オウンドメディアはもう終わり? コンテンツのプロたちが、企業のオウンドメディアを再定義してみた

Talking about owned media

『WIRED』日本版の元編集長で、現在は黒鳥社でコンテンツディレクターを務める若林恵さんと、アマナでコンテンツマーケティングアドバイザーを務める柴山英里による「企業が発信すべき良いコンテンツとは?」がテーマの対談企画。……をお届けするつもりが、気づけばなぜか「オウンドメディアはOut of dateだ」などと、オワコン発言が飛び出す事態に。でも、それって本当?というわけで、企業のオウンドメディアの行く末はどうなるのか、それぞれの立場から意見を交わしました。

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柴山:今日は企業や官公庁の情報発信もサポートしてらっしゃる若林さんに「良いコンテンツの作り方」についてどうお考えか、聞きに来ました。アマナでは近年、オウンドメディアに関する相談が増えていて、とりあえず作ってみたものの、うまくいかないという相談を特に多くいただいているんですが、私たちの経験も踏まえて、「どんなコンテンツを作れば、思うような効果が得られるのか?」といった疑問に答えていけたらと思っています。

若林:私は、この先、オウンドメディアみたいなものに企業はお金を出さなくなるという気がしていますが、そもそもの話、企業はオウンドメディアに一体何を期待しているんでしょう? どう思われます?

柴山:理念や、製品、サービスを知ってもらいたいという前提はあるのですが、実際のところ、販路を拡大するためのメディアを持ちたいといって始めるケースも多く、自分たちが良いと考えるコンテンツを作っているのに、思うように結果に繋がらない、というご相談が多いです。そもそもそれはオウンドメディアだけで解決できることなのか?という話ではありますが。

若林:現在、弊社(黒鳥社)では、コクヨが発行する「WORKSIGHT」というオウンドメディアの制作をお手伝いしていますが、それを引き受けるにあたってまず議論したのは、もうWebはやめようという話でした。Webの運営はカロリーが高すぎて、費用対効果が悪すぎる気がします。というわけで、現在は週1本のニュースレターと年4回のプリント版を発行しています。

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若林恵|Kei Wakabayashi
コンテンツディレクター。大学卒業後、平凡社に入社し、『月刊 太陽』の編集部に所属。2000年にフリー編集者として独立し、以後、雑誌、企業や大使館などのためのフリーペーパー、企業広報誌の編集制作などを行ってきたほか、展覧会の図録や書籍の編集も数多く手がける。また、音楽ジャーナリストとしても活動し、近年では音楽レーベルのコンサルティングなども行う。2012年から2017年12月まで『WIRED』日本版編集長を務めた。2018年、黒鳥社(blkswn publishers)設立。著書『さよなら未来』(岩波書店)等。
https://blkswn.tokyo

柴山:負荷が高いというのは、どういう点においてですか?

若林:Webページは、一種の「広場」として読者がランディングする場所として機能させるにはいいのですが、そこをコンテンツづくりのメインの土俵と考えてしまうと、更新性に気を取られてしまい、制作リソース上、およそ無理な記事本数を自らに求めることになってしまいます。それなりのクオリティの記事を毎日更新するために必要なリソースをもっているのって伝統的には新聞社しかないんです。あるいはYouTuberのようにスモールサイズで制作を続ける人もたくさんいますが、その人たちはその人たちで、ほぼ全生活をそこに投入しているはずで、そのモデルは基本ハイリスク/ハイリターンなものだと思います。雑誌編集部のサイズと考え方で毎日コンテンツを出していくというのは記事本数、更新頻度の観点や編集部員のモチベーションや精神性という観点から、本来的には全く整合しないというのが私の見立てです。加えて、読者の立場からしても、結局あらゆる記事のタッチポイントがソーシャルメディアかニュースレターになっているのが実際だと思います。

柴山:今はどんなメルマガを読まれているんですか?

若林:なんで登録されているのか自分としても謎なんですが、JTBのメルマガをこないだちらっと見てみたら、案外面白かったです。「先日、メタバースについての研修をしました」みたいなレポートとかが載っているだけですが、今、企業ってこういうことを気にしてるんだなということがわかって面白いんですね。とはいえ、それもこっちがメディアの仕事に関わっているから、そういう視点から面白いというだけなので、JTBのいわゆる「一般ユーザー」が見るものでもないような気がしますが、それはそういう目的に沿ったものなんだとは思います。あとはマガジンハウスが全社員と広告クライアントを含め、業務で関わる関係者に向けて打っているコーポレートニュースレターもよく出来ていて、時々覗いたりします。

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柴山英里|Eri Shibayama
編集プロダクションにて編集・制作業務を経験した後、メーカーにて広報・EC事業を担当し、現職に至る。アマナに入社後はWEBサイト、デジタルコンテンツ、キャンペーンの企画/ディレクション業務を経て、コンテンツマーケティング戦略アドバイザーを行っている。

