再開発が進む虎ノ門エリアで、ひときわ注目されている「ARCH(アーチ)」。大企業の事業改革・新規事業開発担当者のみを対象にした、ユニークなインキュベーション施設です。開業から2年、約110社800人が、この場所で共創の芽を育んできました。会員コミュニティを成長させる一助となっているのが、クリエイティブ人材育成プログラム「amana Creative Camp」です。森ビルとアマナが仕掛ける、虎ノ門発イノベーションの火種とは?
――まずは、虎ノ門ヒルズ ビジネスタワーにARCHをつくった経緯から教えてください。
森ビル・佐々真康さん(以下、佐々):森ビル創業の地である虎ノ門エリアは、霞が関との近さもあり、戦後まもなくからビジネス街として発展してきました。
しかし次第に、中小規模のビルが立錐の余地なく立ち並び、更新が進まない街になってしまいます。当社はこの状況を逆手にとって、エリアを真っ白なキャンバスと見立て、改めてエリアの再開発を検討してきました。こうして、2014年に開業した虎ノ門ヒルズ 森タワーを皮切りにこのエリアの更新が進み始めます。しかし最大の問題は、このキャンバスに何をどう描いていくか、でした。
森ビル・佐々:たとえば大手町・丸の内エリアならば、三菱地所さんを中心に金融業をはじめとする大企業を集積させる取り組みがされています。渋谷エリアでは、東急不動産さんが中心となって駅周辺にIT企業やベンチャーを多く集めている。弊社は、六本木・赤坂エリアでは外資系金融機関や国内スタートアップ企業を誘致してきました。
――確かに、東京にはすでに特色のある再開発エリアがありますね。
森ビル・ 佐々:はい。虎ノ門は霞が関の傍らにあり、丸の内や渋谷、そして六本木といった各エリアの中間地点に位置しています。
「それならば、特色ある各エリアの人や企業の交流拠点にしよう」「新たなビジネスや価値を生み出す、ハブとしての虎ノ門ヒルズを目指そう」といった方向性が見えてきました。その交流を促す目玉拠点がARCHです。
特に、大企業が他の企業やスタートアップ企業と出会う橋渡し役になりたい。そんな願いを込めて、名前を「ARCH(橋)」としています。
――ユニークなのは、ARCHの利用対象を「大企業で事業改革や新規事業開発に携わっている社員」に絞っていることです。この狙いは?
森ビル・ 佐々:変化が激しく複雑化した今の時代に、イノベーションが待ち望まれているのはご存知のとおりです。斬新なビジネスモデルを持った新しいサービスやプロダクトの必要性が高まっています。
シリコンバレーに見られるように、通常はスタートアップ企業がその役割を担います。しかし、日本では大企業に優れた人材や大きな資金が集まる傾向が強い現状があります。豊富なリソースを持った大企業が、スタートアップのように斬新な新規事業を立ち上げるほうがイノベーションは起こりやすい、あるいはインパクトも出しやすいと考えました。
――大企業が既存のビジネスモデルでは立ち行かなくなり、ある種の危機感を抱いて新規事業を模索しているという側面もありそうです。
森ビル・ 佐々:おっしゃるとおりです。実際、事業改革や新規事業開発に積極的な大企業は極めて多いですよね。一方で、新規事業部に配属された社員の方々が、スタートアップ人材のようなマインドセットやスキルを持ち合わせいるかといえば、そうとも限らない。新規事業創出に必要なマインドや新しいスキル、ネットワークを得る機会を作るのがARCHの役割なんです。
森ビル・ 佐々:ARCHでは、オープンなコワーキングスペースの中で、セミナーやワークショップ、ピッチ大会といった会員同士の交流を促すイベントを日々開催しています。特に、「アウトプットの機会」を意識したプログラムにしているのが大きな特徴ですね。
――なぜアウトプットを重視しているのでしょう?
