「Webと紙には全く別の価値がある」小田急電鉄のオウンドメディア戦略とは

小田急電鉄株式会社が発行する情報誌『ODAKYU VOICE』。紙の冊子が2008年から、次いでWeb版が2013年からスタートし、小田急線沿線のお店やスポットなど、さまざまな魅力を伝えてきました。そんなODAKYU VOICEは、どのようなコンセプトのもとに運営されているのでしょうか。また、チームや組織づくりで意識されていることや、コンテンツ制作の裏側はどのようになっているのでしょうか。CSR・広報部の山之内麻衣さん、有馬りささんに取材しました。

 

沿線の魅力を伝える『ODAKYU VOICE』で移住促進を図る

 

――小田急線の駅構内で見つけると、ついつい手にとってしまうのが『ODAKYU VOICE』。紙の冊子だけでなくWebでも記事を公開されていますが、まずは制作している目的を教えていただけますか? 

 

有馬りささん(以下、有馬):『ODAKYU VOICE』は、小田急沿線のグルメやスポットなど様々な情報を通じて沿線の魅力を継続的にお伝えすることで、読者の方に「小田急沿線っていいな」と思っていただけるような愛着醸成につながるメディアを目指しています。すでに小田急沿線に住んでいる方には「沿線に長く暮らし続けたい」と思っていただき、まだ住んでいない方には「小田急沿線に暮らしてみたい」と思っていただければと考えています。

また、メインターゲットは鉄道利用が比較的少ない主婦層や、20代〜40代の女性です。女性の購買行動は男性と比べて多く、暮らしにまつわる情報も刺さりやすいと考えています。一方、Webでは特にネット情報がささりやすい20代の若年層女性をターゲットとして定めています。

 

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CSR・広報部の有馬りささん

 

――鉄道ビジネスでは「沿線の街を魅力的にすることで沿線住民を維持・増加させ、いかに鉄道利用者を確保するか」が重要となってくるのですね。

山之内麻衣さん(以下、山之内):小田急線には従来、箱根や江ノ島、鎌倉など観光地のイメージが強くあります。「小田急ロマンスカー」などシンボリックな電車もあり、ブランディングにおいてもそうした観光地訴求が先行していた面がありました。

一方で、他社の沿線と比べて「暮らし」のイメージが定着していないという危惧があります。今後の国内の人口減少を考えると、沿線住民が減ってしまう可能性もあり、そうすると鉄道利用も減ってしまいます。そこで『ODAKYU VOICE』では特に、小田急沿線の暮らしに焦点を当てて地域の魅力を発信することで、鉄道利用の促進を図っています。

 

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CSR・広報部の山之内麻衣さん

 

山之内:移住促進のためには何をすべきか、という点もよく考えます。小田急電鉄は速達性の向上、混雑率の低下などを目的に、2018年の3月に路線の複々線化を行い、通学・通勤がしやすい環境を整えてきました。ですが、縁もゆかりもないところに住んでもらうのはなかなか難しいことです。学生時代に住んでいた、祖父や祖母が住んでいた──など、接点を増やしたり、思い出してもらったりする活動が重要だと思います。

また、引越しするタイミングは生活の変わり目が多いと思います。大学生になって上京した、あるいは就職した、結婚した、子育てがしやすい街に行きたい、など。大きなライフイベントが起こるタイミングに合わせて、そうした方々の興味を引く企画を意識しています。

 

万人に刺さる「グルメ系」が定番も、コロナ禍で工夫

 

――『ODAKYU VOICE』ではグルメ、イベント、まち紹介などのさまざまなカテゴリがありますが、毎月の特集はどのように決めているのですか? 連載や記事の企画づくりの流れを教えてください。

 

有馬:パートナーである小田急エージェンシーにテーマをご提案いただき、そこで議論して月ごとの特集を決定するかたちを長らく採っています。企画でもっとも読者のウケが良いのはやはり「グルメ系」です。駅ごとに残部数を集計してリーチ数を計測しているのですが、食事のテーマは万人に共通のようで、手に取ってもらいやすいですね。

ただ、今回のコロナ禍でテーマ選びが難しい場合もありました。たとえば、2021年1月号の「小田急沿線ゆかりの作品」。緊急事態宣言下でお出かけの訴求ができないなか、小田急沿線にゆかりのある本や映画を紹介する企画で、自宅でも楽しめるコンテンツを意識しました。

山之内:実はコロナが流行し始めた2020年の 4〜6月号は発行を止めていて、お蔵入り号となったものもあります。ただ、『ODAKYU VOICE』には「お出かけ情報誌」の役割だけではなく、ホームドア設置のお知らせや駅のバリアフリー化についてなど、鉄道情報を提供するインフラ的な役割もあります。3ヶ月間の休刊のあとに復活し、その後は「おうち時間がときめくワインに合うお取り寄せグルメ」特集や、「おうち時間が潤う 小田急沿線のお花屋さん」特集など、工夫を凝らしています。ふだんのグルメ特集とは違った毛色ですが、読者の方からは評価をいただくことも多いです。

 

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コロナ禍も踏まえた、おうち時間を楽しむための特集も意識している

 

――コンテンツ制作の上でこだわっているのはどんな点でしょうか? 