その課題解決にオウンドメディアが本当に有効なのか?を考える

柴山:toB、toCでも異なるものの、オウンドメディアを始める目的は販路拡大が多いんですが、他にもブランディング、採用などさまざまあります。同時に企業は、自分たちの会社はこんなにすごいことをやっているのだから、ちゃんと発信したら多くの人が好きになってくれるはずという期待を持っています。そういった企業の価値はどうすれば伝えることができるのか、価値観を共有してくれる人と繋がるにはどうすればいいと思われますか。

若林:基本はまずソーシャルメディアをどう運用するかなんじゃないかと思います。ソーシャルメディアはもちろんマス広告の代替としての利用価値もありますが、価値観を共有する人たちのコミュニティビルディングのツールであるという側面も強くありますので、それをどうセグメントして、用途に沿って使い分けることができるのかを考えてみる必要がありそうです。コンテンツづくりは、ますますコミュニティづくりと同義になっているところがありますので、コンテンツをつくるにあたっては、どういうコミュニティをつくりたいのか、その解像度を上げる必要があるのかもしれません。柴山さんがおっしゃった通り、ブランディング、採用といった目的によって、そこにつくりたいコミュニティの規模も質も異なってきますので、それをどう効果的にセグメントし、運用するのかを別個に組み上げていくことになるのかな、と。

最近では、Discord(アメリカで開発されたボイス・ビデオ・テキストコミュニケーションサービス)の中にユーザーを突っ込んで、そのなかでコミットメントの高さやユーザーの興味に従ってセグメントして運用している企業もあります。一口に「ユーザー」といっても、そこにはその会社で働いてみたい人、投資を考えている人、何かコラボとかできないかとか考えている人、製品の開発に対して専門的な観点から意見がある人等々、「B」の人もたくさんいるわけですね。ファン、コミュニティ、カスタマーと一口で言ったなかに、すでに多種多様なモチベーションの人がいますので、それぞれの欲求を企業の欲求とを合致させ、それぞれの満足に応えられるような、コンテンツをどう開発できるかが、こうしたコミュニティマネジメントの肝なのではないかと思っています。

柴山:顧客をファンに変えて、さらにR&Dにまで活用するというのは、まさにオウンドメディアがやりたいことです。

若林:それは願いとしてはとてもよくわかるのですが、それを実現するためには、コミュニティからのフィードバックを素早く商品やサービスとして返していく応答性(responsibility)が必要になりますので、応答性の高い制作体制がそもそもあるのかという問題に突き当たります。企業がいいと思ったものを作って市場に放りこみ、それらを広告費をかけて売り切るという体制で、コミュニティをR&Dにつなげたい、と言ってもそれはただの搾取になりかねませんので、こうした参加型のモデルを採用するにあたっては、「公式」の側、つまり企業側が、何をどう、どういうスピード感でコミュニティに返せるのかとセットで考える必要があります。これは、デジタルサービス開発で言われてきたアジャイル開発の考え方ですが、それがソフトウェアだけでなく、ハードウェアのみならずありとあらゆる業界に及んでいるわけですね。

柴山:いわゆるプロダクトアウトからマーケットインへの変換みたいなことでしょうか。

若林:そうですね。そうした観点から、オウンドメディアのようなものを考えていくと、実際の課題というのは、面白い記事をどうつくるのかといったことよりも、その手前で、コミュニティのなかにいる多種多様なステークホルダーの欲求をどう見定めるのか、という点が大事なのかなと思います。ですから「記事づくり」のもう一段上の視点から、さまざまな「企画」をフォーメーションしていかないといけない。つまり、このセグメントは「人とつながる」ことを欲している、このセグメントは「知識」を求めている、このセグメントは「議論の場」を欲している、といったところから、単純な記事制作だけでなく、オフ会からスクール、レクチャー、読書会、制作ワークショップから法律相談、就職相談、インターンシップ制度といったことまで、それこそ多種多様な「企画」のバリエーションを考慮する必要が出てきます。その中から何をどう選び取り、どうフォーメーションするか。「編集」という言葉を使うなら、編集という作業の第一のステップなのだと思います。

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柴山:そうなると、CRMとマーケティングを分けていること自体がナンセンスということですね?

