3Dディスプレイの新開発に挑む、乃村工藝社とアマナの歩み

創作に対する飽くなき探求心。

 

……だけではやっていけないのが、企業の中でのものづくりの難しいところ。まずは制作予算を生み出すこと、そして稼ぐために企画を考え、仕事を生み出すことは必須でしょう。

 

最先端の技術を使った新しい表現の追求を目的に立ち上げられた、アマナのプロトタイピング・ラボラトリーFIGLAB。立ち上げ当初はプロトタイプ開発を積極的に行い、その技術力から次第にコミッションワークの割合が増えていきました。

一方、1つの表現にじっくりと向き合い、作品を生み出す時間が減っていくのもまた事実。そんな葛藤の中にFIGLABはいました。

そんな中、1本の電話をきっかけに、乃村工藝社のラボラトリーNOMLABとの共同開発チームが発足。FIGLABにとって久しぶりのプロトタイプ開発です。

そこで生み出された新しい表現のカタチは、3Dディスプレイのプロトタイププロダクト「Kinetic Display」。異なる企業のラボが協働し、クリエイターたちの得意分野を活かすことで実現できたこのディスプレイは、今後どのような表現の可能性を私たちに見せてくれるのでしょうか。

「Kinetic Display」とは
モーターが前後にスライドすることで、3次元のグラフィックを生成するディスプレイをプロトタイプとして開発。既存の発光型3Dスクリーンと異なり、ピクセルを移動させて像を形成することで、これまで切り離されてきた映像表現と空間表現をつなぐ新しいメディアとしての活用を目論む。

今回は、プロジェクトチームに所属し、第一線で活躍するプレイヤーの方々5名に、開発過程と「創作」に対する想いを話していただきました。

飛び込み営業さながらのアプローチをきっかけに

――まずは、このプロジェクトのきっかけを教えてください。

FIGLAB杉山諒(以下、杉山。敬称略):学生時代に空間デザインやデジタル表現などの勉強に励んでいたこともあり、当時から乃村工藝社さんのことは存じ上げていました。

プロデューサーとしてさまざまなプロジェクトに携わる内に、より新しい分野を開拓していきたいと、同期のプロデューサーと一念発起。

デジタルの表現が得意なアマナのFIGLABと、空間表現に強みを持つ乃村工藝社さんがタッグを組めば、未体験の領域に踏み込んでいけるのではないかと考え、電話をかけてみたのがきっかけです。

――テレアポから始まったということでしょうか。

杉山:はい、飛び込み営業さながらですよね(笑)。

プロジェクトのきっかけを作り、スタッフに働きかけた杉山。

NOMLAB後藤映則さん(以下、後藤。敬称略):NOMLABもコラボレーションしていただけるパートナーさんを探していたところだったので、協働で新たな表現を模索し、プロトタイプを制作するという運びになりました。

FIGLABさんはビジュアル表現やデジタル分野、NOMLABは空間デザインという、お互い違った領域に強みを持つラボだったので、一緒に何かを作ることで、今までにない新しいものを生み出せるのではないかと期待が膨らみました。

立体的な映像表現を空間に取り入れたプランニングを得意とする後藤さん。

――なぜコラボレーションするパートナーを探していたのでしょう?

後藤:実益を出して経営を成り立たせて行くというのが一般的な会社のあり方だと思いますが、一方でその枠から外に踏み出してイノベーションを起こしていく活動も必要だと感じていたからです。

NOMLAB内山慧子さん(以下、内山。敬称略):コミッションワークを事業の中心に据えている企業は、研究開発費の捻出が難しいのが現実です。なので、この活動が大きな波に乗れば、社内外に対しても刺激になるのではないかと考えました。

マーケティングの観点から、空間表現の企画に取り組んでいる内山さん。

走りながら考え、手を動かす

――「Kinetic Display」の制作過程を教えていただけますか。

FIGLAB三井所高成(以下、三井所。敬称略):プロトタイピングメソッドという手法を用いて開発を進行していきました。そのメソッドに基づき考えながら手を動かして、試行錯誤していきながらプロトタイプを形にしていったという流れです。

※設計作業とデザイン作業を統合し、的確かつスムーズに開発を進めるため、初期の段階からアイデアを出しながら試作品を制作。ハードウェア、ソフトウェアの両方を同時に開発していく手法のこと。

ロボットやメディアアートを中心に、学生時代から多くの作品を創作してきた三井所。

――アウトプットのイメージはその段階であったのでしょうか?

三井所:はい。最初から大まかなイメージは考えていました。NOMLABさんは空間表現、私たちFIGLABは写真や映像のビジュアルとテクノロジーというふうに領域が明確に分かれていたので、最終的な方向性は絞られていましたね。

NOMLAB吉田敬介さん(以下、吉田。敬称略):チームでたくさんアイデアを出しました。その中から試しに作ってみようということになりましたが、最初はうまくいかず……。

3Dデータとプログラミングをかけ合わせ、具体化するのが得意な吉田さん。

後藤:ただ、実際に作ってみると見えてくるものがあるので、考えているより手を動かした方が早い。

試行錯誤した結果、お互いのラボの強みを組み合わせられそうな「ディスプレイに実体験を伴う創作物」、つまり立体的なディスプレイを作るという考えに落ち着きました。

三井所:しかし、世の中には「立体的なディスプレイ」と言われるものがすでにたくさんあるので、何か1つ新しいコンセプトを作る必要がありました。それが、当初は「やわらかい素材」を使用して浮き出てくるスクリーンだったんです。

モーターを前後にスライドさせ、その先端に素材を取り付けることで、滑らかな3次元のグラフィックを生成できると考えました。

吉田:ボコッと浮き出てくるディスプレイを作ると決まったとき、すぐにディスプレイを動かすためのモーターを買いに行きましたよね。

実際に、たくさんのモーターを使って作られています。

――スピード感がありますね。最終的に、今の素材や形になったのはどのような経緯があったのですか?