森ビル・ 佐々:大企業で新規事業を担当されるような方は、勤勉な方が多い。インプットは頻繁に行っていても、アウトプットの機会がなかなかないんです。
アイデアは言葉にしてはじめて価値を生みますし、チームで手を動かして議論しながらアウトプットを考えることで、自然と仲間意識も芽生えやすい。カルチャーの違う人同士の“共創”のトレーニングにもなりますからね。
もっとも、我々森ビルは不動産会社。アウトプットを重視したプログラムの企画・運営まではできません。そこでアマナさんのような専門性を持った企業の力をお借りしながら、会員である110社800人のコミュニティに提供しているわけです。
――アマナはパートナーとして、ARCH会員向けにクリエイティブ思考やナレッジを提供するプログラム amana Creative Campを毎月1回ほど企画、開催していますが、あらためてこのプログラムについて教えてください。
アマナ・山根尭(以下、山根):そもそもアマナのビジネスは、クライアントのコミュニケーション課題を解決するためのクリエイティブを提供する、ということから始まっています。映像、ウェブサイト、コンテンツといったアウトプット自体を評価いただくのは当然のことですが、アウトプットに至るプロセスや、ナレッジもあわせて評価いただくケースが多くありました。
たとえば、クリエイターならではの発想やアプローチを生かした企画の練り方、プロジェクトを推進するためのビジュアルファシリテーション、プレゼンやオリエンの場でクリアに要件を伝えるための資料のつくり方など。「アマナのような独創的な企画の立て方、見やすくてデザイン性の高い資料の作り方を学びたい」といったご相談も増えています。
アマナ・杉山諒(以下、杉山):こうしたニーズに応えるための企業向け人材育成プログラムとして、私と山根で立ち上げたのが amana Creative Camp です。
アマナ・杉山:佐々さんからお声がけいただいた時、すでにいくつかのクライアントに「デザイン思考のコツ」や「伝わるオリエンシートの作り方」といった個別プログラムを提供してはいました。しかし、ARCHでは、もっと実験的な新しいプログラムを、この場で創りながら提供していきたいと考えました。
森ビル・ 佐々:我々としても、アマナさんに「発注」するという感覚というよりは、パートナーとしてイノベーティブな新規事業、人材の育成にコミットしていただきたかった。熱量の高い場にしていきたかったので、実験的な取り組みは、むしろ嬉しくもありましたね。
アマナ・杉山:実のところ、ARCH会員の方々に引っ張られて、予想以上に熱量の高い場になっていますね。
――具体的にはどのようなプログラムを実施されているのでしょう?
アマナ・杉山:第1回は「Editorial Camp」と名付けた、編集思考を実践するワークショップでした。
アマナは、アートフォトメディア『IMA』や、子育てファミリー向けメディアの『Fasu』といったライフスタイルメディアをいくつか持っています。初回の「Editorial Camp」はメディアの編集長を講師に、編集思考をアイディエーションに生かすためのワークショップとして実施しました。
イノベーションと呼べるような新しいアイデアは、既存のアイデアをつなぎあわせることから生まれます。それはまさに、一見関係なさそうなもの同士を掛け合わせることで新しい価値を生み出す「編集する力」。編集者のそうした視点や着想法をレクチャーした後、チームに分かれて、組み合わせや掛け合わせによってどんなアイデアが生まれるか、ワークをしてもらいました。
――参加者の反応はいかがでしたか?
アマナ・山根:驚くほどみなさん意欲的で活発でしたね。
アマナ・杉山:一見、物静かでシャイな方が多いのですが、ふとみると熱い議論がはじまっていたりする。PCでキーボードをずっと叩いている方がいるので「内職しているのかな…」と思ったら、めちゃくちゃ精緻なメモをとられていました(笑)。
森ビル・ 佐々:初回にして熱量と参加意欲の高さと、ARCH会員の方々のポテンシャルの高さが垣間見えたように思います。
――回を重ねるごとに、ARCH会員の方々の変化はみられるものなのでしょうか?
森ビル・ 佐々:Creative Campでは毎回いい空気がつくられていて、リピート参加率も高く、参加者の発言も積極的になっていくのを感じていました。目に見えた変化を最初に実感したのは、今年の初めに実施した、セブン-イレブン・ジャパンさんにテーマオーナーになっていただいた回です。
セブン-イレブン・ジャパンの新規事業開発担当者の方もARCH会員で、何度かCreative Campに参加いただいていました。あるとき雑談の中で「セブン-イレブンの事業に絡めたCreative Campを開催してみませんか」とお話してみたんです。すると「ぜひ!」と話が進んだんですよね。
――具体的にはどのような内容で実施を?
