あらゆる業界でDXが必須項目となり、コロナ禍も相まって多くの企業でデジタル化が急速に進んだ2020年。今後、日本企業のデジタル化はどのような方向へと進んでいくのでしょう。長年、数々の大型プロジェクトに携わり、今なお、デジタルマーケティング、コンセプトワークの最前線に立つコンセプターの坂井直樹さんに、日本の現状の問題点と進むべき道について伺いました。
僕はこの2年間どっぷりと中国にハマっていて、周囲からは共産党員か? って言われている(笑)。今の中国は、2014年ごろから始まったデジタライゼーションが、ようやくある地点まで到達した状態だと言えると思います。
それが顕在化しつつあるのがアフリカ。2013年に提唱された「一帯一路(※)」によって、アリペイ、WeChatペイといったデジタル決済のカルチャーもアフリカまで行ってしまった。かつ、かの地では、いきなり5Gから始まるわけですよね。スマホネイティブなアフリカ人が5Gでアリペイ、WeChatペイを使うというカルチャーが誕生するわけです。アフリカ諸国の発展は、我々が思っている以上に早いと思います。そういう状況がすごく面白い。
※…中国の習近平国家主席が打ち出した、アジアとヨーロッパを陸路と海上航路でつなぐ物流ルートをつくり、貿易を活発化させ、経済成長につなげる構想。
もうひとつ、面白いなと思ったのは、ドイツ発のモバイルバンクN26。モバイル専用銀行で、EU内17カ国で口座開設可能という、従来の銀行を破壊するかのような画期的なサービスなんですが、ここに出資しているひとつがテンセントなんですね。とにかくあらゆるスタートアップに出資している。貪欲です。
デジタライゼーションによって、デジタル決済のカルチャーが浸透した中国は、まさにこれからが刈り取り時期。今なお、中国は、世界の45%のEコマースのシェアを持っていますが、それは65%くらいまで行くはずで、「一帯一路」の完成も間近だと思います。
一方で、アメリカやヨーロッパは、ほぼ死んでるという感じですね。なぜ、欧米のデジタライゼーションが遅れているかと言えば、個人情報に関する捉え方の違いが大きい。中国では個人情報はマスであるという認識に対して、欧米では個人情報は大切にするべき存在という認識ですが、この倫理観が、デジタライゼーションの弱体化を招いています。共産主義とデジタライゼーションはものすごく相性がいいんですね。
デジタライゼーションの浸透によって圧倒的な強さを見せるのが、D2C(Direct to Consumer)のチャネル。あらゆるスペシャリストがKOL(Key Opinion Leader)という形で個別のファンを持っていて、その人たちを通すことで巨大な金が動くということです。カリスマとファンしかいない世界の中で、CDでもDVDでもファッションでも、何でも直接売れる。
僕はこの流れを、中国で直接見てきましたが、テレビのような旧来のマスメディアや、そこを舞台にしてきた電通・博報堂のような会社が必要ない状況の中で、新しい経済圏が生まれつつあることを強く実感します。このチャネルが完成しているのは今は中国だけですが、世界全体がこの方向に進んでいるのは間違いありません。
僕は、今後、アジア全体が1つのグループとしてまとまっていくと思っています。その中で日本は、EUにおける英国と同じようなポジションに収まるんじゃないのかな。そういった環境下で、日本はどんな産業で身を立てていくべきかと考えると、やはり、製造業、特に部品製造が有利な事業なんじゃないかと思うんです。
オムロン、村田製作所、島津製作所など、国内に優秀な企業がたくさんあるし、そもそも「ものを作る」力は、実は昔から今に至るまで、日本はずっと強いままなんです。そう見えないのは、日本企業にブランドを構築する力が弱ったから。経産省・特許庁が2018年に出した「『デザイン経営』宣言」という提言書にもありましたが、コンピュータが登場したあたりまでは日本もその流れについていけたけれど、プロダクトからSaaS、それに伴ったユーザーエクスペリエンスの構築へのブリッジができない企業が多い。結果的に、「ものを作る」というところにフォーカスしていかざるを得ない状況でもあると言えます。
世界で表立って存在感を発揮したいのであれば、頑張らなくちゃいけないのはエコロジーの分野ですが、残念ながら、今の日本にはもう、産業としてまとめ上げる力がない。ただ、バイオディグレーダブル(生分解性)など、技術はいろいろ持っているから、それを活かして世界の下請けになっていくのが、僕の見えている日本の近未来図です。
今の日本の組織は、2つのジェネレーションがはっきり分かれています。その区切りは年齢ではなくて、「デジタルがわかる人/わからない人」です。
