グローバル企業も注目する、「シビック・コマース」とは何か:STYLUS Trend Topics①

Marina Demeshko

この連載では、世界中のマーケット潮流をリサーチ・レポートするイノベーションアドバイザリー「STYLUS」の日本法人でカントリーマネージャーを務める秋元陸さんに、同社のグローバルレポートに基づき、企業の広報・マーケティング担当者が知っておくべきトレンド情報を解説していただきます。初回のテーマは、「シビック・コマース」。国内ではあまり聞きなれないワードですが、海外の注目事例を交えて紹介します。

「シビック・コマース」という新たなモデル

「シビック・コマース」は今、グローバルに展開する大手企業からSTYLUSへの問い合わせが増えているテーマの一つです。比較的新しい概念のため、 辞書でも明確な定義が載っているわけではありませんが、平たく言えば、「世界が経済、環境、社会面での困難に直面したときに、先進的な企業が特別なビジネススキームやサービスを立ち上げて消費者をサポートすること」。

新型コロナウイルスやインフレなど、社会がさまざまな困難に遭遇したことによって、生活者を支える仕組みを作ったり、生活者と共に社会課題に立ち向かっていくためのビジネスモデルの必要性が高まりました。

そんな中で出てきた考え方ですが、背景を物語るものとして、以下のようなSTYLUSのリサーチデータがあります。

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自国の経済状況がなかなか良くならないような地域では、自分の生活に対する不満が政府やメディアなどにぶつけられがちな反面、企業は比較的生活者の声に耳を傾けてくれると思われている場合があります。企業にとっては、生活者に向き合わないと、それが株価に表れたり、不買運動につながるといった直接的な影響を受けるという事情もありますが、「自国の政府・メディア・NGOより、企業を信頼している」と感じる人が61%もいるのです。

一方、「社会課題に対して企業がまだアプローチしきれていない」と感じる人が49%、「企業の社会課題に向き合う姿勢を理由に商品やサービスの非買をする」という人たちも、40%ほどいます。

この40%という数字を大きいと感じるかどうかは捉え方によりますが、企業と生活者の関係は、「商品やサービスの売り手と買い手」という捉え方から、「社会をより良くするために共に取り組みを進めるパートナー」という考え方に変わってきています。その企業の商品やサービスを利用・購入することが、結果的に社会貢献につながるような仕組みを構築できているかどうかが、問われる時代になってきたと言えるでしょう。

「せっかくなら」誰かのためになるものを買いたい

改めてシビック・コマースが出てきた背景を考えると、先に挙げた、コロナ禍による社会不信や企業への歪んだ期待がわかりやすく表出している一方、同時に我々STYLUSが強く感じているのは、「自分の“推し”のブランドが自身を形成する」というセルフブランディングと、「どの製品やサービスも価格や品質が横並びなら、購買は投票や応援のつもりで社会貢献できるところを選ぶ」という選択基準の浸透です。

SNSでも、“推し”のブランドについてストーリーをもって語れる人が支持されますし、どのブランドが環境に配慮した製品づくりを行っているかを把握したうえで信念を持って購買する人が映えます。また、安くて良いものが大量に買える世の中になったため、「せっかく買うのなら、誰かのためになるものや環境に配慮されているものにしたい」という傾向が、特にヨーロッパで強まっていて、その辺りがシビック・コマースを支えているという印象があります。

海外でいくつか出てきている、シビック・コマースの取り組みを紹介しましょう。

事例①:ホールフーズマーケット

1つ目は、欧米で人気の自然指向の高級スーパー「ホールフーズマーケット」の事例です。ホールフーズマーケットでは今、「その食品を購入すると何に貢献できるのか」を確認できるシールがついた状態で、食品が販売されています。

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https://media.wholefoodsmarket.com/より

ホールフーズマーケットは元々、オーガニックやフェアトレードの考え方を取り入れて正しいものづくりをしている生産者たちから提供される食品を販売しています。今回の取り組みにより、その商品を買うことによって、「医療」、「福祉」、「教育」、「倫理」のどの側面において生産者の役に立つかが、ひと目でわかるようになりました。

事例②:アメリカーナズ

2つ目は、私が個人的にも気に入っている、ブラジルのEC事業者「アメリカーナズ」の事例。アメリカーナズは、食品も扱うアマゾンのようなEC事業者ですが、他社では配送対象外となってしまうような治安の悪いスラム街や、住所や区画の整理がされていない地域でも品物を届けてくれます。

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https://exame.com/より

そうしたエリアに長く住んでいて土地勘のある住民を現地で雇用し、配達員としてのトレーニングをすることで、こうしたサービスを実現しているのです。雇用を生み出すと共に、今まではビジネスの対象外だった地域で事業展開ができる座組をつくり出している好例と言えます。