森ビル・ 佐々:全国に2万1000以上ある店舗のほか、商品、サプライチェーン、ブランドイメージなど、セブン-イレブンのあらゆるアセットを使って、新規事業を考えてみるというものでした。
会員の所属企業はそれぞれ業界第一線企業なので、会員企業が持つアセットと組み合わせて「こんな共創ができるのでは」「こうした切り口でも掛け合わせられそう」と発想を広げてもらいました。
アマナ・山根:まさしく初回の「編集思考」を使うワークになりました。皆さん、丁寧にセブン-イレブンのアセットと自社のアセットを洗い出したうえで、さらにアナロジカル・シンキング※をしていく。異様な盛り上がりで、3時間以上にわたって、次々にアイデアが湧いてきたのを覚えています。
※アナロジカル・シンキング…2つの事柄の類似性と違いを見出して、置き換えながら新しい発想にいたる思考法。
アマナ・杉山:お正月休み明けの実施で、かつフルオンラインだったので盛り上がるか不安な気持ちもあったのですが、PC越しにも熱気が伝わってきました。セブン-イレブンという身近な存在がテーマだったことも大きいと思います。
この時は、ワークのアイスブレイクに「自分が最も好きなセブン-イレブンの商品を交えて自己紹介してください」としてみたところ、参加者が各々のセブン-イレブン愛を語り出して、いつも以上に温まった状態でワークに入れました。僕はよく「ジャケットを脱ぐ」と表現するんですが、参加者にリラックスしてもらう工夫も毎回大事にしていますね。
――身近なビジネスを題材に、これまで培ってきたスキルを使って思案するのは、いかにも盛り上がりそうですね。
森ビル・ 佐々:ワークショップを重ねることで、互いの信頼関係が生まれて、気持ちが解きほぐされていったことも、議論がさらに活性化している一因だと感じます。
アマナ・杉山:自分の物事の捉え方や考え方を共有しながらワークを進めていくことになるわけで、それを人前で発表するのは、一種の自己開示ともいえます。飲み会でも会議でもない場では恥ずかしいと感じる方もいるかもしれません。
しかし互いにそんな羞恥心をさらけ出すからこそ、心の距離が縮まる面があると思うんです。オープンに何でも話しやすくなり、考え方や意見が違う相手でも、建設的な議論が進めやすくなる。つまり“共創”の下地としてのマインドセットが醸成されている気がしますね。
森ビル・ 佐々:自己開示にクリエイティブの力を作用させていくことで、人と人の距離が縮まるということは確かにあります。大企業は人事異動が多いので、新規事業の部署に新たにジョインする方がいたら、うまく活用して仲良くなってもらう、なんて使い方も増えてきたらおもしろそうですね。
――少しずつ積み上がってきた共創の芽に、またARCHとamana Creative Campの今後に期待することは何でしょう?
森ビル・ 佐々:自分がいま手がけている事業の延長線上としての未来ではなく、ちょっとジャンプした場所にある未来をつくれる――。Creative Campに参加しているメンバーは私も含めてそんな感触を得ていると思うんです。参加してくれる会員の方々には、それぞれの会社で、“ジャンプ”をどんどん実現していってほしいですね。
アマナ・杉山:アマナとしては、やはり実際の新規事業がARCHとamana Creative Campを起点に生まれてほしいし、そういう場にしていく自信もあります。
アマナ・山根:そうですね。毎月続けている熱量の高いワークが、いつかボディブローのように効いて、大きな事業のアウトプットにつながることを期待して、今後も続けていくつもりです。
再開発のオフィスエリアの機能として、オープンイノベーションにつながる異業種コミュニティづくりを推進する例は、決して珍しくはありません。
しかし「大企業の事業改革・ 新規事業に携わる人だけを会員にする」「アウトプットを意識したプログラムを用意する」「実践的かつ実験的なプログラムを定期的に実施する」といった特色を持たせることで、ARCH✕amana Creative Campの取り組みは、参加者、主催者ともに高い熱量を維持し続けていました。
その熱こそが、虎ノ門ヒルズを、ひいては日本をイノベーション大国にする火種となりそうです。
インタビュー・文:箱田高樹
撮影:小山和淳 (amana)
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編集:高橋沙織(amana)