 

有馬:情報誌ではなかなか取り上げられないような駅やお店にフォーカスを当てるようにこだわっています。たとえば、毎号「沿線まちあるき」というコーナーが誌面のなかにあります。これは、たとえば特集されにくいような隠れた魅力を持つ駅を取り上げ、周辺のお店やスポットを紹介する企画。以前は小田原方面の駅である「富水」や、江ノ島線の「高座渋谷」など取り上げました。

サブカルチャーの集積地としても有名な下北沢などは、たくさんの情報誌がすでに特集しています。だからこそ、小田急の知られざる駅にもスポットを当てるのが『ODAKYU VOICE』の役割です。

山之内:あとは同じ冊子のなかでも、取り上げるお店の最寄り駅を分散させるようにしています。ユーザー目線で考えれば、せっかく駅で見つけて読んでみたのに、自分の住んでいる街に近いところがないとがっかりすることもあるでしょう。冊子を作るうえでは、こうしたバランス感も重要だと考えています。

 

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『ODAKYU VOICE』の誌面には魅力的なお店やスポット情報が充実

 

Instagramの中の人も! ストーリーズの活用法

 

――制作チームはどのような編成になっているのですか? 

 

山之内:実働は私と有馬、あともうひとりの計3名体制です。また、小田急エージェンシーの配下には編集プロダクションも制作に携わってくれています。お付き合いは長く、情報に敏感な女性の方々が実際に沿線に足を運び、ネタを探してきてくれています。

チームづくりの上では幅広い世代のニーズを汲み取るため、20代の目線も入れるように意識しています。有馬はInstagramの運営にも携わってくれていますが、デジタルを活用するユーザー心理は、若い世代のほうが熟知していますからね。紙の冊子を作る上でも、作り手が満足するだけにならないよう、若い世代のユーザー目線も考慮できるような体制は重視しています。

 

――有馬さんがInstagramの“中の人”をされているのですね!

 

有馬:撮影写真は制作会社からのものを活用するなどしていますが、運営は内製化している状況です。Instagramはユーザーのアクションが直接返ってくるのでとてもやりがいがありますね! たとえば、ストーリーズを活用すれば「ラーメンだったら醤油か塩かどっちがいい?」というような簡単なアンケートを行うこともできます。ニーズの把握もでき、企画づくりにも活かせます。いまはフォロワー1万人を目標にしていますが、昨日で9,000人を超え、ファンが増えていく過程も楽しいですね。

また、制作期間上、流行をすぐにキャッチして発信するのは冊子だとなかなか難しいですが、Webだとスピーディーに公開できるのも利点です。たとえば『いま再ブーム! タピオカドリンクが楽しめる店3選』のような記事では、流行したタピオカを取り上げました。Webはトライ・アンド・エラーを繰り返して改善していくやり方がメインなので、20代向けの攻めた企画などにもチャレンジできたらと思っています。

 

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Webと紙、それぞれの強みを活かすコミュニケーション設計

 

――オウンドメディアの運営においては、社内にいかにメディアの認知を浸透させていくかも重要と言われています。その点、『ODAKYU VOICE』は社内でどのような認識なのでしょうか。

 

山之内:社内で『ODAKYU VOICE』を知らない人はいないのではないでしょうか。やはり、紙の冊子で沿線の駅に置かれている、という点が大きいと思います。電車内のビジョンで『ODAKYU VOICE』の情報を流したりもしています。タッチポイントが多い分、社内認知はされていると思います。

有馬:最近は営業観点でも『ODAKYU VOICE』を使っていただいています。たとえば、裏表紙には小田急グループのキャンペーン情報などを掲載することもあり、他部署から依頼されることもあります。小田急グループが持つ宣伝チャネルのひとつとして期待されているとも感じますね。

 

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――最後に、これからODAKYU VOICEが目指したい方向性をお聞かせください。

 

有馬:やはり今回のコロナ禍で電車を利用しない方も増え、紙の冊子というタッチポイントの強みが今後どれだけ残るかは未知数です。そこで、Webのリーチをどれだけ拡張し、まだアプローチできていない層に届けられるかが今後の課題だと捉えています。そのひとつの施策がInstagramの活用です。

紙媒体では作り手側との双方向のコミュニケーションができませんが、Instagramではリアルタイムで「いいね」がついたり、DMが送られてきたりもして、ユーザーからのニーズを逐一認識できるのが大きな利点。それをコンテンツ制作に反映させていけたらと思います。

山之内:一方で、紙だからこその価値があるのも事実です。たとえば、駅でお父さんが『ODAKYU VOICE』を見つけて持って帰ったものを家族が見る、というようなことは紙でないと起こりづらいですよね。そういう意味では、コミュニケーションのツールにもなり得ると思うんです。リアルの場に存在し、手渡せたり保存したりできるのは価値あること。Webと紙、それぞれの媒体としての強みを存分に今後も活用していきたいと思います。『ODAKYU VOICE』のコンテンツが沿線の住民の方々の生活を充実させる一助となってもらえたら嬉しいですね。

 

 

●Interview & Text:弥富 文次

●Photos:多田 圭佑

 

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