言っている。「路地」とか「廊下」とかがフィルターバブルに囚われないためのキーワードじゃないかと思っています。創作活動のその瞬間ではなくて、ふっと気を抜いた休憩時間のような隙間っぽいところでクリエイティビティというのは発揮されるということですよね。境目、ノイズというようなことが大切なんだと思います。

コンスタンス:AIと会話する、プロンプトを書くということについては、私はプロンプトエンジニアリングと、プロンプトアーキテクチャという2つを使い分けています。プロンプトエンジニアリングは、自分が求める答えを正確に得るために、どのような言葉を選ぶかを徹底的に突き詰めること、プロンプトアーキテクチャは、言葉の設計そのもの、何を緻密に伝え、あえて曖昧にするのか、そのためにどの順序でAIに言葉を投げかけるのかを考えることです。AIは実際には言葉を理解しているわけではなく、「次にどの言葉が続く可能性が高いか」という確率によって文を生成しているだけなので、人間と会話するように「言わなくてもわかるでしょ」という前提は成り立ちません。すべてを言葉にして伝える必要があるので、AIとの会話ではどうしても「正確さ」や「効率」を重視しがちになります。でも人間同士では、相手の想像力や文脈に頼って「あえて言わない」ことが「余白」を生んでいますよね。私が目指すプロンプトアーキテクチャは、AIとの会話に「余白」を意図的に作り出し、AIの創造性を育てることです。この「余白」の考え方は、「廊下」の話にもつながっている気がします。

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アマナのイメージングディレクター・ビジュアルコラボレーター、コンスタンス・リカ。

伝えるための言葉と目的のない言葉。AIは創造性を持つのだろうか。

“プロンプトは実は詩と一番正反対なのかも”(伊藤紺さん)

伊藤:プロンプトは実は詩と一番正反対なのかもしれないと思いました。というのは、詩は明確な目的がない言葉で、誰かの中でこういう動きを持たせたい、決まった作用を促す言葉とは一番離れているものだと考えています。そこにポンって置いたときに、みんなの頭の中でどういう像を結ぶのかということを楽しんでいて、どこか彫刻みたいな。だからプロンプトのような目的とか、伝えるということは私は全く考えていないな、というのが今の自分のリアルな感覚です。

コンスタンス:私もプロンプトを書いているときは、答えを期待しちゃっている、言い換えると未来を追いかけているような感じなんです。でも、アートを見たときの感動とかは、今自分がこの瞬間に存在するということを実感するというか、そういう「この瞬間」という感覚の違いが、人間の作るものとAIの作るものの違いなのかもしれないです。
あと、AIとの会話という点では、AIが英語で学習しているというところで「翻訳者」という意識があります。この人が沈黙している、というときに、話をきいていないのではなくて、他の人をリスペクトしているからかもしれない——使用している言語で振るまいが変わるのに伝わらないことがあります。AIに何かが伝わらないと感じるときも、直訳や意訳だけの問題ではなく、たとえば英語圏の文化に「敬意としての沈黙」がなければそれを言語化してプロンプトに含める必要があり、そういった意味で私はAIに対して「翻訳者」のような役割を果たしていると感じています。

佐々木:海外の情報を日本に伝えるときも、伝えにくいこと、こう変えなきゃということは沢山ありますよ。最近だと海外でLGBTQなどで、He/SheではなくTheyを用いる表現がなくて「彼/彼女」みたいな表現にしないといけないとか。ただ、「言葉がない」ということ、翻訳するときにつたなくなってしまうことが、逆に海外の価値観と日本とのギャップを明らかにするようなこともあるのではないかと思います。

伊藤:ちょっと別の話ですが、今お話を聞いてて、AIとの会話を、自分があんまり楽しめないのは、「ほしい答え」をそんなに欲してないからかもと思いました。新しい視点をくれるっていうのは大事なんですけど、その人が生きてきた何かを感じる話が好きなんですよね。独白とかオチのない話とか。そういうカットされてしまう「個」のノイズにわたしは会話の安心を感じるのかもしれません。

コンスタンス:AIとの対話でいつも感じるのは、トラウマや感情に囚われないから、AIは絶対に傷つかないということ。その一方でAIは妙に記憶力が良く、こちらの言うことを予測し、いつも完璧な答えを返そうとしてきます。だから私は、AIにすら簡単に予測されない人間であり続けたいし、ときには意図的にAIをちょっとだけ困らせたり、バグらせたりする存在でありたいと思っています。「傷つくことのない」AIが、感情を持ち、人間と感覚を共有しながら「目的のない」雑談や会話のなかでふと傷つくAIがいる――そんな未来になるなら、そこに絶対にいたいですよね。

丸岡:ありがとうございます。言葉は単なる手段ではなく、私たちの創造性そのものを形づくる存在であるという立場から、本日のセッションでは、言葉を扱う点は共通しているものの、扱う領域がそれぞれ異なる三名の視点を通して「創造するとは何か」「AIとどう関わるか」を見つめ直すことを狙っていました。チーム名「EVOKE」には、“創造性を呼び起こす”という想いを込められています。現代のように日常的にAIと関わっているからこそ、創造性やAI、言葉との関係を改めて探ることが、さらなる創造性を喚起することにつながるのではないかと、あらためて感じました。
今回出版した「between us: 私たちはAIと、創造性を問い直す」はAmazonやそのほかの書店にて発売中です。ゲストのお二人が、このセッションの中では語り切れなかった思考、語られなかった視点が収録されているだけでなく、さまざまな方との対談や、企業様との事例も採り上げています。 ぜひ一読いただいて、皆さんご自身の言葉で「創造性を改めて問い直して」いただけたら嬉しいです。

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出版イベントの様子はamana noteで公開しています。

取材・文:秋山龍(合同会社ありおり)

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クリエイティブコラボレーションを通じて、目指す未来を描き出す。
最近は、AIを活用したクリエイティビティの拡張に力を入れている。

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