シズル写真家が挑む、パティシエ辻口博啓のショコラの世界

日本が世界に誇るパティシエ・辻口博啓さん。5年前から彼のショコラをビジュアル面で支えているのが、アマナグループの食専門ビジュアル制作会社hue(ヒュー)の写真家・石川寛です。2人が目指す、ショコラのビジュアルブランディングとは?

共鳴し合う2つの才能の出会い

菊池英雄(アマナ/以下、菊池):パリで開催される世界的なチョコレート・アワード「サロン・デュ・ショコラ*」。そこに出品する辻口さんのショコラを毎年、シーズンごとに石川が撮っていますね。
*フランス・パリが発祥の世界最大のチョコレートの祭典。

石川寛(ヒュー/以下、石川):2014年からだから……もう5年目ですか。早いね。

石川寛。1968年東京都生まれ。1998年東京造形大学絵画(油絵)卒業後、同年株式会社アマナに入社。現在はアマナグループの株式会社ヒューに所属し、フォトグラファーとして活躍。

菊池:二人が出会ったきっかけは?

辻口博啓さん(以下、辻口。敬称略):友人に小山進さんというパティシエがいて、彼が写真家の石丸直人さんと組んで作品を作っていたんです。クオリティが高くて好きだったのですが、石丸さんが「実は食の写真で僕よりすごい人がいる」と言う。「なら僕はその人に撮ってほしい!」と頼み、紹介されたのが石川さんでした。

菊池:そもそもご自身のつくるショコラを、ビジュアル面でももっと訴求したい、という思いは強かったのですか?

辻口:ボンボンショコラにせよ、タブレットにせよ、工夫を施しユニークな食材を使っても、大抵の場合外見はチョコレートで覆ってしまい、中は見えません。ようは実際に口にして味わってもらうまで味や香りを伝える術がない。ビジュアルコミュニケーションという意味では、僕らショコラティエはフラストレーションを抱えているんです。

オーナーパティシエ、ショコラティエとして、モンサンクレール(東京・自由が丘)をはじめ、コンセプトの異なる13ブランドを展開。2014年には初の海外店舗「モンサンクレール ソウル」をオープン。クープ・ド・モンドなどの洋菓子の世界大会に日本代表として出場し、数々の優勝経験を持つ。サロン・デュ・ショコラ・パリで発表されるショコラ品評会においては、 2013年~2018年の6年連続で最高評価を獲得。さらに2015年、国際的なチョコレートの大会「インターナショナルチョコレートアワード世界大会」のチョコレートバー部門で金賞を受賞。

菊池:そんな中で、石川さんの写真のどこに魅かれたのでしょう?

辻口:「陰影」です。深い影の世界に静かな光がさすような、美しくも稀有な写真表現を石川さんの作品世界に見た。その瞬間、僕のショコラの付加価値を高めるビジュアルを作ってくれると確信しましたね。

石川:辻口さんらしいですよね。すごく直感的で、「これいいな」と思うと自身の作品に取り入れていく。僕としても「何か新しいことをやろう。世界を驚かせよう」という意欲に満ちた辻口さんのスタイルに、まず共感できましたね。

味と意図を伝えるだけ。「“お任せ”で撮っている」

菊池:ビジュアルコミュニケーションという文脈でショコラを撮るとしたら「説明的」な写真がスタンダード。けれど、石川さんの写真は芸術的というか、それこそ感じさせる写真が多い。辻口さんはどのようにオーダーしているのでしょう?

1954年生まれ。ビジュアルコミュニケーションを提供するアマナで、コーポレートデザインを担当。写真の持つ力を幅広くコミュニケーションに活用し、会社を表現するブランディングや機能的な環境づくりに取り組んでいる。

辻口:基本的に、撮影内容には口出ししません。ただ、完成直前のチョコレートをまず食べてもらいます。そしてどういう狙いで、どこの農園のどんなカカオを選び、どんな食材とマリアージュさせたのか、はたまたどんな味を狙ったのかーー。そうした僕の思いと意図は、こと細かに伝えます。

そのうえで「あとはお任せ」となる。いろいろ指図することで縮こまったビジュアルができても、見る人には何も伝わらないですし、石川さんの感性を信じて「バトン」を渡している感覚です。

石川:毎回、受け取るバトンは重いですよ。一緒にエクアドルのカカオ農園まで行って、「カカオってのはこんな思いで作られていて、チョコレートにはその遺伝子が入っている」ということを教えられましたから。