実際、今の企業トップにプログラムを書ける人なんていません。プログラムを書くことがマストではなく、書くことで頭の構造が変わっていくことが大事なんです。だから、日本の経営者はみんなチームラボで勉強するといいと思うけど(笑)、変わることをよしとしない経営者が山盛りいるのが大きな問題です。こういった人間をトップに頂いた組織が作り出す「秩序」というものが、実は、日本にとって一番のリスクなんですよ。しかも、こういった組織は決してデコードできない。変わろうとしない人間が変化を受け入れることはないわけですから。そんな組織はもう、しょうがないよね。
例えば、猪子寿之さん(チームラボ代表)や山田進太郎さん(メルカリ代表取締役CEO)にしても、堀江貴文さんにしても、プログラムを書ける経営者は、思考スピードがものすごく速いし、経営センスも違う。Z世代(1990年代後半~2010年生まれ)ならなおそうだし。僕の孫は今10歳なんだけど、完全なデジタルジェネレーションですよね。そういう人たちが表舞台に立つことで、日本を良き方向に導くのだと思っています。
AIって、設計者の意図を明確に反映するプロダクトでもありますよね。そう考えると、汎用的なAIというのは、いったい何なのか? まだそれに関する精密な整理ができていないのが現状だと思います。
今現在存在しているAIは、専門性に特化したもの。床をきれいにしたり、走ったり。ただそれだけのものです。将来的にはたくさんの専門性を制覇したジェネラルなものが登場するんだろうけど、そんな汎用型のAIを、果たして何に使うのか、という議論はまだ尽くされていない。
コミュニケーションという部分から、多少ディストピア風にAIの未来像を考えてみると、デジタルアンドロイドみたいな存在になるのでは。たぶん近い未来に、パーソナルなものは出てくると思うし、読み込ませる情報によって差異化が図れるから、面白いと思います。濱口秀司さん(monogoto Inc. CEO)は、僕のブログを読み込ませてそういうのを作りたいと言っているけど、どうなるんだろうね。
AIを活用した事例でひとつ、すごく感動したことがありました。ドローンって本来3km程度しか飛べないのですが、AIを搭載することで、同じハードウェアで30km飛ばすことに成功した事例があるんですよ。鳥と同じように気流を読むことで、長距離飛行を可能にしたそうですが、エレガントですよね。自然の気流とデジタルテクノロジーの組み合わせがとても美しい。
AIを導入する目的というと、効率とか生産性ばかりが重視されるけど、僕はあまりそこには興味はない。全部がデジタルで完結するのではなく、生体とAIのハイブリッドみたいなものの方が面白いなと思っているんです。
ちょっとそんな感じの実験的なプロジェクトを、今京都大学で、真鍋大度さん(株式会社Rhizomatiks取締役)がやっています。MRIの中で音楽を聴いて、そのビジュアルイメージ自体を取り出そうというものです。僕も昔から、音は視覚に変換できると思っていましたが、それにかなり近いものが実際に出てきたなと思いましたね。完成度はまだまだだし、彼1人でやっているプロジェクトですが、ちょっと面白いよね。
真鍋さんも猪子さんも、今やグローバルに活躍するメディアアーティストだよね。こういった才能を持った人材を育てていくことは、ひとつの未来を築くことじゃないかと思います。
今STEAM学習(Science、Technology、Engineering、Art、Mathematicsを統合的に学習する教育手法)の重要性が声高に言われています。学校ではきちんと教えるのは難しいところだけを教えようと、小学生を対象にしたプログラミング学校(あそぶ!天才プログラミングの学校)をチームラボブランドで作って、展開しているんです。こういうスクールが、真鍋さんや猪子さんみたいな子を育てるんじゃないかな。この学校では、周囲の人間とコミュニケーションを取りながらひとつのプロダクトを作るといった、共創型のプログラムを実践しています。こういう教育を小学生のうちから受けることで、きっと将来、社会を変えるような人たちが出てくると思いますね。
子供向けのプログラミング教室はそれこそたくさんありますが、プログラムを書ける人間を育てるということは本質じゃない。クリエイティブな子どもたちを作る。それを一番の目的にしなきゃいけないんです。そのクリエイティブとは、人と違うことを考える子、一次情報をもっている子ということ。ユニークな活動をしない限り、一次情報って手に入らないですよね。だから、大人は子供の邪魔をしちゃいけないんです。
そういったクリエイティビティな可能性をたくさん持っているのが、デジタルネイティブでもあるZ世代。彼らなら、これまで日本人が苦手にしてきたソフトウェア領域でもブレイクスルーを見せてくれると期待しているんです。彼らこそが、大いに明るい未来ですよ。
インタビュー・文:内藤貴志
ポートレート撮影:川合穂波(amana)
*本稿は、アマナが提供する成果予測AIを搭載したコンテンツ・オプティマイゼーション・プラットフォームOPTMS CONTENTにて、コンテンツに関する調査研究を行う「OPTMS lab.」より転載したものです。