コンテンツマーケティングにおいて核となるのは、消費者と企業・ブランド間のエンゲージメントです。そこで本コラム『デジタル・エンゲージメント』では、テクノロジーライターの大谷和利さんが「コンテンツマーケティングの元素表」を評価軸にしながら、マーケターたちが創造性を駆使して編み出したエンゲージメントを高めるための工夫を連載形式で紹介。読者の皆さんに新たな視点や気づき、アイディアを提供していきます。vol.8の今回は、センシング&コントロール技術で時代を切り拓く企業体「オムロン」に迫ります。
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オムロン株式会社(以下、オムロン)を核とするオムロングループは、一般消費者には健康医療機器メーカーとして認知されているが、実際には電子部品から産業向けの制御機器・システムまで幅広い事業範囲をカバーする、先進的なセンシング&コントロール技術企業体である。
そのコーポレートサイトは、同社が手がける様々な取り組みにスポットを当てて内容を深く、しかもわかりやすく紹介していくことに力が注がれており、知的好奇心を刺激するコンテンツの充実と閲覧者の興味を持続させるページ間リンクによって、エンゲージメントを高める工夫がなされている。
ページレイアウトやビジュアルも洗練されており、全体構成は、よくできた雑誌のようにどこから読み始めても楽しめ、次第にオムロンの全体像が浮かび上がってくる巧みなものだ。
このように多彩な話題のある企業サイトの場合、メインページのトップセクションを動的に表示させ、複数のビジュアルを入れ替えながらクリックを促す手法をよく見かける。しかし、オムロンのサイトでは、あえて期間ごとにビジュアルを固定(コンピュータ上のブラウザでは、マウスポインタがかかった画像がわずかに拡大表示されて注意を喚起する)し、その時に最も見せたいコンテンツに注目させる作りとなっている。
どちらが適しているかはケース・バイ・ケースだが、オムロンの場合には、このような見せ方が、企業としてのメッセージをより明確に伝える役割を果たしていると感じる。
▲メインサイトのトップページは、あえてビジュアルを固定し、その時に注目してもらいたいコンテンツ(この場合には、先行開発的プロジェクトのAI卓球ロボット「フォルフェウス」)にフォーカスした作り。人にスポットを当てた写真の選択が、技術指向の硬さを和らげている。この下には、ニュースや「EDGE & LINK」と呼ばれるトピックスへのリンクやサムネイルが並び、総じて、整理された情報がシンプルにまとめられている印象だ。
また、サイトのトップや各コンテンツ内の目立つ位置に主要SNSへのシェアボタンが埋め込まれていることも特徴で、ソーシャルポスト(Sp)とウェブページ(Wp)の相互の結びつきが意識されている。#AIや#IoTなど、ソーシャル検索のためのタグが整備されている点にも好感が持てる。
▲実際に「フォルフェウス」のコンテンツに飛んでみると、SNSに対するシェアボタンやタグ付けがしっかり行われていることに気がつく。これらは、コンテンツマーケティングの観点からも重要な要素である。
そして、コンテンツごとに、関連する話題を扱った複数のページへのリンクが整備されていることも特筆に値する。各記事のアクセス数を増やしエンゲージメントを高めるこうした手法は、オンラインマガジンなどではよく利用されているが、企業サイトでも積極的に利用すべきものだ。
その中に、キャリア採用ページへのリンクが含まれていることも、企業のコンテンツマーケティングとして有効なやり方といえる。
▲各コンテンツには企業としての推しコンテンツやキャリア採用ページへのリンクが張られている。いわばサイト内で相互にリンクされたランディングページが複数用意されているような構造であり、閲覧者の興味を持続させ、エンゲージメントを高める上で有効だ。
▲さらに、関連記事に加えてランキングに基づく人気記事にもすぐにアクセスできるようになっており、用意されたコンテンツを実際に読んでもらうための工夫が散りばめられている。また、写真のサムネイルからもビジュアルのクオリティの高さがわかる。
ソーシャルポスト(Sp)にあたるFacebookやTwitterの公式アカウントページも継続的に更新されており、そこからコーポレートサイトへのリンクも張られている。コンテンツが充実している分、フォロワー数の割に各ポストへのリアクションが少なめな点がやや残念だが、理工系の学生などを対象とするSNSへのターゲット広告などを利用して注目度を上げるようなことも考えられよう。
YouTubeを利用したビデオ(Vi)コンテンツの公開や、公式サイトへの埋め込みにも積極的に取り組み、その質も高いため、閲覧数がもっと伸びても不思議ではない。こちらも、より一層の告知やバイラル動画などによるプロモーションを行うことで、アクセスを増やせる余地は十分にある。
▲ソーシャルポスト(Sp)として継続的に更新されている、Facebookのオムロン公式アカウントページ。他にTwitterなどでも情報発信が行われている。今後、SNSにおけるフォロワーのリアクションを増やし、公式サイトへの流入を促すことで、コンテンツのさらなる有効活用を図ることが可能と思われる。
オムロンのウェブサイトにはブログポスト(Bp)的なコンテンツ要素はないものの、技術動向や社員の活動、地域との連携の様子をレポートするトピックスの「EDGE & LINK」が、ケーススタディ(Cs)や専門家のコメントなどを含むラウンドアップ(Ro)、インタビュー(Int)など複数の役割を担うセクションとなっている。
その内容は、「テクノロジー」、「社会課題」、「ワークスタイル&マネジメント」、「文化・教育」の4カテゴリーに分類され、オムロンの注力分野がよく理解できるような構成である。