菊池:そこまで信じてもらえて、任せてもらえる仕事って、あまりないですよね。

石川:だから楽しいです。辻口さんは素晴らしいアーティストなので、ショコラのビジュアルを見る人にも「並のショコラティエじゃないぞ」、「ただのチョコじゃないぞ」と伝えたい強い思いが自然と出てくる。マリアージュした素材やその狙いも見せるけれど、ショコラに込められた思想やスピリットを表現したいですね。

2015年のInternational Chocolate Awardに出展したビジュアル。撮影:石川寛、フードスタイリスト:國分真、スタイリスト:青山俊樹、CGレタッチャー:黒田輝海(hue)。

2016年のInternational Chocolate Awardに出展したビジュアル。撮影:石川寛、フードスタイリスト:國分真、スタイリスト:青山俊樹、CGレタッチャー:黒田輝海(hue)。

菊池:互いにとっていい出会いだったわけですね。これまで石川が作ったビジュアルで、辻口さんが最も印象的だった作品は?

辻口:2017年の「サロン・デュ・ショコラ」に出展したビジュアルですね。もう石川さんのビジュアル表現がすさまじかった。なにせ一度、天国の扉を開けかけたあとで撮った作品でしたから。

2017年「サロン・デュ・ショコラ」に出展したビジュアル。撮影:石川寛、フードスタイリスト:國分真、スタイリスト:青山俊樹、CGレタッチャー:丸岡和世(amana digital imaging)。

2017年「サロン・デュ・ショコラ」に出展したビジュアル。撮影:石川寛、フードスタイリスト:國分真、スタイリスト:青山俊樹、CGレタッチャー:丸岡和世(amana digital imaging)、黒田輝海(hue)

石川:実はこの前年の「サロン・デュ・ショコラ」に辻口さんが呼んでくれて、僕もパリに行ったんですが、そのとき脳梗塞になってホテルで倒れちゃったんです。

辻口:その後に作ったものは、天国の世界を覗いてきた人間でないと撮れないものになっていますよね。本当に神がかっている。結果として、その年は「サロン・デュ・ショコラ」のアワードの中でも最上級の「エクセレント」をとった。私たちにとって、記念すべき作品になりましたね。

創造的な破壊へ。「陰翳礼讃」で結ばれた2人の感性

菊池:そして直近、2018年に「サロン・デュ・ショコラ」で金賞を獲得した辻口さんのショコラ。そのテーマは、谷崎潤一郎の随筆『陰翳礼讃』でした。

辻口:23歳のとき、全国洋菓子技術コンクールで優勝し、その賞品で初めてフランス旅行をしたとき、フランス文化にかぶれて帰ってきました。しかし、恩師である高校時代の担任の先生に、「日本の文化を知らなければ、他国の文化は理解できない」と喝破された。そのときに渡されたのが、谷崎が日本建築などを元に陰翳の美について記した『陰翳礼讃』でした。

菊池:そこでピンときましたか?

辻口:いえ、当時はまだ。しかし、自分の店を作ったり、海外でショコラを作ったりしていると、日本人としてのルーツに立ち戻らざるを得なくなる。『陰翳礼讃』の世界観は、そんなルーツの1つとして、いつかカタチにしたいとあたためてきたものだったんです。

菊池:そして味噌やこうじ、酒、みりんといった日本の伝統調味料や発酵食品を使った、厳かで静かだけれど、奥深くきらびやかさを奥に秘めたチョコを作られた。

辻口:日本が誇る発酵文化と、西洋の発酵文化であるショコラをかけ合わせたわけです。

菊池:石川さんのビジュアルも、まさに古い日本家屋のような、厳かな陰翳が印象的でした。もともと石川さんにとっても『陰翳礼讃』は作品を作るうえで、着想のヒントになっている1冊だったんですよね。

石川:すでに和菓子作家の方と組んで『陰翳礼讃』をテーマに作品を制作した経験がありました。だから、辻口さんが試食のとき、コンセプトが『陰翳礼讃』だと聞いて驚いた。同時に「そうだよねー」という思いもありましたけど。

菊池:チョコレートで固めた彫像の頭が割れて、そこからタブレットと食材、蝶や鳥たちが飛び立っている、本当に不思議なビジュアルになりましたね。

撮影:石川寛、フードスタイリスト:國分真(外部)、スタイリスト:青山俊樹(外部)、CGレタッチャー:丸岡和世(amana digital imaging)