若林:基本、これまであったありとあらゆる境界、部門分けが溶け出して行っちゃうのがあらゆるものがコネクトされたデジタル社会のネイチャーですので、それぞれが個別にまったく不要になるということはないにせよ、それらが一体化してしまった状態も同時に生まれてしまいますので、その辺を的確に見分けて、都度体制やリソース配分などを最適化しないと混乱しますよね。
Discordのようなものも含めたソーシャルメディアは、それこそ顧客データベースであるという意味合いももちつつ、同時にマーケティングツールでもあり、メディアでもあったりしますので、それを使うときに、自分たちが、何としてそれを使うかを、都度考えないといけないということだと思います。ツールの側が一元的にその使い道を決めてくれるわけではない、という意味では、基本めんどくさいんですよ、デジタルツールって。

柴山:私たちのところにオウンドメディアの相談に来られるのは事業部や広告宣伝部の方が多いのですが、彼らが悩んでいるのは「ロイヤルティを育てたいけど、組織の都合上、個人情報は持ちたくない」という話で……。

若林:まあ、わかる話ではありますが。

柴山:できれば丸ごとアウトソースしたいというような要望も多くいただきます。私たちとしては、そこは絶対に自分たちでやった方がいいですという説得から入るんですが。
オウンドメディアは発信の手段であると同時に受信の手段だと考えていて、取材を通じてさまざまな情報収集ができるし、外部のキーパーソンに繋がれます。発信に関しても、社外へ向けてだけでなく、インターナルコミュニケーションのツールとしても社員への発信として考えてほしいと、クライアントにはよく話しています。

若林:おっしゃる通りで、いまの企業というのは、実際、発信には熱心だけれども、システマティックに情報をインプットする機能がないですよね。私もそのことはよく指摘するのですが、それもさっきの「応答性」と同じ話で、情報をインプットしたり、情報ソースとのネットワークを構築したとして、それを社内で、何にどう繋げていくのか、その道筋というか受け皿をどう用意するのかは、どこも試行錯誤が続いてますね。

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オウンドメディアに未来はあるのか

柴山:私自身はWebマガジン形式のオウンドメディアもありだと思っているのですが、ここまで話を伺ってきて、オウンドメディアを作ろうというときに、まずWebマガジン一択で考え始めるやり方に問題があるんだと思います。
Webマガジン単体でプロジェクトを考えるのではなく、もう少し上位概念、マーケティング、プロモーション全体をもっと俯瞰して考えるところから始めて、まずは何を目的にしているのか、それを叶えるためには何から手をつけていくとよいのかという設計が重要なのだなと。となると、外に丸投げしていては良い結果になり得ないですね。

若林:今、話をしていて思い出しましたが、最近は、よくSDGs絡みで環境に関する発信をしている企業を見かけますが、あれも、発信ありきの視点からやると、容易にグリーンウォッシング(実態が伴っていないのに環境問題に取り組んでいるように思わせること)と批判されることになりますので、基本まずは実績を開示することから始めないといけないわけですよね。従来の広告/マーケティング的観点からやる発信は、ただのプロパガンダになってしまう。さっきから「応答性」というキーワードを通してお話ししているように、コミュニケーションとプロダクト開発とをシームレスに結びつけないと、そうした応答性は実現しないわけですが、それを実現するためには、社内全部を見直さないといけないことになります。つまり小手先で適応できる話ではないということで、そうした「応答性」を実現するために、社内の構造をドラスティックに変えていくということが、つまるところ「DX」というものの内実なんだと思うんですよね。

柴山:私たちとしては、現場の業務負荷を軽減させるという視点ももちろん大事にしつつ、戦略支援を行うことを得意としています。今、話に出たような上位概念をデザインするところがプロジェクトを進める上で重要であると、あらためて思いました。若林さんの見立てでは、今後、企業からの発信はどうなっていくと思われますか?

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若林:企業というものは、基本止まると死ぬマグロみたいなものだと思いますので、環境の変化に即して都度都度マイナーなアダプテーションを常に積み上げているのだとは思います。そういう意味では企業というのは性質上プラグマティックなものだとは思うのですが、気になるのは、やはりどこに「正解」があって、それをやれば上手くいくんだという考えが根強くあるところです。一元的にこうやればいいという答えはない、という前提から出発して、いろんなことを試しながら絶えず体を動かし続けることが大事なんじゃないでしょうか。

柴山:失敗を恐れず、とにかくやってみようということですね。

若林:最近気に入っている言葉に、「終わりではなく、始まりをデザインせよ」というものがあります。ゴールから逆算して今何をやるかを考えることが困難になっているわけですから、完成図というものを持たずに、どう前に進めるのかが勝負です。ちなみに、元サッカー日本代表監督だった故イビチャ・オシムは、子供のサッカー教育について問われた際に、「『サッカーのやり方』ではなく、『サッカーすること』を教えなさい」と言ったそうです。サッカーに限らず、DXなんかでもそうですが、私たちはいつも自分たちの外側にある「やり方」を相変わらず求めちゃうんですよね。


撮影:AKANE(アマナ)
編集:大橋智子(アマナ)
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