後藤:まずは1ユニットだけで、布、紐、スチレンなどの素材を試してみました。マテリアルの種類と同時に、その形状は点がいいのか、線がいいのか、はたまた四角なのか三角なのか。

粘り強く検証してどの表現がいちばんおもしろくできるかを探っていきました。

吉田:三角形でも四角形でも、切れ込みを入れて折れる構造にし、立体的に突き出したときにキレイな形を描けるかどうかなど、何回も繰り返して検証しています。

ただ、予算の都合上、力の弱いモーターを使っていたので、布の素材は押し出す表現ができなかったので断念しました。

布を貼ったダーティープロトタイプ(簡単な試作のこと)。

 

――ここまでくるのに、たくさん試行錯誤されてきたのですね。それを経て、現在の素材や形に落ち着いたと。

三井所:「Kinetic Display」のプロトタイプは鏡面の素材を使用していますが、この素材がおもしろいのは、動いたときに周りの光を受けて見え方が変化する点です。他の素材よりその機能が際立っていました。

後藤:あとは、もし迷ったらみんなが最も作りたいものを目指すと決め、開発を進めていました。

できあがったプロトタイプをアマナで撮影。終盤の3DCGは吉田さんによる制作です。

新しい表現のプラットホームを作りたい

――今後、どのような展開をお考えでしょうか?

三井所:実はこれ自体が作品というわけではなく、表現するためのプラットフォームなんです。現在の「折り」の表現はパターンの1つなので、今後は布やワイヤーを利用する表現も試していきたいですね。

布やワイヤーなど、先に付けるマテリアルを変更することで表現の幅が広がります。

後藤:設置する場所の環境や、演出してくれるアーティストによってマテリアルを変えられるプラットフォームとして展開する。そうすると、さまざまなバリエーションが出てきます。布や紐、ひょっとしたら食べ物や音でもいいわけです。

実際、プロトタイプを社内でプレゼンしたところ、引き合いも多くいただきました。ビルのエントランスや空港などにも展開していきたいと考えていますが、まずは代表的な実績を残したいですね。

内山:今回使った「折り」の形状を生かす方向であれば、和紙や折り紙などの日本の伝統的な文化を表現できると考えています。

訪日客をターゲットとして空港に設置したり、センサーを用いてインタラクティブなコンテンツに仕上げたり、場所や時間で変化していくプランニングも積極的にしていきたいです。

三井所:2020年に控えるオリンピックに向けて、海外の人の目にも魅力的に映るような空間表現も作っていきたいですね。

空港設置イメージ。

まだまだ、ここからです

――チームで「正解のないものをつくっていく」というミッションに対し、ここまで走り続けてこられたのはなぜでしょうか?

杉山:ものづくりに対して熱いメンバーが集まっていたからだと思います。これまでにない「オンリーワンのもの」を作っていく、ということは社内外でも非常に価値のあること。

こうして開発することで、通常のクライアントワークに対するモチベーションも上がります。

三井所:普段のコミッションワークでは、限られた時間の中でプロジェクトを成功させなければならないため、結果に直接結び付かないことは排除されがちです。しかしチャレンジングなことをやらないと、企業としても個人としても成長していかない。

お互いラボとしてこの機会を設けたことで、「どうなるかわからないけど、よくなりそうなこと」をやるべきだと感じていたのだと思います。

――作ることが好きだという思いが伝わってきます。

後藤:作り続けなければ何も変わらないと思うんです。同じ表現を応用することは効率的ですが、やっぱり新しいものを生み出したい。

周りからは「何してるの?」という目で見られることもありますが、そうした思いを変えるには、考えて手を動かして作り続け、発信し続けるしかないと思います。

吉田:失敗して、うまくいって、また失敗の繰り返し。それでも、やり続けるしかないですね。

テキスト:森下夏樹(@natsukilog
インタビュー撮影:豊田佳弘

 

プロフィール

後藤映則

株式会社乃村工藝社

プランナー/ディレクター

展示会の空間デザインや演出担当を経て、美術館や博物館内、商業施設で展開する映像体験・参加型コンテンツの企画制作を行う。

実空間へデジタルテクノロジーを実装させた表現を得意とし、さまざまな業種のクリエイターとコラボレーションしながら作品を制作している。国内外受賞多数。

 

プロフィール

吉田敬介

株式会社乃村工藝社

デザイナー

企業ミュージアム、商業施設、アートワークなど幅広い集客施設のデザイン・設計を担当。プログラミングなどデジタル技術と空間表現の融合したデザインを得意とする。

プロフィール

内山慧子

株式会社乃村工藝社

プランナー

遊園地やミュージアム、商業施設におけるデジタルコンテンツの企画と、新しい空間価値創出のための研究開発を行う。Mixed Reality実用化に向けた社外と共同での研究開発を担当。前職はWebアクセス情報の解析、UI/UXと広告出稿最適化。

プロフィール

杉山諒

株式会社アマナ

プロデューサー/プランニングディレクター

体験型のデジタルコンテンツやインスタレーション制作をプロデュースする傍ら、企業のシステム開発やWebメディア開発等のプロジェクトマネジメントを行う。

テクノロジーを軸に、ビジュアル表現の可能性を拡張するプロトタイピング・ラボラトリー「FIG」にも所属。

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