各カテゴリーにジャンプすると、記事が写真のサムネイル+タイトル+タグをまとめたパネルがタイリング形式でディレクトリ表示されるので、興味のあるコンテンツを容易に見つけることができる。
▲「EDGE & LINK」のコンテンツ例。生き生きとした写真を中心に、一般にはあまり知られていないオムロンの取り組みが深掘りされている。ここでも、SNSとの連携を意識したリンクボタンやタグが効果的に使われていることがわかる。
▲写真のサムネイル+タイトル+タグをまとめたパネルのタイリング表示によって、各分野のコンテンツを概観できる「EDGE & LINK」の4つのカテゴリーのディレクトリページ。
技術に立脚したオムロンだけに、やや専門的ではあるがリサーチ(Re)関連のコンテンツも充実しており、特に論文形式で提供されているものは、専用の検索フィールドにキーワードを入力して探すこともできるほか、イーブック(Eb)にあたるPDF形式の冊子版も提供されている。
連載の初回でも触れたように、コンテンツマーケティングの元素表の考案者であるアンディ・クレストディナは、リサーチこそが「コンテンツマーケティングにおいて最もパワフルな情報提供の形式」であるといっており、企業やブランドに対する信頼感の基礎となる部分だ。
▲オムロンを支える技術開発に関する論文などを検索・閲覧できるR&Dのセクションは、同社がその事業分野におけるエキスパートであることを強く印象付けるリサーチ(Re)コンテンツの役割を果たしている。
一方で、オムロンのユニークさは、通常、企業サイトの階層の奥や、ページの下方に位置することが多い経営計画へのリンクを、トップページの2段目に持ってきていることにも表れている。それだけ、経営計画が自社のマーケティングやブランディングと切り離せない存在であることを強く認識しているためだろう。
しかも、その中期経営計画セクションの見せ方もインフォグラフィック(Inf)的なイラストやシンボルを多用して、平易でわかりやすいものとなっており、堅苦しくなく同社の方向性がわかるように工夫されている。
▲堅苦しくなりがちな中期経営計画のセクションもビジュアルを多用してわかりやすさを心がけ、さらにトップページからのリンクも目立つ場所に置かれている。これは、ブランディングやマーケティングを単独のものとして考えず、経営と密接に関わる存在として捉えているためと考えられる。
サイト内の動画の最後に、必ずメールマガジン登録の案内が表示されるのも特徴的かつ有効な手法といえる。ニューズレター(Ne)に相当するメールマガジン購読のターゲット層として、動画の閲覧者は同社に対する関心が高いと推測できるからだ。
▲サイト内の動画の再生後に表示されるメールマガジンの登録案内は、必然的にコンテンツに対する関心の高い閲覧者が対象となり、登録率の向上に貢献する確率が高い。
最後に、「ハカルコト カラダ」のセクションでは、オムロンの社員が実践する健康への取り組みを紹介しており、これも見応えのある内容である。それは単に閲覧者に対して健康の大切さや、健康維持の秘訣を説くだけでなく、オムロンという企業の職場環境の良さをアピールすることで、人材確保にもつながるコンテンツとなっているのだ。
人を大切にする社風が感じられるこのようなコンテンツも、オムロンならではのリクルーティングのためのコンテンツマーケティングの一環なのである。
▲会社の基盤を社員の健康に置くオムロンの経営哲学が反映された「ハカルコト カラダ」のセクション。
▲こうしたコンテンツは、閲覧者の知的好奇心に訴えると共に、職場環境のアピールにもつながり、人材確保にも貢献する要素である。
オムロンのウェブサイトは、コンテンツマーケティングの根幹をなすコンテンツ自体が質・量ともに非常に充実しており、思わず読み進めたくなる情報が巧みに配置されている。実際にアクセスしてみれば、そのコンテンツの豊かさや、それを実現している企業風土に驚かれるのではないだろうか。
閲覧者のクリックを誘発する仕掛けも、すでに色々と施されているが、より多くの人々がアクセスを行い、上質なコンテンツを楽しんでもらう上では、もう少しダイナミックな要素が採り入れられても良いだろう。たとえば、キャリア採用につなげる目的で、リアルタイムで反応が得られ映像資産にもなる、事前登録制のウェビナー(Wb)などを開催するような方向性も考えられる。
加えて、現在、フォルフェウスはイベント会場などでしか体験することができないが、360度のVR映像などを利用して、卓球プレーヤーの目線で疑似対戦を味わえるようなコンテンツがあれば、話題性とともに、同社の「センシング&コントロール」技術の素晴らしさを誰もが実感できるようになる。その意味で、オムロンのコンテンツマーケティングは、現在のコンテンツの完成度の高さをベースに、まだかなりの伸び代を秘めているといえるのである。
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大谷 和利(おおたに・かずとし)
テクノロジーライター、AssistOn取締役。スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツ、スティーブ・ウォズニアックのインタビュー記事をはじめ、コンピュータ、カメラ、写真、デザイン、自転車分野の文筆活動を行うかたわら、製品開発のアドバイスなども行う。主な著書・監修書に『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社)、『ICTことば辞典:250の重要キーワード』(共著。三省堂)、『ビジュアルシフト』(監修。宣伝会議)、『インテル中興の祖 アンディ・グローブの世界』(同文館出版)。主な訳書に『Apple Design日本語版』(AXIS)、『スティーブ・ジョブズの再臨』(毎日コミュニケーションズ)。
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