次なるマーケットの成長領域として関心を集める「アクセシビリティ」:STYLUS Trend Topics④

cagkansayin

この連載では、世界中のマーケット潮流をリサーチ・レポートするイノベーションアドバイザリー「STYLUS」の日本法人でカントリーマネージャーを務める秋元陸さんに、同社のグローバルレポートに基づき、企業の広報・マーケティング担当者が知っておくべきトレンド情報を解説していただきます。第4回のテーマは、全員参加型社会の構築に向けて、先進的な企業が取り組んでいる「アクセシビリティ」です。

象徴的な、アップルの取り組み

「アクセシビリティ」とは、情報やサービスを全ての人々に平等に提供するための重要な取り組みです。STYLUSでは、このアクセシビリティに関する多くの事例や情報を「ディスアビリティフューチャーズ」というレポートシリーズにまとめています。

insights_stylustrends_disability futures.JPG

https://app.stylus.com/より

このレポートシリーズでは”People with disabilities”、つまり、様々な身体的・心理的特徴を持つ人自体に焦点を当てるアプローチによって、アクセシビリティを向上させるサービスや取り組みの重要性を企業向けに発信しています。中でも、アップルの取り組みは、ご存知の方も多いのではないでしょうか。

同社は、iPhoneに搭載されたさまざまなアクセシビリティ機能によって、様々な身体的特徴を持つ人々の日常生活やクリエイティブな活動をサポートしています。たとえば、スマートフォンを音声で操作する機能や、スマホのカメラを使って目の前の物体や情報を読み上げる機能などです。これらは、身体的特徴を持つ人たちに対して、生活をより豊かなものとするための強力なサポートとなっています。

イケアやマイクロソフト、グーグルが考えるインクルーシブの形

次に、イケアとマイクロソフトのアクセシビリティへの取り組みを紹介しましょう。

イケアは、”Disables”(障がい者)ならぬ”ThisAbles”(これが可能にする)というプロジェクトを通じて、身体的特徴を持つ人々に商品開発に参加してもらう、という取り組みを行っています。これによって、ドアの開けづらさやソファの高さなど、日常生活における彼らのちょっとした悩みを解消するためのアタッチメント開発を進めているのです。こうして開発されたアタッチメントは、3Dプリンタ用のデータが公開されていて、誰でも自由に製造できるようになっています。このようにしてイケアは、アクセシビリティ向上の輪を広げているわけです。

また、マイクロソフトは「インクルーシブ・テック・ラボ」という名称で、アクセシビリティに関する独自の取り組みを展開しています。

たとえば、どんな身体的特徴を持つ人でもゲームが楽しめるように、自社の家庭用ゲーム機であるXboxのコントローラーのカスタマイズやチューニングを積極的に行っているのです。その理由は、誰か1人のために課題を解決して、それをより多くの人たちにも広げていくということが、良いユーザー体験を提供するための商品開発手法であることと関係しています。つまり、身体的特徴を持つ人たち向けに作った何かが、一般ユーザーたちに対しても新たな付加価値を生む可能性があるということなのです。

グーグルもロンドンに「アクセシビリティ・ディスカバリー・センター」という施設を設けていて、この施設では、多様なユーザー体験を提供するための新しいアイデアや技術が試されています。ここでも、マイクロソフトと同様に、身体的・心理的特徴を持つ人たち向けの商品やサービスが、より広いユーザーにとっても価値のあるものになるのではないかという考えに基づいて、アクセシビリティの研究が行われているのです。

Influencers with disabilities

このように、アクセシビリティについて多くの企業や団体がその重要性を認識するにつれて、身体的・心理的特徴を持つYouTuberたちの影響力にも注目が集まってきています。たとえば、盲目のファッションコーディネーターやゲームプレーヤー、あるいは体の一部が欠損しているモデルの人たちは、自身の特徴が自らのパフォーマンスを妨げることはないということの象徴でもあるわけです。

彼らは、自身の経験や視点を共有することによって、すでに多くの人々に新しい価値観や考え方を提供しており、彼らが社会に与える影響や、彼らの存在自体の重要性がより認識されるようになっていると言えるでしょう。アクセシビリティをテーマに情報発信するインフルエンサーも増えてきており、身体的・心理的特徴を持つ人々の生活について理解を深めるきっかけとなっています。

また、こうした流れはエンターテインメントの世界にも見られます。アカデミー賞を受賞した『Coda コーダ あいのうた』という映画は、先天的に聴覚に障害を持つ家族と暮らす少女を主人公とした作品でしたし、日本でも『silent』(フジテレビ系)という難聴を扱ったドラマが話題になったように、身体的特徴を持つ人たちにフォーカスしたエンターテイメントコンテンツもだいぶ増えてきました。

