日本のアート市場活性化が、国、自治体、民間企業やNPOなどいくつもの階層やジャンルで進められている中、全国でさまざまな美術館が新規開館やリニューアルオープンを迎えています。
2022年、大きな話題を集めたのは、構想から約40年の時をかけて2月に開館した大阪中之島美術館。そのプロモーションのアドバイザリーをアマナのチームが手掛けました。開館までの準備期間は1年ほど。コロナ禍の中、どのような協働によって新しい美術館にふさわしい話題作りを実現したのでしょうか。大阪中之島美術館の広報担当・平美代子さん、学芸課・高柳有紀子さん、そしてアマナのプロデューサー・植山雄大にそのプロセスを聞きました。
「選択と集中」によって効率のよいプロモーションを目指す
──今、美術館のオープンや新しい試みに注目が高まっています。大阪中之島美術館では、開館に際してどのようなプロモーションを考えていましたか?
大阪中之島美術館・平美代子さん(以下、平):想定していた大きな柱は、メディアへの広報、一般への広報(SNSなど)、実来場のイベント、この3つでした。それらのどこに重点を置き、それぞれどのような層をターゲットとするか。その点について、アマナさんに提案していただき、アイデアを一緒に膨らませていけたらと考えていました。
大阪中之島美術館・学芸課・高柳有紀子さん(以下、高柳):アマナさんはビジュアルに強いイメージがありましたので、当館にはない視点で開館広報へのアドバイスをいただけるのではないかという期待もありました。
アマナ・植山雄大(以下、植山):確かに、ビジュアルを使ったコミュニケーションは美術館のプロモーションと親和性があります。アマナが広告コンテンツの制作をしていることは、メリットを感じていただける1つのポイントであると思いました。
ただ、プロモーションの戦略としてはそれだけでは足りません。アートは広告表現ではありませんし、美術館はコレクションや企画展示を多くの人に知ってもらうミッションがある。しかし僕たちの仕事は、アートそのものを紹介することではありません。今あるリソースの中で、美術館の存在そのものを、世の中に「おもしろそうだ」と効率的に発見してもらえる仕組みを提案する。それが今回のアマナの役割の鍵になると考えました。アマナ自身もアート作品のコレクションをしたり、アートプロジェクトを数多く手掛けてきた実績が役に立つのではと思ったのです。
──コロナ禍にあってプロモーションを立ち上げるには、どのようなプロセスを経たのでしょうか?
平:開館1年前は、美術館や博物館が休館することもある時期だったため、広く周知したいという思いがありながら、美術館=集客施設のオープンをどこまでおおっぴらに宣伝してよいのか……正直、とても迷っていました。
植山:オープニングと同時に開催するイベントは、コロナ禍ゆえに密を避けながら、いかに新しい施設と楽しく触れ合ってもらうかという点が肝要でした。クリエイティブチームはかなり時間をかけて企画を練り、「休日に1人でも中之島界隈にふらりと行きたくなるようなコンテンツ」を目指しました。
そこで、美術館の建築の思想の核ともなっている「パッサージュ=自由に歩ける小径」というコンセプトに着目したんです。中之島全体を美術館に見立てて、美術に高い関心がなくても気軽に参加できるアクティビティとして「アートなさんぽ」というプランが立ち上がりました。
平:「アートなさんぽ」は、中之島を中心としたさまざまなスポットに立ち寄り、スマートフォンで大阪中之島美術館のコレクションの作品画像を収集できる、デジタルスタンプラリーです。たくさん集めるとオリジナルグッズのプレゼント抽選に参加できるのですが、多くの方に参加していただきました。
植山:大阪中之島美術館は開館の計画から実際のオープンまでに約40年を要した、大阪ではよく知られた大きなプロジェクトです。展示やコレクションに対する期待も大きく、美術ファンなら誰もが駆けつける施設になるだろうという予測はありました。だからこそ、周知するターゲットの幅は、美術ファンにとどまらずもっと広げたかった。その点もクリアするイベントになったと思います。
美術館にあまり足を踏み入れたことがない人でも、街歩きを楽しみながら気がついたらアートを鑑賞しているというフローで、これまでにない美術館への自然なアプローチとしても仕掛けられたという手応えはありますね。
アートへの入り口がアートである必要はない
──美術館そのものやメインの展覧会を紹介するのではなく、美術館のある街に人を集めアートをシェアするという仕組みで、より多くの人が大阪中之島美術館の存在を知ることになったのですね。
植山:今の時代にフィットすることが大切ですから、これまでの美術館の実績や成功例は、あまり参考にならないと考えました。これから実例を作っていくつもりで取り組んだことが功を奏したように感じています。松本セイジさんのイラストもインパクトがありました。
高柳:SNSの反応などを見ても、街めぐりと共に美術館も知っていただけたようで、そこは狙いどおりですね。
平:来場されたお客様からは「こんなコレクションがあったなんて!」「建築が印象的」といった声をいただいています。一方で、開館当初はアクセスや観覧料といった基本的な問い合わせも多く、SNSも含めた広報・周知の大切さも一層感じました。それまで手探り状態で運用していましたから、アドバイスを受けながら、少しずつ慣れたと感じています。SNSへの視野や知見は着実に広がっていきました。
──これからの美術館のありかたについて、ビジョンをお聞かせください。
高柳:大阪中之島美術館には、佐伯祐三をはじめ、近現代美術・デザインなど6000点を超えるコレクションがあります。大阪と関わりの深い作品も多く、今後は、多彩なテーマや切り口で、多くの方に楽しんでいただける展示を企画していきたいですね。
平:そして、展覧会を見に来るだけではなく、地元の方に何度も来ていただけるような存在でありたい。誰でも気軽に立ち寄ることのできる魅力的な「場」としての存在感は持続していきたいと思っています。
植山:世界のアートマーケットと比較すると、日本のアートシーンにはまだまだ伸び代があるのは確かです。そのためには、もっと多くの人がアートを見る・楽しむ・関心を持つメリットを実感するモチベーションをどう提示していくか。最初に、アマナにはアートマーケットとの仕事に親和性があると言いましたが、だからこそ、その可能性を追求してみたいという思いがあります。
美術館というだけでハードルを感じる層も少なくありません。アートの入り口として、日常と地続きの空間に、気軽に入っていけるきっかけや興味を惹かれるコンテンツを用意して、アートへのアプローチの方法や道程を変えていく、そこにトライしてみたいですね。
大阪中之島美術館
開館:10:00〜18:00(入場は17:30まで)
休館:月曜(2022年9月19日を除く)
■展覧会 岡本太郎
会期:2022年7月23日(土)〜10月2日(日)
*日時指定制(30分ごと)
会場:大阪中之島美術館 4階展示室
■開館記念展 みんなのまち 大阪の肖像[第2期]
会期:8月6日(土)〜10月2日(日)
会場:大阪中之島美術館 5階展示室
イラスト:松本セイジ
文:杉村道子
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