事例③:スターバックス

スターバックスによる、コミュニティストアの取り組みも、面白い事例の一つです。

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https://stories.starbucks.com/より

これは、比較的治安が悪かったり、教育水準が低く、犯罪発生率の多い地域に、あえてスターバックスの新店舗を出店するという取り組み。国連が制定している「人間開発指数(※注1)」を参照し、その数字が低いところにあえて店を出すという点で、前述のアメリカーナズの取り組みにも似ています。貧しい地域では高級店の部類に入るスターバックスですが、地域住民を雇用し一流の接客トレーニングを行うことで、「知り合いが働いているなら行ってみよう」と思う人たちも出てくるわけです。

店に入ってみると、明るく清潔感があってWi-Fiも使え、子供連れでも安心して過ごせるということがわかります。価格は少し高く感じられても、2時間も居れば元がとれると思ってくれるようになれば、仲間が仲間を呼ぶという好循環が生まれます。上の写真では店舗の外壁に絵が描かれていますが、これも地域のアーティストやコミュニティアートを支援する一環での取り組み。ここから巣立った人が、ホスピタリティを重視する街のホテルなどで働けるようになることも推進しているのです。

※注1:「人間開発指数」…平均余命、教育、識字、所得指数の複合統計によって国や地域を順位付けするための指標。

事例④:NBA×バドワイザー

スポーツ分野では、NBAとバドワイザーが協力した、ストリートバスケに関する取り組みも良い事例です。

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http://www.quadrasindestrutiveis.com.br/より

ブラジルのある地域では、古い建物や公園がどんどん地上げ屋に買い占められ、それが進むと、ストリートでスポーツを楽しむ文化が消失しかねない懸念がありました。

そこで、NBAが街中のバスケットボールコートを探し、バドワイザーはアーティストに声をかけ、そのコートに作品を描いてもらうという取り組みを実施。コートは地域の資産として残るため、住民たちが、どのコートをどのアーティストの作品で彩りたいか選べるようなプラットフォームを用意したわけです。というのも、ブラジルには、芸術的価値がある公共財や公共の場を取り壊すことができないという条例があり、アートが描かれたバスケットボールコートを売り飛ばすことができません。条例を利用し、それぞれの企業のアセットやネットワークを活かすことで、異色の組み合わせによるシビック・コマースが実現したのです。

事例⑤:サンタンデール銀行

最後に紹介したいのは、サンタンデールというスペインの銀行が、ブラジルのサンパウロで行っている取り組み。

やっていることとしては、「バス停の電子サイネージの広告枠を買い占める」ということですが、それが2つの点で地域社会に役立っています。1つ目は、広告枠が埋まることで、街灯代わりにバス停周辺を照らしてくれ、犯罪の抑止につながる可能性があるということ。2つ目としては、買い占めた広告枠を、実は地元企業に無料で提供しており、これによって地元産業の活性化を図っています。巡り巡って、サンタンデールに融資を申し込む企業も増えるはずという目論見を持っての取り組みです。

自社のビジネスを通じて、いかに社会課題に向き合えるか

以上の例に見てきたように、その企業ならではのアセットやネットワークを活かして貢献できるポイントを見つけ、具体的な取り組みに落とし込むということが、シビック・コマースを考えるうえでは重要です。

もちろん、シビック・コマース自体が大きな利益を生むわけではないため、そもそも企業としてやる必然性があるのかどうかは、議論があって当然です。また、脈絡のない取り組みで生活者に違和感を抱かせないためには、自社がこれまで真摯に向かい合ってきたエンドユーザー、ターゲットユーザーが抱えている社会課題は何かを改めて捉え直しながら、その人たちの生活をサポートできるような施策を探るべきです。

紙おむつメーカーであれば子育て中の親であったり、洗剤メーカーであれば家事と向き合う生活者であったりと、それぞれのターゲティングがあるでしょう。そこを起点に社会課題を洗い出して取り組み、そのうえで、本当に自分たちでなければ与えられないインパクトがそこにあることを効果的に伝えていくことが求められます。

企業は、生活者から社会課題の解決を期待されています。自らのアセットの中から「具体的」で、かつ「ローカル」な課題を見つけ出して取り組んでいくことが、シビック・コマースを成功させる正攻法と言えるでしょう。

文:大谷和利
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ロンドンを拠点に活動するSTYLUSは、様々な業界のトレンドを分析し、未来の変化を予測するイノベーションアドバイザリーサービスです。
独自のアプローチで、データと経験を基にしたインサイトを提供し、企業がイノベーションを推進し、市場の変動に対応できるよう支援しています。

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