しかし、アメリカで発表されたある調査によると、身体的・心理的特徴を持つ人々は世界人口の13〜15%程度を占めているにも関わらず、そのテーマを取り上げた映画やドラマは全体の1割にも満たないと言われています。これは、インクルーシブに関する理解や認識がまだ十分には進んでいないことを示すものです。

アクセシビリティに着目したブランドの動向

それでも、現代のブランド戦略の中で、アクセシビリティとダイバーシティの重要性が高まっていることに変わりありません。

たとえば、マクドナルドの新しいCMも、身体的特徴を持つ人々の日常をテーマにした内容で、片手でも簡単に食べられるハンバーガーなどが扱われています。ブランドコミュニケーションの観点からも、企業がアクセシビリティへの理解を深め、社会に対して啓蒙を行うことが増えてきている印象です。

また、どんな人でも使いやすい「アダプティブプロダクト」を作る動きも目立ってきました。ユニリーバのサブブランドである「デグリー」では、デオドラント製品をどのような身体的特徴がある人でも利用しやすくするための様々なアタッチメントを開発しています。あるいは、ソニーも、冒頭で例に出したXboxのように、ハンディキャップを持つユーザーを対象としたゲームコントローラーを出しました。子供や若年層をターゲットとした製品の場合、ゲームが彼らのコミュニケーションツールとしての役割を果たしていて、たとえば外で一緒にボールを蹴ることはできなくてもゲーム内では一緒にサッカーを楽しめるといった側面もあるので、このような取り組みが重要になっているわけです。

さらに、化粧品ブランドのランコムは、身体的特徴を持つ4,500万人もの人たちが化粧を満足にできていないという課題に対応するためのサポートデバイスである「ハプタ」を発表しました。

腕力や握力が弱い人にとっては、口紅を水平に塗ることもハードルの高い動作であることが多いです。ハプタに口紅を挿して口にかざし、横に引くと、ハプタ自体が口紅を水平に保ってくれて上手に綺麗に塗ることができます。

ナイキとリーボックも、それぞれのアプローチは異なりますが、アダプティブシューズを販売しています。ナイキは「ゴー フライイーズ」というハンズフリーで履ける靴を開発し、リーボックは、サイドにジッパーを配置して、ハンディキャップを持つ人たちも容易に靴を履いたり脱いだりできるデザインを取り入れた製品を作っています。

「ゴー フライイーズ」は、元々、妊娠中の女性や靴を履く動作が困難な人たち向けに開発されたものですが、手が塞がっていても履きやすいことから、荷物の配送ドライバーなどの間でも使われるようになりました。

下着メーカーでも同様に、こうしたアダプティブな製品の開発が進んでいます。たとえば車椅子を使用する人や身体的な制約がある人のために、サイドのアタッチメントで着脱可能なショーツや、フロント部分でホックやマジックテープで着脱できるタイプのブラジャーなど、着やすさに配慮したデザインの製品が販売されるようになりました。

成長が見込まれるアクセシビリティ領域のビジネス

このように、アクセシビリティの重要性は世界的に高まりつつあります。さまざまな業界やプロダクトでアダプティブやアクセシビリティといった考え方が取り入れられていることには、以下のような要因が考えられます。

まず、世界人口の約13%が、何らかのハンディキャップを持っているとされているという点で、これは非常に大きな市場と見ることができます。ブランドや企業にとって、これほどのボリュームのあるターゲット層を無視するわけにはいきません。

次に、少子高齢化の問題があり、特に先進国では高齢化が進行しています。身体的・心理的特徴と聞くと、生まれつき目や耳が不自由であるという先天的なものや、事故などによる後天的なものをイメージしがちですが、実際には、年齢とともに衰える身体的、心理的な能力に起因するものも含まれるわけです。寿命の伸びと共に、視力や聴力の低下、体の動きに制限を抱える期間も長くなるため、それに対応できるプロダクトやサービスの必要性も高まっていると言えるでしょう。

こうした背景を踏まえて、先進的な企業は以前からアクセシビリティを意識してきました。身体的・心理的特徴を抱える人たちや高齢者を含めて、すべての人々が快適に生活できるような環境作りが求められている今、アクセシビリティはさらなる成長が見込まれる領域なのです。

文:大谷和利
AD [top]:中村圭佑

SOLUTION

STYLUS

STYLUS

ロンドンを拠点に活動するSTYLUSは、様々な業界のトレンドを分析し、未来の変化を予測するイノベーションアドバイザリーサービスです。
独自のアプローチで、データと経験を基にしたインサイトを提供し、企業がイノベーションを推進し、市場の変動に対応できるよう支援しています。

KEYWORD キーワード

KEYWORDキーワード

本サイトではユーザーの利便性向上のためCookieを使用してサービスを提供しています。詳しくはCookieポリシーをご覧ください。

閉じる