石川:そう。味噌など日本の食材をしっかり出しながらも、単純に和を感じさせるようなものにはしたくなかった。実際、「無国籍な写真だね」とよく言われます。辻口さんが自分のルーツである日本と、西洋のショコラを合わせた結果、大勢の人に受け入れられる無国籍な味に仕上がるというのと、少し似ているのかなと。

辻口:おもしろいよね。そうやって石川さんが僕を驚かせるようなビジュアルを作ってくれるから、また「お任せ」で頼みたくなる。そしてそれは「今度はこんなショコラはどうだ」と創造的な破壊へと向かう意欲になる。

石川:こちらもそうです。さっきの「バトン」を返すなら、こちらからも「驚きを返す」ように渡したい。スチールでも動画でも、辻口さんとの作品には、いつもそんな思いがありますね。

再びタッグを組んだ、映画『ル ショコラ ドゥ アッシュ』

菊池:今回の『陰翳礼讃』をテーマにしたショコラ作りの顛末は、ドキュメンタリー映画『ル ショコラ ドゥ アッシュ』として、公開されました。ショコラや食材のシーンなど「シズル・パート」は石川さんが撮影していますが、まさに陰影がすばらしく、厳かな神事のようにも見えました。

石川:特にシズルパートは『陰翳礼讃』を意識して撮りましたからね。

菊池:チョコレートでできた胸像の頭が爆発して、中から粉末が飛び出てくるシーンは衝撃的です。

石川:既存の石膏像を型取って作ったけど、本当は辻口さんの顔で作り、辻口さんの頭が爆発するように撮りたかった(笑)。「並のショコラティエじゃない」ということを表したいので、アーティストとしての頭の中をビジュアルで伝えたい思いがある。そう考えると、頭の中から本当に爆発するようにアイデアが出てくる、そんな様を伝えたいと思ったんです。

菊池:なるほど。ちなみに、ポスターなどのビジュアル制作は私が担当し、石川さんと話して「円相」のイメージを使いました。辻口さんをショコラの円相が囲むようなビジュアルです。

アートディレクター/デザイン:菊池英雄、撮影:石川寛、レタッチ:黒田輝海(hue)

石川:辻口さんは、ショコラの試食のときにカカオの話をするときも、マリアージュする食材の話をするときも、生態系の循環について必ず触れるんです。豊かな海産物がとれるのは、そこにつながった地上の森が豊かで、海に流れ込むミネラル分が高くなるから。またそれが蒸発して雲になり、雨となって森に落ちる……と。

菊池:そうした宇宙のような円相の世界観は、辻口さんのショコラの大きさにふさわしいと感じたんですよね。今回は映画でしたが、今後また二人で新たな挑戦をするビジョンは?

辻口:二人で個展のようなものができたらいいなと思います。石川さんの作品世界の中で、僕のチョコレートが食べられるような。

石川:ぜひやりたいです。パリでやれたら最高ですね。

辻口:円は、「ご縁」でもあるからね。これからも二人で驚かせ続けていきたいですね。

 

テキスト:箱田高樹
撮影:趙慧美(hue)

映画『LE CHOCOLAT DE H(ル ショコラ ドゥ アッシュ)』上映情報

2019年1月18日(金)石川県のイオンシネマ4館にて先行公開
1月25日(金)より全国のイオンシネマ6館でロードショー!
『LE CHOCOLAT DE H』公式サイト

スタッフ(シズルパート)
撮影:石川寛(hue) 、 斉藤領(acube)
照明:宮野誠司 、田上直人
D.I.T:サトウコウスケ(アマナ)
フードスタイリスト:國分真
スタイリスト:青山俊樹
特殊技術:木原義明、福田典子、中真水才(すべてhyphen)、増田栄一(ストライプ)
チーフカメラマン:趙慧美(hue)
カメラマンアシスタント:土田宗、都築正高、申智惠、叢 智子、千田 暸太(すべてhue)、黄 煌智(acube)、スエヅミカンダイ
プロデューサー:太田久美子(hue)
アシスタントプロデューサー:盧瑞婷(hue)
機材協力:株式会社ヒュー株式会社アキューブ、株式会社アマナフォトグラフィ
制作協力:株式会社ヒュー

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